AWC 『続、ゼロ・タイム・ローション』 …… パパ


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#65/569 ●短編
★タイトル (paz     )  03/02/17  18:45  (175)
『続、ゼロ・タイム・ローション』 …… パパ
★内容                                         03/02/17 19:19 修正 第2版
 彼女が私に何をしようとも、美人なんだから仕方がない――私はいつもそう思ってい
る。
「洗濯物、ちゃんと干しておいてね。下着は陰干ししてね。忘れずに」
 博士が私の背を押しながら、念を押す。
「は〜い」
 こんな他愛ない毎日が、私にとっては心地よかった。秋も深まったとはいえ、今日は
小春日和だ。窓から差し込む日差しも暖かく、身も心も安らぎで満たされていく。
 私はサニタリールームに移ろうとして歩きだした。博士は私の背に前手を置いたまま
付き従ってくる。振り返ると、怪訝な表情が浮かんでいた。
「どうしたんですかあ?」
 私が尋ねると、
「この手が離れないのよ〜」
 博士は単眼のまぶたを閉じながら、食物搾取専用の唇をかみしめ、鼻上にある会話専
用の口を半開きにしている。右足を私の背に当て、腕を抜こうとするが離れない。
 理由は考えるまでもない。愛なのだ。
「愛ですか〜」
「なにいってんのよ。離れられないのよ」
 博士の額に汗が浮かんでいる。
「それを愛っていうんですよ」
 私の軽口もそこまでだった。
 何か飛んでくるものが視界に入ったので、反射的に右手でつかんだ。それはカッター
ナイフだった。刃が出て無くて良かった、そう思ったのはしばらくあとのことだ。
「?」と思うまもなく、膝に衝撃を感じた。下を見るとカナダで買った文鎮が膝にぶら
下がっている。そのときは痛くて声も出なかったが、
「あうちっ!」
 腹部に親指大のボルトが突き刺さるように飛んでくる。頭を巡らすと、先ほどまで寝
ていたベッドががたがたと音を立てながら近づいてきている。部屋の中の工作機械が振
動している。あたりが轟音に包まれ、私は恐怖感に襲われた。
 ドアノブを握り、急いで廊下に飛び出る。ドアを閉めたのは博士だった。
 一息つく。
「ドアノブ周りはアルミだからねえ。鉄を使っていたら出られなかったかも……よかっ
たわねえ、総アルミのドアにしていて。しかも防磁だし」
 博士があきれたような顔で私を見ている。
「どういうことなのでしょう」
 左手でズボンを引っ張っても汗ばんだ気色の悪さが抜けなかった。ゼロ・タイム・
ローションの名残かもしれないが……。
「ゼロ・タイム・ローションは膜を貼り損ねた為に、時間を停止させることはできなか
った。でもその過程で一軸結晶磁気異方性を強くしたのね。きっと」
「はあ?」
 私が間の抜けた反応を返すと、「磁気モーメントの向きを一方向に固定しないと時間
の停止を開始できないのよ。ちょっと変な言い方だけど。まあ、その効力が残っている
のねえ。つまり、強力な磁石になってるということ。わかる?」
「はあ!」
 じゃあ、なぜ博士の前手だけが私の背につくのだ。抱きつく形になってもいいだろう
に。私の疑問は口にしなくても博士に伝わったようだ。
「この手は特別だから……」
「特別といえば、博士と出会ってからちょうど1年たちましたねえ」
「この手は電子の方向をコントロールできるから……でも、今回はダメ。逆に弄ばれて
いる」
「一年前の今日、私が宇宙に流したメッセージに博士は答えてくださった」
「私の手がアナタの影響を受けて、磁石化してるのよ。保磁力が強くて離せない」
「宇宙一の美人に嫁さんに来て欲しい、なんて今考えれば笑えますよね」
「私の手が磁力化するということは、何かが生成されるということなのよ」
「いやあ、懐かしいなあ。遠い過去のような気がしてたのに、まだ一年なんですね」
「ねえ、私の話きいているの? その猿耳ちゃん、全然聞いてないでしょう。人の話」
