AWC お題>リドルストーリー>I・Friend (2/2) らいと・ひる


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★タイトル (lig     )  06/12/02  00:14  (238)
お題>リドルストーリー>I・Friend (2/2) らいと・ひる
★内容                                         06/12/02 00:22 修正 第2版
☆12月23日(土)

 その日も、ワインを三本開けたところでクルミはかなり酔っぱらっていた。
「だから、DLと聞いてダウンロードの略だって思っちゃうのは、SLと聞いて、
さくらライナーと思い込むくらい浅はかな事なんですよ」
「いや、普通はダウンロードだろ。というか、前後の文章を確認すればいいじゃん」
「先輩。DLのDはダブルですからね」
 すでに普通の会話ができない。そのうえ、ミクルと違ってクルミはDVD+RWアライ
アンスに執着しているようだ。
「クルミちゃん、すっかりできあがってますね」
 ぼそりとそう呟いたミクルの口調はスローペースといえども、かなりまともに思
えてくる。
「そうだな。そろそろお開きにするか」
「んー、でもせっかくのイヴイヴですから、もうちょっと楽しみたいな」
 いつもとは違ったミクルの少し甘えた声にマサキは少しだけ鼓動が高まる。
「先輩! 聞いてるんですか?」
「はいはい、聞いてるって。たしかに二層書き込みは、速度面でもコスト面でも【+R】
の方に軍配はあがってるよ」
「そうなんですよ。わかってるじゃないですか」
「おい、ミクル。おまえは反論ないのか? おまえは DVDフォーラム信者だろ」
「あー、あたしは特にはありませんね。語感的にはダブルよりデュアルの方が好き
なだけで」
 そんな理由なのかい、とマサキは思わずツッコミそうになった。
「わたしは DVDフォーラム信者なんかじゃありません」
 と、クルミもツッコミを入れたくなるような言葉を返してくる。おまえに言った
んじゃないってのに、とマサキは心の中で舌打ちした。
「まあまあまあ、今日は楽しきイヴイヴですから」
 クルミがおだやかに仲裁に入る。
「というか、その『イヴイヴ』なんて言葉を恥ずかしげもなく使うようじゃ」
「知ってますよ。クリスマスイヴの『イヴ』はイヴニングの意味でしょ。所詮和製
英語となりつつあるんですから。バレンタインにチョコあげるのと一緒ですよ。そ
んな細かいこと言ってると嫌われますよ」
「わかったよ。俺が悪うございました」
「先輩はね。もうちょっと聞き上手になるといいですよ。人の話をすべてネガティ
ブに捉えようとするのは感心しませんね」
「まったく、年下に説教されるとは俺も焼きが回ったかな」
「回して焼くのはメディアだけにしてくださいよ」
「先輩!」
 クルミが突然大声でそう叫ぶ。しばらく放置しておいたものだから、さすがに怒
り出したか。酔ってはいてもコミュニケーションをとりたがるのが人間というもの
だ。
「悪かったってクルミ」
「先輩!」
 まだ怒りは治まらないのか声のトーンは変わらない。
「そんな大声出さんでも聞こえるって。放置して悪かったな」
「先……うぇぇぇぇーん」
 ついには泣き出した。とはいえ、酒を飲んで訳が分からず泣く事など今まではな
かったはず。いつもとは違う彼女の態度になぜか胸騒ぎがする。
「どうしたんだよ」
「……っ! だってぇ」
 鼻をすすりながらクルミはさらに泣き出した。
「しょうがねぇな。ほらティッシュ」
 マサキはティッシュペーパーの箱ごとクルミに渡す。
「先輩」
 こんどは涙混じりの小声。その後、恥じらいもなくティッシュで鼻をかむ。
「ん、なんだ」
 先ほどミクルが言った言葉を思い出す。もっと聞き上手になれと。だから、でき
る限り優しくそう応えようとした。
「……ですか?」
 鼻水をすすりながらの言葉は聞き取りにくかった。
「ん? もう一度言ってくれ」
「誰と話してるんですか?」
「何を言ってるんだ。今はクルミと話してるだろ」
 これだから酔っぱらいの相手は大変だと、マサキは溜息を吐く。
「違います。さっきまで誰と話していたんですか?」
 一瞬、彼女が何を言っているのか理解できなかった。
「おいおい、いくら酔ってるからってミクルの存在を忘れたらかわいそうだろ……」
 そこまで言いかけて、なぜか背筋に悪寒が走る。
「……」
 クルミの嗚咽がぴたりと止み、泣きはらして充血した瞳がこちらをしっかりと捉
えていた。
「クルミ?」
「なんで?」
「だって、三人で飲んでるんだから」
 ぴしゃりと、マサキの頬をクルミの平手が打った。あまりにも突然の事に彼は身
動き一つとれない。
「ミクルは去年のクリスマスの日に、わたしたちの前からいなくなってしまったじ
ゃないですか!」

 ナニヲイッテイルンダ?

