AWC そばにいるだけで 52−1   寺嶋公香


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#5174/5495 長編
★タイトル (AZA     )  00/ 9/30   1:42  (195)
そばにいるだけで 52−1   寺嶋公香
★内容
「純子、久しぶり〜」
 休み明けの学校、教室に入ると、結城が飛んで来た。その後ろを、淡島がし
ずしずと歩み寄ってくる。
「久しぶりって、始業式は出たわよ」
「あのときは、じっくり話すこともできなかったわ。だから、ノーカウント」
 結城は、純子の鞄を半ば強引に持つと、純子の机に置いてくれた。左から二
列目、前から二番目の席。
「あ、私の席、ここになったの?」
 新学期に当たっての席替えの場に、純子は居合わせていなかった。
「そう。前は淡島さん、左隣が私という、なかなかのポジションでしょ」
「こんなに前方でなければ、もっとよかったですのに」
 淡島が恨めしそうに付け足す。
「窓に近いから、厳しい残暑の日差しを受けなきゃならない」
「そう言えば、マコ、随分焼けたね」
 日焼けし、肌が浅黒くなった結城は、いかにもスポーツウーマン然として、
快活な笑みに、歯の白さが彩りを添える。
「海や山、あちこちに出かけたからね。淡島さんも、そう言うんだけど、私に
は信じがたいわ」
 淡島の方は、休みに入る前と変わらぬ、肌の白さを誇っていた。
「私の肌は、赤くなって、すぐに戻る。そういう体質みたい。これでも昔は、
なかなか戻らなくて、肌が弱い方だったんですけれど、占いの結果に従ったら、
こうして丈夫になった」
 淡々と語る淡島。
「私達のことはいいからさ。そっちの話を聞かせてよ。えーっと、三日間だっ
け。一人だけ長めに休んで、どうだった?」
「どうだったって……普通に、仕事をしてただけよ」
 久住淳として映画に出演していたとは言えないので、大雑把なところで答え
ておく。
「普通じゃないでしょうに」
 結城が、呆れ口調で言った。仕事で学校を休んだのは、今回が初めてだ。そ
れだけに、友達にも心配掛けたらしい。
「スケジュールが変更になって、延びたんですって? どんな仕事だったのか、
知りたいな」
「珍しいね、マコがそんなこと聞きたがるなんて」
 話しながら、新しい時間割を今一度確かめて、最初の授業の用意をする純子。
「興味なさそうだったのに」
「それは昔のこと。あなたがいると分かったから、興味も出ようってものよ。
と言うよりも、学校休むのは初めてだったじゃない? 何があったんだろうな
と思って、気になって」
 話す内に、気後れした風の結城。鼻の頭をこすって、照れ笑いめいたものを
覗かせる。
「心配するようなこと、全然ないよ。天候の関係で、少し延びただけ。川の水
流が激しすぎて、監督のイメージと合わないって」
「監督?」
 仕事の内容を知らない結城が、声を大きくした。
 純子は、まずかったかなと思いつつ、「ええ、撮影監督」と答えておく。仕
組みに詳しくない結城と、何に対しても超然とした雰囲気の淡島相手だから、
これで切り抜けられたようだ。
「ところで……私も気になることがあるんだけど」
 純子が切り出すと、結城は何でも聞いてとばかり、見返しながら、机に腕枕
を作った。
「何? 宿題なら、家の方に届いてるはずだけど?」
「違うの。その……相羽君、何か言ってなかった?」
 話がしたかったのだが、今朝、通学路では会えなかったのだ。
「――あのね」
 結城は腕枕を解くと、左右とも腕を伸ばして机につき、その勢いで立ち上が
った。思わず、見上げる純子。
「あなたがいないのに、相羽君と簡単に話できるわけないでしょうがー」
「な、何で。駅まで、一緒に……」
「チャンスが巡ってこない。半月ほどあるなら、一日ぐらい話せるかもしれな
いけれど、たった三日か四日じゃあねえ」
「そうかな。相羽君は、話し掛けたら、ちゃんと答えてくれると思うんだけど」
「相羽君の方から話し掛けてもらえる女子は、あなたぐらいのものよ。分かっ
てる?」
「……まさか。偶然よ」
 薮蛇になりそうだわと悪い予感を抱き、目をそらすと、笑ってごまかす。
(夏休みいっぱい、ボディガード役をしてもらったあと、連絡取れてなかった
から、ちょっと気になってただけなのよ。特別なことなんて、ない)
 心中で言い訳をしてから、結城達に礼を述べた。