「でも嬉しかったなあ。博士が来てくれて」
「――もう、アナタったらいつもこうなんだから」
 博士は私と会話する気はないようだ。どうにも話がかみ合わない。まあ種族の違いが
ある以上、こういったことは日常茶飯事なのだが。
 だからといって不満はない。それよりもかえって話がかみ合う部分に問題が潜んでい
る。
 子供が欲しいといっても、まだ時期じゃない、と言われるし、どうやって作るの? 
と純粋に医学的というか宇宙生物学的に尋ねても、女性にそれを尋ねるのは失礼でしょ
う、とたしなめられて会話が終わる。私はどうしても彼女との間に子供が欲しかったの
だ。首を振って、思考を止める。今はもっと大事なことがあるのだから。
 廊下の蛍光灯がうっすらと灯りだした。私は磁界によるものかと思案した。蛍光管を
乾いた布でこすれば、水銀原子と電子が衝突することによって紫外線が発生し蛍光体に
作用するからだ。しかし、それは磁界では発生しない事を思いだす。となると私の身体
は電界の作用を持ちだしたことになる。一軸結晶磁気異方性うんぬんの出来事ではな
く、単に身体の中に電流が流れて電磁界が発生しているだけかもしれない。その量が大
きいから外界への影響が出ているというだけのことなのだろう。分かってしまえば他愛
のない話だ。
 他愛ないと言えば、博士との出会いも他愛ない私の一念が実らせたものだった。
 宇宙共通言語を解析したのが始まりで、それから忘れもしない……。
 私が回想を始めようとすると、博士が左手で私の頬をつねった。
「い、痛いじゃないですかあ」
「物思いにふけてる場合じゃないでしょう」
 博士の顔が汗でふやけている。汗は滴となり腕をつたい前手に達すると同時に光りだ
す。そこで私は妙な違和感にさいなまれた。それが何かはすぐに分かった。
 私の身長は170センチと比較的小柄だが、博士は198センチと地球人の感覚からすると
大柄といえる。しかし、今その身長が3メートルあるように見えるのだ。
「博士〜大きくなりましたねえ。好物のウニ丼がきいたのかなあ」
 と私が呟くと「アナタが小さくなったんでしょう。天井を見なさい」
 確かに天井までの距離が異様に遠くなっている。
「蛍光灯がついた理由を考えれば分かるでしょう。電流を発生してるのはあなたのシナ
プスなのよ。とどのつまりイオン間結合力が強くなっている。しかも身体が小さくなっ
てることから、容易に推察できるのは……」
「容易に推察できるのは?」
 容易に推察できないので、オウム返しする。
「分子間結合力が強くなっているということね。だから小さくなっていくのよ。もしく
は重力変異のせいかもしれない」
「このまま小さくなっていくとブラックホールになってしまうのでは?」
 博士は大きく首を振った。息も荒く苦しそうだ。
「そんなことはない……ただ塊になるだけ……せいぜいコインぐらいの」
 私はなんと言えばいいのか分からなくなっている。とりあえず、
「黒のショーツ、セクシーですねえ」といっておく。背が小さくなったからミニの白衣
なら見放題なのだ。ついてるかもしれない。
 博士は笑いながら「本当に馬鹿なんだから」といって、顔をしかめた。私はずっと背
後を振り返る姿勢でいたため、首が痛んできた。その痛みが全身を貫く。体中に注射針
を射されたような激痛が襲ってくる。
「か、からだがいたいですう」
 正確に発音出来なかったかもしれない。言葉を絞り出すのに、よだれまで垂らす始末
だ。何かするにも身体がきしむ。
 博士の前手から青い液体が生まれ、私と博士の身体を浸食し始める。
 ゼロ・タイム・ローションが生成されている! そのとき私は恐怖よりも先に安息を
感じていた。
「最初に会ったとき、あなた言ったわね。ワタシのためなら何でもできるって」
 博士の顔は苦悶に歪んでいた。私は沈黙をもって同意する。
 私の首は後ろに捻ったまま動かすこともできなくなっている。身長もすで50センチと
いうところだろう。
