AWC 神威 1   桜井美優


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#4156/5495 長編
★タイトル (AZA     )  97/10/31   8:19  (162)
神威 1   桜井美優
★内容
 天井からぶら下がる二本組の蛍光灯八基が、消毒液と芳香剤それぞれが入り
混じった匂い漂う室内を、白々と照らし出していた。
 二人は、どこか気恥ずかしそうである。ともに丸椅子に腰掛け、うつ向き加
減にしている。
 やはり、四方の壁や天井の白が、来訪者を圧迫するのだろうか−−沓掛はそ
んな解釈をしてみた。これまでに何度も考えたことだ。
(病院という設備が持つ、言い様のない圧迫感というか威圧感というか。そん
な物が確かに存在している。医者にとっても患者にとっても、それは決してい
いことではない。
 あるいは、極めて単純に−−相談内容そのものが、恥ずかしさを起こさせる
のかもしれないがな、今度の場合)
 沓掛はこうも考えた。
 しかし、今片付けるべきは、そのような問題ではない。
「緊張しなくてもよろしい」
 毎度のことなので、沓掛の口調はやや鷹揚になった。
 彼が視線をやると、来訪者の内の一人−−向かって右に座っている方と目が
合った。背は高いものの、男にしては色の白い、頼りなげな体躯をしている。
沓掛の視線に驚いたらしく、目を丸くした。
 だが、口の方はちゃんと動くようだ。
「先生……どうにかなるのでしょうか」
「どうしても、お子さんがほしいと」
 沓掛は質問には直接に答えずにやり過ごし、相手がつい先ほどこぼした望み
をそのまま口にした。
 すると来訪者−−患者とは言えないだろう−−達の口元がほころび、次いで
また引き締められたかと思うと、強い調子で声を揃えた。
「はい」
 そうして恋人へ目を向ける色白の男。恋人は無言でうなずいた。
 軽く首肯し、続ける沓掛。
「しかも、自分達の血を分けた子供がほしい……」
「はい、絶対に譲れません」
 ほとんど話さないでいた恋人の方が、不意に強い口調で言った。
「他人の子供だと、愛情が湧かないに決まってます。もっとも、他人の子供を
育てた経験はありませんが、そうに決まってます」
「うんうん、よく分かっていますよ」
 相手の熱心さと「決まってます」を連発したことに、つい、苦笑してしまう。
それを面に出さぬように、沓掛は姿勢を変えて間を取った。それから肝心要の
点に入っていく。
「方法はあります。子供ができない夫婦のために、実の子を授けるためにいく
つかの技術が。……」

           *           *

 僕、徳間洋介が大学に入り立ての頃だった。
 一目見た瞬間、赤い糸を感じた。
 その後、友人に誘われて気乗りしないまま入ったサークルで再び巡り会い、
運命とはこういうことなんだと思った。
「英米文学概論、休講だってさ。どうする、桜?」
 僕が言うと、桜は右手を頬に当て、思案を始めた。
「まーったく、二限目が抜けるなんて中途半端。こんなことなら、朝寝してく
ればよかった」
 こういう風に文句を言いながら、桜は頭の中で別のことをあれこれ考えてい
るのだから、大したものだ。僕にはできない芸当である。
「徳間君は自動車通学だっけ?」
 不意に問われた。
「ああ、週に二度だけ。学校の許可が出なかったから、金払って駐車場に入れ
てるんだ。毎日は無理だから、月曜と金曜だけ、車で来てる」
 僕は声にある種の期待を込めて答えた。そう、今日は月曜日なのだ。
「例外はなし?」
「もちろん。今日も車だぜ」
「じゃ、ドライブしよう、二時間半ほど。お昼は、評判の店を知ってるから、
そこで食べて」
「おいおい、高いんじゃないのか?」
「大丈夫。安くておいしいって評判なんだから。それより心配なのは、早く行
かないと行列ができてしまうってこと。最悪、昼前には着かないとね」
「オッケー。ナビ、頼むわ」
 僕は浮き立つ心を隠しつつ、校門を目指し、先を歩き始めた。
 思えば、これが最初の二人きりのドライブだった。
 最後にならなくて、よかった。

