AWC お題>『焼け!』 …… パパ


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#66/569 ●短編
★タイトル (paz     )  03/02/18  03:49  (200)
お題>『焼け!』 …… パパ
★内容                                         03/02/18 03:54 修正 第3版
 スマン。口が滑ったんだ。勘弁してくれ。
 一応、頭の中で予行練習をしておく。妻に頭を下げるということは、男を下げること
に他ならない。日本男児を名乗るなら、死んでも口にしたくない台詞だろう。私だって
云いたくないが、実際にどちらかを選ぶとなれば、謝る方を間違いなく選択する。
 トイレのドア、その張り子の板一枚向こう側で、妻の呼吸が嵐のように乱れている。
 私はドアロックを解除して、ノブをゆっくりと回した。わずかな隙間から、妻の怒気
が流れ込むような錯覚に侵されながらも、呼吸を整えて平静さを装う。ノブを押してド
アを開けようとした時だった、妻がドアノブを勢いよく引いたのだ。おかげで私は転び
そうになる。
 足下がふらつきながらも、予行練習のように台詞を口にする。
「スマ……」
「謝る暇あるなら、早く書きなさい! だいたいあなたはねえ。いつも、いつも、いつ
も口ばっかりでだらしなくて、ええ〜い、何でもいいから書きな〜さ〜い!」
 妻のマシンガン・アタックは言葉の弾痕で私の気力を打ち抜いてしまう。
 小声で「はい……」と答えると、「ほんじゃまか〜声が小そ〜い、しゃきっとせ〜し
ゃきっと」とどこの方言だか知らない言葉で攻めてくる。かなり切れてきている証拠
だ。このまま脳の回線でも切れてくればいいのだが、半身不随とかになると介護が面倒
なので、やはりやめてほしい。いや言語中枢が破壊されるなら、それでも我慢できるか
もしれない。
「ぼんやりしな〜い。遠い目で私を見るな!」
 妻の鼻息が荒くなるに従い、私の心は小さくなっていく。
 私は妻に後ろ襟首を掴まれて、リビングに引き立てられる。ソファに腰掛けていた娘
が罪人を見るような目つきで私を観察している。私は思わず「誰のお陰で大きくなった
と思ってるんだ、この大馬鹿者!」と心の中で呟いた。娘は母親に似て、怒って喋り出
したら止まらないマシンガントークを受け継いでいる。下手なことは云えない。赤子の
頃はおむつだって替えてやった。あの頃はミルクの香りがしたのに、今では大人の色気
をムンムンと発散している。まだ高校生だというのに、メイクは派手だし、先が思いや
られる。
「お母さん、お父さんが少し可愛そうじゃない……かな?」
 優子の目に哀れみとも、慈しみともとれる光が宿っている。優しい子になるように願
って付けた名前だ。私の選択は間違っていなかったのだ。
「明日は何月何日?」
 妻の声はぶっきらぼうだ。壁に埋め込まれた鏡越しに見ても、キツイ目がいっそうキ
ツクなっていることが分かる。
「3月1日だけど」娘は事態が飲み込めていないようだ。小首を傾げて、思案顔だ。
「あと何時間ある?」
「4時間弱……」
「あなたのお父様が私に何を約束したか知ってるかしら? 知るわけ無いわよね。教え
てあげる。3月1日、午前0時までにお題で小説を書き上げたら、家族旅行をプレゼン
トしてくれるというのよ」お父様? 妻は私を徹底的に蔑みたいらしい。
「え〜、温泉とかなら行きたくないなあ」
 優子は長い手足を放り投げ、欠伸をした。混浴ならお父さんはokだよ。そう思っても
口にはしない。まだ命が惜しいから。
「それがね。オーストラリアでもハワイでも、どこでもいいんですって」
 だから口が滑っただけだと云ってるだろう、この馬鹿嫁! ――もっとも小声で聞き
取れなかっただろうが。
「まさか、そんなお金どこにあるの」
 娘は伸びをした。それからまた欠伸を繰り返す。夜更かしはお肌に悪いのよねえ、と
呟きながら。
「通帳に」妻はエプロンから私の隠していた通帳を取り出した。娘は記載された数字を
指折り、え!、と奇声を上げた。脱兎のごとく、二階へと駆け上がっていく。戻ってき
たときには携帯電話を持っていた。
「書け!」
 娘はたった二文字で威嚇した。携帯電話の先に電極が二本角のように飛び出ている。
その電極間で火花が散る。護身用のスタンガンだった。
「はい……」
 私も二文字でうなだれる。
 妻は私を食卓テーブルの椅子に座らせ、両肩を上から掌で押す。揉んでくれるのか、
こいつにも良い点があったのか、と感心した瞬間、私の禿頭をなで回し、くるくると字
を書いた。
 カタカナで「カ」と書いた。次に「ケ」と書いた。
 仕方なくノートパソコンに向き合う。
 だいたい、良いネタが浮かばないから、気合いをいれるつもりの冗談だった。娘が帰
ってくる前だから、ほんの三〇分前のことだ。最初は妻も冗談だと思っていたはずだ。
 あそこがいい、ここもいい、行きたい場所を夢のように語っていたから間違いない。
問題は私にある。いつもは書斎で書き物をしている。あまりにもネタが浮かばないから
気分転換にキッチンで妻のお尻でも撫でながら……などと考えたのがそもそもの間違い
だった。
 ノートパソコンはCD-ROMやリムーバブル・ハードディスクを簡単に入れ替えられる構
造になっている。私はここにシークレットボックスという空箱を入れていた。中には通
帳しか入っていない。妻はパソコンをいじれないし、いじらない。これほど確実な隠し
場所はなかったのだ。――そう、今までは。
 30分前、キッチンテーブルにノートパソコンを置いて、OSを起動させた。すぐにバ
ッテリー残量が少ない事に気がつき、増設バッテリーに差し替えたのが運のつきだった
のだ。妻はテーブルに置いたシークレットボックスを、私がトイレに行った隙に開けて
しまった。AC電源を使えばよかった、と後悔しても後の火祭りだ。いや火あぶりか。
 とりあえず書きかけのテキストを開く。見慣れぬ赤い画面が、そしてビープ音が鳴っ
た。
『このテキストファイルはウイルスに汚染されています』
 ワクチンソフトの警告ウインドウだったのだ。妻と娘も驚いて画面を食い入るように
見つめている。
『検疫しますか、削除しますか、それとも無視しますか(削除をお勧めします)』
 と子ウインドウが開いた。
「どうするの?」
 娘が尋ねる。
「さっさとなんとかしなさいよ」
 妻の言葉は投げやりだ。スリッパで床をパタパタと叩いている。いらついているのだ
ろう。
「いや、これはネタになるかもしれない……」
 口からの出任せだった。それでも妻と子は「ふ〜ん」と頷いたから、時間稼ぎにはな
るだろう。頑張ったけど、ウイルスのせいで書けなかったんだ、と言い訳もできた。ウ
イルスに助け船を出してもらうというのも不思議な感じだが、たまには私に幸があって
も良いはずだ。通帳の件はそれからゆっくりと処理すればよい。
「まず、ウイルスについて調べよう」
 私はワクチンソフトのメニューからライブラリーを選択した。
『このウイルス英名serious consequencesの変種です。日本で改変され安保理決議1441
と呼ばれ、(通称――メッセージウイルスです)ワームではありません。伝染性もなく
感染力も弱い部類に入りますです。またHDDを初期化する、BIOSに寄生するということも
ありません』
 ワームって何? 娘に訊かれたが、ウイルスみたいなものさ、と答えた、娘は、ふ〜
ん、と鼻で応える。質問している方も、応えている方も詳しくないのだから、こんなも
んだろう。しかし、メッセージウイルスってなんだろう? 何かメッセージを持ってい
るのだろうか? 解答はテキストファイルの中にあった。

