AWC お題>ノックの音がした>      非          常


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#860/1336 短編
★タイトル (AZA     )  97/ 8/13   1:39  ( 94)
お題>ノックの音がした>      非          常
★内容
 ノックの音がした。
 浅い眠りにあった僕は、暗がりの中、目をぱちりと開け、「助かった」と思
った。
 ありきたりのドアではなく、巨大な一枚岩を叩く音だから分かりにくかった
が、眠りながらも耳だけは研ぎ澄ましていたから、すぐさま感じ取れた。
 夏休みのある日、探検家気取りで一人、洞窟に入ってみたはいいが、突然、
崩落が起こり、内部に閉じ込められてしまったのだ。そのときの衝撃で、明か
りの類が全てお釈迦になったのもきつかった。
 酸素を無駄づかいしないよう、真っ暗闇を手探りで、そろりそろりと、歩け
るだけ歩き、どうにもならない岩壁に行く手を阻まれたのだ。
 僕の入った洞窟は、探検という名に値するような迷宮ではない。人の手の入
った、至極安全な自然のトンネルに近い物である。
 だから、日曜祝日なら、他にも人が訪れていたに違いない。が、今日は平日。
僕はたった一人、洞窟内に閉じ込められた。
 事故が起こったとき、心細くもあったが、限られた空気を自分一人で使える
のは、幸運だったのかもしれない。
 再度、ノックの音。
 僕は大声で叫ぶ前に、ノックで応えてみた。
 手近の石というか小岩を掴むと、立ちふさがる岩肌に叩き付ける。
 ごん、ごんと、二度。
 静かに待つと、やがて三回目のノックがあった。
 同時に、人の声。しかと聞き取れないが、高い音量からして、女性のようだ。
ちょっと意外だ。
 救助を求め、僕は声を張り上げた。それだけでは心許なかったので、先ほど
と同じ要領で、岩を叩く。

 −−数時間後、僕を閉じ込めていた岩は崩れ去った。

 洞窟の外は、真っ暗だった。時間の感覚がなくなっていたが、真夜中らしい。
 僕を救出してくれたのは、声から予想した通り、女の人だった。それも、と
ても見目麗しい美女で、救助隊員とは思えないレオタードに似た、身体にぴっ
たりフィットした服を着ている。
 照明灯の下、僕は食べ物や飲み物を貪りながらも、彼女の両手を取って礼を
述べた。いくら礼を言っても、尽きぬぐらいだ。
「助けてくれて、ありがとうっ」
「いえ……」
 謙遜しているのか、彼女は目を伏せがちに短く答えた。
「あの、あなたは救助の方ではありませんよね? 他に、誰もいないんでしょ
うか? 一人で助けてくれた?」
「ええ。三つの質問に対する答は、全てイエスです」
 今度は顔を上げ、きっぱりと言った。その二つの目が、作り物のようにきれ
いな色をしていると分かった。
「どうして、あなたが……? レスキューへの連絡は?」
 洞窟の外に、レスキューや警察の人は全くいなかった。それどころか、他に
誰もいないのだ。
「……私は」
 答えにくそうに顔をしかめ、口を開く彼女。そして手を胸ポケットに入れ、
一枚の電子手帳のような物を取り出した。
「これを見て、助けに来ました」
「これ、何です?」
 覗き込むと、そのカード状の電子機器は、長方形のスクリーンといくつもの
小さなボタンを備えており、片隅で赤いランプが点滅している。
「人命探知機」
 彼女の言葉を、僕はおうむ返しした。
「温度や排出する二酸化炭素量等を手がかりに、生きている人を探索する機械
です」
「へえー、そんな物があるんですか? 知らなかった。それに、洞窟にいた僕
を見つけるなんて、大した感度だ!」
 感心して、その機械を見つめる。
「でも、変だな。あなたがそういう機械を持っているからには、救助隊の人の
ように思うのだけれど」
「私は……宇宙飛行士です」
「は?」
 あまりの意外さに、口を大きく開けて聞き返す。
 相手は、実に冷静な口調のまま、続ける。
「本当です。惑星探査を終えて、帰って来たばかりです。そして、この状況を
見て、生き残っている人を捜しました……」
「この状況って……。生き残り?」
 理解不能。僕は激しくかぶりを振った。
「分かるように、説明してください。お願いしますよ」
「……直に目撃した訳ではありませんから、私の想像を交えて話すことになり
ます。恐らく……地球規模の大地震が起こり、それを端緒に火山活動が活発に
なる等して、気温が上昇。南極の氷が溶けて−−」
「嘘でしょ」
 大笑いしたい気分だ。
 次の瞬間、僕は本当に笑い出していた。
「信じられないのなら、照明で、辺りを照らせばいいわ」
 彼女は、照明の向きを換えた。
 僕は……真実を知った。
 世界中が滅んだかどうかまでは判断できない。とにかく、巨大な地震があっ
たことと、空の雲が変な色で、渦巻いている様子が分かった。
「……何てことだ」
 自分の視線が下がったなと感じた。いつの間にか、僕は膝をついて、地面に
へたり込んでいた。
「あなたは頑丈な洞窟の中に、私は地球の外にいて助かった」
 彼女の淡々とした声が告げる。
「私達は、人類最後の女と男になったのよ」

 僕は、昔聞いたショートショートを思い出していた。
 こんな感じだったろうか。
『人類最後の男が、部屋の中で遺書をしたためていた。と、そのとき突然、ド
アをノックする音が……』

−−了




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