#3215/5495 長編
★タイトル (AZA ) 96/ 3/15 2:33 (200)
秘密のアクセスマジック 1 亜藤すずな
★内容
/主要登場人物/ 松井飛鳥(まついあすか)
横川成美(よこかわなるみ) 三波司(みなみつかさ)
松井桂真(まついけいま) 松井歩(まついあゆむ)
江山淳也(えやまじゅんや) 東野亮一(ひがしのりょういち)
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
下駄箱の前で上履きに履きかえていたら、
「おはよっ。と、どしたの、その怪我?」
と聞かれた。成美ったら相変わらず、観察が素早い。
「あ、これ」
あたしは右手を顔の高さまで持ち上げ、手首の外側にできたすり傷を、自分
の方に向けた。もう血は止まったみたい。
「保健室は?」
「大丈夫よ。時間ないし、たいした傷じゃない」
「それならいいけど。で、どうしてそんな怪我を?」
「今日、朝から最悪。せっかく早く目が覚めたと思ったら、弟が熱出して大わ
らわ、母さんが車で弟を病院に運ぶことになったから、あたしが代わりに朝食
作る羽目に。寝ぼけてる兄貴をたたき起こしたり、髪をとくのがうまくいかな
かったりで、いらいらし通し。やっと家を出たら、忘れ物に気づいて取りに帰
る。それでもまだ時間は余裕あったの。けど気分的に急いでたら、公園抜けた
とこの角で出会い頭に人とぶつかって」
「転んだわけ?」
「そ」
いつまでも下駄箱前にいてもしょうがない。今や予鈴まで五分足らず。あた
しと成美、二人して早足で教室へ向かう。急いでいても、口は止めない。
「どじ」
「向こうが悪いんだから。あたしも急いでたけど、あやまりもしないで行った
のよ、あいつは」
「あいつって、向こうは男?」
「言わなかった? 若い男。サングラスしてたけどルックスまあまあ。でも、
あやまらないなんてひどいわ。こっちは荷物、ばらまいちゃって困ってたのに」
階段を昇る。一年生は三階。若い者に運動させようって魂胆かしら。三年生
が卒業しちゃって一階は空からなのにねえ。
「まあまあって、どういうルックス?」
「具体的には無理よ。一瞬だったもの。成美みたいに観察力ないし」
教室に到着。いつものように騒がしい。
「遅ーい!」
自分の机に着こうとしたら、司が近づいてきた。
「何やってたの。早く早く」
「……何だっけ?」
「もう! 昨日、電話したじゃない。古文の宿題、自分が当たるとこだけ分か
んないって。写させてくれるって言ったじゃない」
ぱたぱたと足踏みしている司。こういうのって、地団駄踏むって言うのかし
ら。無理ない、一時間目がその古文なんだから。
「悪い、ごめん」
すぐにかばんの中を覗く。転ばされたとき、ばらまいてしまったノートやら
教科書やらをあわてて突っ込んだから、ごちゃごちゃしていてどこに何がある
のか分かりにくい。
「あった」
やっと古文のノートを見つけた。はい、と司に渡そうとしたとき、ノートの
間から、黒くて四角くて薄っぺらい物が滑り落ちた。
「何?」
そばにいた成美が、手を伸ばしてそれを拾う。司は宿題を写すのに必死だか
ら、あたしと成美でその物を見つめる形になった。
「フロッピーディスク」
同時に言った。
「転んで荷物を拾ってるとき、まぎれこんだみたい。気づかなかった」
「何か書いてる」
成美から渡されたフロッピーディスク−−小型のやつ−−をよく見ると、ボ
ールペンか何かで、じかに文字が書き込まれていた。
「アール、イー……Reversal。英語? リバーサルって読むのかな」
「UNOのリバースと似た意味よ、きっと。」
成美が言ったところで予鈴が鳴った。本鈴まであと五分。着席して、静かに
しなくちゃいけない。
フロッピーはかばんに戻し、ともかく古文の用意。それから机の中に置きっ
ぱなしにしている英語の辞書を取り出す。当然、Reversalを引くため。
