AWC バトン・タッチ 12   名古山珠代


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#3295/5495 長編
★タイトル (AZA     )  96/ 6/ 1  22:19  (194)
バトン・タッチ 12   名古山珠代
★内容
 桃代が、また声を高くする。
「何? 思いが伝わった?」
「津村君、何を言ってるのよ。誤解するじゃない」
 慌ててとめさせる恵美。津村は楽しそうに、笑い始めた。
「どういう意味だったの、恵美?」
 桃代の質問に、恵美は正確なところを答えた。つまり、自分が小説を書くの
を引き受けたということを。
「なーんだ。そういうこと」
 桃代はがっかりしたような、軽蔑するような、表し難い視線を津村によこす。
「嘘はついていない」
 開き直った態度の津村。
「そりゃそうだけどね。ところで、どうして急に、引き受ける気になった訳?」
 話を振ってくる桃代。
「今まで、書きたがらなかったのは、一応、引っかかっていたものがあって、
それが今朝、取り払われたって言うか、吹っ切れたの」
「詳しく聞かせてよ。ちょうど暇だし」
「はいはい。どうせ、暇つぶしですよ」
 すねて見せながらも、恵美は話す決心を固めた。
「これまで、小説を書いたことはないみたいな言い方していたかもしれないけ
ど、本当は、書いたことあるの」
「なーんだ」
 津村の方が、反応を示した。
「じゃ、どうして、隠していたの? 図書部の人達にも言ってないんだろう?」
「ええ。誰にも言わなかったのは、自分一人の力で、どこまでできるか試した
かったから、かな。
 最初に、自分でも書いてみようと思ったのは、亡くなった悦子さんが書き始
めた頃。私が小さいときから、一緒に遊んでくれてね。あの人の影響力、私に
とって大きかったし。
 でも結局、自分で書くのは、一歩が踏み出せず、アイディアを出すだけにと
どまっていたわ。そんな一年前、あの学園祭のとき」
 津村の顔を、ちらっと見やる恵美。
 津村も気付いたらしく、口を開いた。
「文芸の喫茶室で、会ったことを言ってるの?」
「そう。また書いてみようかなって、思い始めちゃったわ。津村君が、あんな
に真面目に、楽しそうに話すんだもの」
「……真剣だったさ。今もそうだけど」
 目を逸らし加減に、津村が言った。照れ隠しのつもりなのだろう。
「あのとき、書こうと決心したんだけど、口では裏腹のこと言ってしまって…
…。自分でもよく分からないんだけど、多分、まだ自信がなかったから。口に
出してしまうと、プレッシャーを感じてしまうという意識もあったかも、ね」
「引き受けて、もしも書けなかったとき、津村君に悪いと思ったから……?」
 と、桃代。珍しく、津村に「君付け」をしている。
「うーん、そうかもしれない。うん、きっと、そう。
 それでまた、書かないまま毎日が過ぎて行って……。年が明けてすぐ、悦子
さんの事故……」
 短い間を取った恵美。唇を湿らせると、話を再開する。
「悦子さんがいなくなってしまって、私、どうにかなってしまいそうだった。
小説のことを話し合える友達と、小説のことを教えてくれる先生と、私にとっ
ての目標でありライバルである人を、一度に失った−−そういう感覚。いつま
でも続いて、ショックが取れなかった。
 それが、二月も終わり頃になって、ふと気が付いたの。ああ、二月末は、悦
子おねえちゃんが次に投稿しようとしていた賞の、締め切りなんだって。そう
意識した途端、急に、書こうという意欲が湧いてきた。悦子おねえちゃんの分
も頑張ろうって。
 初めて書くというのは、不安だったけれど、せめて第一作は、自分だけの力
で書いてみようと、心に決めた。悦子おねえちゃんのことを思い出して、頼っ
てしまわないように、『悦子さん』と呼ぶように心がけた。ただし、ペンネー
ムぐらい一緒にいてもらおうと考えたわ。『井藤悦子』を少し変えて、『藤井
恵津子』。『恵美』の『恵』を入れさせてもらったの」
 恵美は適当な紙に、「藤井恵津子」と記した。
「ペンネームまで、考えてたの?」
