AWC 【OBORO】 =第4幕・異形胎動= (02/17)  悠歩


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★タイトル (RAD     )  01/12/15  20:11  (190)
【OBORO】 =第4幕・異形胎動= (02/17)  悠歩
★内容                                         01/12/28 15:54 修正 第2版
 テレビ局が過剰な演出を施して報じるのも、無理からぬ内容である。優一郎も、
もし自分と全く関わりのないところで起きた事件であったのなら、野次馬根性を
剥き出しにテレビへとかじりついていたことだろう。
 しかしこの事件は少なからず、優一郎も関わっている。犯人も被害者も見知っ
た人々である。そればかりか優一郎はその現場に立ち、怪物と化した田邊に対峙
しているのだ。おそらくこれから先、警察もマスコミも解き明かせないであろう
謎を目の当たりにしているのだ。
 テレビカメラの映し出す現場が切り替わる。田邊の父親の経営する会社だ。あ
のマンションと同様、建物の前はまるで菓子へ群がる蟻のような人々でごった返
していた。だが一方会社には人の気配がない。その映像をバックに、番組のキャ
スターが死亡したとされる四人の男性の名を読み上げていた。
 事件に関わる者の大半が未成年者であることへの配慮として、7名の女性と田
邊の名は伏せられたまま報道は終了した。けれど映し出された映像は、それを知
る者たちあまりにも多くの情報を与えすぎていた。何よりいまさら伏せたところ
で大野佳美ら女子生徒の名前は、公開捜査となった時点で報じられているではな
いか。
 無責任とも思える報道姿勢に怒りを覚える優一郎ではあったが、それよりいま
は安堵感の方が勝った。
 たとえどれほどの非道を行い、ついには怪物と化した田邊が相手とはいえ人一
人を殺めた優一郎である。あるいは警察からの取り調べを受けるかも知れない。
事情さえ理解してもらえれば正当防衛も成り立つだろうが、真実を話して信じら
れるとも思えない。それにこの奇妙な事件に巻き込まれる数日前まで、優一郎は
ごく普通の高校生だったのだ。事情はともかくとしても、田邊を死なせた罪悪感
を拭いきることは出来ない。
 やがてワイドショーでは事件の報道が終わり、それまでの重い空気とはまるで
不釣り合に陽気なCMが流れる。そこまで優一郎の名前はもちろん、それらしき
存在を匂わせるような情報は一切なかった。考えてみれば優一郎は事件の間、遠
く離れた街に行っていたのだ。田邊が怪物になったことを信じてもらうのが困難
なのと同様、優一郎がわずかな時間で長距離を移動したのだと思う者もいないだ
ろう。
 優一郎と大野佳美は顔を会わせている。彼女はそれを覚えていないのだろうか。
田邊に操られていたため記憶がないのか、あるいは彼女も証言が出来ないような
状態、精神に異常をきたしてしまったのだろうか。犠牲者のことを考えると優一
郎の心はさらに重くなってしまう。犠牲者たちのことを思えば不謹慎ではあるが、
優一郎が容疑者として疑われる可能性は低そうだ。もっとも佳美たちも田邊の最
期を見届けてはいない。田邊が死んだこと知る者も、これから知る者もいないの
だろうが。
 優一郎の手が再びリモコンへ伸ばされる。ワイドショーの後に予定されている
番組は、古いドラマの再放送だ。これ以上、事件の情報が得られないのなら見続
ける必要もない。
 が、リモコンのOFFスイッチに掛かったまま、優一郎の指は止まった。ワイ
ドショーの後、ドラマの前までの短い時間、そのつなぎ程度しかない短いニュー
スによって止められた。
 それは昨夜未明に起きた火事を知らせるニュースであった。画面に映る無惨な
焼け跡は、その家の原型を想像させることもしない。もしアナウンサーの声が耳
に届くのが一瞬遅れていれば、その火事も日常茶飯事に起きる、自分とは全く無
関係なものとして、優一郎の指はスイッチを押し切っていただろう。
『なお、この家に住む朧月麗花さん21歳が逃げ遅れ行方不明、高校生の次女が
病院に………』
「麗花………さんが………?」
 優一郎は呆然とするばかりだった。



