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★タイトル (USM ) 99/ 2/16 18:21 (175)
海鷲の宴(16−5) Vol
★内容
少なくとも額面上は、第41任務部隊の戦力は、第37任務部隊のそれを遥か
に凌駕していた。指揮官は、米海軍の中でもレーダー砲術の権威として知られる
ウィリス・リー少将。座乗する旗艦は、マーシャル沖で負った傷がようやく癒え
て勇躍参陣してきた「インディアナ」だ。これに、同じくマーシャル沖の生き残
りである「メリーランド」が加わっている。2隻とも、16インチ砲を搭載する
強力な戦艦で、特に「インディアナ」は長砲身砲を12門も搭載し、アラバマ級
が次々と竣工しつつある現在でも、世界最強の砲撃力を誇っている。2隻合わせ
た戦闘力は、第37任務部隊の主力であった「テキサス」「ニューヨーク」とは
まるで比べ物にならない。
補助艦艇も、今回は前回の倍以上の数を揃えている。苦しい台所事情の中から
捻出してきた重巡は、新造艦「バルチモア」「ボストン」、それに「インディア
ナポリス」「ミネアポリス」の4隻。軽巡部隊も、旧式のオマハ級ではなく、6
インチ砲15門の攻撃力を誇るブルックリン級を配備している。「フィラデルフ
ィア」「フェニックス」「セントルイス」「ナッシュビル」「サヴァンナ」の5
隻に、これまた新造のアトランタ級軽巡「アトランタ」「ジュノー」が加わって
いる。排水量6200トンの小艦だが、5インチ砲16門の弾幕射撃による打撃
力と防空力は、決しておろそかにはできないものだった。
これに、護衛として駆逐艦16隻がついている。今度こそ、日本軍に負けるわ
けにはいかない----同じ相手に二度勝ちを許さないという合衆国の決意を感じさ
せる布陣だった。
もっとも、これだけの戦力を急にかき集めると、当然のようにあちこちに歪み
が生じて来る。テイラー中佐が危惧していた「バルチモア」「ボストン」もそう
だが、「アトランタ」「ジュノー」も、重巡2隻ほどではないにせよ練度が十分
とは言えず、額面通りの戦闘力を発揮するには無理がある。また、ブルックリン
級各艦は、もとから南太平洋軍に配備されていた物に加えて、アリューシャン戦
域の北方方面軍(「フィラデルフィア」)やカリブ艦隊から回航した艦(「サヴ
ァンナ」)も含まれており、艦隊運動の擦り合わせが不十分なままでの出撃だけ
に、戦闘時の混乱が予想された。巡洋艦部隊の急激な消耗に伴って、熟練乗組員
が次々と戦死し、その結果全体の練度は著しく低下。合衆国海軍に、見えない部
分での空洞化をもたらしていたのだ。
一方、日本軍の方にも問題がなかったわけではない。主力の「扶桑」「山城」
は、確かに重装甲と28ノットの速力を誇るバランスの取れた高速戦艦だが、い
くら改装を受けたとは言っても、既に艦齢25年のロートルだ。第八戦隊の重巡
四隻も、8インチ砲6門と打撃力に欠ける旧式艦。水雷戦隊の旗艦こそ5500
トン型では最も新しい川内級(それでも艦齢20年を超えている)だが、率いる
駆逐艦は、これまた旧式小型の睦月級や初春級だった。確かに、旧式だけに乗組
員には古参のベテランが揃っていたが、艦そのものの老朽化や戦闘力の不足は、
如何ともし難いものがあった。さらに、敵将リーは合衆国海軍でも指折りのレー
ダー運用のオーソリティ。その長所も短所も、全て知り尽くしていた。
2330時 ニュージョージア島北方沖
「今度こそ負けるわけにはいかない」
第41任務部隊の将兵全員が、同じ気持ちだったに違いない。旗艦「インディ
アナ」のCICに詰めている要員の表情にも、緊張が見て取れる。今回は、工事
が間に合わなかった「ボストン」を除くと、巡洋艦以上の全ての艦に、SG対水
上レーダーが装備されている。おまけに、ニュージョージア島の島影に隠れて待
ち伏せているのはこちらの方なのだ。
(今度は前回のようにはいかんぞ……)
艦橋直下の船体内に設けられたCICで、リーはレーダーの網の中に日本艦隊