 悪酔いするにもほどがある。今までも酷い状態にはなったが、ここまで切迫した
妄想を作り出すことなどなかったはずだ。
「おい、ミクルはここにいるだろが。なぁ、ミクル」
 マサキはそう言って、確認するかのように彼女を呼ぶ。
「はい、そうですね。あたしはここにいるってのに、ひどいなぁクルミちゃんたら」
 ミクルはしょうがないなぁといった感じで、ケラケラと笑い出した。
「だから、誰と喋ってるんですか?」
「いや、だからミクルと」
「先輩、去年のクリスマスの日の事、覚えてないんですか?」
「クリスマスだろ? クルミがケンタのチキンが食べたいっていうから、予約でぎ
っしり埋まっているところをわざわざ並んで買ってきて、三人で飲み明かしただろ。
あの日は泊まっていったじゃないか」
「それはイブのことです。わたしが言っているのはその次の日のこと」
 次の日と言われて、マサキは頭の中が真っ白になる。なぜかその日の記憶だけす
っぽりと空白になっている。記憶の関連づけに従って、前の日の記憶から続けて思
い出せばいいだけなのに、酒を飲んでそのまま眠ってしまった後はもう思い出せな
い。なぜか、その次の記憶は月曜日だ。会社に出勤しようとして身体の変調に気付
き、上司に休む旨を伝えた電話の時の事。
「……」
「ミクルちゃんは、わたしにとっても先輩にとっても大事な人だってのは理解して
います。だから、その分ショックが大きかったってのはわたしも一緒です。でも…
…でもですね。もう一年になるんですよ。いいかげんに、ミクルちゃんの幻想を追
いかけるのはやめてください。そりゃ、最初はしょうがないなぁって我慢してたん
ですよ。だけど……もうそんな先輩を見てられないんです。お願いですから、わた
しだけを見てください。あの子の事は忘れてください」
 一年? そりゃそうだ。去年のクリスマスにいなくなったとしたら、あと三日で
ちょうど一年になる。でも、だとしたら毎週のようにミクルと喋っていた自分の記
憶はどうなる? それさえも偽りだというのか。それがクルミの指摘するところの
幻想ということなのか。マサキはそう自問する。
 でも、彼にとっては今現在でもミクルを認識することは可能だ。
「おいおい、クルミはだいじょうぶなのか? ミクルもなんか言ってやれよ」
「うーん、今のクルミちゃんには何を言っても無駄かもしれませんね」
 彼にとってミクルは認識できる存在。
 でも、クルミにとってミクルは、すでに存在していないようだ。
 違和感はたしかにあった。
 去年のクリスマスの記憶がすっぽり抜けているのは気持ちが悪いし、クルミの様
子が尋常でないのが気にはなる。
 この場合、おかしくなってしまったのは誰なのか?

 はたして、クルミは本当に酔って訳の分からないことを言っているだけなのだろ
うか。それともマサキが認識している彼女はただの妄想なのだろうか。


☆【Key plate-layer】


 クルミちゃん、ごめんね。でも、これが一番いい方法なのかもしれない。たった
一つの冴えたやり方だよ。えへへ、でも、お母さんとかお祖母ちゃんに黙っていな
くなったりしたら心配かけるよね。だから、くるみちゃん後のフォローはお願い。

 さようなら、先輩。あー、あたしって馬鹿ですね。お別れの間際になって自分の
気持ちに気付いちゃいましたよ。けど、心残りになるから口には出しません。この
気持ちはこのまま削除しちゃいます。

 先輩、大好きでした。



☆■月■日(■)