 新学期が始まってしばらく、事件の話題で学校は騒然としていた。田邊の生い
立ちや父親の会社についてなど以外に、事件に直接関する新たな情報を得られな
いマスコミが始業式当日には大挙して押し寄せてきた。全校集会では校長から説
明が行われ、体育館のそこかしこで啜り泣く声が聞こえた。被害に遭った生徒の
友人だろうか。特に親しかった訳ではないが、釘崎輝明や堀江香奈、大野佳美ら
は優一郎のクラスメイトである。彼らが受けた仕打ちを田邊の口から聞かされ、
あるいは実際に目にした優一郎は涙を流さないまでも改めて深い悲しみを覚えた。
 だが、時の経過とは予想していた以上に強い力を持っている。一つの学校から
10名の被害者を出した大事件であるにも拘わらず、次第にクラス内で噂される
ことも少なくなりはじめて行く。そんなクラスメイトを薄情だと感じながらも、
優一郎自身、他に関心事を抱えて佳美たちのことは忘れつつあった。
 優一郎の関心事。
 事件後一度、警察が優一郎を訪ねて来たが、それは単に田邊のクラスメイトと
して話を訊くためであった。どうやら事件に関係した誰からも、優一郎の名前は
出なかったらしい。自分が犯罪を起こしたわけでもなく、そのつもりもない優一
郎だったがやはり疑いが向けられていないと知れば安心をする。自分が関わった
ことに実感の持てなかったこともあり、優一郎の事件に対する関心は、その他の
生徒と同じ程度まで落ちていた。従っていまの優一郎の関心は、事件とは別のと
ころ、朧月家の姉妹にあった。
 テレビで火事を知った優一郎は、翌日再びあの街へと戻った。しかしそこには
ブラウン管を通して見たままの、すっかり炭となった家があるだけだった。美鳥
が運び込まれた病院はすぐに分かったのだが、優一郎が駆けつけたときにはもう
退院していた。病院の関係者も、近所の人々もその行き先は知らないと言う。も
しやと思い、地元の警察に問い合わせてもみたが、逆に優一郎が美鳥たちの行き
先を訊ねられてしまった。結局今日まで麗花の遺体は発見されておらず、美鳥た
ち三人の行方も分からないままである。
 あの時、優一郎と麗花たちを引き会わせた探偵に頼んでみようか。費用はどの
くらいかかるのだろうか。そんなことを考え始めていた頃だのことである。

 始業を告げるチャイムが鳴り終えた直後だった。
 鐘の音と同時に担任が入ってくる訳ではない。ホームルームが始まるまでは、
まだ数分の余裕があった。教室のそこかしこで雑談に興じる者、机上に投げ出し
た腕の中に顔を沈めて眠る者、真剣な表情で携帯電話にメールを打ち込むものも
多い。むしろ自分の席に着き、担任を待つ者は少数派であった。
 自分の席に着いてはいたが、優一郎も朝買ったばかりのマンガ雑誌を読んでい
た。が、ふと教室の空気が変わっていることに気づき、慌てて雑誌を机の中に押
し込む。
「あれ?」
 静まり返った空気に、てっきり担任が来たものだとばかり思っていた。だが顔
を上げた先の教壇に立つ影はない。
「おい、なんか………」
 あったのか? 前の席に座る生徒に訊ねかけた優一郎だったが、その必要はな
くなった。彼の視線向けられた方向を追い、すぐに優一郎も静寂の訳を知ること
となる。
 チャイムが鳴り終わって、担任が教室に入るまでのわずかな時間。遅刻を免れ
る最後のチャンスに賭け、教室に駆け込んでくる生徒などは、別段珍しくもない。
それを気にかける生徒もない。
 ところが後ろのドアから入ってきた少女は、教室中の注目を集めていた。
 初め、優一郎にはその少女が誰なのか分からなかった。着ている制服はこの高
校のものである。特に新品であるようにも見えないので、転校生ではない。
 以前は染められ、立てていた髪が黒く短いストレートとなっていたために戸惑
ったが間違いない。まるで空気が漏れるようにして、優一郎の口から少女の名前
が出る。
「お……のさん?」
 たいして大きい声ではなかった。優一郎自身、それが声として発せられたのか
どうか認識出来るものでなかった。だがそれと同時に、少女がこちらを向いたよ
うに見えた。
 そして。
「おはよう、みんな」
 ごく普通に、少女が朝の挨拶をした。それを合図に、凍りつき停滞していた教
室の空気が動き出す。しかしそれは挨拶を交わそうとする少女に対して、好意的
な方向へ動いたのではない。
 皆が皆、まるで少女の声など耳に届いてはいなかったかのように。
 穴が空くほど視線を集中させていた少女の存在に気づいていないかのように。
 無視したのである。
 まだ担任が現れてはいないのに。そそくさとそれぞれの席へ戻り、各々の準備
にかかるふりをしたのだ。
 それもまた、無理からぬことかも知れない。
 はっきりとした言葉で報道されてはいないが、彼女、大野佳美が田邊にレイプ
を受けたことはクラスメイトの全て、いや全校生徒の知るところとなっている。
それが原因で、佳美は気が触れてしまい、回復の見込みがないのだという噂も流
れていた。
 それが突然、ごく普通に登校して来ても、皆どう対応していいのか分からない
のだ。
 事件前の佳美はこの学校では珍しい、俗に言う「ツッパリ」であり、親しい友
人が少なかったことも災いしていた。
 ただ、優一郎の反応だけは、他の生徒たちと少し違っていた。
 決して彼女の声に見合う対応ではない。それでも無視はしなかった。
「あ、おはよう」
 そう言ったつもりだが、声にはならなかった。先ほどとは違い、今度は声が出
ていないことを優一郎自身が、はっきりと認識していた。だから代わりに、彼女
の言葉に対して頷くことで自分が無視するつもりのないことを示す。
 反応が異なったように、優一郎が佳美に見せた戸惑いも他の生徒たちとは異な
った部分がある。
 優一郎は事件の現場、田邊のマンションで佳美と会っているのだ。その瞬間こ
そは目撃していないが、田邊に受けた仕打ちの痕跡を残した佳美を見ているのだ。
 己の意志に反し、優一郎に迫り来る白い裸体。クラスメイトである少女の、ふ
くよかな胸の膨らみ。あの緊迫した状況では感じる余裕のなかった気恥ずかしさ
を、いま改めて感じてしまったのだった。
 優一郎の声なき返答が相手に伝わったのか、分からない。優一郎へか、他のク
ラスメイトたちへか、あるいはその双方へか。佳美は微笑みとも、諦めとも見て
取れる表情を作り、そのまま自分の席へと向かった。
 クラス担任が現れたのは、直後のことだった。

