AWC 奇異探偵社1−1   寺嶋公香


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#3272/5495 長編
★タイトル (AZA     )  96/ 5/16  10:10  (196)
奇異探偵社1−1   寺嶋公香
★内容
 礼南はチャイムが鳴るや、先生よりも早く教室を飛び出した。
 廊下を駆け、階段を下り、渡り廊下を抜けて体育館を目指す。入り口のすぐ
横に、公衆電話がある。
 テレカを取り出し、電話機に差し込む間、いらいらし通しだ。
「授業中はだめだって言ったのに!」
 つながるや否や、大声で叫んでやる。
「振動タイプのポケベルをプレゼントしたはずだ」
 間を取って、向こうの男性が言った。
「音が聞こえなけりゃいいって問題じゃないですっ。今日、小テストやってた
んだから。気になって集中できやしない!」
「仕事だ」
 礼南の話を完全に無視して、相手−−大室竜太郎は始めた。
「今日は何時で終わる?」
「学校? 多分、三時です」
「三時か。仕方がない、車をやる。終わったら校門までダッシュ。いいな」
「どういう仕事ですか」
「おまえに回す仕事と言ったら、決まってるだろう」
「……で、どこでお祓いすればいいのかしらねっ」
 聞いた自分が馬鹿だったと後悔しつつ、礼南は尋ねた。
「金持ちの家だ」
 続けて大室は、とある銀行の名を挙げた。
「そこの偉いさんの邸宅でやる。せいぜい、めかし込んで来い」
「何で?」
「何が」
「どうして、めかし込まなきゃなんないのか、です」
「息子がいる。当人でも親でもいいから、気に入られたら結婚しちまえ。左う
ちわの人生が待っている」
「……三時ですね。分かりましたっ」
 受話器をフックへ叩きつけた。

