AWC 闇に光に告白を 8     永山 智也


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★タイトル (AZA     )  95/ 1/28   8:19  (189)
闇に光に告白を 8     永山 智也
★内容
 もう一つの発見は、トゥル国との同盟の件についてだ。トゥル国との条約締
結の際に、すでに裏切ることを決めていた議決書の写しが出てきた。当時の大
国ルアリとの密条約の上に、トゥル国との表面だけの同盟があったことがはっ
きりした訳になる。
(あのネイアスはここまで知っていたのだろうか?)
 これを発見したとき、マリアスはそんな思いに駆られた。
 以上の二つの発見は、どこまで国王としてのレオンティールを動かせるので
あろうか。あるいは、どこまで領民を動かせるのであろう?
 同盟国への裏切りに関しては、国民の大部分もそれが戦国時代の習いと解釈
しているかもしれない。その点、あまり効果は期待できない。もちろん、トゥ
ル国の民にとっては衝撃的事実であり、彼らを突き動かすのに足る材料に違い
ない。ただし、トゥル国の民はほとんどせん滅の憂き目に遭わされたらしい。
生き残っているのはあのネイアスやランペター達が最後なのかもしれなかった。
これでは大きなうねりになるのは期待過剰というものだ。
 それに比して、税負担の不公平となると、これの公開は効果が見込めるので
はないか。元来のライ国領民以外の全てが、大きな反応を示すはず。彼らとて、
いつまでも敗戦国の民として甘んじるつもりはさらさらないであろう。
 そして今日、マリアスは新たな発見を成果に加えた。功績のあった臣下を次
次と処刑した、その記録である。
 それは、さすがに一時も早く忘れ去りたい記憶とされているのであろうか、
書物部屋の奥深く、半ば打ち捨てられたように隅に眠っていた。
 大きいのはここからである。処刑された功臣の多くは、戦によって死んだも
のとして公表されていたことも合わせて分かったのだ。国のために闘った将軍
達の死を偽って民に信じ込ませていたとなれば、ライ国の民にとっても大きな
衝撃になるのは間違いない。特に功臣の近親者にとっては。
(これだけあれば……)
 部屋にあるほぼ全ての書物・文献を読み終えた今、マリアスは、ある程度の
手応えを感じていた。
(何とかなるかもしれない。できれば、もう少し決定的な何かがほしいんだけ
れども。とにかく、最後の一冊を読んでしまってからだわ、結論は)
 マリアスは、その残っていた冊子を手にした。書と書の間に押し込まれるよ
うにしてあったそれは、あまりに薄いためにマリアスも見落とすところであっ
た。
 開いてみると、中身は活字ではなく、手書きで表されているのが分かった。
(……この字は……)
 見覚えがあった。その文字一つ一つがマリアスの神経に何かを訴えてくる。
(……お父様が書いた文字? そう、間違いないわ。お父様の自筆だなんて、
珍しい。薄いのに、意外に重要なのかもしれない、この冊子)
 マリアスは手が震えるのを感じた。文字はほこりで黒く汚れ、すぐには読め
ない。手で払ったぐらいでは、固まったほこりは簡単には落ちない。
 マリアスは用意していた刷毛の反対側を使い、丁寧にこびりついたほこりを
剥がしていった。
 奇妙に白い、元の紙面が現れ出た。
(っと……)
 読み始めるマリアス。その目は徐々に見開かれ、表情が厳しくなっている。
冊子を持つ手も、震えがよりひどくなっている。さっきの緊張による震えとは
別だ。
「そんな……」
 思わず声が出た。そしてそれっきり、一言も出ない。
 冊子に何が記されていたのか。
 それは一種の計画であった。明らかに戦国の世に書かれていた。それもかな
り末期であろうと推測される。レオンティールの文字で書かれたその内容を主
旨を損なわぬようまとめると、こうなる。
「−−トゥル国せん滅をなしえ、その後ルアリ国との戦闘に踏み切っても、最
終的な勝利の確率は五分五分であると考えられる。万々が一、今度のトゥル国
攻略の共同作戦において、ルアリよりも我が国の方が多くの被害を被った場合
を見越し、ルアリ国との同盟関係を一時、強めるのが賢明である。それにかな
う最善の方法は、ルアリと我が国それぞれの王族が縁戚関係を結ぶことである。
婚姻に適した者は、ルアリには王子しかおらず、また我が国にも王子シーレイ
のみ。しかもルアリ国女王はすでに没しておる。その結果、我は女児をもうけ
ることとする。女児が生まれるのがいつになるのか、それは天のみぞ知るとこ
ろであるが、必ずや天は我がライ国に味方しよう−−」
 読み終えたとき、マリアスの頬は濡れていた。自分の存在が急にあやふやに
なってしまった、そんな喪失感。
「あ、あ、あ」
 そして声を上げて泣いた。喉がひきつるようにいたい。頭の中は混乱し、ま
るで竜巻のように渦巻いている。そして胸の、心の痛みがひどかった。