 重苦しい一日が、ようやく過ぎようとしていた。
 佳美が今日登校して来ることは、担任も知らなかったようだ。知っていれば、
当然前もって他の生徒たちに告げていただろうと思われる。とにかく教室に入っ
た担任も、佳美の姿があることに驚いた様子だったが、特にそれについて触れは
しなかった。
 六時限目ののちのホームルームも終わり、佳美に何か話し掛けようとした担任
だったが、結局声を掛けることもなく、教室を去った。早々に部活へと向かう者、
家路につく者と、いつもなら半数以上がすぐにでも教室から消えているところだ
が、今日はほとんどがまだ残っている。
 それは休み時間の度、繰り返された光景の再現であった。佳美を中心にして、
遠巻きに出来るいくつものグループ。まるで関心のないように装っているが、ち
らちらと佳美を見遣っては声を潜めて何事かを話している。それが佳美について
の噂であることは、聞き耳を立てる必要もなく想像がつく。
 その中にあって、全くいつもと変わらない振る舞いをする佳美。気がつかない
はずもない、聞こえぬはずのない自分の噂など、耳に届いていないかのように。
ただ静かに帰り支度をしていた。いつもと変わらない、と言うのは正しくなかっ
た。髪を黒くし、ストレートに戻した佳美の姿には、休み前までの強さは感じら
れない。いまの佳美は、想像が多分に加味された噂に耐える、か弱い少女でしか
ない。
 黒い鞄に教科書を詰め終え、椅子が後ろへと引かれる。浮き上がりかける佳美
の腰。そのままにしておけば、数十秒のちには教室から佳美の姿は消えていただ
ろう。
「大野さん、ちょっと待って」
 極力自然な口調を意識し、優一郎は佳美へと声をかけた。
 えっ。
 言葉にはならなかったが、そう発音する形に唇が動き、佳美が振り返る。初め
て見せる困惑の表情で。
「前に借りたCD、返さなきゃ………あれ? しまった、忘れちゃったみたいだ」
 自分の鞄を探す優一郎だったが、CDが出てくることはなかった。もとよりC
Dを入れた覚えなどない。借りてなどいないのだから。それは佳美へと話し掛け
るきっかけが欲しく、咄嗟に口をついて出た嘘なのだから。自分でも白々しいと
感じる芝居に、果たして相手が応じてくれるだろうか。優一郎は些か不安であっ
た。
「あ、うん………いいよ、そんなの、いつだって」 
 優一郎の意図を察してくれたのだろうか。戸惑いながらも、佳美はそう答えて
くれた。どこかぎこちなく。
「けど、ずいぶん長く借りっぱなしだしなあ。なんなら今日中にでも、大野さん
ちに持っていくよ」
「いいってば、気にしなくて………」
「ううん………だけどなあ………とにかくちょっと相談しようか?」
 佳美に歩み寄り、優一郎はその肩をそっと押す。教室を出るよう、促したのだ。
そして優一郎も佳美とともに教室を後にした。




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