「なんでも出来るなら、我慢だってできるわね」
 ゼロ・タイム・ローションが生成されるに従い、博士の身体がしぼんでいくのが分か
る。博士の種族における発明とは、科学的なものの他に、自分の体液を変異させ、分泌
させて作るものがある。だから精製とは呼ばず、生成とよぶことにしている。博士の身
体がしぼんでいくほどの量となれば、今回失敗することはありえない。そして今回の生
成は意図したものではないのだろう。強力な磁場に導かれてしまったに違いない。
 博士の右手と左手が私の頬を包んだ。その指先から無数の触手が伸び、私の耳、それ
に鼻の穴からゼロ・タイム・ローションと共に侵入してくる。比較にならない痛みが全
身を渦巻いた。声にならない悲鳴を上げると同時に、痛みが和らいでいく。
「痛覚神経をブロックしたのよ」
 博士は無理に微笑みをつくったのだろう。口元がへの字に歪んでいた。
「……」
 言葉を絞り出すことはできなかった。機能を失ってしまったのだろうか。
「遺伝子情報は読み込んだわ。これからアナタの記憶をスキャンする。そうすれば刷り
込める……はずよ」
 私の脳裏に生まれてから今までのことが高速度で上映されていく。走馬燈とはこのこ
とをいうのか。
 博士の身体の大部分はゼロ・タイム・ローションで覆われている。私の視界も蒼く染
まり、見える光景も磨りガラスを通したように不鮮明になっていた。
 博士の口が大きく開き、何かをはき出す。それは卵のように見える。それが私の見た
最後の映像だった。
 ゼロ・タイム・ローションが膜を張り終えた刹那、私と博士は第二宇宙速度を超える
スピードで地球から置いてきぼりにされた。それも大気圏外に脱出する前に燃え尽き全
てが消え去った。
 だがそれは終わりではなく、始まりだったのだ。
 私たちは全てを見ていたのだ。一寸、不思議な気もしたが、当然のような気もする。
「私と一つになりたかったのでしょう?」
「ええ、そうです。博士の言うとおりです」
 博士の言葉は質問ではなく、断定だったのかもしれない。
「私たちの子供が欲しかったのでしょう?」
「ええ、本当にその通りなんです!」
 私の横に、博士の意識ともう一つあどけない意識が存在している。それはまだ不快と
か、眠いとか、原始的なものだが――それでも、私の子供の意識なのだ。
 抱きしめたい、と思ってもそれは叶わない。
 博士と私の意識は子供の中に刷り込まれたのだから。彼女たちの種族が子供を作ると
いうことは、こういうことだったのだ。
「大丈夫よ。この子が大きくなれば、文字通り三つに割れて、元に戻るわ。それまで一
心同体じゃなくて、異心同体ね」
 博士は笑っているようだ。私もつられて笑う。
 この子の身体はまだアメーバーと同じく不定型だ。ゆらゆらと揺らめきながら廊下を
這いずっている。どうやらお腹がすいたらしい。
「ウニ丼、食べたいなあ」
 博士の思いに子供も同意したように波動を送る。
「コンビニに行って、プリンを買わないと作れないですよ」
 冷蔵庫に買い置きがないのを思い出したのだ。
「この姿じゃ、外には出られないわねえ」
 この姿でなくても、博士はコンビニに行けない、と思ったが口にはしなかった。
「思っただけで伝わるのよ」
 私は少しおどけてから謝る。
 時間がたてばウニ丼もつくれるようになるだろう。ご飯にプリンをのせ醤油をたらす
だけの簡単メニューなのだから。それだけで新鮮なウニと同じ味、食感が味わえるの
だ。
 
 こうして私たちの他愛ない生活が始まろうとしている。それは私にとって心地よいも
のになるに違いない。ただ一つだけ今までと違う点がある。
 美人なんだから仕方がない――私はいつもそう思っていたが、さすがにアメーバー状
態では『美人』とは言えない。
 そんなことを考えていると、博士は、
「本当に馬鹿なんだから」
 と伝えてきた。
 やれやれだ。

---了---

 





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