AWC そばにいるだけで 42−7    寺嶋公香


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#4975/5495 長編
★タイトル (AZA     )  99/11/29  15:11  (185)
そばにいるだけで 42−7    寺嶋公香
★内容
「代わりの服を用意するにしたって、色は紫にした方がいいわよね?」
 純子は当たり前のことを部長に確認した。
「もちろん、それに越したことはないわ」
「だったら、私は代わりになりそうな服、探すから。みんなは衣装探しを続け
といて」
「それはいいけれど、紫の服なんてある?」
 飛鳥部の疑問に対して、純子はすでに廊下に飛び出していた。
「とにかくやってみるから!」
 元気よく言い切ったものの、当てはない。学校に紫色の服があるとは思えな
かった。
(服、服、服……うちの学校には服飾部ってないのよね。家庭科の先生に聞い
てみたら、あるかしら? あまり期待できないけど)
 それでも念のために確かめようと、体育館へ引き返し、教職員の座る列にお
邪魔する。
「紫の服? そんな派手派手しい物はないわねえ」
 案の定だった。
「何に使うの?」
「劇です、このあとの劇」
 まだコンサートの最中だけに、小声で忙しなくやり取りする。
「部分的に紺色っぽい物ならあったと思うけれど、それではだめなのかしら」
「うーん。最悪のときは、お願いしますっ」
 言い置いて、再び体育館の外へ。
 動き回って暑くなってきていた。
(今からいきなり借してもらうんだから、せいぜい三年生までが限度。誰か、
紫の。運動部でそういうユニフォーム、なかった? 白を染めるっていうのは
無理かしら?)
 思考の順序もぐちゃぐちゃだ。目的地も定まらず、駆け回りながら頭の回転
も止めない。
(布みたいな物でもいいから、運動会で使う旗みたいな物でも……!)
 脳の片隅で何か光った。閃いた。
 旗の布地をイメージしていたら、連想が飛んだ。
(ハンカチ! そう、大きなハンカチでもいいんじゃない?)
 つい最近、大きな大きな紫のハンカチを見ている。それもすぐ目の前で。
(相羽君の手品!)
 何とかなるかもしれない。
 純子は急ブレーキを掛け立ち止まると、視線をしばしさまよわせた。どっち
が体育館のある方角か分からなくなっていた。
 三秒で自分が今いる場所を把握すると、きびすを返して体育館を目指す。相
羽を目指す。
 先ほど家庭科の先生を訪ねたときは横の扉から入ったが、今度は正面からだ。
 合唱部の歌声に耳を傾ける余裕がなくて申し訳なく思うけれども、それ以上
に衣装のことが頭を離れない。切羽詰まっている。
 体育館の壁沿いに早足で移動。三年生の座る一角へ最接近すると、壁を離れ
て五組の列に分け入る。相羽の姿を見つけて、少し考えてから、手招きした。
 とは言え、身振りだけでは気付いてくれない。合唱に聴き入っている様子だ。
(仕方ないわ。許して)
 心の中で方々へ何度も頭を下げつつ、純子は口を開いた。
「相羽君っ、ちょっと」
 小さな声だったがやはり目立つ。コンサートの真っ直中に席の間でうろちょ
ろして、ただでさえ注目されて(疎まれて?)いたところへ、さらに視線を集
