AWC ホシが誰かは知っている、が 6   永山 智也


    次の版 
#3106/5495 長編
★タイトル (AZA     )  95/ 6/29   1:41  (199)
ホシが誰かは知っている、が 6   永山 智也
★内容
「そう。せめて、普通に受験して、社会の厳しさの一端を知っておけ、みたい
なこと言ってた。……これ、お父さんが死んだのと関係あるの?」
「あるかもしれないんだよ」
 私は曖昧に答える他なかった。
「信じられない」
 首を振る神取知子。うなじが隠れる程度に切りそろえられた髪が、ふわりと
広がる。これまで会ってきた彼女のクラスメイト達も、判を押したように同じ
髪型だった。
「私も調べている途中でね。それよりも話の続きだ。あの日−−事件の日に君
の家に来ていた友達の中で、君が違う高校に行くことになるかもしれないと知
っていた人、いる?」
「……みんな知ってるわ。何でも話せる友達だから、誕生日に呼びもするんだ
し。そうでなかったら、パーティなんて恥ずかしいこと、できない」
 そういうものか。またどうでもいいことを気にしながら、私は次の問に移っ
た。
「反対した友達、大勢いたよね?」
「それは、まあね。ほとんどみんな、反対。私だってみんなと一緒に上がりた
いし」
「特に強く反対した子、いるかな。その、印象に残るぐらい強く反対したって
意味だけど」
「ん……。そう言われたら、ユカが」
「ユカって」
 私がニックネームについて聞き返すと、相手ははっと気付いたように言い足
した。
「外山優香。『ゆうか』を縮めて『ユカ』よ。おじさん、みんなにも会ってる
んでしょ? 誰が誰だか分かる?」
「あ、ああ。何とかね」
 ここでも曖昧な返事。本当は犯人の顔と名前を忘れるなんて、できるはずも
ない。それにしても、やはり外山優香か……。
「それで−−」
 重ねて質問しようかと思ったが、やめた。これ以上続けると、この少女に感
づかれてしまうかもしれない。父親を殺されただけでもショックだろうに、そ
の犯人がクラスメイトだと知れば、心的衝撃は少なくとも倍加されるに違いな
い。
「……どうしたんです、途中で黙って?」
「あ、いや、やっぱりいい。今日はこれでいいよ。色々と答えにくいことも答
えてくれてありがとう」
 最後まで、私は曖昧を通した。

