#3165/5495 長編
★タイトル (AZA ) 95/10/31 2:33 (176)
死線上のマリア 12 名古山珠代
★内容
真理亜が言った目算とは……ペンダントであった。嘉奈子がしていたペンダ
ント。遺体を確認した際も、刑事に聞いても、嘉奈子のそばにペンダントは見
当たらなかった。もし、ペンダントを発見できれば、突破口になるかもしれな
い。
(相当、幸運を期待しなくちゃいけないけど。一週間以上も寝ていたのと同じ
だから、これはハンデだ)
真理亜が目指したのは、江田山医院だった。嘉奈子が消えてから発見される
まで、寮や学校では騒ぎが起こっていない。仮に、嘉奈子が寮や学校のどこか
に、一時的に連れ去られていたのだとしたら、きっと目に着いたはず。それが
なかったのは、嘉奈子は最初から寮の外に連れ去られたと考えるのが順当。そ
れはどこかとなると、江田山医院しかなかった。
(やっぱり、理事長もおかしかった)
真理亜は、二十一日の夜の理事長の態度を不審に感じていた。理事長も関与
している。
さらに、あの日の夕方、月谷先生がいきなり、湯川美代の部屋に来たのもお
かしい。真理亜と美代はその日の朝、知り合ったばかりで、二人が親しいなん
て誰も分からないはず。月谷が真理亜のことを見張っていたのなら、話は別に
なってくる。要は、学校側が真理亜を見張っていたことになる。真理亜の学校
に対する不信感は、いよいよ大きくなっていた。
江田山医院を目の前にすると、真理亜は裏に回った。病院には使用済みの注
射針といった医療器具を捨てるため、それらを一時的に置いておくスペースが
ある。嘉奈子の持ち物は人目につくとまずいから、そちらへ捨ててある可能性
あり。真理亜はその可能性にかけた。
辺りを見回し、誰の姿もないことを確認してから、真理亜は病院敷地内に入
った。
(まるでゴミ置場ね)
一目見るなり、彼女は強く思った。
普通のゴミと同じように、ビニールの大きな袋に、注射器や点滴の空瓶、何
かの管が詰まっていた。メスのような物さえ見える。
(ゴミには違いないけど……こういう廃棄物は、もっと慎重に扱う物じゃない
のかしら)
何か法律で基準があるのだろうとは思うものの、知識がないから疑問に思う
だけで止まる。今はそれより、ペンダントを探すことだ。
万が一、消毒されていない注射針で指先なんかを刺してしまったら、病気に
なるかもしれない。真理亜はトランプカードでピラミッドを作るときのように、
いやそれ以上に、注意に注意を重ねてことに当たる。
(病気……?)
探している間、何だか引っかかる。真理亜は何か閃きそうなのだが、二つの
ことに集中はできなかった。彼女は思考をあきらめ、ペンダント探しに没頭す
る。
そして彼女は、ある一つに注意を向けた。
半透明のビニールを内側から押す、縁の丸い突起物。それが何か分かるよう、
ビニールを少し破る。
「……あった」
つい声が出てしまい、はっとして手で口を押さえる。
ビニールの破れ口から、嘉奈子がしていたペンダントが覗いていた。
(どうしよう)
逡巡する真理亜。このペンダントが嘉奈子の物である証明は自分にはできな
いのだから、このまま警察に知らせても、相手に言い逃れされるのがオチだ。
時間が過ぎる。ここに長くはいられない。
(どうするにしたって、ここに放っておけない。持って帰るしかない)
真理亜は手を伸ばし、ペンダントを引き抜いた。鎖が切れていた。
江田山吾一は、窓から外を眺めていた。休みであるこの日は、学園の仕事は
なく、病院の仕事も少ない。
(あれは……)
タバコに火を着けたとき、彼は視界に少女の影をとらえた。
(足利真理亜……まだ調べ回っているのか)
江田山は理事長として、さらには院長として動かなければならない、と思っ
た。
(しょうがない生徒だ)
ほとんど吸っていないタバコを灰皿でもみ消すと、彼は面倒臭そうに立ち上
がった。
とにかく、誰の目にも触れないところへ保管しておこう。真理亜はペンダン
トを両手で隠すように握りしめながら、そう決めた。
寮母への挨拶もそこそこに、階段をかけ上がる。いつものように仕掛けてお
いた髪の毛の異常なしを見てから、ドアを開け、素早く中に入る。
(どこに隠そうかな)
色々と隠し場所を思い浮かべてみるが、どれも見つかりそうで怖い。だいた
い、自分の部屋に隠したところで、向こうは鍵を持っているのだ。その気にな
れば、いくらでも探されてしまう。
部屋の外に隠すとか、誰かに預かってもらうことも考慮に入れる。が、どれ
も何某かの不安がつきまとう。
ふと、真理亜はドアがノックされていることに気付いた。小さな音で、一定
のリズムを刻んでいる。
(……何よ)
今度の事件では、ノックがいつもよくない知らせの始まりだったような気が
する。それを思うと、真理亜は薄気味悪くなった。しかも、ノックの主は名乗
ろうとしないし、呼びかけてもこない。
「誰」
相手をけん制する意味を込めて、真理亜は鋭く叫んだ。
ノックの音がやむ。が、すぐにそれは再開された。
真理亜は覚悟を決めて、立ち上がった。音を立て続けるドアに向かって、一
歩、また一歩と近付いて行く。
ドアのノブに手が届く距離になった。その途端、開けてやる!
