AWC そばにいるだけで 37−7    寺嶋公香


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#4867/5495 長編
★タイトル (AZA     )  99/ 6/30  14:49  (200)
そばにいるだけで 37−7    寺嶋公香
★内容
 忘れていた。純子は順路に沿って巡らされた柵に手を掛け、頬をかきながら
園内をざっと見渡した。天気は曇り気味で、うっすらともやっている。そんな
空の下、色とりどりの花がきれいで、鮮やかさについ目を奪われてしまう。
「相羽君はどこ行ったの?」
 富井が腕を引っ張ってきた。
「ちょっと待って。確か、あっちの方向へ……」
 掴まれていない手を肩の高さに上げ、指し示す純子。道行く生徒の集団はあ
ちこちに視認できるものの、しかし遊具や案内板、木々の緑などに遮られてさ
っぱり分からない。
「どこどこ?」
「急かさないで」
 と言ったものの、手だてがなくて途方に暮れる。試しにやってみようという
気持ちで、純子は口の周りに両手でメガホンを作った。
「あいばーっ、相羽君! あ、い、ば、くーんっ!」
 声の限り、叫ぶ。
 さすが、歌で鍛えた声力、よく通る。しかも女の子らしい高い音にはせず、
押さえ目に出したため、音量の大きさも充分あった。もっとも、屋根や壁のあ
る空間ならまだしも、屋外では拡散してしまうのは物の道理。
「あー、これで聞こえないかしら?」
 何だか知らないけれどすっきりした気持ちで後ろを振り返る。と、みんなが
心持ち後ずさるようにして、表情を固まらせていた。
「ど、どうしたの」
「純たら……なんて大胆な」
 町田がひきつった苦笑いを浮かべていた。
「いきなり大声出すから、驚いちゃったよぉ」
「誰もこんな無茶しろとは言ってない」
 富井、井口からもお叱りを受け、純子は舌を覗かせた。
 ふと見渡せば、他のグループの生徒ばかりでなく、一般入場者の中にも注目
してくる人達がちらほらいた。
 頭に手を当て、四人に謝る純子。
「ごめんね。何となく、ああやって呼べば来てくれそうな気がして」
「まさか。犬じゃあるまいし」
 結論としては、相羽達が向かった方角を目指しながら、その途中で気になる
物があれば遊んでいこうということになった。
「あれ、面白そう」
 早速、遠野が指差した。いつも一歩退いてる感じの彼女にしては珍しい。他
の面々は、程度の差こそあれどちらかと言えば相羽と遭遇できるかどうかが気
になり、故に周りに目が行ってなかったのかもしれない。
「どれ?」
 町田が反応し、遠野は再度、背伸びする風に指を前に出した。
 その先には、人口の池があった。小さめの湖と行ってもいいかもしれない。
園内の施設をぐるっと囲むように流れる川の源であり、終着点にもなっている
らしい。
 その岸辺に、シーソーを想起させる細長い板が十本ほど突き出ていた。赤、
青、黄、緑……とカラフルだ。手すりを兼ねた白い柵の付いた板先は、およそ
二十度の確度で上を向いている。純子達よりも小さな子が二人、隣り合う二本
の先端布付近にそれぞれ立ち、体重を足に掛けて板を上下に揺らしてはきゃっ
きゃ言ってはしゃいでいた。ブランコを漕ぐような要領か。
 その揺らす動作に合わせ、板の先端からは水が飛び出す。揺れ幅によって、
水の勢いに違いが出ている。子供達が強く踏み込み大きく上下すれば、水は勢
いよく飛び出し、三メートル以上に達する。踏み込みが弱ければ、一メートル
行かない場合も。と言うことは、この板自体が大きなポンプの取手と見て差し
支えあるまい。
「あー、単純でいいわね」
 五人の中で一番大人びている感じなのに、町田は案外乗り気だ。
「金かからないし、楽そうだし」
 理由を聞いて周りは納得。確かに他の遊びは、ボートにしろ変形自転車にし
ろ、あるいはジェットコースターのようなものでも、たいてい料金を払わねば
ならない。
「さっさと探そうよー」