が飛び込んで来るのを、川面に糸を垂れる釣り人のように待ち構えていた。
やがて、前衛部隊の「ミネアポリス」から連絡が飛び込んで来た。
「レーダーに反応! 330度、距離35000。大型艦と見られる反応複数を
含む!」
「よし、捕まえたぞ! 全艦突撃!」
几帳面な人柄には珍しく、リーが歓声をあげた。
「しまった!」
無数の発砲炎を目にした栗田中将は、旗艦「扶桑」の艦橋で叫んだ。敵は、ニ
ュージョージア島を背にして島影に隠れていたのだ。確かに夜戦見張り員は、夜
目自慢のベテランが揃っていたが、超人的な夜間視力を持つ彼らと言えども、遠
距離の島影の傍に隠れた敵艦は見分けられなかったのだ。奇しくも、前回近藤中
将が第37任務部隊に対して取った戦術を、そっくりそのまま返された格好だ。
「取り舵、右舷砲戦!」
栗田がそう命じようとした瞬間、距離28000メートルで放たれた16イン
チ砲弾の一発が、「扶桑」の艦橋下部を刺し貫いた。正確な敵情も掴めぬまま、
日本艦隊の司令部は消滅した。----そして着弾の大音響は、この後殆ど夜を徹し
て繰り広げられる大混戦の開幕を告げる、ゴングでもあった。
日本艦隊が即座に反撃に転じたのは、殆ど奇跡に近い成り行きによるものだっ
た。どこの海軍でもそうだが、旗艦が発砲しない限り、他の艦は砲門を開く事を
許されていない。その点を鑑みるに、後続していた「山城」艦長の野之村篤重大
佐の機転は、賞賛されて然るべきものだった。もっとも、彼は「扶桑」被弾の爆
炎を発砲炎と勘違いしたのだ----という説もあるが、海軍軍人であれば発砲炎と
爆炎の区別が付けられないわけはないとする説が主流だ。もっとも、今となって
は確かめる術もない。
第八戦隊の重巡が撃ち上げた照明弾は、まず第41任務部隊前衛の「ミネアポ
リス」と駆逐艦「メレディス」「グレイソン」「エリクソン」「イングラハム」
「モンセン」を、青白いマグネシウムの光の中に浮かび上がらせた。
「1時方向、敵巡1、駆逐艦5!」
見張り員の報告に、四隻の重巡が一斉に主砲を放つ。「ミネアポリス」以下、
前衛部隊も反撃に転じる。軽巡「神通」以下、9隻の駆逐艦が一斉に突きかかっ
て行く。水雷戦隊同士の戦闘は、照明弾が照らしだす中で一気に激化した。
一方、前衛部隊が砲火を交える中、本隊の護衛に当たっていた第七水雷戦隊旗
艦の軽巡「那珂」で、見張り員が米艦隊後方の本隊に気付いた。
「敵後方に大型艦!」
直ちに照明弾が撃ち上げられたが、この際の日本側の判断が、混戦に一層の拍
車を掛けた。第八戦隊旗艦「青葉」の見張り員は、条約型重巡よりも一回り大き
いバルチモア級を、戦艦と誤認したのだ。
「2時方向に敵艦隊! 戦艦4、甲巡6、駆逐艦10隻以上、距離17000!」
報告を聞いた次席指揮官の五藤存知少将は、双眼鏡を向けて仰天した。
「大艦隊じゃないか……」
落ち着いてよく見れば、バルチモア級が重巡だと言う事はわかるのだが、先に
情報が入って来ると、どうしても先入観が働く。五藤には、バルチモア級重巡が
アラバマ級戦艦に見えた。前回の戦闘で水上打撃戦力に甚大な被害を受けたにも
関らず、今またこれだけの大艦隊を投入できる合衆国の底力をまざまざと見せつ
けられ、五藤は戦慄を覚えずにはいられなかった。
「全艦取り舵! 右舷砲雷戦!」
第二・第八両戦隊が米軍主力に主砲を指向しつつあった頃、第六水雷戦隊と米
艦隊前衛との戦闘は、両軍入り乱れての乱戦となっていた。始めのうちは隊列を
組んでの統制雷撃が試みられたものの、砲撃によって隊列から落伍する艦が次々
と出ており----当然ながら速力の衰えた艦と言えども、戦闘力はそれなりに残っ
ているものも多いわけで----崩れた隊列が、個艦単位でてんでバラバラに交戦す
るという、混沌とした状態に陥ったのだ。これが、排水量に余裕のある朝潮級や
フレッチャー級以降の駆逐艦なら、機関やボイラーの周辺にはそれなりの(少な
くとも、5インチクラスの口径の砲による砲撃に耐えられる程度には)防御が施
してあったのだが……生憎と、睦月級もリバモア級も、十分な排水量に恵まれた
