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★タイトル (AZA ) 96/12/24 23:37 (200)
闇に光に告白を 12 永山
★内容
ディオシスら、総勢三十五名の『誘拐団討伐部隊』の出陣は、王族との謁見
の儀があっただけで、比較的静かに行われた。本格的な戦争ならいざ知らず、
いくら王女が誘拐されたとは言え、一つの犯罪に過ぎないという認識があった
ためだ。
また、部隊の規模も、相手に気づかれぬよう迅速に動ける限度の人数で構成
されている。多すぎては誘拐団にその動きを感づかれてしまうが、少なすぎて
は返り討ちに遭う危険も大きい。
−−と、これらは、ディオシスが気心の知れた者ばかりで部隊を固めるため
に用意した理由である。
「ディオシス将軍」
黒の軍服をまとい、城内の通路を急いでいたディオシスは、足を止めた。
「ヘイバー将軍でしたか」
振り返った先に、小さいが闘志の塊みたいな張った体格の、ヘイバーがいた。
油でぴんと固めた鼻髭を、さらになで上げている。
「いよいよですな。ご武功、祈っておりますぞ」
「武功だなどとは……。姫を救い出す、これが第一義です」
地位は同等だが、相手は年上。へりくだった物腰を用いなければ、機嫌を損
ねられるかもしれない。そして、今、そのような事態は避けたかった。
「ごもっともごもっとも」
声を立てずに、顔だけで笑うヘイバー。
「マリアス王女のご無事が一番なのは当然。ただ、油断めされるな。相手はた
だの山賊風情かもしれんが、油断すれば、足下をすくわれることも有り得るか
らねえ」
ディオシスは気が付いた。ヘイバーは、俺の失敗を願っているのだ、と。
「……ご忠言、痛み入ります」
妬まれるようないい思いはしていないが。そう考えながら、適当に返事して
おくディオシス。
「まあ、あれですなあ。今回、手柄を立てれば、マリアス姫との仲も……」
「……いや、そのようなことは」
ああ、そうか。内心、納得がいったディオシス。
「ライ国の将来のため、マリアス姫を救い出す。それだけですよ」
微笑してから、言葉を選ぶディオシス。決して、レオンティール国王のため
とは口にしたくなかった。
城を出て三日目の夜。
誘拐団討伐部隊に人夫として加わったデボイ、シャカリら四人は、不安に駆
られていた。
「聞いたか? すでにこの近くに、誘拐団らしき一行が潜んでいるんだと」
「噂だけだろう? 町の連中が見たって話だけで」
「そうでもないようだぜ。将軍は今夜、部隊をいくつかに分けて、マリアス姫
様の奪回に動くおつもりらしい」
「それが本当なら、俺達はどうなるんだ? まさか食糧やら天幕やらを担いで、
敵陣に乗り込むはずがない」
「ここを根拠地にして、展開するんだろう。俺達ゃ、お留守番さ。数人の護衛
は残しておいてもらえるだろうけどよ」
「それなら、まあいいか。命があれば」
「でも、万が一、誘拐団の連中がこちらの動きを察していたら、やばいんじゃ
ないのかねえ」
「……ディオシス将軍ら主力が分散している隙に、ここを叩いて基盤を崩すっ
て訳だな。姫様を誘拐するぐらいの悪党どもだ、その程度の悪知恵を働かせた
っておかしくない」
「冗談じゃねえよっ。どれほどの兵力が護衛に残るか知らんが、きっと、ひと
たまりもなくやられる」
ざわめきだしたところへ、兵士の一人、イプセンが現れた。
「何を騒いでいる?」
デボイ達四人は、幾ばくかの間、話すべきかどうかを逡巡したが、結局は話
すと決めた。命に代えられぬ。
「何だ、そんなことで不安がっていたのか」
「しかし……」
わき起こる悪い想像に、落ち着きを取り戻せないデボイら人夫。彼らを安心
させるためか、イプセンは大きな声で言い放った。
「無論、守りに着くがな。万一のときに、おまえ達まで巻き添えを食う必要は
ない。誘拐団が襲ってきたら、さっさと逃げてかまわん」
「……逃げていい……?」
信じられない言葉に、お互い、顔を見合わせる。