 事件は解決した。だが、嫌な気分だった。
 私は自分の調査結果を基に、知り合いを通じてこの事件を担当している捜査
陣に進言した。結果、外山優香は意外なほどあっさりと犯行を認めたらしい。
 親友たる知子の進学について、知子の父親の神取氏が口出しし過ぎると感じ
ていた外山優香は、誕生パーティの日、機嫌よさそうな知子の父を見て、今な
ら自分みたいな中学生の言うことでも素直に聞き入れてくれるかも、と期待し
て、一人でこっそりと、神取氏に会いに行ったという。そして知子の生き方を
一つに縛るようなことはしないでほしいと言った。
 ここで神取氏はかんしゃくを起こしたように怒りを露にした。その様が、あ
まりにも自分達『子供』の立場をおとしめるような物言いだったので、彼女は
発作的に殺意を抱いたらしい。相手が背を向けた隙に、手近にあったブロンズ
像を手に取ると、素早く神取氏の頭部を一撃した。あっけなく、神取氏は動か
なくなった。血が少し飛び散ったが、大したことなかった。念のため、ブロン
ズ像の血と部屋のあちこちに着いたであろう指紋を拭き取り、部屋を出た。恐
らく、午後一時半ぐらいのことだったろうという話である。
 一時半に『犯行』があって、一時間後の二時半に、神取氏は娘達の前に姿を
見せている。つまり、神取氏は即死ではなかった。脳内の出血はその量が極わ
ずかずつの場合があり、頭部に衝撃を受けてから時間を置いて死に至るケース
がある、という話はあとから聞いた。北川君の「アリバイ工作をしたか?」の
問いに、外山優香はノーと答えて当然だったのである。
 では、何故このとき、神取氏は外山優香に殴られたことを誰にも言わなかっ
たのか。こればかりは想像するしかないが、神取氏自身、自分の言葉があまり
にも大人げなかったと感じていたのではないか。そして外山優香に謝罪するた
めに部屋から出たものの、外山はすでに帰ってしまっていた。それなら他の者
に聞かせる話ではないと考え、また自室に戻った……。こんなところではない
だろうか。
 残る問題は、血文字のDだが……。これも、警察の現実的な想像によって、
次のような解釈が与えられた。もし犯人を示すために書き遺すのなら、わざわ
ざ血文字で書かなくてもいい。部屋にはいくらでも筆記用具があったのだから。
故に、この血文字は被害者が書こうとして書いた物ではなく、頭部の出血具合
を手で確かめる際、たまたまDという字の型ができあがったのだろう、と。
「京極、ありがとう」
 仕事場に私を訪ねてきたデウィーバーは、大げさな身ぶりで感謝の意を示し
てくれた。私の両手を大きな手で包み込み、何度も上下に振る。
「本当に助かった、よ。こんな結果が待っているとは、思いもしなかったので
すが……」
「君が気にする筋合いじゃないよ。濡れ衣を着せられていたんだから……っと、
濡れ衣って分からないか?」
「分かる分かる。知り合い何人かによく言われたから。やってもいない罪をや
ったと言われること、だね」
「まあ、そうかな」
「思わぬことで、日本語の勉強になったよ」
 本気なのかはたまた皮肉か、デウィーバーはにやりと笑った。
「ところで、京極。どうやって真相を見破ったんだい?」
 そう問われて、私はちらりと理恵子さんの方を見やった。今は知らん顔して
いるからと言って、図に乗ってこちらが長話をすると、仕事を怠けたと見なさ
れかねない。
「うーん、その話はまたいつか。食事でも一緒にやろうじゃないか」
「それは賛成だね。けれど、少しぐらいいいじゃないか」
 デウィーバーに粘られ、焦る。しょうがない、少しだけ。
「超能力のお陰だよ」
 この答に、デウィーバーはきょとんとしている。無理あるまい。彼には北川
君のことを話していないし、オーストラリア人の彼に日本人の顔は区別しにく
いのだろう。北川君がかつての超能力少年の成長した姿だとは、想像もできな
かったようだ。