6 失踪当時の服装は

 スワンソンは、近頃のマリアスの様子がおかしいなと感じていた。前までは
さほど国のことには興味を持っていなかったのが、急に勉強熱心になった。か
と思えば、暇なときはどこで何をしているのか、全体にほこりっぽくなって部
屋に帰ってくる。そういうことが一ヶ月ほど続いていたのを意識していた。が、
そのときはまだ、何も聞かないでいた。病で倒れられ、ふと時間が惜しく感じ
られた一過性のものだと思っていたから。
 だが、極最近のマリアスは、さらに変わったと、スワンソンは感じている。
一転、何をするにも魂が抜け出てしまったみたいに、ぼーっとしている。さす
がに気になり、スワンソンが尋ねてみても、返ってくる答は「何でもない」の
一点張り。
 それでも心配なスワンソン、ロッツコッド医師に大丈夫なのかと聞いてみる。
「以前の病の影響が出ているんじゃないでしょうか?」
「そんな馬鹿な。有り得んよ」
 一笑に付されてしまった。
 スワンソンにはしかし、ある自負があった。姫様の最もお側にいるのは自分
であり、その自分がおかしいと感じているのだという自負が。
 スワンソンは、マリアスと親しい将軍ディオシスにも相談を持ちかけてみた。
 だが、普段は何かにつけて姫想いのディオシスも、どうしたことかこのとき
は、何も有用な返事はよこさず、またマリアス自身と会おうともしない。
 ただ一言、
「ひょっとして、あのことに行き当たられたのではないか」
 と、まるで呪詛の言葉か何かのようにうめいたのを、スワンソンは耳にした。
その意味をディオシスに尋ねても、教えてはもらえなかった。
(どうなっているの? 本当に)
 半ば口でぶつぶつとつぶやきながら、スワンソンは朝の仕度を始めた。
(マリアス姫の様子がおかしいというのに、やぶ医者はあてにならないし、頼
りのディオシス将軍も態度が変。私みたいなのが、国王様やシーレイ王子に申
し上げるのも、なかなかできることじゃないし)
 いらいらしながらも、まずは身仕度の完了。ついで、いつものようにマリア
スを起こして差し上げようと、彼女の部屋に向かう。部屋の前に到着し、扉を
軽く叩きながら、スワンソンは言った。
「姫、姫様!」
 ずっといらいらしていたので、つい、声が大きくなる。
 だが、返事はない。
 またいつものように−−ここしばらくはそうでもないのだが−−姫は小鳥と
遊んでおられるのねと思いながら、スワンソンは扉を叩く手に力を入れた。同
時に、声をさらに大きくする。
「マリアス姫! 夢中になっておられずに、早く開けてくださいませ」
 それでも返事なし。スワンソンは仕方がなく、これもよくやるように、その
まま扉を開けさせてもらうことにした。
「姫、全く……」
 小言の一つでも申さなくてはと考えつつ、スワンソンは扉を開けた。が、そ
の動きは中途で停止する。
「……」
 呆気に取られるスワンソン。部屋の中には誰もいなかった。寝台は空っぽ、
窓も閉まっている。
 ついで時間を確かめる。いつもなら、まだマリアスは部屋にいるはずの時間
だ。
「これはいったい」
 この時点で、スワンソンはまだ安心していた。気まぐれを起こしたマリアス
が、かなり早くに目を覚まし、部屋から抜け出たに違いないと想像できたから
だ。
 彼女は念のため、マリアスが室内のどこにも隠れていないことを確かめよう
と思った。一度だけだが、マリアスは衣装戸棚の中に隠れ、起こしに来たスワ
ンソンをひどく驚かせたことがあったからだ。
「よし、隠れてはいらっしゃらない」
 最後に問題の衣装戸棚を調べ終わり、スワンソンはマリアスを探すべく廊下
に出ようとした。
 しかし、その一瞬、彼女は言い様のない違和感を覚えた。衣装戸棚の扉を閉
じるとき、何かが違っていた。それが何か、すぐには認識できない。
 スワンソンは、いくらか慌てて、衣装戸棚を再び開けた。
「ああ、服が全部揃っている……」
 違和感の原因は解けた。服が全て揃っている状態とは本来、不自然なのだ。
何故なら−−。
「姫様、寝間着のままで出歩かれているのかしら。みっともない」
 そう口に出してから、また違和感がスワンソンを襲った。今まで、マリアス
が寝間着のみで城の中を出歩くことはなかった。せめて何かを上に羽織るのが
通例である。それなのに……。
 スワンソンは、ここにきて不安になっていた。
「姫!」
 大声を上げる。続いて部屋を急いで飛び出した。あまりに急いでいたものだ
から、足元がおぼつかず、転びそうになる。
「っと」
 廊下に手をつきそうになったスワンソンは、妙なことに気付いた。
(絨毯に土が着いている!)
 思わず、スワンソンは床に手をつき、じっとその土を見つめた。
 城の中の一部は外靴でもよいが、この階を含む大部分では、許されていない。
それなのにこんな土の付着跡があるなんて、不可解なことである。
(どう解釈したらいいの? ……もしや姫は……)
 頭に浮かんだ不吉な考え。それを打ち払うようにスワンソンは頭を振る。
 泳ぐような動作になって、スワンソンは歩き始めた。

