AWC そばにいるだけで 28−5   寺嶋公香


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#4607/5495 長編
★タイトル (AZA     )  98/ 9/30  12: 3  (175)
そばにいるだけで 28−5   寺嶋公香
★内容
「……さっきからひょっとしたらとは考えていたんだけど、その髪型、オード
リー=ヘップバーンを意識した?」
「さあすが。分かってくれて、よかった!」
 短く拍手した白沼。元気な声とはち切れんばかりの笑顔に、何ごとかと振り
返ったクラスメートも幾人かいたほどだ。
(オードリー=ヘップバーンて、確か女優の……。相羽君と白沼さん、映画の
話なんかしてるんだ?)
 すっかり傍観者と化している純子は、少々意外の念にとらわれた。
「あなたの好みに合わせたのよ。どう? 『ローマの休日』とか色んなのを観
て、一番雰囲気似せたつもりよ。私の気持ち、汲んでちょうだい」
「うーん、それは困ったな」
 頭をかく相羽。
 白沼の表情が、かすかに曇った。
 純子は第三者ながら、はらはら、おろおろ。
(これだけ優しくできるくせして、肝心なところで誉め言葉が出て来ないの? 
どうかしてるよ、相羽君……)
 しかし、幸いにも純子の心配は杞憂に終わる。
 相羽は真面目な顔つきのまま、口調の方はいささかとぼけた響きを持たせて
答えた。
「白沼さんの後ろ姿を見る度に、オードリー=ヘップバーンのことを思い出し
ていたら、授業に身が入らなくなる。困る」
 白沼と純子がそれぞれ別の理由からほっとしたとき、校内放送がかかった。
二学期の始業式がもうすぐ始まると告げる。

