AWC 闇に光に告白を 10     永山 智也


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★タイトル (AZA     )  95/ 1/28   8:27  (178)
闇に光に告白を 10     永山 智也
★内容
7 大いなる幻影

 城からマリアスの姿が見えなくなったその日の夜の内に、城内には再び緊張
が走ることになる−−。
「国王様! たった今、このような文が届きました!」
 その手紙こそ、待ちかねていた代物であった。事件に関わっている者全員に
急遽、召集がかけられる。
「まず、全文をここに読み上げる。いかなる内容であろうとも、最後まで静粛
にして聞くように」
 こう断って始めたのは、シーレイ王子だ。幾重にも折られた紙を広げる乾い
た音が、部屋中に響く。
「……我らはライ国王女マリアスを城から連れ出しし者である。これから記す
ことはマリアス姫の身と同等であるものと考えるよう、初めに申し添えておく」
 あらかじめ予想された書き出しだったものの、やはりたいていの者は衝撃を
受け、ざわついてしまう。
 シーレイは大きく咳払いをした。ざわめきが静まる。
「……まず、当方の預かりしマリアス姫の身は全くもって安全である。ただし、
現時点ではという条件付きでもある。以下に述べる要求をそちらが受け入れら
れぬ場合、マリアス姫の身の安全は保証できぬのは、言うまでもない。
 要求は三つある。
 一つ、全ての領民を平等に扱うこと。そのために王族・皇族は国政を一時放
棄し、全ての領民が名乗りを上げる余地のある、全領民による投票により、新
たなる政府を選択できる道を開くこと」
 この一文を読んでいるときは、さすがのシーレイも顔をしかめ、流暢な話ぶ
りも影を潜めた。
「……二つ、ライ国が大陸統一に至る過程で踏み石とした異国の民全てに、補
償をすること。具体的に示せば、不当な行為によって奪った財産の返還、虐殺
された民の遺族への補助金支払い等々。
 三つ、ライ国が過去行いし、あらゆる残虐非道なる行為を公にすること。殊
に、功臣ことごとく処刑し事実は隠さず天下に知らしむる由」
 三つ目の要求が読み上げられたところで、部屋の中の空気は爆発した。
「何というふざけた要求!」
 という声もあれば、
「三つ目の要求の意味が分からぬ。国王様、ご説明を!」
 という叫びも上がった。
 シーレイとレオンティールは少しばかりやり方を誤ったと感じていた。手紙
の内容を子細に検討してから、極内なる者の前でのみ、その公開を行うべきだ
ったのだ。しかし、もはや悔いても遅い。
「静まれ!」
 シーレイが怒声を上げたが、簡単には収まらない。命令なぞどこ吹く風、勝
手に議論を始める者もいる始末だ。
「えーい、静まらんか!」
 叫び続けるシーレイ。が、効果はなく、彼は上座のレオンティールを見上げ
た。
 レオンティールもことの成り行きに頭が痛いらしく、どう説明をつけるかを
思案中で、かまっていられぬ様子だ。
 そのとき、将軍ディオシスがすっくと立ち上がった。そして腰の刀の鞘を壁
の柱に激しく打ちつけた。
「落ち着け! 我々はシーレイ王子のお言葉に耳を傾けていればいいのだ」
 潮が退いていくように静かになる。
 ディオシスは全衛士を見回してから、最後にシーレイに視点を合わせた。
「出すぎた真似をいたしました。どうぞお続けください」
 そしてディオシスは静かに腰を下ろす。
「あ、ああ」
 シーレイは呆気に取られたようにしていたが、毅然とした表情をすぐに取り
戻すと、問題の手紙に目を落とす。
「全ての質問は、最後に受ける。
 ……上の要求全てを、二ヶ月以内に受け入れるよう希望する。受け入れられ
たと当方が判断できた場合、マリアス姫は元のお姿のまま、丁重にお返しする
ことを約束する。くり返しになるが、受け入れられぬ場合、マリアス姫の身の
安全は保証できないことをお忘れなきよう。
 ……これで全てだ。最後にマリアスのものらしき、拇印が押されている」
 シーレイは紙を裏返し、皆に見えるように高く掲げた。確かに、手紙の一番
下に赤い印がある。
「質問を受け付けよう」
 シーレイの言葉が終わらぬ内に、手を上げる者が幾人もいた。王子はその中
の一人を指差した。
「先ほどのことを確認したく思います。功臣を処刑したとあったのは事実なの
でございましょうか? 私を含むほとんどの者は、戦争での名誉の死か、事故
死だったと聞いておりますが」
「……父王」
 シーレイは自ら答える術を見い出せず、レオンティールに救いを求める。
 レオンティールもつらそうな様子を露にする。しかも、ここにはことの次第
を知るディオシス将軍もいる。
 が、すぐに決心したかのようにレオンティールは口を真一文字に結ぶと、き
っと視線を上げた。
「そのようなことはない。賊共のたわごと、心ない中傷に過ぎん」
 これがレオンティールの出した「結論」であった。ここでいくら「事実」を
隠蔽し、それが露見しようとも、何とでも理由は作り出せる……。
「本当でございますね!」
 そのような声が次々と上がる。
 レオンティールはその一つ一つに大きく、自信に満ちたうなずきを返して見
せた。
「シーレイ、あとはおまえに任せる」
「はい。……皆の者、他に聞きたいことはないのか?」
 シーレイは複雑な表情をどうにか隠し、議長役をこなしていく。
「ないようだな。では、次に対策をどう打ち出すかに移る。三つの要求を受け
入れられるものかどうか、意見を聞きたい。最初に我ら王族としての意見を述
べておこう。もちろん、否、だ」
 シーレイは、父王レオンティールの先の回答の意味をくみ取り、そのように
高らかに宣言した。
 それを聞いて、顔を互いに見合わせていた衛士達は、声を揃えた。
「もちろん、我らも受け入れる必要はないと存じ上げます!」
「頼もしい言葉、嬉しく思うぞ」
「当然でございます。要求にこのような嘘を突きつけて平然としていられるよ
うな輩の言うことを聞く必要は、微塵もございません。我らは徹底的に拒むべ
きです」
「そこで改めて問題となってくるのが、マリアスの身だ」
 シーレイは苦しそうに、つぶやくように言った。
 衛士達はシーレイ、あるいはレオンティールの心中を慮ったらしく、沈痛な
面持ちがほとんどを占めた。
「要求を受け入れないとなれば、相手は容赦しまい」
「だが、屈することもできん」
 そんな喧々囂々の議論が繰り返された。同じ内容が空回りする、進展のない
議論がしばらく続いた。
「シーレイ王子」
 ディオシス将軍は、例のごとく静かに手を挙げた。
「何かな、将軍」
「今一度、確認をしたいと存じます。要求を受け入れるおつもりは、絶対にな
いのでございましょうか」
「ない。それが父王レオンティールの意志であり、ライ国の意志だ」
「それでは……賊にマリアス姫を無事解放させるために、要求を受け入れたふ
りを見せればいかがでしょうか」
「……と申すと?」
「文字通りの意味にございます。見えない敵に信じさせるため、三つの要求を
受け入れたかのように振る舞うのです」
「例えば、どのようにする?」
 レオンティール自ら問うてきた。
「二つ目の補償をせよという要求は、いざとなればそのまま実行してもよいで
しょう。ことが解決した後に、いくらでも取り上げることができます」
「ふむ」
「三つ目の要求は、そもそも『言いがかり』なのでございますから、応じよう
がありません」
 真相を知るはずのディオシス将軍は、「言いがかり」という言葉を強調した。
 それに気付かぬ振りのまま、シーレイは先を促す。
「それでも誠意を見せる必要があります。ここは、適当な『隠されてきた事実』
をでっち上げ、それを認めたという形にするしかないでしょう」
「なるほどな。そこまではいい。一つ目の要求はどうする。政を放棄せよとは、
あまりにも難題だぞ」
「簡単でございましょう」
 こともなげに言うディオシス。まるで何者かに憑かれたかのように、早口で
まくし立てる。
「いきなり国政を放棄することは現実的でないという理由で退けても、充分に
通じましょう。そして、いかにも領民が参画できる選挙が実施される予定であ
るかのように、準備してみせるのです。正式に公布する必要はございません。
国中に選挙の噂が行き渡れば、それでこと足りるのでございます」
「素晴らしい」
 感嘆の声を漏らすシーレイ王子。
 レオンティールも、それなら何とかなるといった風だ。
「よし、ディオシス将軍の案出した策で行くとする。すぐにでも、速やかに実
行できるよう、なすべきことを分担して随時、決定をするのだ」
 大号令の下、事態は大きく動き始めたように見えた。

