AWC 美津濃森殺人事件 15   永山


        
#4840/7701 連載
★タイトル (AZA     )  96/12/24  23:39  (200)
美津濃森殺人事件 15   永山
★内容
 凶器捜索班の守谷が幾分遅い昼食を採ろうと、休憩に入った直後だった。
「すみません! 守谷さん!」
 ロープをくぐった彼女を呼び止めたのは、先刻、状況を報告してくれた若い
刑事である。遠くで右手を大きく振っている。
「何かしら?」
 守谷が立ち止まっていると、相手はぐんぐん近付いて、目の前まで来ると息
を切らしながら言った。
「すみません。向こうで、ですね−−参考人となりそうな、若い、男を見つけ
たということで」
「参考人?」
「そう、参考人、です。我々が捜索しているのをですね、しきりに覗き込もう
とするので、注意したら、そいつが言ったそうです。大変なものを目撃したか
もしれないって、そう言ったそうですよ」
「その男、今はどこに?」
 声を鋭くする守谷。ぴんと来るものがあった。
 ようやく呼吸を整えた様子の刑事は、誇らしげに答えた。
「もちろん、待たせているそうです。できれば守谷さんが直接に聞いた方がよ
いかと思い、お知らせに」
「ありがと。すぐ行く」
 守谷は再びロープをくぐり、若い刑事のあとについて、捜索範囲の現場を横
切る。
「あちらの車の中に留め置いていると聞きました」
 刑事が指差した先の車の中には、確かに男がいる。後部座席に腰掛けている
ので背は分からないが、その面からはひょろりとした印象を受けた。
 守谷はそのまま直進し、三たびロープをくぐって、車の脇に立っている警官
に聞く。
「中にいるのが、話に聞いた参考人?」
「そうであります」
 少し緊張気味の警官の声を背に、守谷は車の右後部のドアを開け、男と隣、
空いている位置に乗り込んだ。
「何か目撃したそうだけど、私が話を聞くわ」
 そう言って、相手の様子を観察する。
 ぱっと見た目、三十には届いていない。顎の辺りに無精髭がぽつぽつとあり、
髪も少しゆがんだ形にセットされているが、細面で今風の顔。身だしなみをき
ちんとすれば、二枚目で通るだろう。先ほど予想した通り、身長はかなりある。
一八〇は軽く越えていそうだ。
「名前は?」
 手始めに尋ねる守谷。
 だが、男はおびえたような目を向けるばかりで、一向に口を開こうとしない。
よくよく見ると、手が小刻みに震えている。
(……緊張しているのか?)
 警察関係者を前にしたり、パトカーの中にいたりすることで意味もなく緊張
してしまう者も、いるにはいる。そのことを知っている守谷は、やれやれと思
いつつも、努めて優しい声で語りかけた。
「緊張しなくて結構ですよ。何か恐いことでもあったのかしら?」
「……」
「あなたから話がしたいって、私達に言ってきたんでしょう? だったら、黙
っていられちゃ困るんですよね」
「……い……」
 何か言った。守谷は耳に手を当て、すぐに聞き返す。
「はい? 何て言ったの?」
「車から……降りたい……車から……」
 蚊の羽音よりも小さいかと思えるほど、聞き取りにくい声であったが、彼は
間違いなくそう言っていた。同じ台詞を口の中でもごもごと、何度も何度も繰
り返している。
「……分かった。降りましょう」
 シートの上を横に滑るように、守谷は車外に出た。だが、細面の男は、相変
わらずじっと座ったままだ。
「どうかしたの? 早く出なさい。出たいんじゃないの?」
 開け放したドアから顔を覗かせ、半ば叫ぶように守谷。