 ちょっとびっくりしたように、桃代が言葉を挟む。
「え、おかしいかな?」
「だって、自分で書いている分には、ペンネームなんていらないんじゃないか
なと思って。どこかに投稿するなら、ともかくさ」
「私、最初から投稿する気だったもの」
 あっさりと、恵美。またびっくりするのは、桃代と津村。
「いきなりかい? 詳しくないけれど、どういう賞に……」
「ファンタジーアンドミステリー大賞、通称F&M賞っていうやつ。この賞、
去年の第一回目のとき、悦子さんが最終選考まで残っているんだよ。だから、
これを目安にしてやろうと思って、狙いを定めたの」
「てことは、長編か……。よくやるな」
「よく考えてみれば、そうかもしれないけど、そのときの私の頭には、F&M
賞しかなかったのよ。自分の力でどこまでできるか、それが知りたくて」
「それで、首尾は? そもそも、書き上げられたの?」
 桃代が心配そうに言う。すでに過去のことを心配してくれるのは、わずかば
かりの滑稽さと、大きな温かさを感じる。
「うん、『夢幻物語』という題名の、ヒロイックファンタジーを完成させるこ
とができた。枚数は三百枚ちょうど。結果は……まあ、順番に話すと、最終選
考まで残ったのよ。運よく」
「ええ? 本当に?」
 桃代が声を上げる。すると、いつの間にか来ていたお客が、怪訝そうに視線
を向けてきたため、すぐに声を落とす彼女だった。
「凄いな……」
 津村は、低くつぶやくように感心していた。
 恵美はしかし、聞き手二人の言葉に被せるように、話を続けた。
「えっと……。九月十五日、これまでにないくらい緊張していたと思う、私。
その日は、『最終選考の結果をお知らせしますから、自宅にいてください』と
言われてたから。電話の前で待っていたいんだけど、親にも話していなかった
から、変に思われちゃいそうだったし、朝からずっと、部屋でじっとしていた。
恐さと期待感、一緒になってぐちゃぐちゃ。
 電話の内容は……ペケ。悦子さんと同じ、最終選考で落ちちゃった。もう、
魂が抜けた感じ。それからしばらく、何もやる気が出なくて、無気力状態」
「どうしてさ?」
 二人が、一斉に聞き返してきた。言葉を続けたのは、津村の方。
「そりゃあ、最後に落ちたのは悔しいことだったろうけど、初めて書いた小説
で、そこまで行けたんだから」
「だけどね、私にとって、この結果って、とっても曖昧な気がしてさ。ここに
はないけど、雑誌に載った選評での欠点の指摘も、悦子さんの作品に対してさ
れたのとほとんど同じ。新味に乏しいっていう見方ばかり。
 それから、悩んじゃって。私ったら、悦子さんの作品に向けられた言葉を、
ちっとも理解していなかった。頭で分かっていても、実際にはできなかったん
だって。悦子さんの分も頑張るって決めたのに、全然、進歩がなかったという
風にも受け取れるじゃない。それで、落ち込んじゃった訳」
「あー、それで障害物競走も負けたか」
「違うって」
 桃代の茶々に、声を立てて笑う恵美。話し始めるときは重かった気分も、も
う楽になっていた。
「そうか……。そんなときに、俺、しつこく、君に頼んでいたんだ。悪い。君
の気持ち、全然、考えていなかった」
 津村が、言いたくてたまらなかったという風に、早口で述べ立てた。
「そ、そんなことないよ。私が自分で勝手に、落ち込んでただけ。それにあの
頃って、最低だったから。雑誌で、選考委員の人達の批評を読んで、全然、だ
めみたいに思えてきて。受賞作とは天と地ほども、差があるみたいな」
「ははあ……。恵美、あんたはつまり、批評されることに慣れていないよ」
「慣れていない?」
 桃代の言葉に、きょとんとする恵美。
「多少のきついけなしぐらい、新人賞では当たり前よ。あたしは美術関係の賞
しか知らないけれど、小説の賞でも漫画の賞でもいいから、色々と選評に目を
通してみなさいよ。すっごいのがあるから。今の恵美だったら、こんなこと言
われたら気絶するんじゃないかって思えるぐらい、厳しいのもね」
「……そういうものなの?」
「そうよ。自信、持ちなって。いい? 初めてでここまで行くの、凄いことよ」
