AWC 対決の場 2   永山


        
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★タイトル (AZA     )  00/12/31  23:05  (200)
対決の場 2   永山
★内容

「練馬政弘である可能性が高いとだけ。毛髪を見比べたんですがね、部屋に落
ちていた髪が、遺体の髪と非常に似通ってますなあ。見た目だけなら、同じと
言っていい」
「そうか」
 ようやく一つ片付いた。初期段階のそのまた初歩とは言え、ほっとする。
 しかし、角治子にとってはたまらない知らせだろう。意識的に遠ざけようと
していた嫌な想像が、現実になった。悪夢のような現実に。
 遠山は事実を彼女に伝える役目を辞退して、自分より年上の部下に押し付け
た。こういう作業は、ベテランの方が手慣れているはずだから、うまく言って
くれるに違いない……。
 マンション住人への聞き込みに動こうとした遠山を、別の刑事が呼び止めた。
「ありましたぜ。奴さんの言うサインとやらが」
 名を若柴(わかしば)という刑事の顔には、遠山を嘲笑うかのような表情が
浮かんでいた。若い上司の疲労困憊ぶりが、楽しいのかもしれない。
「どこにあった? さっき現場に入ったときには、全く分からなかった」
「仏さんの下ですよ」
「した?」
 一瞬、「舌」を思い浮かべる。だが、違った。
「遺体を動かしたら、それまで下に隠れてた箇所に、サインがあったんでさぁ。
絨毯に文字が刻んであった。ナイフか何かで刻んだんでしょうな、あれは」
「何て書いてあった?」
 多少いらいらしながらも、こらえて聞く。
「短かったですよ。アルファベットの小文字で、d、i、eと」
「die……『死ぬ』か」
 新たな嫌悪感に抗しながら、遠山は頭の中でサインの意味を考えようとした。
「死ぬ」という意味以外に、何かあるのかないのか。
「――ああ、ヂエはdieのローマ字読みなんだな」
 ほくそ笑んだ遠山。そんなことが分かっても捜査に役立つとは思えなかった
が、犯人の考えに追い付いた気分には浸れる。
(つまらん言葉遊びを! 試してるつもりか?)
 心中で吐き捨てた遠山だったが、その一方で得体の知れないモノが、脳の奥
底にある琴線を揺らすのも感じ取った。
(ヂエのやり口、どこかで体験した記憶が……)
 そんな上司を怪訝そうに見返した若柴が、「これからどうなさるんで?」と
熱のこもっていない口調で問うてきた。
「喉を切り裂かれた墜死体が見付かっている。はっきりとした関連性が浮かび
上がったからには、そちらへ行く。皆は、このマンション周辺での聞き込みに
力を注ぐように!」