「こ、こちらのドアが開きません」
 ぎこちない手つきで、男はドアのロックを差し示した。
 ああ、面倒くさい。そう叫びたくなるのをこらえて、守谷は運転席のドアを
開け、その脇にあるボタンで左後部のドアのロックを解除した。
「さあ、開いた。降りて降りて」
 声に従い、ドアを開けると、ちょこんと飛び降りた男。子供っぽく見える。
身長があるだけに、よけいに滑稽だ。
(保母さんの心境……)
 そんなことを考えた頭を振って、守谷は再び男に聞いた。
「あなたの名前は?」
「僕の名前は西門卓です」
 これまでのおびえた様子は嘘だったかのごとく、男−−西門卓は、はきはき
とした口調で答えた。
「……あなた、閉所恐怖症?」
 思わず、守谷の口をついて出た質問。
「いや、そんなつもりはないんですが、車や列車何かの閉ざされた空間は、嫌
な感じを受けますね」
 それを閉所恐怖症というのよ、と守谷が思った直後に、西門は意外な言葉を
口にした。
「でもエレベーターや飛行機は大丈夫なんです。不思議ですね」
「……不思議ですねと言われても……」
 調子の狂った守谷は、言葉を失ってしまった。
「お話の前に、刑事さんのお名前を聞かせてください」
「わ、私の名前?」
 身体を折るようにして上から尋ねられ、守谷は内心、びくりとした。
「いけませんか?」
「−−そんなことはありません」
 気を取り直し、毅然とした態度を保とうとする。
「私の名前は守谷笠子。守る谷、笠の子供よ」
「立派なお名前ですねえ」
「感心してないで、あなたの名前はどう書くのかしらね。西の門に、すぐるは
食卓の卓かしら」
「その通り。ぴったんこ」
 歯を覗かせて笑う西門。身振りは大人のそれになったようだが、言葉の端々
に、子供っぽさが残っている。
「年齢は」
 メモ書きしながら、守谷は質問を飛ばす。
 対する西門は、実に嬉しそうに顔をほころばせ、嬉々として応じてくる。こ
れで太っていたら布袋様のようだろう。
「二十七。もう誕生日は過ぎました」
「職業は」
「大学院生ですが、今は休学中でして。アルバイトして貯めた金を食いつぶし
ているところです」
「どこの大学?」
 西門は、東京にある大学の名前を挙げた。
「住所と電話番号、あとで書いてもらうから。……それで? あなたの話って
のを聞こうかな」
「長くなりますが、最初に、僕のことを知ってもらいたいのです」
 変わった切り出し方に、守谷は戸惑いながらも、こくりとうなずき、相手を
促した。
「僕は奇行癖があるようなのです」
「はい?」
 ますます戸惑う守谷。
(そんなこと宣言されなくたって、今でも充分、あんたの言動は奇妙だわ)
「−−どんな奇行なのかしら」
「人が言うには」
「待って。あなたはご自分で、その奇行を自覚されていないんですね?」
「はい。まあ、たまに、朝起きて変だなと違和感を覚えることも、これまでに
何度かありましたが」
「朝起きてと言うからには、あなたの言う奇行は、夜、現れると?」
「そうなんです。いや、正確を期せば、そのようなんですとしか言いようがあ
りませんが」
「いいから、先を」
 若干、いらいらし始めた守谷。このような参考人の相手は、胃に悪いに違い
ない。
「僕の周りの者が言うには、僕は夜になると、放浪する癖があるようです。夢
遊病者みたいだと言う者さえいます。けれど、僕には全く自覚がありません。
病院に行っても、原因ははっきり分からないと言われました」
「まだ続くの? それよりも事件に関係している何か話が、あるんでしょう? 