「R……E……VER……SAL」
載ってた。裏返しとか転倒、反転、逆転ていう意味。転んで拾った物が「転
倒」なんて、できすぎ。辞書をしまってから、急におかしくなってきた。
「松井、何を笑っているんだ」
いつの間にかご到着の先生に、気味悪そうに注意されてしまった。
一時間目を終わって、司が聞いてきた。
「何、笑ってたのよぉ? ノート、ありがとうって返そうとしたとき、なかな
か気づかないし」
彼女に拾ったフロッピーのことを説明してから、ついで司と成美にReve
rsalの意味を教える。
「『転倒』ね……。飛鳥がぶつかった、サングラスの男の人が落としていった
んだろうけど……結局、何なのかしら」
「コンピュータ演習室で調べてみれば?」
成美の疑問に、司が反応する。
「ちょっと、勝手にそんなことしたらいけないんじゃない?」
あたしはフロッピーの中身以上に、これをどうやってあのサングラス男に返
そうか、気にしているの。
「サングラスに返すにしたって、何も手がかりないんでしょう?」
「それはそうだけど……朝と同じ場所に立ってれば、探しに来るかも。いざと
なったら警察に」
「警察に届けてたら、手続きとかがややこしいわ。それよりフロッピーの中身
を調べれば、どこの誰が作ったか分かるかもしれないじゃない」
成美の言うことにも一理ありそう。でも、結局のところ、中身を知りたいん
じゃないかしら。観察力だけでなく好奇心も旺盛な成美のことだもの。
「調べてみるとして……コンピュータの動かし方、分かる?」
聞き返したら、司も成美も首を横に振った。あたしも授業で習った分はとも
かく、一から動かすのはちょっと……。誰かに助けを求めるしかない。
「うちのクラスで詳しいのって、誰かいた?」
「女子は無理ね」
断言する成美。まあ、少なくとも我がクラスに限れば事実。
「男子だったら、やっぱり江山君!」
おだんごにした髪を揺らして、うれしそうな司。
その江山君を探すと、教室の中心を隔て、あたし達から離れたところで他の
男子達としゃべっていた。
「江山君に頼もっ。ね」
「あのね」
だしに使うなと言いたくなったけど、学校で調べるんなら、江山君に頼むの
が早そうなのは確か。改めて考えてみる。
「ううん、だめよ。せめて今日一日ぐらい、ぶつかった場所で待ってみないと。
相手の男の人、礼儀知らずだけれど、それに非礼で返したら同じになっちゃう。
直接会って、文句の一つも言いたいし」
「だったら、今日の帰り、問題の場所に行って、相手の男性が姿を見せなかっ
たとして、明日はフロッピーを調べてみる?」
あたしは成美の提案を受け入れた。
そして放課後。三人そろって問題の場所−−朝、あたしが転ばされたところ
−−に向かう。ずっと立っていてもおかしく見られないよう、公園の中で待つ
ことにした。ベンチがあるのだが、位置が悪くて問題の場所を見通せないので、
ブランコに腰掛ける。公園内には、小学校に上がる前ぐらいの小さな子供が五
人、砂場で遊んでいるだけで、あとはあたし達がいるだけ。時間が過ぎていく。
「寒くなってきたよ」
大げさに震える格好をしながら、司がこぼした。
「一時間かあ。そろそろいいんじゃない、あきらめても」
公園にある時計と腕時計とを見比べるようにしてから、成美はあたしに言っ
てきた。時刻は五時十五分。暖かくなりつつあるとはいえ、そこはまだ三月上
旬。司が震えるのも分かる。
「ひょっとしたら、午前中の内に来たかもしれないわ。そのときあたしがいな
かったから、今またやって来ることもあるかも」
「フロッピーが仮に大事な物だとして、相手は飛鳥が中学生だと分かってるは
ずでしょう? だったら、学校の方に直接、取りに来てもいいんじゃないの」
「それはそうかもしれないけれど……あと十五分だけ」
五時半まで待とうというあたしの提案は受け入れられた。しかし、それでも
あの若い男の人は現れなかった。どうなっているの?
