#673/1336 短編
★タイトル (AZA ) 96/10/25 22: 7 ( 49)
お題>雨>− 永山
★内容
眠くて寒くて、布団にくるまっていると、母さんの声がした。最初は無視し
ていたが、「外は雪ぃよ」という台詞を耳にして、起きてみる気になった。寝
床を飛び出すと同時に、はんてんを引っかけ、階段を駆け下りる。
「母さん」
「ようやく起きたわね」
朝の挨拶もそこそこに、母さんは忙しそうに動いている。
僕はテーブルに着きながら、横手の窓へ目をやった。
「あ……れ?」
思わず、声を上げる。雪なんか降っていない。もちろん、積もってもいない。
窓の外は、夏を思わせる土砂降りだった。
「母さん、嘘ついたなっ」
「何がかしら?」
ミルクコーヒーのカップとトーストを持って来た母さんは、空とぼけている。
「雪、降ってないじゃんか!」
「雪? 誰がそんなことを言ったの?」
「誰って、母さんが」
僕は呆れながら言った。でも、母さんは相変わらずとぼけている。
「母さんが? いつ?」
「さっきだよ! ついさっき。僕を起こすとき、階段の下から言った!」
「おかしいわねえ。母さん、そんなこと言ってないわよ」
「言ったよ。『外は雪ぃよ』って」
「あら、そう聞こえたの?」
ころころと笑い出した母さん。
「なるほどね、ユウ君、寝ぼけてたのね。ちょっと発音が変に聞こえたのよ。
母さんがさっき言ったのは、『雪−ヨ』」
「……? だから、『雪ぃよ』だ」
首を傾げる。どう聞いても雪としか聞こえないじゃないか。
「ようく聞いてよ。あなたは『雪ーヨ』と勘違いしてるみたいだけど、母さん
が言ったのは『雪−ヨ』ですからね。何も間違ったことは言っていません」
発音の違い? さっぱり分からない。まだるっこしくなった僕は、はっきり、
「外は**だよ!」と言おうとした。けど、肝心なその単語が、口から出て来
ないんだ。
「どうかした? もう、くだらないこと言ってないで、早く食べなさい。」
「……」
僕は考えた。そして、母さんが新たに持って来た目玉焼きの黄身を潰し、皿
の空いているところに「雪−ヨ」と書いてみる。
何となく、分かったような気がした。
「母さん」
「何?」
「『雪−ヨ」』って、『雪 マイナス ヨ』ってことなんだ?」
「そうよ。決まってるじゃない」
「『雪』の下の小さいヨを取っちゃえばいいんだね」
「分かってるんなら、いちいち聞きなさんな。早く食べないと、学校に遅れる
わよ」
「はーい」
僕はトーストの角をかじった。窓の外を見ると、相変わらず、「雷−田」が
降り続いていた。
−−終わり