それを早く言ってちょうだい!」
「僕は夜中、懐中電灯を頭の上にくくりつけ、この一帯を徘徊するようなので
す」
「懐中電灯を……頭に?」
 ぎょっとする守谷。目の前の男が頭に懐中電灯をくくりつけ、夜な夜なある
歩き回る−−想像するだけでも、ちょっと嫌な光景だった。
「そのときの僕は、自覚はありませんけど、物事を見聞きしているみたいなん
です。どうしてそれが分かるかって言うと、これなんです」
 と、西門はズボンの尻ポケットに手を回すと、おもむろに手帳を取り出した。
表紙が青色の、かなり分厚い手帳だ。
「徘徊中の僕は、目で見たことや耳で聞いたことをこの手帳に書き付けている
ことがよくあるのです。筆跡が違うけれど、僕が寝ていたと思っている間に、
右手が鉛筆で汚れていることもしばしばありました。信じられないかもしれま
せんが、これは事実なんです」
「それは置いといて……事件に関係がありそうな話が、その手帳に書いてあっ
たという訳ね?」
 焦る気持ちを抑え、守谷はゆっくりとした口調で聞いた。
 すると西門は、手を打って喜びを露にする。
「ご名答! その通りなんです。僕が次に言いたいことが、どうして分かるん
ですか」
「……私は刑事だからね」
 邪魔くさいので適当なことを言う守谷。
「さすがだなあ」
「さ、その手帳の問題のページ、見せてくれる?」
 手袋をしたままの右手を出す守谷。
「ええ、いいですよ。えーっと」
 せわしない手つきで、手帳を繰り始めた西門。その手が何度も行ったり来た
りをして、なかなか問題のページを見つけられないようだ。
「ああ、あった。これこれ」
 割と大きな手の平の中、開かれた手帳の一箇所を示す西門。
「ね? 日付は七月十九日になっているでしょう? これって、殺人事件が起
きた次の日ですよ」
「分かっています。何時頃に書いたのかは分からないのかしら、これ?」
 書かれている内容にざっと目を通しながら、守谷は西門に尋ねた。
「具体的な時刻は不明ですが、遅くても午前八時までです。だって、僕が起き
るの、いつも八時ですからね。それよりあとってことは、絶対にあり得ません」
「そう……。もっとよく読ませてください」
 相手が一般の協力者だということを思い出し、丁寧に言う守谷。西門は何も
言わずに微笑んで、手帳を渡してくれた。関係がありそうな部分を、守谷は声
に出して読んでみた。
「『湖のすぐ近くに来ている。林の中に入っている。黒い布切れをまとった人
物がいる。そいつが白い女体に貪りついている。荒い息づかいがずっと聞こえ
ている。しばらく時間が経っている。黒い布切れをまとった人物が、白い女体
から離れる。白い身体の女は死んでいる』」
 はっとする守谷。続きは黙読になった。
 −−女体には精液がまとわりついている。黒い布切れをまとった人物が、布
切れの一部を脱いでいる。布切れを丸めて精液を拭い取っている。拭い取って
いる。拭い取っている……。
(何度も、『拭い取っている』と書かれているわ。この回数だけ、その黒い布
切れの人物が精液を拭い取る動作を繰り返したということかしら……)
 そう感じて、守谷はさらに続きに目を通す。
 −−黒い布切れをまとった人物が、石を拾う。手にした布切れで石を包み、
布切れを丸め、湖の中へ投げ込む。石と布が飛んでいる。落ちていく。湖の岸
から離れた場所に沈んでいる。
(布切れが湖に……。紐状の凶器ばかりに目を奪われて、布切れなんて眼中に
なかったわ。改めて、布切れを探さなくては)
 己を戒め、読み続ける。
 −−黒い布切れをまとった人物が、布切れ全てを脱ぎ始めている。すぐに終
わる。紺色のジャージ姿の男である。紺色のジャージ姿の男は、石を拾う。石
を脱いだ布切れでくるんでいる。少し歩いている。石と布切れを湖へ投げ込む。
布と石が飛んで行く。落ちていく。湖の岸から離れた場所に、沈んでいる。
(もう一枚、布切れがある、と)
 −−紺色のジャージ姿の男が歩いている。道路へと向かっている。道路に出
る。辺りを見回している。見回している。道路を渡る。左に曲がる。道に沿っ
て歩いていく。右に曲がる。白い家の前に立つ。庭の方へと回っていく。中に
入っていく。
「これで終わり?」
 思わず声に出す守谷。紺色のジャージ姿の男がどの家に入ったのか、気にな
って仕方がない。

−続く




前のメッセージ 次のメッセージ 
「連載」一覧 永山の作品
修正・削除する         


オプション検索 利用者登録 アドレス・ハンドル変更
TOP PAGE