「段々と、それは分かってきたけど……まだ、自信を持つまでにはなれない。
自信を持てるように−−書き上げた作品を、『私だけの物語です』って自信を
持って言えるように、今は、もっと色々なことを知りたくって、たまらない。
 結局さあ、完全に自分の力だけでなんて、無理なのよね。当たり前のことだ
けで、それが分かっていなかった。だって、私、色々な人の本を読んで、影響
を受けているに決まってるんだもの。悦子さんの影響を一番、受けているだろ
うし。何もかも、選評を読んで、思い知らされたってところ」
「取り入れられることは全部、入れていいんだよ。それらをどう組み換え、自
分の想像、空想を足して、新しい話にするかってのが、問題なんだから」
 津村が言った。励ましの言葉のように。
「にしても、あたしにくらい、話してくれたってよかったんじゃないの。投稿
して、いいとこまで行ったって」
 桃代が膨れてみせている。
「だって、桃代は津村君のこと、あんなに悪く言っていたから。小説を書いて
みることにしたなんて打ち明けたら、どれだけ冷やかされるかと思っちゃって」
 恵美は舌をちょっと出して、照れ笑い。
「何とも……」
「じゃあ、図書部の先輩に言わなかった理由は?」
 桃代に代わって、今度は津村。
「もし、一年前、私が『小説を書いてみます』って、園田部長に話していたら、
どうなったかなあって。直接、聞いてみないと確かなことは言えないけれど、
多分、私が頼んだら、小説の書き方、教えてくれたんじゃないかなって。あの
頃はまだ、自分の力だけでやってやるって思っていたから。だけど、園田先輩
に打ち明けたら、ついつい、頼ってしまうかもしれない。それが恐くて、ね」
「ああ、それで」
 津村と桃代は納得したようにうなずいた。
「その様子なら、もう心配いらないね」
 と、苦笑混じりに津村。
「期待していいよね。僕の知らない物語、聞かせてくれることを」
「ええ。近い内に、きっと」
 言い切ることができた。
「あんたはそれを漫画にする訳か」
 邪魔者の立場にあると気付いたか、冷やかす桃代。
 対して、津村はまじめに返した。
「漫画よりも、8ミリで撮りたいんだよな」
「え、8ミリの方なの?」
「漫画は一人でも描けるけど、撮影はみんなでやる物だから。今の内に一つ、
撮っておきたいんだよ。この冬休み辺りが、最後のチャンスじゃないかなって
思えてさ」
「脚本の形式なんて、私、知らない」
「縁川さんは普通に書いてくれたらいいの。脚本に直すのは、他の人の役目」
「他人って」
 誰がいるのだろうと聞き返す。
「まさか、津村君……じゃないよね」
「書けないことはないけど、もっと適役がいるはずだぜ」
 秘密めかす津村。
「分かんない。誰?」
「君のお兄さん」
 津村のあっさりとした物言いに、恵美はぽかんとしてしまった。
「−−そうか。そうよね」
 自分の声が明るくなるのが分かった。
(これがきっかけで、兄貴が立ち直ってくれたら、言うことない)
「私、頼んでみる。ううん、絶対、引き受けてもらうから」
「頼もしいね。あとは、野上さんに出演してもらって」
「ユキに? あれって、本気だったの?」
 桃代が目を丸くしていた。
「本気も本気。当然、縁川さんの書く内容によるけど、ぜひ、出てほしい。あ、
縁川さんと片山さんも、出てくれるよね? 女優にはつてがないもんで」
「わ、私は書くだけで……」
 恵美が怖じ気づく横で、桃代は呆れ顔で、ため息をついた。
「美術部の仕事もお忘れなく。文化祭が終われば、あんたが部長だからねっ」
「そこは何とか、片山さんのお力で……」
「知るか!」
 ここが美術部の展示室だということも忘れ、桃代は大声を出した。静かに見
物していた数名が、何事かと振り返る。
(書く気にはなったけど……前途多難かも)
 先行きに不安を感じた恵美。
 けれども、津村達のやり取りを眺めていると、不安はどこへやら、愉快なも
のに思えてきた。

−−終わり




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