めることをやってしまった。
 でも、それだけに相羽も即座に気が付いた。純子へと振り返り、口を「何?」
という形に動かした。それに純子が答えるよりも先に、状況を察した相羽は席
を離れた。
 二人して壁際に行き、ひそひそと言葉を交わす。
「何かあったの?」
「ハンカチ貸してっ。一生のお願い」
 純子の台詞と目を瞑って手を合わせる姿を前に、相羽は呆気に取られた風に
唇を舌でゆっくりと湿した。
「……ハンカチって、ひょっとしたら手品の?」
「それよ、それ!」
 相羽の勘のよさに声の高くなった純子は、慌てて口をつぐんだ。これ以上合
唱部や観客に迷惑を掛けるのは自分自身耐えられないかも。
 相羽の手を思い切ってつかむと、体育館から連れ出した。
 外気に触れて肌がひんやりするのを感じながら、改めて事情を聞いてもらい、
お願いする。
「分かった、急ごう」
 相羽は快く言うと、教室に向かって走り出した。
 五組の教室に入るや、相羽のバッグに駆け寄る。開けてもらうのさえもどか
しい。思わず足踏みした。
 相羽は跪き、たくさんあるハンカチの中から、紫色の物だけを抜き出し、手
近の机の上へ広げていった。
「全部で――七枚ある。足りる?」
 後ろを向いて、見上げてくる相羽。純子は即答を避け、一枚を手に取った。
まず肝心なのは枚数よりも厚さだ。
「これなら透けないわよね」
 腕にあてがい、相羽に示す。
 すると相羽は思い切り顔をしかめた。
「まさか、直接身に着ける気?」
「できればそうした方がいいでしょっ。早くしなきゃ」
「無茶苦茶だよ。このハンカチ全部結んで、服になるもんか」
「やってみなくちゃ分かんないわ」
 早速、角と角を結び合わせ始める純子。その手を相羽が掴む。
「焦るのは分かるけど、ここは冷静になって考えろよ。服らしき形ができたと
したって、所詮間に合わせ。隙間があるに決まってる」
「……ちょっとぐらいなら、平気だもん」
 口ではそう答えつつ、手の動きが止まる。
 時計を見た。あと十五分あまりといったところか。
「ハンカチで服を作るのには反対しない。下に何か着るんだ。体操服でも制服
の上着でもいいじゃないか。一番上が紫なら、それで充分役立つんだよ」
「……うん」
 この期に及んで、純子は真っ赤になってうなずいた。確かに相羽の言う通り、
元々の衣装の、いかにも王女様らしい体裁にこだわるあまり、冷静さをいつの
間にか全く失っていた。
 恥ずかしがってばかりもいられない。大型のハンカチ七枚で布面積としては
充分だが、結び合わせるだけでうまく服の形になるかどうか、試してみないこ
とには分からない。試行錯誤する余裕はほとんどない。時間との勝負。
「そっちの辺。そこ、引っ張ってて」
「これでいい?」
「ええ。――あーん、うまく行かないっ」
 結ぶだけでは無理が生じることが判明。頭をフル回転させ、名案を探す。純
子は相羽に尋ねた。
「安全ピン、どこかになかった?」
「教室にはないだろうけど、職員室なら!」
 二人はハンカチを抱えて廊下に躍り出た。そして一目散に職員室へ。時間が
気になる。時計を見るのが恐い。
(――大丈夫。きっとうまく行く)
 相羽と並んで走っていると、不思議と確信が持てた。

