#6965/7701 連載
★タイトル (AZA ) 99/ 2/13 23:29 (200)
参加作品>かわらない想い 9 寺嶋公香
★内容
「分かった。明日にでも返しに行く」
「頼む。じゃあ、公子ちゃん」
「ええ。−−そうだ。後片付け、お願いね」
手提げかばんを持ったまま、公子は振り返った。
「ああ、もちろん、それぐらい。公子こそ、料理を作ってくれてありがとね。
本当においしかったよ」
「ふふ、二度と出ない味かもしれないけどね。それと、ご両親によろしくね。
じゃあ」
秋山を先にして、公子は外に出た。
「天気は……大丈夫だ」
空を見上げる秋山。つられて公子も見上げる。
「雲はないみたいだけど……今夜は星、あまり見えてないわ」
ちょっとがっかり。
「前のときは特別だったんだね。奇跡的によく見えた。今夜は……ぱっと見た
だけだと、恒星はさそり座のアンタレスが分かるぐらいだ」
「ほんと。……冬だったら、もっとよく見えてた気がするんだけど」
「冬の方が空気がきれいだそうだよ、確か」
「だからね。私、この前、星座の本を読んでみたんだけど、リゲルが好きにな
っちゃった。あと、シリウス」
「リゲルはオリオン座だったよね? 水色の星」
「そうだったわ。シリウスはおおいぬ座。空で一番輝いてる星」
「それは間違い」
秋山の断定口調に、公子は足を止めた。
「え? だって書いてあったわ。まさか、月とか惑星とかは入れないでしょ」
「もちろん。恒星に限った話だよ」
立ち止まっていた秋山だったが、また歩き始めた。公子もついて行く。
「……分からないわ。本が間違ってない限り」
「ふふ、はははっ。いいなあ、予想通りの反応って」
「反応って、ひっかけクイズみたい……」
「そうなんだ、ひっかけだよ。僕が言っているのはね、太陽だよ」
「太陽?」
「恒星だよ」
「……そっか。私、さっき、『空で一番輝いてる星』って言ったんだ」
「当たり、だよ。正確に『夜空』と言いましょう」
「意地悪だなあ」
「そんなつもり、ないんだけど」
紙飛行機を飛ばすポーズをした秋山。
「飛行機が好きだからかな、宇宙とか星座とかにも、興味あるんだ」
「分かるわ、その気持ち」
「そういや昼間、子供っぽいとは言わなかったんだ、公子ちゃん。何か……う
れしくなるよ」
「実際、そう感じたんだもの。わざわざ手作りするぐらい、その、大げさかも
しれないけど、情熱があるんだって分かったし」
「ありがとう」
満足げな秋山の笑顔が、タイミングよく外灯に照らし出される。
(何て……素敵な表情をするんだろう)
公子は、秋山の瞳、虹彩に魅入られそうになる。
(きれいな目をしているね。夢の小さな結晶を語るあなたの目)
「部活を選ぶとき、星に関係するのって考えなかった?」
「天文部はなかったしねえ。理科部になるのかな? それにしたって、望遠鏡
で星を覗くなんて無理だよ。望遠鏡自体、部にないはずだから」
「そうだっけ?」
「多分。それよりさ、公子ちゃんも星に興味が出てきたんだったら、今度、プ
ラネタリウムを観に行ってみない?」
「え?」
それってデート?なんて思った公子だが、頭の中ですぐに打ち消す。
「……うん。楽しそう。みんなで行こうね」
公子の返事に、秋山はただ黙ってうなずいた。
公子は会話を続けるべく努力する。
「いつにしよっか?」
「−−今すぐには決められないだろ。みんなで行くのなら」
「そっか……」
しまったと、舌先をちろりと出す公子。
(失敗、失敗。ごめんね、秋山君。悪気はないの。だけど、カナのことがある
から、私は……。今、こうして二人きりでいるだけでも、うれしい反面、悪い
ことしている気がしちゃって……)
「ああ、家、見えてきたよ。−−もう」
語尾に小さな声で付け加えられた、「もう」が気になった。
「さよならだね、今夜は」
「ええ……。ありがとう」
どうしても引き留めたくなって、言葉を続ける公子。
「ありがとう。その、宿題教えてくれたし、料理を手伝ってくれたし、こうし
て送ってくれて……」
「たいしたことないよ」
言って、向きを換え、行こうとする秋山。
それを公子が見送っていると、ふと秋山の足が止まった。
「どうしたの?」
「一つだけ、大変だったなって思って」
公子は、首を傾げて意思表示。分からない。
「たまねぎ、切るのはつらいぜ。練習しようかな!」
おどけたその物腰に、一瞬、あっけに取られた公子だったが、すぐにおかし
くなってきた。
「あはははっ。そうね、お願い!」
公子が、そろそろ髪を切ったらと母親から言われたのは、八月三十一日、夏
休み最後の日の夜だった。
お風呂上がりの公子がパジャマ姿のまま髪を乾かしていると、最初に父親か
ら声をかけられた。
「長くなってるなあ」
「えっ?」
ドライヤーの音で聞こえにくい。スイッチを切って、もう一度言ってくれる
よう、父の顔を覗く。
「たいしたことじゃない。髪、伸びたな。そう言ったんだよ」
「何だあ」
「そろそろ切ったら?」
今度は母親。
「折角、新学期を迎えるんだし、気分一新に」
「いいけど……明日、新学期が始まるのに、今日はもう切れないわ」