 一時間目のあとの休み時間、隣のクラスに行こうとした純子だが、教室を出
る寸前に唐沢につかまった。袖口を引っ張られ、振り返ると、唐沢が恨めしそ
うな目で見ている。
「ど、どうしたの、唐沢君」
「連絡がなかった……」
 珍しく、粘着質な物腰の唐沢。雰囲気も全体に暗い。
 純子はすぐさま思い出した。手を拝み合わせて、謝る。
「あ、見学のことよね? ごめん!」
 唐沢が自宅を何度か尋ねてくれたり、電話を掛けてきたりしたことは、母親
から聞いて知っていた。しかし、毎回帰りが遅くなったのと、撮影による疲労
から、「今夜はやめて、明日、連絡しよう」と先延ばしにしてきて、結局、忘
れてしまった次第。悪気はなかったとは言え、非常に申し訳ないことをしたと
の思いから、純子は平身低頭する。もちろん、相羽に会いに行こうとしていた
頭は、どこかに追いやられてしまった。
「いつ来るか、いつ来るかと、心待ちにしていたのに、全然、掛かって来ない
んだから、がっかり」
「本当に、ごめんなさい。忘れてしまって……」
 言い訳できないことなので、言葉に詰まる。
 もっとも、今度の映画撮影は久住淳としての参加だったので、当然ながら、
唐沢を招くわけにいかなかったのも事実である。呼ぶとしたら、風谷美羽とし
てのモデルのときぐらいしかない。
「電話待ちするために、一日中出かけないで、家に篭もっていたこともあった
けなぁ。予定が狂っちまった」
「……」
 知らず、うつむいていた。
「――そんな顔しなくていいよーん。今のは嘘」
「えっ?」
 面を起こすと、唐沢のにやにや笑顔があった。
「少しやり過ぎちまったかな。そこまで深刻な顔をされたら、こっちも言い出
しにくくなるじゃんか。ふう、焦る焦る」
「だって」
「俺が一日中、家に閉じこもってる柄かっていうの。知ってるだろ。ちゃあん
と、暇を見つけては、他の子とデートしてたさ」
 最前とは一転し、あっけらかんとした口調の唐沢。とすると、あの恨めしい
表情も、ポーズだけだったのかもしれない。
「それじゃあ、予定が狂ったと言うのも……」
 純子が恐る恐る尋ねるのへ、唐沢は手のひらを顔の前で振った。
「ないない。どっちかってーと、逆だな。元々、予定は立てていたさ。デート
がほとんどだけど。ははは。それで、涼原さんから、見学に来てもいいって連
絡が入ったら、予定を変更するつもりだった。デートを放り出してでも、君が
タレントしているところを見たい、ってね」
「いつか、きっと機会を作る。近い内に。だから唐沢君、それまで少しだけ、
待ってて」
 純子はそう言って、胸元に両腕を引き寄せ、拳を握った。唇は、きゅっと噛
みしめられている。
 唐沢は、わずかに身を引き、大きな瞬きをしてから、顔の下半分を左手で覆
った。
「あ、楽しみにしてるよ。ありがと」