 建築当時のまま放置されたビルは、灰色のモニュメントのようだった。大方、
好景気のときに大雑把な計画で建てられ、その後、不況に転じた時代の風は、
ビルに入るテナントを吹き払ってしまった。そんなところに違いない。
 立地条件の悪さから言って、都市計画にも狂いが生じたのかもしれない。お
かげで現在もビルは空っぽ、管理もなっていない。
「事実上、自由に出入りできるな」
 破られて数ヶ月は経過しているであろうトイレの窓ガラスを一瞥し、遠山は
頭を掻いた。世の中が犯罪の場を設けてやっている。その周りを、捜査員が幾
人も蠢いていた。
「遠山警部」
 嶺澤(みねざわ)巡査長が敬礼をし、直立不動の姿勢を取っていた。気心の
知れた相手を前にして、遠山の表情がわずかに緩む。
「ご苦労さん。前の事件では何かと助けてもらったけれども、今回も頼りにし
ていいかな」
 初めて捜査に当たった遠山をサポートしたのが、嶺澤だった。彼がいなけれ
ば、遠山はいきなり失態を演じた可能性が大きい。
「滅相もない。あのときはたまたま運がよかっただけで。遠山さんが経験を積
めば、足元にも及びません」
「はは。乗せるのがうまいね。さて、世辞はここまでにしてもらって……どん
な状況?」
「ひどいもんです。皮膚を剥がされた死体よりはましと言えるかもしれません
が、若い女が喉をビニール袋みたいに切り裂かれた上、ここの屋上から、ぽい
っと下へ放り落とされたんですから」
「……携帯電話は?」
 最も気になっていた点を問い質す。返事は早かった。
「練馬政弘の物と思しき携帯電話なら、遺体のすぐ横に転がっていました。ロ
ーマ字でNerimaと刻みつけてあったから、間違いないでしょう」
「ほう?」
 指紋か唾液でも付いていればいいのだが……。遠山は期待しないでおこうと
思った。その間にも、嶺澤が続ける。
「女性の携帯電話は見当たりません。元々所持してなかったとは考えにくいの
で、殺人鬼のヂエですか、奴が奪って行ったのでしょう」
「被害者の名前は分かった?」
「学生証を持ってました。辺見徳江(へんみとくえ)、二十歳。私立G女子大
の二年生、家政学。遺体、ご覧になります? 化粧上手な美人でしたよ」
 顎で裏手を示した嶺澤。青いビニールシートが見える。遠山はすぐさま首を
横に振った。
「いや、学生証の写真で結構。化粧をしてたのなら、誰かと会うために出かけ
た途中、犯人に捕まって、ここへ連れて来られたのかな。それとも、その会う
相手が犯人だったとか……」
「そこまではまだ。最近は、大学にただ出るだけでも、念入りに化粧する連中
が多いご時世ですからね。とりあえず、G女子大の電話番号を調べて、詳しい
話を聞く段取りは整えてます。日曜なのでちょいと面倒でしたが、私立なので
何とかなりました」
「手帳の類は持ってなかったと」
「なかったです。アドレス帳でもあれば手間が省けるんだが、恐らく、携帯電
話に全部記憶させてるんでしょうなあ。便利さが我々刑事を苦労させる」
「辺見徳江の携帯電話の番号、分からないかな」
「大学に問い合わせて、辺見の所属していたサークルが分かりましたから、そ
の線で当たっているところです。いずれ、判明するでしょう。遠山さん、番号
が分かったら、当然電話する気ですか」
「するしかあるまい。犯人が持っているかもしれないんだから」
 二時間半ほど前のヂエとのやり取りを思い起こし、遠山は身震いを覚えた。
あんな屈辱的で、焦燥感に駆られるやり取りはなかった。
「練馬政弘と辺見徳江の間につながりがあるのかどうか、早く知りたいな。角
治子に尋ねてみるのはどうだろう?」
「その角って子は、辺見の声を聞いてないんですか? 知り合いなら、何か言
ってくるものと思いますが」
「ちょっと待て……ああ、彼女は辺見の声を耳にしてないんだ。だから、改め
て確かめてみないと」
 台詞が終わらぬ内に、制服警官が二人に接近してきた。制帽から覗く髪はご
ま塩で、年齢は相当行っているようだが、きびきびした動作で敬礼をした。
「ご報告があります。よろしいでしょうか」
「かまわない」
「鑑識の方が検死に当たって、遺体を仰向けにしましたところ、その着衣の胸
元から腹の辺りにかけて、文字が記されているのを発見しました」
「何? 何て書いてあった?」
「はっ。本官が確認しますに、次のように読み取れました。『die 090
−****−**** CALL ME!』」
 アルファベットと数字を読み上げてから、警官はメモ用紙を裏返し、遠山達
に示した。丁寧だが角張った文字が、整然と並んでいる。
「文字は横書きされており、赤っぽく見えました。ただ、血液の色とは違うよ
うに感じましたが……ああ、これは本官の私感であります」
「遠山さん、これ、携帯の電話番号では。辺見徳江の」