「別に新学期のスタートに、ぴったり合わせろと言ってるんじゃありませんよ。
お金渡すから、理髪店に行ってらっしゃいな」
「うん。その内にね」
うなずいて、公子はドライヤー作業に戻った。
それから一週間。ようやく、公子は決めた。
(今日はいつもより早めに終わるはず。学校からの帰り、理髪店に行こうっと)
そう計画を立て、朝、公子は家を出た。
学校までの途中、珍しく、秋山といっしょになった。
「おはよ」
「あ、え? 秋山君、部の朝練……」
拳法部はよく早朝練習があるので、秋山と公子が並んで通学することは、こ
れまでに数えるほどしかない。
「今日はさぼり。それより……話があるんだ」
「何?」
公子が笑顔を向けると、秋山はいつもより心持ち緊張している様子で、何や
ら逡巡している。
「その……今日の放課後、少しだけ時間ほしいんだ」
「放課後」
公子の頭の中に、理髪店のことが浮かぶ。
(いきなり予定が狂うかも。でも、秋山君ならいいわ。きっとプラネタリウム
に行く話だ、すぐ終わるだろうし)
短い間にそう判断し、公子は答える。
「うん、大丈夫。ただし、本当に少しだけね」
「それでいいよ。すぐすむはずだから」
このとき、公子は秋山の話し方がいつもと微妙に違うことに、まったく気が
付かなかった−−。
かきん。
野球部の練習している音が、グランドから外れた校舎の裏手にいても、よく
響いてきた。
どきどきしている自分の胸に、公子は手を当てた。状況は二年前のあのとき
と、酷似している。
「答、聞かせてほしい」
真正面、少しの距離を置いて、立っているのは秋山。傾きつつある太陽が彼
を背中から照らすので、その表情はあまり判然としない。
慣れつつあると言っても、男子と接するのがまだまだ苦手な公子。だが、秋
山は特別だ。小学生の頃から知っているせいもあるだろうし、何と言っても公
子自身、彼のことが好き。
心ならずも一度断り、心の中だけでずっと憧れ続けてきた男の子から、こん
な風に−−告白されるなんて……。公子はうつむいたまま、混乱しながらも落
ち着こうと必死にたたかっていた。
「二年前とは違う答、聞きたい」
「……」
言葉が出てこない。想いの相手から告白されたら、すぐに受けるのが普通か
もしれない。でも、今の公子には受けられない事情があった。
(カナ……)
友達を裏切るような真似はできない。
「あ、あの」
ようやく、それだけ言えた。秋山はいい返事を期待するかのように、小さく
うなずく。
「あの……ご、ごめんなさいっ」
背中が冷やーっとしてくる。周りの空気が重たくなる。そんな感じ。
今度は、秋山の方が言葉をなくしてしまったよう。
「……そう……」
残念がると言うよりも、寂しそうに言った秋山。これも二年前、小学六年生
のときと同じ。
「今まで通り、と、友達でいましょっ。ね」
せめて自分の気持ちをほんのわずかでも示したくて、公子は付け加えた。し
かし、その効果は疑問。これまた二年前と同じなのだから。
「……うん。友達で……ね」
声が低くなっている秋山。
「ごめんなさい、本当に」
頭を下げる。自分の髪がはらりと下がり、顔を隠してくれる。そのまま泣い
てしまいたい。けれど、すぐに顔を上げなきゃ。
公子は笑顔を作った。
秋山も、ため息混じりに笑みを浮かべているよう見えた。
「こっちこそ……ごめん。いきなり、こんな話をして。忘れてくれていいよ」
「秋山君」
「でも、一つだけ、教えてほしい。−−他に好きな人、いるのかい?」
心にくさびでも打ちつけられたような気分。
(そんなこと……聞かないで)
「いるのなら……あきらめるよ」
秋山の声は、わずかに震えていた。
(あなたよ。私が好きなのは、秋山君。でも、言えない……)
公子は、涙が自分の頬を不意に伝ったのに気づいた。どうにかこらえていた
のに、秋山の今の問いかけで、限界を超えてしまった。
「ごめん」
秋山がハンカチを、公子がそうするよりも早く取り出す。
「泣かないで」
頬にあてがわれる白いハンカチが、次々に涙を引き取る。
(泣きたくないけど……泣きたい。喉が勝手に。痛い)
ハンカチを受け取り、強く目に押し当てる。
「大丈夫? 本当にごめん」
「ううん。悪くない、秋山君は」
ひっくひっくと嗚咽しながら、公子は小さな声で言った。
「好きな人−−答えられない。……ごめんなさい」
「……そうだよね」
納得したらしい秋山へ、公子はハンカチを返した。
「じゃ。……その……また明日、教室でな!」
秋山の言葉の語尾はトーンが高かった。自らを元気づけたい気持ちの表れか
もしれない。
きびすを返した彼は、そのままグランドの方に駆けていった。
「秋山君……ごめん……なさい」
校舎の壁を背に公子は、ぐっと奥歯を噛みしめ、しばらくその場に立ちつく
していた。また、頬が濡れ始めた。
どれぐらい時間が経っていただろう。公子は疲れも露に、顔を上げた。
(……髪、切れなくなっちゃった、な……。失恋を宣伝するような真似、でき
ないものね)
自分の髪をなでながら、公子は泣き笑いをした。
野球部の練習する音が、まだ聞こえていた。
――つづく(第一部・終わり)