「確かに、あれには参ったよな」
 相羽は笑いをこらえることなく、肩を揺らした。ロッカーの側面に、肘が当
たって、なかなか派手な音を立てる。
「しっ。あんまり騒いだら、他の人に聞こえる」
 左右に頭を向けて、廊下を見通す純子。T字路をなす突き当たりを、通りか
かる人が、たまに見える。中には、こちらを一瞬、振り返る者もいた。
「大丈夫だよ。人が来たら、話題を換える。そんなことよりも、あのときは僕
がミスをしたんだ、謝らなくちゃ。ごめん」
 姿勢を正し、頭を下げる相羽。
 彼が言っているのは、映画の撮影現場に初めてボディガード役として来た日
のこと。ロケバスに篭もって話をしているのを、新部に覗かれた一件だ。
「鍵を掛けるのを忘れるなんて、大失敗だ。危うく、正体を――」
「いいわよ、もう。終わったことだし、綾穂ちゃんに気付かれもしなかったん
だしさ」
「代わりに、男同士で好き合っていると思い込まれたかもしれないぜ。冗談じ
ゃないよなあ」
 天井を見上げ、ため息とともに肩を大きく上下させた相羽。そしてうなだれ
たかと思うと、純子に顔を向けた。
「僕はまだいいとして、そっちには影響あるだろう? 純子ちゃんじゃなく、
久住淳として……」
「心配いらない。あれから、綾穂ちゃんには、じっくり話したから。そういう
勘違いはしてないはずよ」
「どうやって納得させたの?」
「えっとね。男同士の友情には、ああいうこともあるんだ、って」
「――っ。変な説明だと思うなぁ」
 今度は、どうにか吹き出すのを我慢する相羽。純子は腰に両手を当て、いさ
さか憤然としながら返す。
「いいじゃない。それで納得してくれたんだから。不足なら、今度、打ち上げ
があるから、そのときにまた綾穂ちゃんに説明するわ。ただ……」
「ただ?」
 純子が口ごもったのに対し、相羽は壁際から離れ、身を乗り出した。
「ただ、それとは別に、綾穂ちゃんに、ますます好かれちゃったみたい」
「……それは、つまり、あの子が久住淳を、ってことかい?」
「もちろん、そうよ。他にどんなのがあるって言うのよ」
「いや。前例もあることだし」
 とぼけた口ぶりになって、故意に、明後日の方向を見やる相羽。
「何よ、前例って」
「だから、椎名さんのこと」
「――やだぁ」
 ぺし、と音がした。純子が、相羽の二の腕を叩いたのだ。
「そんなことあるはず、ないでしょうが。恵ちゃんは、今、同学年の男の子と
付き合ってるはずよ」
「話が噛み合ってないような……僕は、君が女子からも好かれる質なんじゃな
いかと言ったまでで」
 叩かれた箇所をさすってみせながら、ぼんやり眼になる相羽。
「じゃ、じゃあ、男同士をあれだけ嫌がってた綾穂ちゃんが、女同士はOKっ
ていうんじゃ、変でしょ? だいたい、もしそうなら、正体ばれちゃったこと
になるじゃない!」
「声が大きいよ」
 言われて、口を閉ざす純子。そのまま相羽の横顔を見ている内に、何故だか、
嬉しくなってきた。
(――ああ。以前は、いつもこんな感じだった。まだ私が、相羽君への気持ち
を分かってない頃、こんな風にして、ほとんど意識することなく、お喋りして、
じゃれあってたんだ)
 懐かしさ来る嬉しさだった。次に、こうやって無邪気に笑いあえていたのが、
遠い昔のことのように思えてきて、突然、寂しさがこみ上げた。
「――どうかした?」
 相羽が聞いてきた。急に黙り込んだ純子を、少し心配げに覗き込む。
「何でも、ないわ」
 純子は平気な顔を作った。立入禁止のロープを張られたかのごとく、それ以
上何も聞けなくなる相羽。
 このタイミングを待っていたみたいに、白沼が突き当たりのT字路を通りか
かった。急ぎ足で過ぎ行こうとしていたのが、中途で動きを止め、顔を純子達
のいる方へ向けた。
「ここにいたのね!」
 叫び口調で言うと同時に方向転換して、真っ直ぐ走ってきた。相羽の前で立
ち止まる。純子の存在を無視するかのように、相羽との距離を詰めてから、改
めて喋り出した。
「休み時間になった途端、急に消えないでほいしわね。クラス委員なんだから、
頻繁に用事があるって分かってるでしょ」
「拘束された営業マンじゃあるまいし、休み時間に、どこでどうしようと自由
だろ。知らせに来てくれたことには、感謝するけどさ」
 相羽の応答に、複雑な表情をなす白沼。喜ぶべきか、それとも忠告を続ける
べきか、眉を寄せて、迷っている風情。

――つづく




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