AWC 棺桶鉄人 5   永山


    次の版 
#3083/5495 長編
★タイトル (AZA     )  95/ 5/28   8:51  (175)
棺桶鉄人 5   永山
★内容
「……」
 髪の隙間から、コフィンの目が覗いた。
「何だ、その目つきは? おまえの持ち物だろうが。運べよ」
「……」
 沈黙を守ったまま、コフィンはふらふらとした足取りで棺桶にたどり着くと、
結び付けられた縄を手繰り寄せた。
「ぎぎぎ」
 うなり声を上げながら、縄を握る手に力を込めるコフィン。棺桶は、やがて
ずるずると動き始めた。
「随分、ゆっくりしてるなあ」
「今日中に出て行けよ。分かってるな!」
 そんな野次が飛んだ。保安官だけでなく、集まっていた市民達からも、から
かいの声が飛んだ。すでに、噂は浸透していた。奇病を治療してくれた評判は、
太陽にさらされた朝露のごとく消え去っている。
 コフィンはうつむいたまま、泥道を進んで行った。

「あそこにいるぜ」
 一人が低く言った。夜の暗がりの中、彼の指差す先には、うずくまる格好を
した人影がある。傍らには細長い直方体。
「まだ出て行ってなかったんだ」
 もう一人の男が、ほくそ笑む。
「やっちまうか」
「ああ。命令を守らない場合、コフィンのやつをどうしようと、俺達が正義だ」
 相談する二人の男の表情は、凶暴なものになっていた。
 一人が用意してきたたいまつに、火を着けた。油をたっぷりと染み込ませて
あるそれは、音を立ててすぐに燃え上がった。
 しかし、コフィンに気付かれた様子はない。
 男二人は、それでもそろそろとコフィンに近寄ると、一旦、目を合わせた。
「……まず、棺桶からだな」
「そうだな。怪物とやらが飛び出してきて、暴れられたらかなわん」
 二人は決断すると、棺桶の方に忍び寄る。そして持って来た油を、ぼたぼた
と大量に垂らす。
「食らえ!」
 一声叫び、持っていたたいまつで棺桶に火を−−。
 ごっ、と音がした。一気に明るくなる。棺桶全体を、炎が包む。早くも、気
の弾ける音さえ始まった。
「があっ!」
 苦痛の声。それと共に、棺桶に火柱が立った。  ヒトガタ
 いや、違う。火柱ではない。頭に両手両足がある。人形をした火柱。棺桶の
中の怪物が、棺桶を突き破り、立ち上がったのだ。そいつは全身火だるまにな
り、激しくうめきながら、地面を転がり回る。
「……」
 二人の男達も、この光景には呆気に取られてしまっている。ぽかんと口を開
け、じっと見つめるだけ。
「何を!」
 目を覚ましたコフィンが叫んだ。と同時に、彼は疾風のように男二人を突き
飛ばし、転げ回る怪物へ手を差し伸べようとする。が、その火の勢いは相当な
ものだ。びくりと手を引っ込めてしまった。
「くそ、こ、こいつもやってしまえ」
 したたか肘や背中を強打した男達は、体勢を立て直すと、コフィンに向かっ
て行った。
「黙れ!」
 コフィンの鋭い叫び。いつの間に拾ったのだろう、彼の手には、太い棍棒よ
うの物があった。それを激しく振り回す。迂闊に近付くと、頭を割られかねな
いほどの、猛烈な勢い。風を切る音が起こっている。
「だ、だめだ」
 それだけ吐き捨てると、男達は一目散にかけ出した。
 あとには、息を乱したコフィン。
 棺桶の怪物を振り返ると、ぐったりとして、もはや動いていなかった。火が
まだくすぶっており、煙が何本か立ち昇っている。
 空を歩くような足どりのコフィンは、怪物の前にひざまずいた。そして、怪
物の身体をかき抱く。そして。
「お、お、おおお……」
 哭いていた。