「残念ながら」
 少年は口火を切った。少年と言っても、先の戦のおかげで幼い頃から身を守
る術を叩き込まれた、一人の兵士として充分に通用する腕を持っているのだが。
「残念ながら、レオンティール国王は、真実を認めようとはしなかった。−−
これがディオシス将軍のお言葉です」
 少年は一言一句、噛みしめるようにして、文の内容を相手に伝える。
 聞き手に回っていた少女は、表情を曇らせた。
「大丈夫でございますか?」
 表情の変化に気付いた少年が、心配そうに声をかける。
「大丈夫よ、ベガソ」
 少年の名をそのように呼んだ少女は、それでも首を振っていた。嫌な思いを
払拭しようとしているかのように。
「続けて」
「はい。……三つの要求については、うまくごまかすような策を私が出した格
好になり、それに従って皆は動いております。ただ、不安なのは、大がかりな
部隊を率いて、『誘拐団』のせん滅をせんとする動きがなきにしもあらずとい
う点です。私の策では、要求を受け入れたように見せかけ、マリアス姫が解放
されるのを待つべきとしているのですが、待つことを厭い、先手を打って出よ
うとする一団があるような気配が感じられるのでございます。無論、そのよう
な動きが先鋭化した暁には、私がその部隊の将に名乗りを上げ、作戦を成功さ
せぬように誤誘導するつもりではあります。しかし、もしものことも考えてお
く必要があるかもしれません」
「……それで全部?」
 しばらく静寂が流れてから、少女はベガソに尋ねた。
「はい、今度の件に関してはこれだけです。それと、お身体に気を付けてくだ
さるようにともおっしゃっていました」
 真摯な眼差しで語るベガソ。その視線の先には、一人の少女がいる。ついこ
の間、初めて外の空気に触れたような、か細くも純粋な少女が。
「……分かってる。ありがとう」
 少女−−マリアスはしっかりとした声を出しながら、力強くうなずいた。そ
の瞳は、ある決意にあふれている。



−−続く




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