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★タイトル (AZA ) 00/12/31 23:06 (199)
対決の場 3 永山
★内容
「後日、聞きたいことが出て来るかもしれんだろう。そのためには、身元確認
しとかんとな。いちいち手間取らせるな」
「面倒だなあ。今、まとめて聞いてよ」
「あとにならんと分からんこともあるんだ。辛抱してくれや」
「しょうがねえな」
遠山は、警官と八坂の会話を、苛立たしく感じていた。
苛立つ理由は他にもある。今回、ヂエは武藤の携帯電話を奪わずに去ってい
た。己の推測の裏をかかれ、身体中を歯ぎしりする思いで埋め尽くされる。辺
見徳江の携帯電話から辿ろうにも、これもまたヂエは今度の事件現場に置いて
いったため、完全に当てが外れた。
無論、武藤裕の遺体発見の報があってから、即座にコンビニエンスストアを
中心にした非常線を張り巡らせたが、ヂエが網に掛かるかどうか。遠山が奴に
電話してから三十分は過ぎている。ヂエがいかにも犯人でございという怪しげ
な格好のままうろつくはずもない。
「遠山さん、こんな物が遺体のそばに」
駆けつけた嶺澤が透明なビニール袋に入れた状態で示したのは、手の平サイ
ズの拡声器のような黄色い機器と、刃渡り十二センチほどの細長い肉切り包丁。
包丁には、かすかに血の痕跡が残っていた。
「ごみ袋の一つに、無理矢理突っ込む形で放置されていました。凶器とボイス
チェンジャーでしょう。犯人が捨てていった物に違いないかと」
「恐らくな」
いちいち応じるのが嫌になるほど、遠山の精神状態は下降している。これだ
け遺留品が見付かっても、ヂエは指紋も唾液も、その他証拠になりそうな物は
何も残していまい。もはや確信があった。
「それともう一つ」
嶺澤がアクリルの板に挟んだ、赤黒い平面体を取り出した。十センチ四方程
度の大きさで、どうやら血に染まった紙らしい。
「武藤裕の喉の傷口から、これが丸まった状態で押し込まれていました。読み
づらいのですが、黒色の文字、多分、プリントアウトした文字で何か書いてあ
ります」
「こっちへ」
自分自身を奮い立たせるため、短く叫んで要求する。アクリル版ごと紙を受
け取った遠山は、目を凝らした。
「血の赤が重なって、読みにくいな。透かして、えーと。『3人まではプレリ
ュード 本番は明日 4人目の死人から始まる 食い止めてみよ ヒントはパ
ズルの答にある』……パズル?」
メッセージの途中だったが、思わず呟いた遠山。未完成のジグソーパズルと、
山となった欠片が脳内スクリーンにビジュアルに映し出された。
(まさか、最初に死んだ練馬の皮膚が、ジグソーパズルに?)
生唾を飲み込む。
狼狽の浮かぶ目つきで嶺澤を見やると、とにかく先をと促された。目を通す
と、漢字の割合が急に増えたことに気付く。
「『PUZZLE 次を読み解け。――赤坂が赤坂である法則に基づき、尾根宇にて、
正午に逢った時針と分針が次に出逢う刹那、遠山竜虎警部の知り合いの中から
一人を選択――』、何だこれ?」
自分の名が出てきて、渋面をなした遠山。
「私の知り合いを殺すという意味か?」
「そのように思えますが」
該当者の一人である嶺澤は、苦笑いを作った。
「犯人の奴は、遠山さんに知り合いが何人いると思ってるんでしょうかね。ヒ
ントになってない」
「今現在もしょっちゅうやり取りがあるのは、大半が警察関係だ。常識的に考
えれば、警察関係者を狙う物好きな殺人鬼はいまい。だから、絞れなくはない」
「なるほど。そういう見方もありますね」
「だが、ヂエに常識を求めていいのやら、甚だ怪しい」