 一方、富井と井口は先へ進みたがった。町田は二人の前に立ち、後ろ向きに
なって歩きながら諭すように始めた。
「あんた達、ここで遊べるのは今だけなんだよ。うちの生徒とはいつでも会え
る。さて、どっちを優先すべきでしょう」
「うーん……相羽君達と一緒にジェットコースターに乗りたい」
「あのね。――まったく、しょうがない。私達はここでぎっこんばったんやっ
てるから、二人で行って見つけてきなさいよ」
 と言う町田に、遠野と純子は腕を掴まれ、後ろ向きに片足けんけんするよう
な格好で引っ張られる。
「芙美、そんな引っ張らなくても、着いて行くから」
 まともに前を向こうとしたその刹那、純子は視界の端に彼の姿を捉えた。
 他の四人はその方向へちょうど背を向けていたので、気付いたのは純子だけ。
「相羽君だわ!」
「え?」
 じゃあねえと町田達に手を振っていた富井と井口が、同時に後ろを振り返る。
 無料の遊具目指してずんずん先に行こうとしていた町田、急ぎ足でそれに付
き合っていたとのも、相次いで後ろを向いた。
「わぁ、やっと会えた!」
 やっとと言うほど探し回っていないけれど、手を打ってとにかく喜ぶ富井達。
 相羽は軽く息を弾ませながら、はっきり分かる瞬きを一度した。
「会えたって……呼ばれたような気がしたから、探してたんだ」
「まさか、もしかして」
 純子は右手で相羽を指差し、左手で口元を覆った。
 相羽は皆まで言わさず、かすかにかぶりを振る。
「名前を呼んでたの、純子ちゃんだろ? 何かあったの?」
「あ、あはは、は、はぁ……」
 往来で声の限り叫ぶなんて、聞こえないと思ったからこそ何とかできた行為
であって、実際に届くとは想像もしていなかった。純子はまともに返事できず、
笑ってごまかそうとする。
 しかし相羽の視線を受け、ごまかし切れぬまま、口ごもってしまった。
 そこへ唐突に声を降らせたのは町田。
「おい、おーい。相羽君も一緒に跳ねない?というわけよ」
 と、先ほどの遊具を指差した。
「……涼原さん達もするの?」
 相羽は一旦町田に移した視線を、また純子の方へ戻した。彼の問いに、純子
だけでなく、富井達もうんうんうなずく。
「じゃ、やるか」
 そう応じながらも、何故か背後を気にする素振りの相羽。
 その理由はすぐに明らかになった。
「――急に抜け出したと思ったら、こういうことかい!」
 同じ班の唐沢や大谷のみならず、清水や長瀬、他のクラスの勝馬らまで男子
がぞろぞろ姿を見せた。
「約束してたわけじゃないぜ」
 相羽が抗弁するが、それとは関係なく、もはやなし崩し的に皆で遊ぶことに。
 富井と井口が少しばかり不満そうに頬を膨らませたが、それもわずかの間。
相羽を加えて三人で板の先端に立つと、周りを気にせず騒ぐわはしゃぐわ。
 その隣では、板先に立って両腕を真横に広げる大谷を、後ろから清水が抱き
しめるというか何というか、腰の辺りを手で支えてやる。それで「映画の名シ
ーン第二弾!」とか言って、ご満悦の表情。
「落っこちるなよ!」
 勝馬が冗談混じりの調子で言うと、本当なのかジョークなのか、バランスを
崩す清水達である。
「まーったく、何やってるんだか」
 純子もまた板の先に立ち、手すりを掴むだけでたたずんでいる。と、唐沢が
小走りでやってきた。駆け足の震動で板が揺れる。
「ど、どうしたの、そんな慌てて」
 純子に問われた唐沢は、すぐ後ろに追い付いてから応じた。
「今なら確実に掴まえられるな、と思いまして」
「?」
 見上げて目をぱちくりさせた純子。
「いやさ、涼原さんにはいっつもデートのお誘い断られてるから、こういう機
会でもないと」
「断ったかもしれないけれど、いっつもじゃないわ」
「つまり、一対一のやつってこと」
 唐沢はいつものおちゃらけ色をかなり消していた。元々整った顔立ちが、今
はまた一段と引き締まって見える。やや細身ではあるが、テニスでほどよく日
焼けしているし、腕も太く、たくましい。
「ん? どうかした?」
「え? あっ」
 無意識の内に、唐沢の顔を穴が空くほどじっと見つめていた純子。見つめら
