AWC そばにいるだけで 5−6   寺嶋公香


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#3791/5495 長編
★タイトル (AZA     )  97/ 3/11  18:51  (199)
そばにいるだけで 5−6   寺嶋公香
★内容
「ああ。面白そうだから、見てみたいなと言ったら、あっさり、オーケーして
くれたんだ。それを」
 と、立島は、富井の方を見た。
「富井さん達に聞かれたわけ。人数が多くなり過ぎると、おばさんの迷惑にな
るんじゃないか、相羽?」
「分からない。少人数でも騒がしくしたら、文句を言われるかもしれない」
 片手を後頭部にやり、天井を仰ぎ見る姿勢の相羽。話が広まるのに、戸惑っ
ている様子。
「静かに見てるから。ね、いいでしょう?」
 富井と井口は、懇願するように手を合わせる始末。
「それはいいけど、期待しすぎないでほしいなあ。有名なモデルさんが来るわ
けじゃないんだから」
「いい。見たい」
「−−結局、何人になる? 勝馬も行くって言ってるから、僕を入れて六人?」
 いつの間にやら、純子も頭数に入ったらしい。
「あ、もう一人、誘いたいんだけど」
 立島が言った。
「誰?」
「前田さん。これから話すから、どうなるか分からないけど、七人になっても
平気か?」
「多分、大丈夫だよ」
 最終的な人数は定まらなかったが、行きたい者は二月最後の日曜日、朝の七
時四十分までに、自転車で**公園に集合と決まった。
(結局、こうなるんだから)
 巻き込まれてしまった自分に呆れる純子。
(ちゃんとさせとかないと、相羽君の顔、まともに見られないよ)