           *           *

 舞台袖から純子扮する王女が登場すると、その瞬間、観客のほとんどがざわ
ついた。生徒だけでなく、先生も、父兄も。
(そう言えば、純子ちゃんのお母さんやお父さんはもう来てるのかな?)
 相羽はふと心配になった。
 純子の格好がおかしいわけではない。セーラー服の上着はその紺色がうまく
紫色と噛み合って、すぐにはそれと気付かせない。白のスカーフがアクセント
となって、予想以上にかわいらしく仕上がっていた。
 ただ、先ほど、急ごしらえの衣装を身に着けた純子本人が、これでいいのか
百パーセントの自信を持てないでいたように見えた。もしも身内の存在に気が
付いたら、余計な緊張を強いられるのではないかと心配になる。
 ところが、劇が進む内に、相羽の心配は杞憂と知れた。
 一つの仕種をする度に、台詞を喋る度に、演技する度に純子の調子が上がっ
ていくのが分かる。本番中に自信を付けていっているのだ。一緒に舞台に立つ
飛鳥部のサポートも効果を発揮しているようだ。
(凄いと言うか……)
 相羽は少し寂しい感じがした。生き生きと動く純子、いや王女様の姿を目で
ずっと追う。台詞に耳を澄ませる。
(俳優なんだな、やっぱり。――でも、劇は成功だ)
 まだまだ始まったばかりだが、相羽は自信を持って断定した。
(……ラブシーンがなくて幸い)
 最後まで冷静に観ていられた。けれども、純子と同じ舞台に立てる演劇部の
男子部員がうらやましくないと言えば嘘になる。
(考えたら、小六のときだって、同じ舞台に立ってないんだよな。それどころ
か、純子ちゃんの演技をじかに見るのは、今日のこれが初めて)
 そう認識すると、観劇が新たになる。我ながら単純だと相羽は思った。
 劇が終わり、幕が下りたあとも、体育館いっぱいの拍手はなかなか鳴りやま
ない。他の出演者と一緒にカーテンコールに応じて姿を現した純子は、普段の
表情に戻っていた。
(演技してる君も好きだけど、それ以上に今の君が好きだ。全部、好きだ)
 想いが変わっていないことを改めて自覚する。
(離れたくない……んだけど)
 膝の上で、片方の手を強く握った。

           *           *

 純子がクラス喫茶のウェイトレスを勤めるのは、午後からの予定。演劇のあ
と、しばらくは休憩がいるだろうということで、そうしてもらったのだ。
「飛鳥部さん、怒ってたなぁ」
 最前、部室を覗いた際の光景を思い浮かべ、純子は知らずつぶやいていた。
 飛鳥部が怒ったのは劇の出来映えではなく、衣装の管理がなっていなかった
こと。本来なら劇が終われば部員は皆フリーで、校内を見て回れるはずだった
のが、小言の時間になってしまった。純子は関係ないということで、すぐに退
室できたけれど、あの剣幕ならお説教はまだまだ続きそうな雰囲気だった。
(後日ある打ち上げに来てね、と言われたものの……何だか行きにくくなっち
ゃったな。と言って、部外者の私が口出ししすぎるのも飛鳥部さんにとって気
が悪いに違いないし)
 考えごとのおかげで、のんびり休憩する気分になれない。廊下を行きながら、
各クラスやクラブの展示を見るともなしに見て回るくらいだ。
(郁江や芙美達のクラスに行くのは……やめておこうっと。劇のことで冷やか
されたら、対応する元気がないもんね。それじゃあ)
 五組の教室に行って、隅っこで休ませてもらおうか。そう考えた刹那、不意
をつくようなタイミングで甲高い声がした。
「あ! フラッシュ・レディのおねえちゃん!」
 純子は――悲しくも――自分のことだとすぐに理解した。
 声は廊下いっぱいに響き渡ったので、方向を見当づけられない。ぐるりと見
回すと、小菅先生の姿に気付いた。
「涼原さん。今、いいかしら」
 苦笑が見え隠れする先生の表情。そこから視線を落としていくと、先生の手
を引いて飛び跳ねている小さな子供と目が合った。
「おねえちゃん!」
「あ、裕恵ちゃんだ」
 顔を見た途端、すぐに名前が出て来た。何年か前のクリスマスに会ったきり
なのに……自分でも不思議だった。
 姉の小菅先生の手を放し、裕恵が飛び付いてきた。純子は急いでしゃがみ込
み、抱き留める。
「久しぶり! 大きくなったね、びっくりしちゃった。裕恵ちゃんはいくつに
なるのかな?」
「今日はレイじゃないの?」
 裕恵はまじまじと目を覗き込んできながら問うた。全然聞いていない。純子
は苦笑いを浮かべた。
 代わって小菅先生が言った。
「六つになったのよ。相変わらず、フラッシュ・レディの大ファンで」

――つづく




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