 やっとのことで、コフィンは落ち着ける場所を見つけた。人目を避け、傷つ
いた彼が怪物を収めた棺桶−−本来の役目を果たしている−−を引きずり、た
どり着いたのは、あの廃坑跡の小屋であった。
 小屋の扉を開けたコフィンは、びくりと身体を震わせた。
 中では、男が一人、死んでいた。死んでからかなりの日にちが経っているら
しい。その死因は……。
「この人もエイカ病の犠牲者……」
 コフィンが、彼の国の言葉でつぶやいた。
 エイカ病。それが、大陸を徐々に蝕んで行きつつある奇病に与えられた名前
であった。コフィンは、そこここに残る乾いた吐血の跡から、男の死んだ原因
をそう断定した。
 コフィンは男の腕を取った。遺体の左手から手帳が落ち、ぱらぱらとめくれ
た。びっしりと文字が書き込まれていたが、コフィンにはほとんど読めない。
ただ一つ、手帳の持ち主の名前らしき箇所だけ、判読できた。
「ひ、ゅ、ご……。ヒューゴさんか」
 ぽつりとコフィン。
「こんなところで、一人で死んでいるなんて……。誰にも己の病を移させまい
と、家族や友人から離れて、死を待ったのかい? 何てことだ……」
 私が治したものを。コフィンは、ほぞを噛む思いであった。彼は、棺桶の方
へ視線を落とした。その胸の内に、様々な思いが一度にわき起こる。
(私と彼……キャスケットの二人で、治せたものを……。
 エイカ病は確かに、難病。だが、治療法はあるんだ。エイカ病患者は、ザッ
ケン病患者−−キャスケット−−に触れることにより、ザッケン病にかかれば
いい。ザッケン病の力で、エイカ病の元は退治される。
 健常者がザッケン病にかかると、命に別状はないものの、キャスケットのよ
うな姿になってしまう。全身がただれたように黒くなり、無数のいぼが浮き出
てくる。化膿すると、ひどい痒みに襲われる。さらには、足腰が立たなくなっ
てしまう。個人差はあるが、ある程度の日数が経過すれば、全ての症状はなく
なり、健康に戻れるのだ。それに、一度かかれば、二度とザッケン病にかかる
ことはない。エイカ病にもかからなくなる。
 外見だけなのだ。この外見の異様ささえなければ……。そして、ザッケン病
患者が自力で歩けたなら、こんな棺桶で運ぶなんて真似、しなくてよいものを。
どうしても、怪しまれてしまう。それでも言葉が通じればいいのだが……とう
とう、私は失態を……。すまない、キャスケット……)
 コフィンは思考を中断し、棺桶の蓋を開けた。そして、キャスケットをそこ
から出すと、エイカ病で死んだヒューゴという男に並べて、横たわらせた。二
人を葬ってあげたく思う。
 コフィンはそれから、ゆっくりと時間をかけ、二人を土に埋めた。
(……これから……どうするか)
 小屋に戻り、壁にもたれながら、コフィンは考えていた。
(エイカ病は、この先の市や町、村でも猛威を奮っているはず。それなのに、
ザッケン病患者が……。私は一度、ザッケン病にかかったから、もうザッケン
病患者にはなれないし……やはり、誰か、ザッケン病の人間を見つけなくては)
 天を仰ぐコフィン。落胆する彼の耳に、騒がしい歓声が届いてきた。子供達
のものらしい。コフィンは一瞬だけ迷ってから、小屋の中から、外を窺った。
 子供は、まだ小学校に通うぐらいの子ばかり、六人ほどいた。みんな、てん
でばらばらに走り回っているところを見ると、追いかけっこでもしているのか。
 その中の一人が、急に立ち止まった。
「おまえ、どうしたんだ?」
「え? 何?」
 指差された子供の方も立ち止まる。その子の顔に、コフィンは見覚えがあっ
た。エイカ病患者として、治療してあげた子供の一人だった。
「顔、ぶつぶつができてるぞ。なあ、みんな?」
 その子の一声で、追いかけっこは中断された。他の四人も、ぞろぞろと集ま
って来る。
「あ、本当だ」
「近所のお兄ちゃんみたいに、吹き出物ができてる」
 コフィンには理解しにくかったが、どうにかそれだけ聞き取れた。なるほど、
目を凝らしてみると、問題の子の顔には、ぶつぶつが浮かび上がっている。遠
目にも分かるほどで、かなり目立つ。
「病気じゃないか?」
 ある一人の子の言葉で、コフィンははっとした。
(もしかしたら……。ザッケン病にかかっている? いや、そんな馬鹿な)
 コフィンは首を振って、自分の疑念を払拭しようとした。
(あの子はエイカ病にかかっていたとき、治療のため、ザッケン病にかかった
はず。だから、ザッケン病の症状は表面に出ないはずだ)
 しかし、その子はザッケン病の初期の症状を呈している……。
(本当にザッケン病にかかっているのなら、症状が進めば、足に来る。早い内
に、安静にさせないと……)
 飛び出すべきかどうか、逡巡するコフィン。
 そのとき、コフィンの頭に閃くものがあった。
(そ、そうか! あの子の親が慌て者だったんだな。いやいや、慌て者は私も
同じか。風邪か何かで熱が出たのを、エイカ病にかかったものと早合点し、私
のところへ子供をかつぎ込んだ。私は、エイカ病患者でないあの子に、ザッケ
ン病を移していたんだ。健康な身体に移せば、症状が現れるに決まっている)
 コフィンは自分の失敗に、光明を見い出していた。
(よし……)

「いましたか?」
「いないんです。それどころか、よそのお子さんまで、いなくなっているみた
いなんです」
「何ですと?」
「あ、あの、私が聞いた範囲だと、この区の子供達の半分以上が、いなくなっ
ているようなんです。これは一体……」
「役場に聞いてみたら、他の区でも、子供が消えているって……。ひょっとし
たら、市の子供のほとんどがいなくなっているんじゃあ……」
「ば、馬鹿な」
「どうなっているんだ。さっぱり分からん」
「子供達には、黒いぶつぶつができていたよな」
「ええ、うちの子も。あ、そう言えば、いなくなった子はみんな……」
「知っているか? ちょっと前から、子供達の間で、いじめが起こっていたん
だ。あのぶつぶつ、コフィンの奴が連れていた怪物のぶつぶつにそっくりだそ
うだ。だから、それを理由にいじめや喧嘩が……」
「……まさか……コフィンの呪い……」
「悪い冗談はよせ! あいつは出て行ったんだ。どこか遠くにな」

 コフィンの足どりは軽かった。その背後には、何人もの子供達が連なって歩
いている。誰もが、頭にすっぽりと覆いをかぶっている。
「みんな、足、痛くない? 歩ける?」
 コフィンは振り返り、大声で言った。無論、子供達に分かるように、慣れな
い言葉を駆使して。
「平気だよ!」
 元気のいい返事があった。
 コフィンは驚いていた。大人に比べて、子供のザッケン病は進行が遅いよう
だ。熱もさほど高くない。これなら、次の街まで楽に行ける……。
「もうすぐだから、頑張って。きっと、顔のぶつぶつは取れるから」
「うん!」
 コフィンの旅は、まだまだ終わらない−−。

−−完




前のメッセージ 次のメッセージ 
「長編」一覧 永山の作品
修正・削除する         


オプション検索 利用者登録 アドレス・ハンドル変更
TOP PAGE