 その日の放課後になってから、純子はこっそり頼んで、相羽に理科室へ来て
もらった。
 何故理科室かと言えば、教室は何人かの居残りに占拠された結果、どこか場
所を見つけなくてはならない事態になた。そしてたまたま理科室の鍵が開いて
おり、かつ中に誰もいなかったから。
「この模型、細かく作ってる」
 相羽は、人体模型に触れながら、変なことに感心していた。
「血管がうじゃうじゃ走ってるよ、これ。赤が動脈、青が静脈。今なら分かる
けど、昔、本物の血管の色もこんな風にくっきりした色なのかと思ってたんだ。
情けなくて、笑える」
「あ、相羽君っ」
 一人でぺらぺら喋っていた相羽を、純子は叱りつけるように叫んだ。
(人体模型ぐらい、理科の時間に何度も見てるでしょうが)
 相羽は模型から離れ、純子の方を見やった。
「ごめんごめん。用って何?」
「分かると思うけど……昨日は、本当にごめんなさいっ」
 相手の正面に立ち、深く、長く頭を下げた。タイル貼りの床に、夕日が射し
込んでいる。
「やめ。涼原さんは悪くないって何度言わせる気? バスの中では結構、はし
ゃいでいたように見えたのに、今になってまたしゅんとされても……弱る」
 言うだけ言って、きびすを返し、さっさと帰ろうとする相羽。
「待ってよ!」
 面を上げ、引き留める純子。波打った髪が、陽光に映され艶やかさを増す。
「謝るんなら、いいよ。もう、ちっとも痛くない、ほらほら」
 理科室の戸のところで立ち止まっていた相羽は、その場で飛び跳ねると、さ
らにスケートで滑るポーズまでした。
「打ち身の話だけじゃないの。あのときの私ったら、そのう……頭に来ちゃっ
てたから、状況がよく分からなくて、色々とひどいことしてしまったから。耳、
叩いたでしょ? 痛かった……よね?」
 恐る恐る。純子は顎を引いて、目だけを相羽へ向けた。
「そう言われたら、耳も叩かれたんだっけ。とにかく、下の方の痛さが激しく
てさ、こめかみが腫れてるのに気付いたのは、今朝になってから」
「手首のところで、がつんてやったから……きっと、痛い。ごめんね」
「別にいいってば。怒らせるような真似、したんだから。その、言いにくいん
だけど……僕が、涼原さんの、む、む−−胸に触ったからだよね?」
 その言葉を聞いた途端、純子はどきりとした。思わず、全身に力が入る。
「わ、分かってたのね? もしかして、わざとやったんじゃ?」
「ち、違う。違うよ」
 純子の前まで引き返してきた相羽。
「じゃあ、どういう……」
「言い訳になるよ」
「いいから、言ってみなさいよ」
「ぶつかるのが避けられないと思ったから、次に、せめて怪我はさせられない
と思って、こう、左手を涼原さんの頭の後ろに回したのは言ったよね」
「ええ」
 身振りを交える相羽に、純子はうなずいた。
「それで、ぶつかる瞬間に、別のことが頭をよぎってさ。このまま行ったら、
万が一にも、いつかみたいに−−その、口が当たってしまうかもって」
「は、はあ?」
 意表を突く理論展開に、純子はしかめっ面になってしまう。
「去年の六月のだって、まさかああなると思ってなかったのに、ああなってし
まっただろ。だから、今度も万が一……って考えてさ。顔と言うか、頭だけは
絶対にぶつからないように、右手を突き出したんだ。その高さがちょうど……
何て言うか、君の胸の高さと同じだった……結果的に」
「……」
「気付いて、す、すぐに、手、どけたかったんだぜ。で、でも、それ以上に痛
くて、動けなくて」
 抗弁する相羽の前に立つと、純子は両腕を伸ばし、相手の顔を起こした。
「す、涼は−−」
「本当かどうか、見る。目、見せて」
「目?」
「真っ直ぐ、こっちを見なさいっての」
 言いなりに、相羽は目を見開き、リラックスした、でも真剣な眼差しで見つ
めてきた。
 純子も、相羽の瞳の奥を見返す。
「……嘘、ついてない?」
「ついてない」
 きっぱりと即答した相羽。
「誓える?」
「−−父さんと母さんに誓って」
 真面目な表情を崩さず、相羽は言った。
 それからもしばらく、純子は相羽の目をじっと覗いていたが、小さく息をつ
くと、不意に手を離す。そして笑うことができた。
「うん、信じる。きれいな目、してる」
「……たったこれだけで、信じてくれるの?」
 相羽は、純子の手が当てられていた耳の下辺りをさすりつつ、気抜けした風。
「おどおどしてなかったから。そらさずに、真っ直ぐ、私の方を見ていられた。
嘘言ってたら、絶対にできないと思う」
「……何でもいいや。信じてもらえてよかった」
 ようようのことで、頬を緩めた相羽。破顔一笑。
「私もすっきりした。もう一回−−ごめんなさい。それに、ありがとうね」
「耳にたこができるなあ。でも、ありがとうって何?」
「だって、うれしくなったんだもの。相羽君、私のこと考えてくれてたんだっ
て、改めて分かって」
 目を細め、首をわずかに傾ける純子。
 相羽はと言えば、聞いている内に顔を背けてしまい、ぽつりと言った。
「こんなことで感謝されるぐらいなら、早く、うまくなりたいや」
「あ、教えたげようか?」
「え?」
「痛い思いさせた、お詫びの意味を込めてね。みんなも誘ってさ」
「い、いいよ。しばらくスケートは遠慮する。また来年でいい」
「えー、何で? バスの中で、言ってたじゃない。うまくなってみせるって」
「すぐにとは言ってない」
「すぐでもいいじゃない」
「そろそろ、テストがある頃だし」
 相羽は巧みに言い訳して、かわす。痛い目に遭った記憶が生々しい間は、仕
方ないのかもしれない。
「いいわよ。それじゃ、来年の二月頃。約束しよっ」
「覚えてたらね」
 相羽が笑いながら言ったものだから、純子は、絶対に忘れるもんですかとの
思いを強くした。