「うーん。自分が言うのも変ですが、警官殺しは我々のやる気を最大限に引き
出す事件です。まともな人間なら、やめとくはずですがねえ……ああ、この犯
人はまともとは言えないんだった」
自ら落ちを付けると、嶺澤は再度苦笑を浮かべ、額を押さえた。
堂々巡りにならない内に、遠山は話を切り上げた。そして、もう一度、犯行
予告文に目を転じる。
「……妙だな。犯人が私の名を知ったのは、今日、通話でのこと。それなのに、
この文章は『遠山竜虎』と印刷してある」
「ああ、言われてみれば!」
途端に、嶺澤が色めき立った。普段、おっとりした様子しか見せないから、
興奮の色がなお鮮明に表れる。
「でも、今は、持ち運び可能なプリンターもありますからね」
「私も知っているが……そこまでする必要があるか? 筆跡を隠すのであれば、
定規でも当てて、ペンで書けばいい。ごちゃごちゃと機器を持ち歩くのは、検
問の際にプリンターが見付かれば疑われるやらで、犯罪者にとって不都合の方
が大きいと思う。まあ、我々にとって好都合とは言え」
「犯人の美意識ってやつですかね? ヂエはコンピュータ世代の男で、犯行声
明文はプリンターで印字しないと気が済まない、とか」
「偏執狂か。充分あり得るだけに……厄介だ」
夕方まで続いた検問に不審者が掛かることはあっても、ヂエはいなかった。
ヂエの宣言通り、連続殺人はひとまずストップした。
だが無論、それでよしとなるはずもなく、遠山の神経はささくれ立っている。
捜査会議の席で、ヂエにいいように振り回されたことをねちねちと詰られ、
次の殺害予告の文面から、犯人は遠山の知り合いではないかと、まるで遠山が
容疑者であるかのような扱いを受けたのだ。そして当然のごとく、捜査の本道
を外され、あまつさえ、事情聴取される仕打ちを受けた。
「とにかく、四番目の殺しを食い止めねばならん。絶対にだ。被害者に当ては
まりそうな奴を、片っ端から思い出せ。全力を注ぐんだ!」
命じられた遠山は、署内の狭い一室に半ば監禁状態となり、予告文のコピー
とにらめっこをしていた。
「思い出せって言われても」
独りごちて、肩をすくめた。
「たったこれだけの文章から、個人を特定できるはずないだろう。私に知り合
いが何人いると思ってるんだ」
ぶつぶつ言って、頭を抱える。らちが明かない。被害者が誰かを考えるより
も、ここはむしろ、犯人の影を追うべきではないのか。
(犯人は私の知り合いとしよう。大胆な仮説だが、根拠がないではない。この
予告文の私の名前だ。これがあらかじめ印刷されていたのだとしたら。それに
ヂエの奴は、捜査に当たる刑事の名を真っ先に確認してきた。私が捜査に当た
ると知ったからこそ、連続殺人を決行したのではないか? もしかしたら、こ
れまでにも同様の事件をヂエは起こそうとしたが、一人目を殺した段階で私が
関わっていないと知り、二人目以降を殺さずにやり過ごしてきたのではないだ
ろうか……)
遠山は真剣だった。何よりも心に引っかかる、ヂエのあの台詞。「人生は愉
快だねえ」が気になってたまらない。
(あれは、やっと私に巡り会えた、ヂエの悦びの言葉。こう考えれば、筋道が
通ってくる。それに私は、ヂエのやり口をかつて経験した、そんな気がしてな
らない。私の知り合いの誰かがヂエならば、その説明も付く)
頭を抱え、真下の机を見つめ、思い出そうと試みる。大学、高校、中学と自
分の歴史を遡っていく。考えた以上に、時間の掛かる作業だった。
「――あ」
遠山が顔を起こしたとき、記憶の遡上は小学生時代に差し掛かっていた。汗
が額にじんわりと浮かび、背筋は逆に寒気を覚えた。やがて、額の汗が一筋の
流れとなって、眉を湿らせる。
(まさか、あいつ?)