 その年の夏、サークルの合宿のとき。
 最終日の夜、夕食は打上げと称して宴会状態になった。
 未成年にも関わらず、雰囲気に流されてしこたまアルコール類を飲まされた
僕ら一回生は、大まかに言って二つのグループに分かれた。
 一つは、多少の酒では酔いもせず、先輩と一緒になって騒いでる奴ら。
 もう一つは酒に免疫がまるでなくて、簡単に参ってしまった一団。
 僕は酒に弱くはないのだが、あえて後者に属した。何故なら、桜と一緒にい
たかったから。
 僕と桜はサークルのメンバーには内緒で、宿泊所をこっそりと抜け出た。
 山の中だけあって、すぐ近くに林がある。酔い覚ましの名目で、僕らはそち
らへ向かった。
 空には月が浮かんでいたが、雲がかかって、その光はぼんやりしたものにな
っていた。明るすぎず、暗すぎもせず。
「寒いのか?」
 桜がぶるっと震えたように見えて、僕は声をかけた。
「ううん。熱っぽいぐらい……かな」
 火照っているらしく、頬に手を当てる桜。
「身体が冷えるとまずいぜ。ほら、これ、羽織れよ」
 引っかけていた紺のジャケットを、桜の肩に乗せてやる。
 桜は無言で、しかし嬉しそうにうなずいた。
「……風が出て来たな」
 嘘ではなかった。木々がざわざわ鳴っている。
「気持ちいい」
「そりゃいいけど……ちょっとまともすぎる。どこか風をしのげる場所……」
 辺りを見回すと、立派な大木がすぐ目に着いた。
 僕は桜を促し、その木陰に入った。そして二人並んで、しゃがみ込む。
「なあ、桜」
 肝心な話を持ち出すまで、いくつか話題を経たに違いない。だが、今となっ
ては、僕は何も覚えちゃいない。
「ん?」
 ゆるゆると首を動かし、こちらを向いた桜。
「その……変な言い方かもしれないけど……俺のこと、どう思う?」
「……」
 桜はとろんとしていた目をしっかり開き、しばらく見つめ返してきた。
 僕は視線を外し、前を向いた。それでも目玉は右横にいる桜を追う。
「や、やっぱり、変かな。唐突だし」
 沈黙が重苦しくて、作り笑いを声にしかけたそのとき−−桜が答えた。
「反対に、徳間君はどう思ってる?」
 見れば、桜の目は再びとろんとしてきていた。
「どう思うって……」
 僕はかなり慌てていた。こういう切り返しを全く予想できていなかったのは、
我ながら浅薄だった。
 しかし最初の問いかけを発した時点で、腹を決めていたんだ。もう後戻りは
できない。僕の踏ん切りは、意外と早かった。
「俺は、いや僕は、おまえが好きだ」
「そう。じゃ、一緒だね」
 僕が返事を待つ緊張感を味わう間もなく、その言葉は耳に届いた。
 あまりにあっさりしていて、疑ってしまう。
「そ、それは、本気か?」
「うん。酔っ払ってても、真剣に答えたよ」
 僕の驚き顔がよほどおかしいのだろう。桜はくすくす笑っていた。

 仲のよさが公認されたのだろうか、秋の学祭を始めとするサークル活動では、
僕と桜はよく組まされるようになった。
 そうなると当然、関係も急速に深まる……とは行かなかった。
 言ってしまえば、僕も桜も疎かった。恋人同士というものに。
 焦りはなかった。一段一段、ゆっくりと進められたらいいと思っていた。そ
れはきっと、桜も同じだったろう。
 だが、年が明けてしばらく経って、のんびりかまえていられない事件が起こ
った。振り返るだけでも嫌な思い出なので、できる限り簡潔に書きたい。
 やはりサークルの活動で、スキー旅行に出かけたときのことだ。
 僕がちょっと離れた隙に、桜が男達に絡まれてしまったのだ。
 折しもナイターに切り替わり、辺りは白とオレンジ色とが入り混じったよう
な光で照らされていた。
 そんなゲレンデの中、数人に囲まれている桜を見つけた。どうやら相手は社
会人らしい。立派な体格の奴も二人ほどいる。皆、口々に桜にからかいの言葉
を投げ、にやにやしているのが分かった。
 僕は近寄って、やめてくれと言った。
「おまえ、彼氏か? 格好つけんな」
 あざけり混じりのお決まりの言い返しに加え、肩を小突かれた。
 この段階になっても僕はこらえていた。桜をこの連中の外へ助け出すまでは、
じっと我慢するしかないと思った。
 僕は無言を決め込んだ。人の輪を破り、つかつかと桜に歩み寄り、その手を
取って、行こうとする。
 背後から、乱れた足音が急に聞こえ、連中が向かってくると知れた。
 僕は桜の背を押し、逃がしてやってから、向き直った。
 あとはもう、覚えていない。多勢に無勢、時間の経過とともにぼこぼこにや
られた。
 桜が呼んだのか、他の誰かが知らせたのかは分からないけれど、やってきた
警察官達の手でようやく騒ぎが収まったのは、向こうが絡んできてから三十分
近く過ぎていたと思う。
 その後、色々面倒があったが、それはどうでもいい。
 この一件で僕らは、少なくとも僕は、桜とのつながりを強くしておきたいと
感じた。
 機会はスキー場にいる内に訪れた。
 あちこち怪我を負って、部屋で休んでいた僕を、桜が見舞いに来てくれた。
 これ自体は、大したことじゃない。
 大事なのは、このとき、僕らは初めて口づけをしたという点なのだ。前歯が
ぶつかり合って、頭がきーんとしたけど、記念すべき日になったのは間違いな
い。
 僕が告白してから、五ヶ月ほどが過ぎ去っていた。

−−続く




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