 スケートに行った次の週の日曜日、純子は付き合わされていた。
「これなんかどうかなあ」
「はいはい」
「こっちの方がいいかしら」
「うんうん」
「あっ。あれ、かわいい!」
「……早くしようよ」
 富井と井口の相手をして、適当に相づちを打っていた純子は、とうとう愚痴
をこぼした。
「だって、色んなのがたくさんあって、迷っちゃうのよ」
 富井は右手に赤、左手に青の小箱を持って、振り返った。その中身はどちら
もチョコレート。
「純子もうんうんばかりじゃなく、意見を言ってよ。そしたら早く決められる」
 井口が不満そうに反論してきた。
「そう言われたってねえ、本気で選んでられないよ」
 チェック柄のジャンパーの上から腰に両手首を当て、さらに片足のつま先を
地面から浮かせ、せわしなく上下させる。退屈さを表したつもり。
「何で、関係ない私まで巻き込む? 自分達だけで選べばすむと思う」
「そんな簡単じゃないのよ、これが」
 甘い甘いと言いたそうに、人差し指を立てた右手を顔の前で左右に振る井口。
「ふーん。何故?」
「私と郁江だけで来たら、同じ物を買いたくなるかもしれないじゃない。そん
なとき、純子が判断してくれたら助かるの。どっちに似合っているかを」
「似合うも何も……」
 続く言葉は飲み込んだ。
(たかがバレンタインのチョコじゃない。義理チョコというか、遊び半分なん
でしょ。同じ物を買う買わないなんて、気にしなくてもいいと思うのに)
「だいたいねえ、あげようと思わない方が不健康だよ」
「あ、そこまで言う?」
「町田さんも前に言ってたけど、純子、結構もてるくせして」
「待ってよ。もてるなんて感じ、全然してないわよ」
「嘘だぁ」
 富井が割って入ってきた。両手にチョコを抱えたまま。
「たいていの男子、優しくしてくれるじゃないのー」
「ど、どこがぁ?」
「たとえば、ほらあ、劇のとき。立島君まで気にかけてくれたでしょ」
「そんなこと。あれは急に決まったから、みんなが協力して助けてくれただけ」
「よく清水達がちょっかい出してくるし」
「迷惑なだけよ!」
「それに何と言っても、相羽君が」
「またその名前を出すっ。前にも違うって言ったでしょうが。いい加減にして
よーっ」
 からかわれている気がした。それで、きーっとなって頭を振ると、三つ編み
にした髪先が何かを叩いた。
「あ−−すみません」
 店の人の背中だった。
 純子達の方に振り返ったその女性店員は、にっこりと微笑んでから、
「お迷いのようですね」
 と、小学生相手にしては丁寧な響きで言った。いくら接客マニュアルにある
としても、丁寧すぎる。
「は、はいっ。で、でも、もうすぐ決めますからっ」
 お店の前で騒いでないで、早く買え!と注意されたと受け取った純子達は、
額を寄せ集めるようにして、ワゴンの中を物色するスピードをアップした。

           *           *

 母が仕事から戻って来ると、相羽はお帰りなさいの挨拶もそこそこに、ねだ
るように聞いた。
「ねえ、母さんはスケート、滑れる?」
「え? 唐突ねえ。滑れることは滑れるけど、それがどうかした?」
「教えてよ。早くうまくなりたいんだ」
「ああ、この間の……。でも、母さんだって教えるほど、上手じゃないわ」
 コートを脱ぎながら軽く肩をすくめ、微笑む母に、相羽は食い下がった。
「いいから! みんなに迷惑かけたくないから、滑れるだけでも滑れるように
なる! 来年の今頃までには」
「じゃ、お休みが取れたら行ってみようかしら。それにしても気の早い子ねぇ」

           *           *

−−『そばにいるだけで 5』おわり




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