それはノックの音と  いう より轟音だった。耳元で太鼓をたた
かれているほ         うがはるかにましだ。――それが的を射てると
認識するに  は彼  の精 神  は深く眠りすぎている。目を細め枕元
の目覚ま し時計に  手を掛けて  みる。淡い緑色に発色するアナ
ログの針 は午前3時  をすぎた  ばかりだと告げている。くしゃ
くしゃに 頭を掻き上げ  てか  ら寝床から這いずりでると、彼は
ドアロックを解除した。  同時 に博士が飛び込んでくる。「やった、
やった!わしの念願の夢  がついに叶うのじゃ!」博士と呼ばれる男は、
薄汚れた白衣のすそを握  りしめ、大きく鼻を膨らませた。息は荒く、額に
汗が浮かんでいる。「にゃ  んですかあ〜。また発明ですかあ〜」助手は大
きく欠伸をしてから両手  を伸ばし伸びをした。「ふふふふ、ただの発明
じゃない。全世界の子どもの夢が叶う偉大なる、今世紀最高の、至高で究極でデ
リシャスで……」そこで博士は大きく息を吸い込み、「なんだと思う?」と尋
ねた。「ん〜、私だったら、お金の成る木が欲しいですね〜」博士は遠くを見
つめ――と、いっても八畳間の奥を見つめただけだが――ぬしは夢がないのお、
とつぶやいた。「ん〜だったら、はて?」助手は首を捻った。博士が取り組ん
でいるものは  自分も承知している  のだから、答えは自分が知らない間
にこそこそと  作成したものに違い  ない。「じれったいのお、じれった
すぎる!」博  士は助手の襟首       をつかみ、ドアからでると二
部屋離れた研  究室に連れ込ん       だ。博士は二重ロックの扉を
声紋で開ける  と、「これが偉大な  る発明じゃ。どうだ、すごいだろう」
助手の目はう  つろだったが、博士  は腕組みをして鼻を鳴らしている。
二人の前には  赤い鼻のトナカイが  二頭、それに赤いそりがあった。
「……これは  ロボットですね。も  うクリスマスですものね〜。老人ホ
ームか幼稚園  のアトラクションに  使うわけかあ」博士は助手の頭をこ
づいた。「こ  のトナカイには空中  元素固定装置プラスアルファが組み
込まれている  。それに、というか  当然、空も飛べる」「はあ」助手は
気の抜けた返  答をする。彼の心の  中に、なぜ午前3時にたたき起こさ
れて馬鹿げた  ものを見なければな  らないのか、納得できないものが渦
巻いていく。「わしの子どもの時分は貧しくて、サンタは来てくれなんだ。今
だって世界中にサンタが来て欲しくても来てくれないと嘆く子どもたちが沢山
おる」「はあ……」