「可能性は大いにある。とにかく、実際に見てみないとな」
 嶺澤の意見に低い声で同意すると、遠山は駆け出した。結局、遺体と対面せ
ざるを得ない運命と見える。
(電話を掛けたら、ヂエの犯行を再び聞かされる羽目になるのではないか)
 そう思うと、少したじろぐ感情が湧き起こった。さらに悪い発想を思い付い
てしまう。
(まさか、電話を待って、次の犯行に移る――)
 電話を掛ける勇気が持てるだろうか?
 決心が着かなかった。
 若い遠山が失敗を恐れるのは滑稽であるが、その立場を考えれば致し方ない
面もある。独断だけは避けようと思った。これは責任逃れの常套手段。
(それにしても……ヂエの手口が気になる。どこかで)
 懸念の正体を掴めないまま、遠山は直属の上司に判断を仰ぐため、問い合わ
せの連絡を入れた。
 返答は、遠山の不届きな心根を見透かしたかのように、「好きにしていい」
だった。「君には特に期待しておる。思う存分に力を発揮してみたまえ」と、
お墨付きまでもらってしまった。やるしかない。
 意を決し、辺見徳江の携帯電話に掛ける。コール一回も終わらぬ内に出た。
「こちらヂエ」
「……」
 自分の電話であるかのごとく、ぬけぬけと言う。調子は、コンピュータの読
み上げ機能のそれに似ている。
 遠山は怒りを抑え、辺見徳江の友人を装うことにした。ここは一旦切る。作
り声の練習をして一分後、リダイヤル。コール音がほとんど聞こえない早さで、
相手は出た。
「こちらヂエ」
「そちらは、辺見さんではありませんか。辺見徳江さん……」
「違う。ヂエだ」
「しかし、番号は――」
「装うのは無意味だ、刑事。私は一度聞いた人の声を決して忘れない」
「何のことだ」
「とぼけるのなら、こちらから先にカードを切る。三人目の犠牲者の名は、む
とうひろし。君の電話が遅いから、声を聞かせられなくなった。コンビニエン
スストアの店員、もしかすると店長かもしれない。裏にごみ出しに来たところ
を、喉笛を掻き切ったから、あとはよろしく」
「待て!」
「四十五秒以内なら待ってもいい。ただし条件がある」
「な、何だ」
「刑事。君の名前を教えろ」
「――遠山、遠山竜虎だ。遠い山に、簡単な竜に、虎と書く」
「よろしい。人生は愉快だねえ」
 殺人鬼が意味不明の薄笑いを響かせる。それを無視して、遠山は手掛かりを
得ようと、言葉をぶつけた。
「君は今、どこにいる」
「君と同じ場所だ」
「……」
「私も君も、地球と呼ばれる星の上にいる」
 遠山は怒鳴りつけたいところをこらえ、穏やかな口調に努める。
「何故、こんなことを続けるのか、教えてくれないか」
「思うがまま、好きなように生きている結果だ」
「……罪の意識はないのか」
「罪とは何だろう? ルールを破ることか。国家が決めた、村が決めた――」
 相手の返答が長くなると察知した遠山は、慌てて次の質問をおっ被せた。時
間を無駄にしたくない。
「その話はやめだ。殺した三人に、何か怨みでもあったのか」
「ない」
「無差別殺人か」
「無差別と呼ぶのには、賛成できない。私に殺された瞬間から、彼ら彼女らは
他の者達から差別された、つまり選ばれた存在になる」
「動機のことを聞いている。数多い人間の中から、練馬政弘、辺見徳江、それ
にむとうの三人を選んで殺した理由は何だ?」
「――惜しい。時間切れだ」
 音は途絶えた。
 遠山は歯噛みすると同時に、手掛かりを掴んだと信じた。
 ヂエが被害者の携帯電話を持ち去り、次の犯行をなすまでの間、電源を入れ
たまま所有し続けるのであれば、その居場所の探知は可能のはずだ。一刻も早
く、「むとうひろし」なる人物を特定し、彼の加入している携帯電話会社が割
れたら、一気に詰めることも夢ではない。

 むとうひろし=武藤裕の遺体は、意外なほど簡単に見付かった。辺見徳江の
死んだビルから南下すること五百メートル強、大通りに通じる道の角のコンビ
ニエンスストアの裏が現場だった。ごみ袋の山に上半身を突っ込み、こと切れ
ていた。
「最初に見つけたのは君か。名前は」
 被害者と同じコンビニエンスでアルバイトをする八坂信介(やさかのぶすけ)
は、仕事をさぼれた上に珍しい経験ができ、しかも給料はそのままもらえると
いうことで嬉しそうだった。
「学生って、どこの? いっぺんに言ってもらわんと」
 間怠っこしいやり取りに辟易したような苦笑をする制服警官に、八坂は頭を
掻きながらぼそぼそと反論した。
「何だって?」
「だから。俺、容疑者ってやつじゃないだろ。だったら。何で、そこまで言わ
なくちゃなんねえのか」
 首をすくめ、横を向いた。厚い下唇が前に突き出されて、不満を主張する。

――続く




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