最悪の朝で幕を開け、公園で無駄な時間を過ごした次の日。
「今日は早かったわね」
教室に入ったら、もう成美が来ていた。司の方はまだ姿が見えない。
「自分こそ」
「まあね。それより、弟君は大丈夫だったの?」
「あ、ただの風邪だって。一応、今日も休むみたいだけど」
弟の歩が風邪をひいたのは、きっとテレビゲームで夜更かししたせいだと思
う。ゲーム好きの小学生にテレビを自由に与えたら、こうなるのは分かってる
のよ。それなのに……うちの親も甘い。
「まずは一つ、心配事が消えたわけね」
「ま、そうかな。次はフロッピーだけど」
「やっぱ、江山君に?」
「うん。今はあわただしいから、お昼休みに頼もうかなって」
江山君をちらっと見ると、いつものように男子数人と話をしている。
「司が喜ぶだろうなあ。あ、噂をすれば」
人差し指で教室の入り口の方を示す成美。ちょうど司が来るのが見えた。
それからの授業三時間は、できるだけフロッピーのことは考えないようにし
ようと思ってたんだけど、かえって考えちゃった感じ。フロッピーの中身を勝
手に調べるのって罪にならないのかしらとか、早くあの人に−−印象悪いけど
−−返さなきゃいけないなとか、それにはどうするのが最善か、てなことをと
りとめもなく考えていた。
やっとお昼。江山君、お弁当を食べ終わったら友達何人かとどこかに行って
しまうことが多いから、その前につかまえなきゃ。
「江山君」
恥ずかしがっている司、あくまで第三者的立場の成美に代わり、ある意味で
当事者のあたしが声をかける役。
「え?」
あたし達が声をかけるなんて予想外だったらしくて、こっちを振り返った江
山君の顔は明らかに驚いていた。
「何か用? 松井飛鳥さん」
フルネームで聞き返されるなんて、くすぐったい感じ。すぐにその理由に思
い当たる。クラスにはもう一人、名字が松井の男子がいるからだ、きっと。
「あのね、昨日、学校に来る途中、これを拾って」
まず、フロッピーを見せる。
「『Reversal』……? 僕のじゃないけど」
「分かってるわ。どういう物なのか、中を調べてもらえないかなって思って。
学校のコンピュータ使って……。ほら、江山君、理科部でコンピュータ、よく
いじってるでしょ。コンピュータの授業でも先へ先へと進んでるし。だから」
「ん、そういうことね。いいよ」
軽く笑って、うなずく江山君。やった。よかった。
「でも、学校の機械を使うのはまずいよ。万が一、それが変なフロッピーで、
ウィルスが入ってたら、壊してしまうかもしれない」
「ウ、ウィルスって? 病原菌?」
司が言った。江山君と話そうとして、必死なんだろうな。でも、何でもかん
でも話題に加わればいいってもんじゃないわよ。ウィルスのことぐらい、授業
で聞いたでしょうが。
「違うよ」
かすかに笑いながらだけど、やんわりと否定した江山君は、わかりやすくコ
ンピュータウィルスについて説明してくれた。
「−−だから、学校のを使って、もし壊しちゃったらまずい」
「そう……」
何となく、がっかり。
「だからさ、自分の家にあるパソコンで調べてみるよ」
「え? 大丈夫なの?」
「心配ない。ウィルスをチェックするソフトもあるし、バックアップ−−壊れ
たときのために、予備を取っておいてあるからね」
「そ、それじゃあ、お願い」
「じゃ、フロッピー、預からせて」
手を出してくる江山君。
「え? あ、あの、あたしもいっしょに見てみたいなーって」
「そうなの?」
と、江山君は司と成美にも視線をやった。
「あたしも!」
急いで叫んだのは司で、成美の方は、まあ付き合うかってな様子。
「ふーん。あんまりきれいな家じゃないけど、それでいいなら」
そう言った江山君の表情、さすがにうれしそうに見える。
「じゃ、今日の放課後でいい?」
「うん」
約束して、あたし達は自分の席に戻った。−−だけれども。
−−続く