 他の人はどうあれ、純子にとって二学期は、預かり物の返却で始まった。
 通例の学校行事が滞りなく行われ、新学期最初の部活も済んでから、図書室
の一番奥の席で待っていた純子は、相羽が姿を見せると同時に立ち上がった。
相羽の方も小走り気味になる。
 正面に向き合う形になってから、ポケットへ手を伸ばした純子。
「これ−−長い間、ありがとう」
 きれいに四つ折にした水色のハンカチを、真っ直ぐ差し出した。血の痕がお
ぼろげながら染みになってしまった箇所を、敢えて上に向けて。
「汚れが全部落ちなくて。すぐに洗えばよかったのかもしれないんだけど」
「いいよ、そんなこと」
 受け取って、微笑する相羽。ポケットへ滑り込ませながら、続ける。
「汚れるぐらい使わないと、意味がない。図鑑を買って本棚に飾っておくだけ
なんて、ばからしいだろ。それと一緒」
「だけど」
 言い出しにくくなっちゃったなと思いつつ、純子は学生鞄の中から紙包みを
取り出した。
「汚してしまったお詫びに、新しいのを……」
 対する相羽は短い間、目を丸くしていたが、それを収めると代わりに再び微
笑を浮かべた。今度は苦笑いも交えているかもしれない。
「気を遣わなくてもよかったのに。−−でも、嬉しいな。ありがたく受け取っ
ておきます。汚れるぐらい使っていい? なんてね」
「あ、あの、青とか水色が好きでしょ? だから、そういう系統のチェック柄
を選んでみたの。気に入ってくれたらいいんだけど」
 純子の気持ちとしてはこの場で開けて確かめてほしかったのだが、相羽は紙
包みを左手に軽く握りしめたままでいる。
「中身、見なくていい? お店に持って行けば、まだ取り替えが利くと思うか
ら、気に入らないならはっきり言ってよね」
「何でもいいさ。純子ちゃんが選んだものだし」
 ちょっとだけ、どきんとする。
(も、もう、口がうまいんだから)
 気持ちを打ち消して、返すべき物、その二つ目に入る。
「ついでにこれも」
 と、新たに引っ張り出したのは、ミサンガ。これがあったから部活中には渡
さず、わざわざ来てもらったのだ。
 編み直し自体は簡単だったが、編んでいる暇が意外と取れなくて、期間が掛
かってしまった。それだけに、込められた思いは深くなったかも。
「わ、サンクス。へえ、きれいに元通りになるものなんだ?」
 指先に輪っかを引っかけ、見る角度を何回か変えてまで、しげしげと眺める
相羽。
「あんまりじろじろ見ないで。編み目が不細工になっているの、ばれちゃう」
「口で言ったら、一緒でしょ」
 相羽は笑いながらミサンガを着けにかかる。
 その様子を目の当たりにし、純子は先ほどとは別の意味で、どきりとした。
「えっ、着けるの?」
「何か都合が悪かった?」
 手首を返しつつ、問い返した相羽。
「わ、私はどっちでもいいんだけど、相羽君、人前でするのを嫌がってたじゃ
ないの」
「そのことなら、踏ん切り着いたので」
「どういう意味よ、それ」
「よく考えるとさ、このミサンガが誰からもらった物なのか、みんなは知らな
いんだろ? だったら、着けていても変に恥ずかしがる必要なし」
「言われてみれば……」
 納得して、うなずく。相羽もまた何度か首を縦に振った。
「ほら、白沼さんからもらった物は、たいてい、みんなに知れ渡ってしまって
るから、それと同じ感覚になってたんだよね、きっと」
「−−そっか」
 相羽の言葉に反応しながら、内心では他のことにまで思いを巡らせる。
(じゃあ、白沼さんがくれたプレゼントを身に着けないのは、みんなに知られ
ているから? 知られてなかったらどうしてたのかな。みんなが見てないとこ
ろじゃ、案外……。でも、仮にそうだとしたら、今朝の白沼さんに対する態度
はちょっと素っ気ないし。分かんないなぁ)
 気になるものの、こればかりは直接尋ねるわけにもいかない。
「折角なんだから、サッカーも頑張ってね」
「うん。武道のときは、上からテーピングしなきゃいけない。擦り切れちまう。
その点、サッカーは隠さずにできる」
 窓からの景色を眺めやる相羽。ブロック塀の向こう、学校の周囲をランニン
グしているのは、サッカー部だろうか。
「もしかして、サッカーに未練あり?」
「あるある」
 即答したあと、考える風に唇をなめ、床を見つめる相羽。再び喋り出したの
は、顔を起こしてから。
「でも、遊びでやろうと思えばいつだってできるし、授業でやるときもあるか
ら、まあ、満足してる。武道――護身術の方は今こそ必要だから」
「じゃあ、武道というか護身術が身に着いたら、そっちをやめて、サッカー部
に入る、なんてどうかしら」
 純子の感覚では、武道よりもサッカーの方が安全という意識が強い。
(できることなら武道をやめてほしい。お母さんを守るためって言っていたけ
れど、かえって心配させてると思うわ)
「うーん、途中入部でどれだけできるか分かんないけど、それもいいかもしれ
ない。ただ、柔斗の先生から試合に出てみないかと勧められてて、簡単にはや
められない雰囲気なんだ。練習生を逃がしたくないのかもしれないな、あはは」
 純子の気持ちとは裏腹に、相羽は武道への思い入れも強いらしい。どちらも
やりたいのが本音だろう。
「試合? 大会みたいなのがあるの?」
 騒がしくならぬよう、声量を抑制しながらも、驚かざるを得ない。てっきり、
技術を習うだけの稽古事だと解釈していた。
「大会とはちょっと違う。同じ流派の道場対抗で、修行歴に応じて試合を組ん
でもらえるんだってさ。十一月に開かれるらしいから、定期試験にも重ならな
いし、都合はいいんだよね」
「出るの、まさか? 何て言うか……似合わない」
 初耳のことに戸惑ってしまう。
「似合う似合わないとかいう問題かな。試合形式の練習なら、普段からやって
るんだぜ。なかなか勝てないけどね、面白いんだ」
「勝てないんだったら、なおさらやめた方がいいよ。痛いでしょ?」
「痛いから、なんて理由でやめられるもんか。そうだなあ、先輩達に簡単に勝
てるようになったらやめてもいいけど。ははは、今のところ、そんなことはあ
り得ないんで、当分続けなくちゃいけないや」
「ゆ、指を怪我したら、ピアノが弾けなくなるわ。手品だって……。もったい
ない」
「大丈夫だよ。その辺り、きちんと自己管理してやってるんだから」
 話を聞く内に、純子は説得をあきらめた。そして、やっぱり男子なんだわと
認識させられる。
「もう、何だか疲れちゃった」
 言って、椅子に座り込む純子。事実、かなり長い間、立ち話をしていた。こ
んなに長引かせるつもりは全然なかったのに、時間が経つのを忘れてしまう。
 ふと横を見ると、相羽も席に落ち着いていた。
「何で座るのよ」
「ん? 話はもう終わり?」
「……用事なら、とっくの昔に終わってる。ハンカチとミサンガ、確かに渡し
たからね」
「レッスン、今日はないの?」
「なし。それにしても何よ、いきなり」
 急な話題転換に、純子は呆れて嘆息した。
「気になってるから。どんな具合なのかなと思って」
「相変わらず、ボイストレーニングやってます。もうすぐ宣伝用に――何だっ
たかしら、えっと、もう少ししたらプレスリリース何とかを作るからって言っ
て、ハードさが加速したような気がするわ。今度、また新しい先生が加わると
聞いてるのよ。他にもリズム感を養うダンスとか、振り付け、ポーズの取り方
色々……」
「ハードって……しんどくない?」
「慣れてきた感じよ、それは。目一杯やっても、途中でペースを落とすことは
なくなった。力出し切ったときなんか、家に帰るなり電池が切れたみたいに寝
ちゃうけど。あ、でも、その割に顔色、いいでしょ?」
 純子は目元に微笑を漂わせ、顔を相羽へと向けた。少々、寄せる感じになる。
 相羽はと言うと、戸惑った風に一瞬身を引いて、それから「うん」とうなず
いた。
「体調は凄くいいの。夜更かししたくてもできないからかな。運動して、食べ
て、眠る――とっても健康的な暮らしを送ってまーす」
「ふうん。他の人達ともうまく行ってるんだ?」
「ええ。みんな、厳しいけれどね。
合格点をもらえると、嬉しくなれるから、
ついつい意地になって頑張っちゃう」
「それなら……安心した」
 大げさに肩を上下させ、深い息をついた相羽。
「ただ、無理だけはしないで」
「モデルの仕事を始めるきっかけ作ったから、引け目を感じてるのね、相羽君。
気を遣ってくれるのは嬉しい。でもね、今は、私自身の意志で続けているんだ
から、もうそういう心配はいらないわ。自分の責任でやらなきゃ」
「僕が心配する理由は、それだけじゃないんだけどな」
 相羽は流すように、さらっと言った。
「他に何が……」
「大事な人だから」
 またもあっさり答えると、席を立つ相羽。純子が気圧されている間に、「そ
ろそろ帰らなくちゃ。ばいばい」と手を振る。
「あ、ばいばい……明日、またね」
 今度はつられて同じようにする純子。背中を見送りながら、言葉の意味を計
りかねての、もやもやした物が残った。


−−つづく




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