れた唐沢の方は、さすがに穴は空きはしないけれど、かすかに目元を赤くした。
「真剣な顔してる唐沢君て、珍しいから。ついつい見ちゃった――なんて言っ
たら怒る?」
「怒りはしないが」
 唐沢は言いかけのまま、唇を舌で湿した。乾いているようには見えなかった。
どちらかと言えば、次にどう振る舞うべきか迷う仕種が見え隠れする。ほら、
今も、左右に目を忙しなく動かした。
 周囲はさっきの小さな子達も含め、きゃあきゃあわあわあとにぎやかなこと
おびただしい。
「だめだな」
「うん? 何が」
「たまには真面目な、静かな空気の中で、女の子と話がしたいと思いまして」
「あはは。それじゃあ、今はとても無理ね」
 声を立てて笑うと、純子は改めて板を漕ごうとした。後ろから聞こえてくる
かすかな軋み音に混じり、唐沢の小声が聞こえる。
「旅館に行ったら、夜、時間がほしい」
「え、何?」
「涼原さん、君と二人きりで話したい。じっくりとね」
 純子は動きを止め、またも背後を振り返る。真意を測りかね、間違い探しで
もしているような目つきで唐沢を見つめる。
「……無理よ。先生が見回りに来るから、二人きりなんてとても」
「はん、部屋じゃなくていい。中庭でもフロアでもいいから、ミニデートしよ
う。今度は本気さ」
「何も修学旅行中じゃなくても。それに唐沢君、人気凄いから、他の女子から
恨まれちゃう」
 笑顔で肩をすくめ、純子は唐沢の横をすり抜けると、土の上に降り立った。
あとをゆったりした足取りで追う唐沢。
「それじゃあ、相羽はどうなん?」
 砕けた口調になって、唐沢は純子の真正面から尋ねた。
 純子はぽかんとしてしまった。
「何で相羽君が? 関係ない気がするんだけど」
 あいつも人気あるぜ。それを涼原さんは独占してるじゃないか。それはもう、
たっくさんの女子から嫉妬を」
「――あははっ。独占なんて!」
 思わず身体を前屈みに折って笑ってしまった。お腹を抱え、涙がじんわり出
て来た。
「俺、そんなにおかしなこと言った?」
 声に面を起こすと、唐沢の疲れた顔が見えた。
 純子は目をこすりながら、背筋を頑張って伸ばした。それでもまだ笑いは収
まらない。
「だって、だって――相羽君とはお仕事のつながりで親しいだけだもん」
 それを除けばみんなと大差ないと思っている。
(独り占めできればいいなって思うときもあるけれど……みんなに悪いし)
「うーむ。それだけかねえ?」
 口をもごもごさせてから、唐沢はつぶやいた。腕組みをして、心持ち首を傾
げている。まだ何か言いたげに唇を尖らせている。
「なーにしてんのよ!っと」
 そこへ邪魔が入った。町田が唐沢へ背後から肘で小突いたのだ。
「――ってえなあ! 何するんだ!」
 背中を押さえながら振り返った唐沢の剣幕は、いつになく本気の匂いが感じ
られた。でも、それを町田は両手を腰に当てて受け流す。
「遊具を前にして立ち話するなっての。不健康かつ迷惑な。楽しまなくちゃ損
損。ただなんだし」
「いいじゃねえか。少なくともここはたっぷり楽しんだ」
「そお? 純は違うわよね?」
 町田は純子に視線を合わせてきた。
 確かにまだ飽きていない。唐沢が真面目な話を始めたので、降りたまでだ。
「うん、まあ……」
「じゃあ、ほら。こっち」
 純子の手を取り、相羽らのいる方を指差す町田。そのまま早歩きで移動を始
めた。相羽のいる板の根元にたどり着き、様子を見ながら話し掛ける。
 後方では唐沢が頭をかきむしり、間延びした声で叫んでいる。
「おいおーい、俺は放ったらかしかい?」
 もはやあきらめの響きが含まれていた。駆け足で追い付いてきた。
 その目の前で、町田は両手で作ったメガホンを口に当てた。
「郁、久仁! 交代してよー!」
 対する富井と井口は、すでに散々楽しんで満足を得ていたのか、意外とあっ
さり応じた。

――つづく




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