 後日、私は北川君と駅で落ち合い、東京へと向かった。事件の顛末の報告を
兼ねて、篠原涼美の見舞いに行くことにしたのだ。
 顛末の報告は、協力してくれた北川君に対する礼儀程度の意味であり、さし
て詳しくは話さないまま、終えた。それでも、車中での時間は潰れた。
 篠原涼美がいる施設は、東京にしては静かな場所にあると言えた。だが、外
見の寒々しさは、数多くある他の病院と変わらない。白い壁は清潔感以上に、
冷たさを映す。
 北川君の背中について行くと、その部屋はあった。一階の一番奥にある個室、
九号室。
「母はちょうど家に戻ったところらしいです。受け付けの人が言っていました
から」
 気兼ねしなくていいですよ、ということなのだろう。北川君はそう言いなが
ら、ドアを開けた。
 真昼だというのに、部屋の中は蛍光灯で照らされていた。ここにも冷たさが
澱のように積もっている。
 天井を見上げた私の気持ちを察したのか、北川君は、
「仕方がないんです」
 と、説明を始めた。
「窓を開けると、施設の外から見えてしまう。涼の、涼美のこんな姿、誰にも
見せたくないから」
「覗く奴がいるのか?」
「今はいないと思います。でも、事件が起こった当時は……」
 語尾を濁す北川君。そうだったのか。
 私は、部屋の中央からやや奥にあるベッドに目を向けた。少しだけ、勇気が
必要だった。
 そこに横たわっていたのは、確かに篠原涼美。面影という言葉を使ってもい
いのなら、ポニーテールを揺らして私に挨拶した少女の面影がある。若干、小
柄に見えるのは、薬害のせいなのか、それとも……。
 口元に付けられた酸素吸入器を除けば、単に眠っているだけの姿に見える。
事前に想像していたほどには、痛々しさを感じない。他人事だからか? いや、
違うと信じたい。
「……本当に眠っているようだね」
「そうですね」
 気のない返事をよこした北川君。見ると、お茶を煎れようとしている。
「おいおい、そんなことはしなくていいよ。君もしばらくぶりなんだろう、彼
女の顔を見るのは」
「ええ、まあ」
 それでも作業をやめようとしない。
「私の心を読んでみなよ。お茶なんていらないって思ってることが分かるから」
 笑いながらそう言ってやると、北川君はぴたりと動きを止めた。だが、それ
はお茶を煎れるのをやめようとしたのではなく、身体が硬直したように見えた。
「……ここでは能力は使いません」
 ぽつりと言った北川君。気のせいか、声に緊張感があった。
「ど、どういうことだい? そりゃ、君がプライバシーその他諸々のことを慮
って、なるべく読心をしないように心がけているのは知っているが」
「使える訳ないじゃないですか」
 彼の視線は、篠原涼美を見ていた。これ以上ないほど、真摯な眼差し。
「……君は、涼美ちゃんの気持ちを……」
 言葉がうまくまとまらない。私は強く頭を振って、口調を改めた。
「あの事件以来、君は彼女の心に呼びかけていないのか?」
 知らず、声が大きくなった。対照的に、北川君の口調は弱くなる。
「ええ……」
「どうしてだ? 折角、能力がありながら。意識のない者が相手でも、その気
持ちに触れることができるんだろう? 何故、使わない?」
「……京極さんと同じ理由です」
 意味が分からない。私はきっと、怪訝な表情をしたろう。
「十年前、自分の能力を涼ちゃんに使うことはやめると誓ったんです。京極さ
んが大学での研究をあきらめたように」
「……」
 腹の底が、ぐんと冷たく、重たくなった。彼の言いたいことが分かったよう
な気がした。
「考えてみてください、涼ちゃんが事件に巻き込まれるきっかけについて。そ
の根本の原因を作ったのは、僕がこんな能力を持っていたからだ」
「何を」
「だってそうでしょう? 僕が普通の人間だったら、京極さんと知り合うはず
ないから、実験に参加することもなかった。涼ちゃんだって、実験に参加して
くれるよう、あなたから頼まれることはなかったはずですよ。ねえ? そうな
るとですよ、涼ちゃん達は旅行の日をずらしてまであなたの話を聞くこともな
かった。予定通り、九月の十二日に出発して、無事に戻って来ていたはずなん
です。でも、実際はそうじゃない。僕が能力を持っていたから」
「やめるんだ!」
 憑かれたように話す北川君を、私は一喝した。彼の両肩を強く握り、そのま
ま真っ直ぐ見た。
「お願いだから、やめてくれ」
「……」
「そんな風に考えるのはよすんだ。あの憎むべき犯人達の他に責任を取らねば
ならぬ人物がいるとしたら、それは私一人だけだよ。自分の研究のことしか考
えずに、身勝手なお願いをした私だけだ。君は関係ない。それよりも思い出し
てくれないか。君が涼美ちゃんと出会ったきっかけ、親しくなれたきっかけ。そ
れはきっと、君の能力にあるんじゃないか?」
 北川君は、固い動きでうなずいた。
「彼女と会えてよかっただろう? それとも、彼女が無事なら、会えないまま
の方がよかったか?」
「……違う……。会えてよかった。会えてなかったら、僕は……」
「だったら、その素晴らしい力に感謝しろ。自分の内に閉じ込めてしまおうな
んて、思うな。涼美ちゃんと出会えた力を、涼美ちゃんに使わないなんて、お
かしいんだよ。そう考えるんだ」
「……」
 しゃくりあげるような音がした。
「さあ、聞けよ。彼女に聞いてみるんだ。何だっていい。自分のことが好きか、
覚えてくれているか、ずっと眠ったままだけど元気か−−何でもいいんだ。と
にかく、涼美ちゃんに話しかけろ。眠ったままの彼女の意識、揺り起こせ!」
「やって、みる」
 とぎれがちに言った北川君だったが、もうその目は濡れていなかった。彼は
ゆっくりと、しかししっかりと彼女の手を取る。
「涼……」
 その名を口にしたきり、目を閉じる彼。
 静かな時間が流れた。
 彼の目が開かれた。その瞳が、希望の光に輝いている。私にはそう映った。
「ありがとう、京極さん」
 北川君がゆっくりと口を動かす。
「涼が……応えた」

−−終わり




前のメッセージ 次のメッセージ 
「長編」一覧 永山の作品
修正・削除する         


オプション検索 利用者登録 アドレス・ハンドル変更
TOP PAGE