 約一時間で仕事を切り上げ、再び車に揺られる礼南はむくれていた。
「ご機嫌斜めだ」
「分かってるなら、話しかけないでください」
「おまえの気持ちぐらい、聞かなくても分かる。『友達の誘いを断り、いそい
そと駆けつけたのに、簡単にすんじゃった。せめてもの慰めに、ばか息子の顔
を拝んでみたら、本当にばかそうだった』ってなとこか」
「うるさいなあ。今日はもう、仕事ないんでしょう? 着替えます」
 赤い袴の両裾をつまみ、ぱたぱたと振る礼南。彼女の仕事着は巫女のスタイ
ル。祖父が神主である関係上、アルバイトで巫女をやることもあるから、少な
くとも見た目は様になっている。
「分かった。後ろに移りな」
 大室が転がすこのワゴンは、シートを倒せば、走行中でも楽に後部に移れる
仕組みになっている。
「覗かないで」
 カーテンを閉めながら、礼南は釘を刺す。
「運転中だからな」
 紫のサングラスの下で、口元がかすかに笑った。
「こういう商売やってて、心は痛まないのかしら?」
 制服の上を頭から被りながら、礼南は聞いた。別にまともな返事を期待した
わけでもなく、くさくさした気分を晴らしたいだけ。
「無意味な質問だな」
 ほぼ予想通りの反応を示す大室。
「まやかし、と言いたいんだろう? 宗教と同じように考えることだな。悩み
を持ってなくても、人間なんて、自分が信じるものに導いてもらえるなら満足
するのさ。同じことを、信じていないものから示されても、決して受け入れや
しないのにな。
 俺達『奇異探偵社』は、そのセッティングをしてるんだ。依頼者にマッチす
る、言い換えれば依頼者が信じるものを派遣し、トラブルを処理させる。今日
の場合、銀行のお偉いさんはお稲荷さんを信仰してるそうだから、古風で日本
的なものを望んでいるんだろうと察せられる。そこでレナ、巫女のおまえを選
んだ。おまえの子供だましレベルのお祓いでも、あの男にとって、とてつもな
くありがたい由縁さ」
「子供だましで悪うございました」
 着替え終わって、助手席に移る礼南。途端に、ブレーキをかけられ、前につ
んのめりそうになった。
「ちょっとぉ! 顔にけがでもしたら」
「しっ!」
 思いの外、大室の表情は厳しい。路肩に車を寄せつつ、フロントから外を見
やる仕種にも、緊張感が漂う。
 わざと急ブレーキをかけられたと思っていた礼南は、声のトーンを低めた。
「……どうかしたんですか……?」
 答えない大室の視線を探り、礼南もそちらを向いた。
 カラオケの店があった。あまり派手ではない装飾を施されたボックスが縦横
に一列ずつ、その端を寄せ合い、直角を作る形に並べられている。
 目を引くのは、それらボックスの一つから、人が担架で運び出されているこ
と。野次馬で気がつかなかったが、救急車も待機している。
 担架で運び出された男女は、確認できただけで三人。いずれも年齢は二十代
半ばぐらいか。服装はシートの下に隠れており、職業の判断はできないが、ウ
ィークデーの午後、カラオケを楽しんでいたとなると、フリーターか。全員、
ぴくりとも動きを見せない。その他、すでに救急車内に搬入された者が一人い
るようだった。
「悲しんでる輩が見当たらんな」
 大室がぽつりと言った。その通りで、おろおろする店員や騒いでいる野次馬
などは見かけられるも、事故?を悲しんでいる者の姿はない。
「カラオケに来てた仲間全員、事故に遭ったってこと?」
「らしいな。事故だとしたら、二酸化炭素かシンナーの中毒……」
「わざわざ見物するぐらいだから、お金になりそうだと判断したんですね?」
 大室は礼南に、変化に乏しい表情を向けてきた。
「巫女自らが進んで、金儲けの話を口にしてはいけない。そういうことを望む
なら、さっさとやめて、今日見たようなぼんぼんと引っ付いちまえばいい」
「とか言って、バイト代、ごまかさないでください」
「分かっている。俺は金にはきっちりした男だ。ただ、口にするなと言ってる
だけであってね」
「はーい。ま、どうでもいいか。目の前のトラブルは、たとえ引き受けるにし
たって、私には関係ないですよね。カラオケボックスに巫女なんて」
 伸びをする礼南。屋根に余裕があるから、思い切りできる。
 大室は、まだカラオケ店を見ていた。次々と救急車が去って行く。
「多分な。それにまだ、奇怪な現象と決まったわけでもなし。ただ一つ、気に
なる点はあるが」
「どういう……」
「ちらっと見えただけだが……運び出される連中の首に、絞められたような痕
跡があった」
「ほんとですか? じゃ、正真正銘の殺人事件」
 助手席の上、跳ね起きるように礼南。
「……でも、奇怪なことじゃないわ」
「そうかな?」
 前を向き、車は動かし始める大室。
「考えてもみろ。さして広くもないカラオケボックスの一室で、四人の男女の
首を次々と絞めることの不自然さを。犯人が、被害者の人数と同じ四人組だと
すれば、まだ実行可能だろうが、逆に人目に着いてしまう」
 熱っぽく語りながらも、大室の運転は冷静沈着そのもの。スムーズにスター
トした。
「言われてみれば、ちょっと変かも……」
「だいたい、被害者と犯人は顔見知りのはずだろう? 店員に案内されて部屋
に入ったら、普通は中から鍵をかける。施錠してなくても、知らない連中が入
って来ようとすれば、抵抗するのが当然だ。それなのに、あっさりとやられて
いるなんてな。奇異探偵社のしゃしゃり出る余地、ありかもしれないぜ」
 また口元で笑う大室。先ほどの笑みとは、明らかに違う種類のものだった。