「ああ。だから、今夜から馬の背に乗って眠ってもいいぞ。いつでも逃げ出せ
るようにな。はっはっはっ!」
「それ……冗談ですかい、本気ですかい?」
シャカリがおずおずと尋ねると、イプセンは一層大きな声で答えた。
「本気と受け取ってくれ。それで結構。その代わり、無事逃げ出せたときは、
必ずレオンティール様にお伝えするのだ。誘拐団を思いの外手強く、一筋縄で
は行かぬ。良策を求めて行動するを願うとな」
「そ、それはもちろん。我らのような者のことを考えくださり、ありがとうご
ざいます」
平身低頭するシャカリやデボイ達。
「俺に言っても始まらん。ディオシス将軍のお考えだ。そもそもあの方は、人
夫を連れずに、兵だけで進軍するつもりであったのだがな。一目で明確に部隊
と分かるようでは都合が悪いと考え、少人数のおまえ達を連れて行かざるを得
なかったのだ。許せよ」
「ははあ。ますますもってありがたきお言葉」
地面にひれ伏さんばかりの四人をあとに、イプセンはその場を立ち去ってい
く。
「聞いたか?」
デボイが言った。
「ああ。全く信じられない。最初から逃げる準備をしておけと言っているも同
じだ。それだけ身軽さが大切っちゅうことか」
「ここは真面目に受け取って、馬の背は無理としても、すぐ側で寝るとするか。
何ら恥じることじゃないもんな」
「その通り。いわば密命を受けたようなもの。もしも大事があった折には、危
急の由を国王様へご報告せよ、だぜ。なーんか知らんが、格好いいよな、俺達。
はは」
無理矢理笑ってみたが、恐怖心は簡単には去ってくれなかった。夢中になっ
て腐肉をなめる蝿のように、しつこく意識にまとわりつく。
皆、うなずき合って一つの結論に達した。
「……寝るか」
レオンティールは、ちょうど食事の最中であった。国王へ報告するためにや
って来た者にとっては、最も気を遣わねばならぬ時間帯の一つと言えるかもし
れない。
「人夫どもが申し上げたいことがあると、参っておりますが」
「今時、人夫だと? まさか……ディオシスの部隊に加わった連中か」
苦々しさに唇を曲げるレオンティール。食事の手は止まっていた。
「さようでございます。いかに取り計らいましょうか?」
「終わってからだ」
即座に決定し、食事に戻ったレオンティールは、しかし苛立ちから、かちゃ
かちゃと音を立てるようになった。
−−数刻後、報告を受けたレオンティールは、より一層、苛立ちを覚えるこ
ととなる。
人夫達を追い出してから、国王とシーレイ王子、そして数名の臣下とで臨時
閣議が始まる。
「賊風情にこれほどまで手こずるとは、ディオシス将軍もだらしがない」
報告を聞いたヘイバーが蔑む。国王らの御前とは言え、遠慮はほとんど感じ
られない。
「お言葉ですが、レオンティール国王。彼に任せたのは、早計だったのではあ
りませぬか」
「意見する気か、ヘイバー」
シーレイの鋭い声が飛ぶ。ヘイバーは鼻先を矢でかすめられでもしたかのよ
うに、不意に押し黙った。
「それだけでも恐れ多いが、加えて、討伐の任に着く者を募った際、おまえ達
他の将軍はどうであった? 誰一人、名乗りを上げなかったではないか!」
国王はうなずき、将軍達は顔を見合わせるだけ。
「あのとき、ディオシスだけが進み出たことを忘れるな。雛鳥が餌をねだるが
ごとく騒ぎ立てるなぞ、以ての外。文句を言う暇があれば、加勢に駆けつけよ
うという心意気の一つでも示してみせよ!」
「シーレイ王子。その前にお尋ねしたいことがあります」
右手の人差し指を立て、質問の許可を求めた者があった。
「言ってみよ」
皆の注目の中、指名を受けた男−−フラスゴーはその場に立った。物音を立
てずに。
「討伐の方針は、このまま変わらないのか否か、それを確かめたく存じます」
「……とは、どういう意味だ」
シーレイは顎に片手をやる格好をし、もう片方の手でフラスゴーを促す。
「王女をさらった賊どもがディオシス将軍らの手に負えぬ様子である上に、我
我の武力行使を察せられたのもの明らか。私が考えるに、このままいたずらに
