#3275/5495 長編
★タイトル (AZA ) 96/ 5/16 10:18 (132)
奇異探偵社1−4 寺嶋公香
★内容
「七回連続、同じ曲をセットしていたのは、どうしてですか?」
大室が三人を代表する形で、ベッドに横たわったままの女性に尋ねた。
ちなみに三人とは大室の他、礼南と御厨十四のこと。容疑者扱いされかかっ
た御厨のごり押しと、大室の乏しい伝をたどることによって、どうにかこうに
か、カラオケ店変死事件の『生き残り』との面会がかなった。もちろん、かた
わらには、御厨に事情聴取を行った刑事が着いている。
「ですから、得点を競うために」
女性が答える。何度も同じことを喋らされ、少しばかり不機嫌なようだ。
「私どもがお聞きしたいのは、何故、七回なのかという点です。四人なら、四
回でいいんじゃなかと思うんですが」
「ああ、それでしたら」
表情に明るさが戻る。
「恥の上塗りになって、あまり言いたくないんですけど……トーナメントをす
るつもりだったんです」
「トーナメント?」
おうむ返しに言ったのは、礼南。さすがに巫女の服装ではなく、高校の制服。
「はい。最初に一回戦として、二人ずつが競います。私達は四人でしたから、
これで四回。次に一回戦で得点が勝っていた者同士で決勝を行います。これで
二回。合わせて六回になります」
「あとの一回は?」
首をひねる大室。
「それは、優勝した者が最後にもう一度唱うっていうことで、入力したんです」
「ははあ、なるほど」
「納得いただけました?」
ほっとした様子の女性。
だが、今度は御厨から質問が上がった。
「僕は皆さんを案内させていただいた者なんですが……」
「そう……。ごめんなさい、覚えてないわ。事件の前後のことは、記憶があや
ふやで」
このスパイキーカットの頭を忘れるなんて。礼南は御厨のつんつんした髪型
を見ながら、不審に思った。
「それはいいんです。ただ、少しお聞きしたいことがあって。お客様は」
「江川でいいわよ」
「じゃ、江川さん。江川さんも躁状態になったんですね?」
「ええ。だからこそ、あんなひどいことになってしまったんだけど……」
伏し目がちになる女性−−江川。
「睡眠導入剤をアルコールで流し込まれたということですね。そのとき、チェ
リーも食べられましたか?」
「……ああ、カクテルにあったさくらんぼね。食べたわよ」
「種はどうされたんでしょうか?」
「種?」
顔色がかすかに変わったように見えた。
「チェリーの種です。もうお一人の女性のお客様は、カクテルグラスの中に残
されておいででしたが、あなたの分と考えられるグラスにはなかった。種どこ
ろか茎の部分さえも」
「−−そうだわ、思い出した。私、錠剤といっしょに飲み込もうとして、間違
ってさくらんぼも飲み込んでしまったの。慌てて吐き出そうとしたんだけど、
うまく行かなくて。おっちょこちょいだから」
「……そうですか、やはり、食べられた、と」
「そうよ」
「体調は何ともありませんか?」
心配げな表情をなして、御厨は一歩、前に進み出た。
「大丈夫よ。それどころじゃなかったっていうことも、あったかもしれないけ
れど」
「いえ、そういう意味ではなくてですね……。実は、大変申し上げにくいんで
すが……当日、『イット・ノー』では食中毒を出しておりまして」
「しょ、食中毒?」
わけが分からないという風に目を瞬かせる江川。
間を取って御厨は続けた。
「はい。カクテルを注文されたお客様ばかりから、苦情が殺到いたしまして、
調べましたところ、チェリーに問題があったと判明しました。ですから、丸ご
とチェリーをお食べになった江川さんが、まったくの平気でいられるというの
は、少し解せないんですが……。特異体質なのでしょうか?」
最後の御厨の台詞は、素の高校生に戻っていた。
江川の口元から、歯ぎしりする音が聞こえたような気がした。
「御厨ったら、お芝居がうまいんで、驚いちゃったわ」
あとは刑事に任せ、病院から引き上げる車中で、礼南は感想を述べていた。
「当然さ。あれぐらいのはったり、かませないようじゃ、ギャンブラーにはな
れないからな」
髪をいじりながら、得意そうな御厨。後部座席を高校生二人で占めている。
「シナリオ通りに運んだのも、御厨君のおかげかな」
上機嫌なのは、ハンドルを握る大室。シナリオを書いたのは彼だ。
「あの人、やっぱり、お酒を飲んでいなかったのね」
「そりゃそうだろう。これから大犯罪をやろうという人間が、いっしょになっ
て飲んで、万が一にも酔いが回ってきたらまずいからなあ」
「チェリーぐらい、ぱっと食って、始末しときゃ、俺のはったりなんて一発で
見破れたのにな」
大室に続いて、御厨が勝ち誇るように言った。
「気が急いていたんでしょ。こっそり、ドアを開けて、すぐ横の雨樋にカクテ
ルを流し込むなんて。それもチェリーごと。まあ、おかげで、根気よく探せば、
証拠として見つかるはずだから、助かるんだけど」
「なあ、レナ」
御厨の口調が、不意になれなれしくなった。
「何よ」
「おまえ、いつもこんなバイトやってんのか?」
「いつもじゃないわよ! いつもはおじいちゃんの神社で巫女やってんの!」
「何で怒鳴るんだよ。面白いじゃないか。少なくとも、カラオケボックスのバ
イトより、ずっと面白そうだぜ」
どうやら、先ほどの芝居がよほど気に入ったらしい。御厨の目はらんらんと
している。
「社長、言ってやってよ」
「社長って、俺のことか?」
とぼけた口調の大室。
「そうだな。普段はこんなもんじゃないんだぜ、御厨君」
「そうそう」
同調してうなずく礼南。
ところが次の大室の言葉には、がくっと来てしまった。
「普段はもっと怪しげなのを扱ってるんだ。だから、その面白さと言ったら、
こんなもんじゃないんだな。はははっ!」
「お、大室さぁん」
泣きたくなってきた礼南。
その声に被せるように、御厨が自己主張。
「大室さん。俺も使ってもらえないかな。向いてると思うんだけど」
「ちょ、ちょっと」
やめさせようとする礼南の言葉は、大室の大きな声にかき消される。
「ああ? そりゃあいいね。願ってもない! ただし、その前に、今度の件の
依頼料、払ってもらわなくちゃな」
ルームミラーに映る大室の顔が、にやりと笑ったように見えた。
「あっ、それがあったか」
後頭部に片手をやる御厨。本当に忘れていたようだ。
「でも、ま、いいか。容疑も晴れたことだし、カラオケのバイトが入ってくる
から、それで何とか」
苦笑顔の御厨を見ている内に、礼南はにんまりした。
「−−入ってくるかしらね」
意地悪を思い付いたのだ。
「何だって? どういうことだよ」
「だって、あんた。店の営業妨害しちゃったわよ」
「容疑は晴れたって。だいいち、不可抗力だ」
「ううん、事件のことを言ってるんじゃないの。ついさっき、言ったでしょ。
『イット・ノー』で食中毒が出たって。根も葉もない嘘よねえ」
「あ、あれは大室さんが言えって……」
御厨は真剣にうろたえている。その弾けた外見と対照的で、滑稽だ。
「ねえ、大室さん。どうにかしてくださいよ。店から何か言ってきたら、大室
さんの責任ですよ!」
「オーケー!」
大室は表情を変えないまま、豪快に笑い飛ばした。
奇異探偵社に新しい社員が入ったのは、その翌日のことである。
−−終わり