 礼南はまた不機嫌にさせられていた。
「日曜ぐらい、休みたいのに……」
「昨日、前もって連絡したから、約束は果たしている」
 大室は、パソコンが中央に鎮座する、頑丈そうな机の前に悠然と腰掛けてい
た。その机の角で、何かの書類の束を整えている。
「八時だなんて、聞いてなかったです! それに、今度の件は私には関係ない
と思ってたから。由子さんにぴったりじゃないですか」
「人手が足りなくなった。草加由子は、女子中学生の前世かぶれを治すために、
つきっきりなんだ。案外、時間がかかっている。梨梅広明は自然保護団体から
の依頼で、土地を守るために風水のご託を並べている。羽村貴生は例のごとく、
偽超能力者をやり込めるべく奔走中」
「ルカさんは帰って来ていないんですかぁ」
 もはやあきらめの境地ながら、礼南は最後の望みを託し、名前を挙げた。
「彼女はまだイギリスだよ。さあ、分かったろう」
 最後通牒を突きつけられ、礼南はがっくりと応接用のソファに腰を下ろした。
座り心地はいいのだが、身体が沈みすぎてバランスを崩しそうになる。
「カラオケ事件は新聞で読みましたけど……誰かから依頼はあったんですか? 
依頼がなければ儲けにならないって、大室さんの口癖ですけど」
「あったんだな、それが。おまえの同級生から」
「え! 何で? 誰よっ」
 礼南は弾かれたように立ち上がると、大室の机に両腕をついた。
「珍しい姓に珍しい名前の奴だったな」
「−−御厨? ひょっとして、御厨が」
 そのクラスメートの、ぴんぴんに立てた特徴的な髪型を思い起こしながら、
礼南は言った。
「そう、その御厨十四。勘がいいな。さすが巫女だ」
 パソコンの電源を切った大室。
「冗談よしてください! 御厨がどうして……」
「呼び捨てにするぐらいなら、結構、親しいようだな」
「そういうんじゃなくて、単なる……幼なじみですっ」
 幼なじみと表現するのも嫌だったが、他に適当な言葉が見つからない。
「彼が頼んできた理由だが」
 大室は一人、ソファに向かうと、話題を戻した。礼南も付き従い、先ほどと
同じソファに落ち着く。
「彼、事件のとき、あのカラオケ店でアルバイトをしていたそうだ。レナと同
様、学校が終わると飛んで行ったようだな」
「あいつは賭け事に目がなくて、たまに大きな借金を作るような奴です。その
穴埋めのため、バイトをしてるんですよ。そういうのといっしょにしないでく
ださい」
「そうらしいな。で、バイト代がもらえなくなりそうで、助けてほしいと言っ
てきた」
 意味が分からず、首を傾げる礼南。
 大室はガムを取り出し、一枚、かみ始めた。
「いるか?」
「いりません。無駄に糖分を摂っても意味ないわ」
「ふむ。−−御厨君はな、事件のあったボックスの客の応対をしたんだと。知
っているだろうが、ボックスは内側から鍵がかかっていた。その鍵を持ってい
たのは御厨君だけ。実際はもう一つ、店長の部屋にスペアがあるそうだが、そ
ちらは持ち出されていない。御厨君が第一発見者であり、彼が部屋の鍵を開け
たのだが……警察は第一発見者を疑えという鉄則を律儀に守っているんだな。
まだ容疑者とまでは行かないが、多少の疑いは向けられているらしい」
「四人の内、一人は助かったんじゃなかったっけ? その人に聞けば……」
 礼南は新聞で読んだ記事を思い出していた。
 被害に遭ったのは、商社勤めの男二人女二人の四人組。休日をウィークデー
に設けている会社であって、フリーターとの推測は外れていた。内三人が絞殺
され、残る女性一人は首を絞められていたものの、命は取り留めていた。ちな
みに、凶器は部屋備え付けのマイクのコードだとされている。
「警察から漏れ聞こえてくるところによると、当てにならんようだ。精神錯乱
をきたしているとか何とかで、まともな証言は期待できない」
「……何だか、本格的な探偵仕事みたいな気がしてきましたけど」
「そうなるかもしれん。何しろ、今度ばかりは、俺にも先行き、見当が着いて
いないからな」
 しれっとして言う大室。ガムを噛んでいるはずなのに、くちゃくちゃという
音が聞こえてこない。
「いいかげーん! 私にできるはずないじゃないですか。……ん? あの御厨
が依頼料、弾めるはずないんだけど。大室さん、儲けなくていいんですか」
「今回は面白そうだから引き受けた。依頼者がおまえの同級生と聞いただけで、
即決さ」
「お、大室さん!」
 手をわななかせる礼南。
(こ、この人はーっ! 珍しく損得抜きでやるのかと思ったら、面白がってる
だけじゃないの!)
 思わず、目の前にあるガラスのテーブルを殴りたくなった。
「レナ、そろそろ時間だ。仕事着に着替えてくれ」
 感情の矛先を鈍らせる、淡々とした口調が室内に響いた。

−−続く




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