が……廊下には誰もいなかった。こちらの行動を見透かしており、すぐに飛
び退いたのだろうか。
真理亜は部屋を出、三階の廊下を見回ってみた。それでも、ノックをしたは
ずの人物の姿は見当たらない。
(下に逃げたのかしら?)
階段の方を見に行く真理亜。彼女が見下ろしたそのとき……。
(え?)
真理亜の背に、強い力が加わえられ−−。
気が付くと、真っ先に白い色が目に飛び込んできた。よく見ると、天井だっ
た。自分がベッドの上にいることも分かった。
身体を動かそうと思ったが、動かない。手足は自由なのだけれども、痛みで
しびれている感覚。
足の方向にあるドアが開かれた。
「お目覚めらしいな、足利真理亜さん」
首だけ動かし、入ってきた人物の顔を見る。
「理事長先生……」
真理亜は、意外とも思わずに、淡々と言った。ただ、状況が絶望的に悪そう
なのも分かった。
「驚いておらんようだねえ。ま、ついさっき、ここの病院のゴミあさりをして
行った君のことだ。おおよその見当は付いているのだろう」
「見られていたんですか」
いつもの習慣か、真理亜は丁寧な語調で聞いた。
「ああ。やっと大人しくなったと思ったら、一週間ほどでこれだ。最近の子供
は回復が早いね」
「理事長先生が、私を階段から突き落としたの?」
「おや、ちゃんと記憶はあるんだ。いや、突き落としたのは私ではない。電話
で寮母にちょっと頼んだだけでね。ここまで派手にはやってもらいたくなかっ
たんだが、仕方がない。それよりも、どうしてそんなに執着する。四年も離れ
ていた友達のことなんか、どうでもいいんじゃないのか」
「よくないわ!」
真理亜はそう叫んだつもりだったが、身体に力が入らず、いつも声の大きさ
になる。
「どんなに長く、遠く離れてたって、変わらない物はいくらでもあります。誰
にも譲れない、最後に残る大事な物」
「ドラマの悪影響だな。でも、そんなに言うのなら、私にも譲れない物がある。
何か分かるかな?」
「……」
「名誉だ。ここまでこの病院を大きくし、さらには学園を作った。どちらも評
判は上々。そんなときにだ、あの久保という生徒は……」
「待ってください」
理事長の言葉を遮って、真理亜は持っていたある物を取り出して見せた。腕
がなかなか言うことを聞かず、苦労する。
「それは……」
理事長の目に映ったのは、あのペンダント。そしてやや後退しながら、震え
る声で言った。
「そ、それを……君はどこで手に入れた?」
「嘉奈子からもらったんです。お土産に」
真理亜がそう言うと、相手の顔色が完全に変わった。青いを通り越して、白
く見える。
「おい、消毒の用意をしろ!」
理事長はドアを開け、廊下に向かって叫んだ。かけ足の音が聞こえてきた。
「どうして消毒なんかするんです?」
「おい、それが何か、分かっていないのか」
「コレラでしょう?」
真理亜は、あっさりと言ってみせた。
理事長−−江田山院長に焦りの色が浮かぶ。
「な……」
「コレラじゃないにしても、何かの病気。感染者が出たことが知られると、パ
ニックになるような。そして病院や学校の評判に関わるような」
「知っていたのか?」
「このペンダントに、コレラ菌は着いていないはずです。だって、この病院の
廃棄物置場で見つけて、拾ったんですから」
「何だと? それじゃあ、もう消毒した物じゃないか……」
そこまで言ってから、急に気が付いたように、唇を固く閉じる理事長。
「気が付くのが遅かったわ。さっき、病院の廃棄物置場を見て、閃きかけただ
けだったから。注射の山から伝染病を連想して、それが嘉奈子のいた国−−東
南アジア諸国と結び付きました。嘉奈子はコレラにかかっていたんだわ。再開
したとき、道理で顔色が悪く見えたはずよ。体調を崩していたというのも、そ
の前兆だった。治っていないまま、日本に戻って、検疫にもパスしてしまった
のね」
黙って聞いている態度の理事長。
「私が嘉奈子を部屋に案内し、別れた後、症状が表面に現れたんでしょう?
すぐにこの病院から誰かお医者さんが来たけど、手に負えない。後先のことは
見えなくても、とにかく病院へ緊急搬送した。そして治療の甲斐もなく、嘉奈
子は……死んでしまったのね」
「……やはり子供だ。いいところまで行っているが、最後が違う」
虚勢ながら威厳を取り戻したように、理事長は口元をゆがめた。
真理亜は相手の言葉を待った。
「コレラはすぐにも治まりかけていた。ところが、うちの看護婦の一人がドジ
をやらかしたんだ。MRSAって分かるかね? 院内感染ってやつだ。どんな
抗生物質も効かない、質の悪い病原菌。看護婦のミスで、あの生徒は急速に冒
されてしまった。合併症が表れ、そして死を迎えたのだ」
「……どちらでも一緒よ」
自分でも驚くほど冷たい口調で、真理亜は言った。
「病気で死んだ人間を、自分達の名誉のために、焼身自殺したように見せかけ
るなんて。普通の神経でできることじゃないっ」
−−続く