「なるほど、改行位置も一文字空けも滅茶苦茶になっている。面白い」
 私は腕組みをして感心した。世の中私以上に暇なヤツがいるらしい。
 娘も嫁もまだ気がつかないようだ。1だとか十字架だとか訳の分からないことをほざ
いている。妻はクロスワードとか暗号とか、その手の解読が大好きだ。だから複雑に考
えすぎるのだろう。メッセージウイルスといっても、たいしたことがない。それが私の
感想である。ただ有用な面はあった。妻の思考ベクトルがメッセージに向いたために、
頭が冷えたのだ。先ほどまでの怒りが嘘のように静まっている。
「ねえ、あなた。ところでこのお金はどうしたのかしら?」
 私は正直に答えることにした。
「小遣いから貯めたんだ。一気に貯まってる訳ではない。こつこつと貯めた金だ」
「ふ〜ん。へそくってたんだ」
 娘の目は冷たかった。この間洋服が欲しいと云っても、金がないからといって断った
ことを忘れてはいないのだろう。
「この金はな、今年結婚して20年だろう。その節目に、指輪を買ってやろうと思い、
貯めてたんだ」
「誰に?」
 分かっていて、訊いているのだ。妻の瞳が私に語りかけている。
「もちろん、お前にだ」口から出任せだが、そう答える以外に術はない。本音は、20
年前なら買ってやりたかったが、になる。……時の流れとは無惨なものだ。美貌も愛情
もすり切れるものと相場が決まっている。そうでなくては、これほど世の中の離婚率が
高いわけがないではないか。
「まあ、あなた。そんなこと一言だって云ってくれなかったじゃありませんか!」
「それはそうだ。告げてしまえば驚かないだろう。喜ぶ顔が見たかったんだよ」
 私は寂しい顔を作って、妻から視線を外した。
「嬉しい!」
 妻は無邪気に私に抱きついた。
 さて、今後はこれらをどう誤魔化すかだが、それは後でゆっくりと考えることに決め
た。
「ところでお題って何?」
 娘が話を戻した。
「お題って、『焼け』なんだよ」
「ふ〜ん。だから安保理決議が『焼け』なんだ。ブッシュ大統領はフセイン大統領を憎
んでいるからかなあ」
 ここは親父の威厳をみせる場面だと思う。
「イラクは滅ばさねばならぬ、そう思ってるかもしれないね」
 威厳より無難を選ぶことにした。詳しく知らないから、うんちくを傾けられなかった
のだ。それにお題とメッセージウイルスに関連などあるわけがない。偶然以外の何者で
もないのだ。
 妻は子どものように瞳を輝かせ、どんな指輪がいいか、悩んでいる。カタログを取り
出して、いまや鼻歌交じりになっている。娘も母親に同調して、あれこれアドバイスを
始めた。多分、自分もありつこうとしているのだろう。そう想像するのは難しくない。
 私は、といえば今回の出来事を小説にしょうと、心に決め宣言した。妻と娘は、曖昧
に頷いただけで、心はここにあらずだ。書き上げたものを小説と呼ぶのは心苦しいが、
時間が無いのだから仕方ない。少しばかり自棄になっているのだ。ちと漢字が異なるの
が残念である。読みは同じなのだが。
 書き始めると、横目で見ていた妻が注文を始めた。
「ああ、お父さん、私のことは貞淑でおしとやかで美人にお願いね」
 娘は娘で「私だって、美人でスタイル良くてあゆ似でお願いネ」とかわいい事を口に
する。
「お父さん、嘘のつけない性格だからなあ」
 自分でも笑顔がこぼれたのが分かる。嘲笑の念を含んでいたが、指輪に夢中の二人は
気がつきはしない。
 それにしても、安保理決議が気になる。1441が示す「重大な結果」というのは攻撃し
かないのだろうか? 国土を焦土と換え、全てを焼き尽くすのだろうか? ゲーム感覚
で爆弾が投下され、燃えていく街を見て、「焼け、焼け、焼け」と国民ははやし立てる
のだろうか。
 否!
 それよりも気になる重大な結果がある。二人の様子を見ている内に、誤魔化せそうも
ないと、私の心が囁きだしたのだ。せっかく貯めたへそくり。あの長い年月が一瞬で消
えてしまうのだろうか? 何の罪もないイラク国民よりはましだろうが、何か腑に落ち
ない私であった。

--了--





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