武力を増大しても、大きな効果は期待できないかと。何しろ、敵の手中にマリ
アス王女は落ちているのですから、我らもやがて動きを封じられてしまいまし
ょう」
「もっともだ。かつての戦で、軍師として名を馳せただけのことはある」
当時、若造だったシーレイの誉め言葉に、嘘偽りはないであろう。
「そなたのことだ。某か策が浮かんでいると見たが、どうかな」
「仰せの通り。と申しましても、先頃、ディオシス将軍が提示した案と似たり
寄ったりでありますが」
「かまわん」
シーレイでなく、レオンティールの声。進行の遅さにじれったくなっていた
彼は、そこらに響き渡る重々しい口調で言った。
「即刻、討伐隊に手を引かせ、相手からの要求を待ちます。それが王女の命を
お守りする最善の方法」
「それはそうであろうが……相手からの脅しもない内に撤退とは、弱気に過ぎ
るぞ」
「シーレイ王子、あなた様の妹君の身を考えれば、これしかないと存じます。
約束を破ったとして、賊がマリアス王女に手をかけたとしても、今や不思議で
はありません。ここは速やかに引くべきです」
「……父王?」
判断できぬと見たか、シーレイはレオンティールへ振り返った。
間髪入れることなく口を開く。
「フラスゴーよ、その先を聞かせてみよ。判断はそれからだ」
「賊の要求が以前と同じか、それともさらに難題を突き付けてくるかは分かり
ません。要求が示された時点で、その全てに従うように振る舞うのです。すで
に一度だまし討ちを食らわせた我らを、敵は信用できないと捉えているに違い
ありません。これ以上、奴らを挑発しかねない行動は慎む。要求を飲んだと見
せかけ、王女を取り戻すそのときが来るまでは、自重するのです。
ただし、その前に一つだけ、こちらも要求をします」
「ほう。何と?」
「マリアス王女が無事である証を見せよ。それを示せぬ場合は、王族殺しの大
罪で貴様達を八つ裂きにしてくれる−−とでも言うのです。賊どもは当然、王
女が無事である証拠を見せるはず。我らの前に、王女を連れて現れるやもしれ
ません。そうなれば好機到来。弓の名手のヤポン辺りを用いて賊を急襲、一気
にマリアス王女を救出することも可能」
「ふむ」
「要は、我々の前に再び王女の姿が現れたとき、勝負は決しましょう。重ねて
申し上げます。一旦、引くべきと存じます」
「なるほど。早速、命令を出そう。だが、フラスゴー、おまえに聞きたいこと
もあるのだ」
「何なりと。説明が足りなかった点は、いくらでも補足させていただきます」
策が受け入れられたためか、得意げな面持ちを隠しながらフラスゴーは頭を
下げる。
「おまえの策略のことではない。何故、最初に名乗りを上げなかったのか。そ
の理由を聞きたい。おまえの申し出なれば、わしはディオシスよりも優先して
取り上げたぞ」
「これは光栄ですが、鋭いご指摘」
大げさとも思える身振りで頭を抱えるフラスゴー。が、すぐに直立不動の姿
勢を取った。
「私はディオシス将軍の腕前を見たかった。それだけです」
「真意か?」
「無論でございます。戦乱の時代が終わり、太平に慣れてしまったのではない
かと、針の先ほどばかりの不安が心の片隅を占めておりましたが、全くもって
残念なことに、私の不安は的中したようです。ディオシス将軍も腕が鈍ってい
た。腕以上に、知略を欠いていたと」
「もうよい。今後はそなたに指揮を任せる。が、全ての決定は事前に必ず報告
するのだ。よいな」
いつものことだが、レオンティールは他の者の意見を聞きもせず、ただ一人
の−−今度の場合、フラスゴーの考えを全面的に推す。もはや他の将や臣下は、
一言も挟めない。
フラスゴーは胸の前に右手をやり、深くお辞儀をする。年齢のよく掴めない
その容貌には、かすかな笑みが浮いていた。
「心得ました。早速ですが、お許し願いたいことがあります。先ほども申しま
した一時撤退の命を、早馬にてディオシス将軍の隊に伝えるべき」
レオンティールは一言、「よかろう」と重々しく答えた。
−−続く