「何だって?」
 マリアスの側近衛士の一人、イプセンは高い声を上げた。
「マリアス姫様のお姿が見えないとは、本当か、スワンソン?」
「そうなんです。お部屋には見えませんし、城内を探して回っても、見つかり
ませんでした」
「城の外に出られたご様子は?」
「姫ご自身で出られたとは思えません。服が手つかずだったので、それは確か
だと思います。それよりも、泥というか土というか、そんな跡が廊下に残って
いましたわ。恐ろしい想像ですけど、ひょっとして、何者かが城内に忍び込ん
で」
「姫様をさらっていったというのか?」
 若いイプセンはさっきからずっと大声を上げている。
「あの、イプセン……。あまり声を高くすると、他の方に聞こえます。まだ決
まった訳じゃないんですから、なるべく内密にことを運ばないと」
「あ、ああ。分かった」
 少し顔を赤らめ、イプセンは辺りを見回した。
「それではこれからどうすればよい」
「昨晩、城門を警備していた衛士、知っていましょう? まず、その人に確か
めてみてください、姫がお出かけにならなかったかどうか」
「聞いてもよいが、そんな馬鹿げたことは有り得ないぞ。お出かけになったと
したら真夜中だと考えられよう? そんな時分に姫様が抜け出られるのを門番
の奴、『お気を付けて』とでも言って見送ったというのか? そもそも、姫は
お休みのときの格好なのであろう、間違いなく不審がられる」
「それはそうなんだけど……でも、大騒ぎしたあとで、ひょっこりと姫が戻っ
て来られでもしたら、私やあなたは大変なことになるかもしれない」
 スワンソンは言った。本当は、そうであることを願いながら。
 しかし、イプセンはすぐに否定する。
「我々が報告を遅らせたために大ごとになったときの方がよほど問題だと思う
ぜ、スワンソン」
「……そうですわね」
「少なくとも、何者かが泥靴で城内に入り込んだのは確実なんだろ。それだけ
で報告に充分足る、一大事だ。いいな、国王様にお伝えするぞ」
「そう……ね」
 スワンソンは力無くうなずいた。

−−続く




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