脳裏に浮かんだのは、少年の顔。笑っていて愛嬌はあるが、目が細くて鋭く、
油断ならない空気を持っていた。そいつの体格は大きくもなく、小さくもない。
少し痩せ気味だったが、運動は何でもこなした。学業成績はそこそこだったが、
頭は点数に現れる以上によかったように思う。
「近野創真(こんのそうま)……」
遠山は、ある種の懐かしさを持って、その名を口にした。
「もう飽きたな。次、こういうのはどうだい」
近野がノートの真ん中に、文字を書き記す。これまでのページは、すでに文
字や数字に記号、図形等で埋め尽くされている。
机を挟んで真向かいに座る遠山は、無言で身を乗り出した。教室内には、他
にもたくさんの児童がいるのだが、二人は別空間を作っていた。
「今度こそ、勝つ!」
最前、数字を読み上げていくゲームで、何度やっても遠山が破れた。近野の
術中にはまったのか、どうしても最後の二十五を言わされてしまう。五十一、
七十七、ついには百一と数を大きくしていっても、結果は同じだった。
「今度はゲームじゃない。いつものパズルさ。君は正解を出せば、勝ち。いい
かい?」
「早く出題しろよ」
「言葉に関する一つの規則がある。その規則に従えば、犬はウニ、牛は椅子、
網は今、ニシンはニシンになる」
近野は鉛筆の先で、帳面に記された単語を順に差していく。
「さて、その規則とは?」
「……犬がウニになって、牛が椅子になる……?」
「ああ、こういうのもある」
呟きながら、近野は新たに「魚→王」と書いた。
「大ヒントだぜ、これは」
「魚が王に……魚の王様って言うとタイとかマグロとか……は関係ないか」
「全然関係なし。他に例を挙げると、梨が遺産になる」
「ああ? 梨が遺産? ちょっと待った。でたらめ言ってないだろうな」
遠山が正解を出せないと、近野は時々、正解を教えてくれないまま切り上げ
てしまうことがあった。今回もそうなるのではと警戒し、遠山は釘を差した。
「分からなかったら答、絶対、あとで教えろよ」
「もちろん。もう一つヒントを出すよ。その規則に当てはめると、遺産は梨に
なる」
「さっき聞いた」
「違う違う。梨が遺産になり、遺産が梨になると言ってるんだ。要するに、逆
の関係も成り立つって意味さ」
「逆ってことは」
ノートに目を走らせる遠山。
「ウニは犬、椅子は牛になるって?」
「そうそう。その調子で考えていっていいよ。正解できるかもしれないぜ」
「ウニの棘は犬の……牙? 牛と椅子はどちらも四本脚。何となく共通点ある
ような気もするけどな。でもニシンは変わらないとはどういう」
椅子を引くと、どっかと腰を落ち着け、腕組みをしてなお考えあぐねる遠山。
近野がからかうように、高い声で忠告する。
「自分が今座ってる椅子が四本脚だからって、決めつけちゃだめだねえ。世界
中の椅子は、全て四本脚?」
「あ、そうかそうか」
「それに、君は形状の似た物を探してるようだけれどね、網と今の関係はどう
するんだい? 『今』に形はない」
「……俺から聞いてもかまわないか? たとえば、うさぎをその規則に当ては
めたらどうなるか?とか」
「まあ、いいよ。うさぎなら――いがす、だな」
首を捻りながら言った近野。言われた遠山の方も首を捻った。
「いがす? 何だよ、それ。俺、そんな言葉知らねえぞ」
「意味なんかない。僕は言葉を規則に当てはめて、変形させてるだけさ。ふん、
これは大ヒントになると思うけど」
「さっぱり分からん。じゃあ、机はどうなる?」
「それは難しいな。無理して言えば、えうくてぃ」
近野は苦笑を浮かべ、腕を組んだ。
「えう……? 何だって?」
遠山は聞き違えたのかと思って、耳の穴をいじった。
「えうくてぃ。サービスすると、最後の『てぃ』は英語のTだ」
「英語! 何で英語が出て来るんだよ。分かる訳ねーよ」
「英語と言っても、ただのアルファベットさ。この問題を解くのに、英語の知
識はいらない」
遠山が改めて考えようとした瞬間、チャイムが鳴った。休み時間が終わった
のだ。
「次の休み時間中に正解を出せなかったら、僕の勝ちだ。いいな」
「分かってら」
遠山は授業の準備もそこそこに、下敷きに鉛筆で「牛、椅子 網、今」など
と書き始めた。
(あの答は確か)
蘇った記憶の中のパズル。答も思い出そうと試みる。
(この問題も、自力では解けなかったんだよな。自力で解いたなら、まだちゃ
んと覚えてる確率高いんだが。えーっと、アルファベット……じゃなくて、そ
う、ローマ字だ。全部をローマ字に直して、逆から読む。INUはUNI、U
SIはISUだ。魚は『さかな』じゃなく、『うお』と読むんだったっけな。
近野の引っかけだった。あいつらしい――こんなこと言ってる場合じゃない!)
思い出に浸りたがる神経を、心の声で叱咤する遠山。
(近野の奴は、いつも俺――私にパズルを出題してきた。あの感覚に似ている。
似ているからと言って、近野が今度の事件の犯人? 馬鹿げてる。根拠もなし
に、直感だけで、私は犯人を決めつけようとしている……のか?)
――続く