「おかけ下さい」
 三十代前半と思われる比較的若めの医師に促されて彼は椅子に腰を下ろす。
「検査の結果が出たんですか?」
 その医師は何やら書類の束のようなものを持ち、それを読みながら丸椅子を回転
させて彼の方を向く。
「結果と言ってもそれが真実とは限りません。参考程度のものです。こちらとして
も治療の方向性を見極めるためのものなのです」
 医師は書類から目を離し、柔らかに微笑みながらそう言った。
「それでも、その異常さを説明できるくらいの結果は出たのではないのですか?」
「異常かそうでないかを判断するのは難しいですね」
「先生。まわりくどい話は結構です。はっきりとおっしゃってください」
「それでは、説明いたしましょう。ただし、先ほども申しましたが、あくまでも検
査結果は治療の方向性を見極めるためのもの。今からお話するのは、可能性の一つ
に過ぎないということをご理解いただきたい」
「わかりました。そのつもりでお聞きいたします」
 彼は椅子に座り直して姿勢を正し、真剣な表情でその医師を見つめる。何を言わ
れても驚かないといった心の準備を整えたのだろう。
「彼女には多重人格の疑いがあります。しかしながら解離性同一性障害とはまた違
ったものなのかもしれません」
「疑いですか」
「イマジナリーフレンドという言葉をご存知ですか?」
「いえ、初めて聞きますが」
「言葉通りの意味ですよ。つまり『想像上の友人』。これは幼少の子供に普通に見
られる現象で、成長するにつれ通常は消失していきます。ただ、強いストレスによ
り交代人格化することが希にあるようです。彼女の多重人格性はその為ではないか、
というのが我々の見解です」
「それは想像でしかなかったもう一つの友人が、実際に他人にも認識できるように
なるということでしょうか?」
「そうです。彼女のもう一つの人格として現れることになりますから、他人が認識
するのも難しいことでないでしょう」
「その場合、カイリセイなんたらとどう違うのです?」
「解離性同一性障害の場合、受けたストレスを自分のものではないと思い込もうと
します。その結果、多くはストレス時の記憶を別の人格に委ねてしまいます。とこ
ろが、イマジナリーフレンドの場合、記憶は共有です。でなければ、自分と作りだ
したもう一つの人格との間で会話などできませんから」
「会話ですか?」
「幼い子が人形遊びをしている様子を思い出してください。人形は人間ではありま
せんからそこに人格などありません。ところが、幼い子はその人形と必死に会話を
します。人形に自分が想像した人格を投影して話をするのです。ここで勘違いされ
ないでほしいのは、この状態はけしてめずらしい例ではなく、幼少時なら誰でも行
う可能性のあるごく普通の行為なのです。イマジナリーフレンドを持ったからとい
って、精神的な疾患があるとは必ずしもいえません。問題なのはイマジナリーフレ
ンドが独立した人格として現れることです」
「それが多重人格の原因ですか?」
「断定はできませんが我々はそう疑っています。ただ、正確にお答えするならば、
原因ではなく要因です」
「例えばもし、彼女の多重人格の症状が治って一つの人格に戻った場合、彼女は本
来の彼女に戻るということなのでしょうか?」
「質問の意味が漠然としすぎてわかりませんね。治療の方向としては人格の統合が
第一です。本来の一つの人格として、安定した状態に戻してあげることが我々の役
目ですから」
「いや……仮に、統合ではなく人格の一つが消失したとします。その場合、残った
彼女の人格は、本来の彼女のものなのでしょうか? それとも消えたのは本人で、
残ったのは彼女が作り上げたイマジナリーフレンドということはありえるのでしょ
うか?」



                                (了)



(※1)ネタバレというほどのものではないのでご安心を。ただ、ハリーポッターシ
リーズを知らない方で、これから読んでみよう(観てみよう)と思われる方は、わざわ
ざその単語を調べない方がいいかもしれません。念のため。



(おまけ)クルミとミクルのこだわっていた【-R】と【+R】ついて補記

 DVD-R/-RW/-RAM陣営(以下、DVDフォーラム陣営)と+R/+RW陣営(以下、+RWアライア
ンス陣営)がVHS対ベータマックスのような規格争いを行って消費者に混乱を招くことが
懸念されたが、現在はDVDレコーダーではDVD-R/-RW/-RAMにほぼ落ち着き、パソコン向け
ドライブでは両対応のスーパーマルチドライブ(後述)が普及したため、それほど混乱
は生じていない(とされるが、実際にパソコンショップにいると、-と+の違いを解説す
る店員の姿をよく見かける)。 現状では、PC用途においては+が有利とする声が多い。
その理由として

・ランダムアクセスが可能 
・+RWではフォーマットとファイナライズが不要 
・+RWは-RWと比べ比較的安価 

 が挙げられる。

(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より引用。2006.11.30付)




 ……いつものようにあとがき書くほどじゃないんで、単なる蓋ですよ。
 それと、後述とあるスーパーマルチドライブに関しては自分で調べてくださいませ。

 では。って、フレボイの書き込みじゃなかった(苦笑)







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