艦としては知られていない。
(おかげで、このざまだよ)
駆逐艦「モンセン」の露天艦橋で、艦長のエリック・ロブソン少佐は、心中毒
づいた。「モンセン」は、戦闘開始直後に2発の命中弾を受け、艦首の5インチ
単装砲塔一基を破壊され、後甲板で小規模な火災を生じていた。消火班が急行し
ているので、間もなく火災は鎮火されるだろうが、何がどう壊れたのか機関の調
子がさっきから思わしくなく、全力なら37ノット出る筈の速力が、30ノット
強しか出せなくなっている。おかげで、隊列からはすっかり置いて行かれてしま
った。
「左舷雷跡!」
「取り舵、回避! ……くそったれが。ちゃんと見て捨てやがれ!」
艦橋ウィングに立つ見張り員からの報告に、そちらに目をやったロブソンは、
小声で悪態をついた。左舷から魚雷を撃って来たのは、味方の駆逐艦だ。艦中央
部で猛烈な火災が発生している。多分、誘爆を恐れての魚雷投棄なのだろう。気
持ちは分からないでもないが……せめて、敵に向かって捨てるぐらいの機転は利
かないものか。
「右舷45度、敵艦、向かって来ます!」
見ると、明らかにリバモア級とは異なるシルエットを持つ、一回り小柄な駆逐
艦が、前部主砲を撃ちながら突っ込んで来るところだった。
「右舷砲戦! 雷跡に注意しろ!」
「モンセン」は、残った4門の単装砲塔を右舷に向け、釣瓶撃ちに5インチ砲弾
を放った。迫って来る敵艦の両側に、3本の水柱が上がった----つまり、1発が
命中した。前甲板に火柱が上がる。敵艦は慌てたように回頭すると、後甲板の主
砲を2、3発ぶっ放して遁走に移った。そこに、「モンセン」の砲弾が命中。中
央部で炸裂した砲弾は、新たな火災を発生させた。
「あのシルエットは睦月級だな」
「右舷雷跡!」
「……食えない奴め。回避だ回避!」
次の瞬間、衝撃が「モンセン」を揺るがした。
「何があった!」
「5番砲に被弾! 使用不能です!」
「後方見張りは何してやがった……」
舌打ちするロブソン。これで火力は4割減だ。
「ジャップの魚雷はかわしたか!? かわしたんだな!? よし、取り舵一杯!」
左舷側に、駆逐艦よりも二回りは大きいシルエットが浮かぶ。
「巡洋艦じゃねぇか。『ミネアポリス』が押さえてたんじゃなかったのか!?」
現にそこに存在するものは存在する。そしてそいつは、「モンセン」目掛けて
盛んに砲撃を繰り返しているのだ。艦橋後方に被弾。第一煙突が半ばで折れ曲が
り、ボートがデリックごと吹き飛ぶ。艦橋の左舷側ウィングにいた見張り員が、
弾片を受け、悲鳴を上げて倒れる。続いて第二煙突上部に直撃弾。これは不発だ
ったが、
「ファンネルキャップを持って行かれました!」
「いらねえよ、ンなもん。それより、雷撃準備だ。魚雷放ってとっととケツまく
って逃げるぞ!」
いくらなんでも、軽巡相手に傷ついた駆逐艦で一対一というのは分が悪い。後
部にもう一弾が直撃し、3番砲と4番砲がまとめて残骸と化す。これで、戦闘力
はなくなったも同然だ。
「まったく。ジャップと言う生き物は夜行性かよ。百科事典にそう書いとけって
んだ」
「モンセン」は、8本の魚雷を扇状に発射すると、面舵を切って一目散に遁走に
移った。が、運命の女神はこの土壇場になって「モンセン」を見放した。
「な、何事だ!?」
突如として艦尾方向から襲って来た衝撃に、ロブソンを始め艦橋にいた要員は
全員が床に投げ出された。軽巡「神通」が放った4本の酸素魚雷のうち一本が、
殆ど偶然に近い確率で「モンセン」の艦尾方向から命中。4軸のスクリューと舵
をまとめて吹き飛ばし、艦尾に大穴を空けた。30ノットの全力で進んでいた
「モンセン」は、一時的に34ノットまで一気に加速し、急激に速度を落として
その場に停止する。同時に、艦尾がみるみるずり下がり始めた。
艦長としてロブソンがするべきことは、もはやたった一つしか残っていなかっ
た。数十秒後、甲板のあちこちから、乗組員が海に飛び込み始めた。
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