AWC Boy needs Girl 1   名古山珠代


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#3040/5495 長編
★タイトル (AZA     )  95/ 4/29   7:57  (200)
Boy needs Girl 1   名古山珠代
★内容
 信じられない光景を目にして、ユキは一瞬、目が点になった気分だった。
(あの秀才クンが)
 コンビニの店内、彼女の数メートル横には、本や雑誌の並んだコーナー。そ
のすぐ前に、クラス委員長の堂本。
(……エッチな本を見てる……)
 ユキは目をぱちくりさせ、確認する。目の前の光景が現実だと分かると、彼
女の口元には勝手に笑みが浮かんだ。
(むふふっ。面白そう)
 ユキがにやついている間に、堂本はその雑誌を手にしたまま、レジへと向か
った。やや辺りを気にするように視線をきょろきょろさせ、列の最後尾に並ぶ。
その彼の手は、持っている雑誌を覆い隠したがっている。
(お、お。本当に買うんだ。そうこなくちゃ)
 訳の分からない歓声を心中で飛ばしながら、様子を見守るユキ。
 その内、堂本の順番が回ってきた。急いでお金のやり取りが行われる。と言
っても、急いでいるのは客だけだったが。
 紙袋に雑誌を入れてもらうと、堂本は足早に店の外へ出て行く。
 ユキは足音を忍ばせ、その背中を追っかけた。
 コンビニの店の明かりもほとんど届かなくなった頃−−。
「おーい」
 まずは一声。でも、堂本はそのまま行ってしまう気配だ。しょうがないなあ
と思いつつ、ユキは笑いをこらえるのに苦労した。音量を大きくしてやろう。
「おーい! 君だよ、君。そこの学生服の」
 堂本が停止した。その有り様は、びくっとしたのが傍目からでもはっきり分
かるほど。彼はそのままの姿勢で固まっている。
「やっと止まってくれた」
 言いながら、接近するユキ。
「だ、誰だ」
 堂本はわずかに声を震わせて、ユキのいる方向へゆっくり振り返った。
「あたしなのだ。木川田雪奈」
「木川田って……君、まさか、同じクラス?」
 大げさに驚く堂本。
「ちゃんと覚えといてよ、クラスメイトの顔と名前ぐらい。ところで」
 と、ユキは心持ち、顔を覗かせるようにした。その視線の先で、相手の持つ
紙袋を捉える。
「その中身……」
「見ていたのか?」
 察しよく、堂本は言った。ただ、ちっとも落ち着きが感じられない。
「見てた。意外だったよー、堂本がそんな物、買うなんて」
「そうか、見られたか……」
 あきらめもいいのか、堂本は肩を落とした。それからふと目を上げると、ユ
キの姿をまじまじと見た。
「制服、着てないんだ?」
「あ、これ? 校則なんか守ってるの、堂本ぐらいじゃないかしら。たかが外
にちょっと出かけるだけで、いちいち着替えなんかしてらんないもん」
「……校則を破っているのは事実だよね。なあ、先生には言わないでおくから、
このことも言わないでくれないか」
 少しむっとしたユキ。からかってやりたくなる。
「何で? 校則にはないよ、『エッチな本を買うべからず』なんてね。気にせ
ず、どんどん買いなよ。こっちは別に先生に言われても、平気だから」
「そうじゃなくて……友達に言い触らさないでほしい……」
 声の小さくなる堂本。分からない問題を当てられたときの自分みたいだ。見
ていて、ユキは微笑ましくさえなった。
「面白いけどなあ。堂本がこんな物を買っていたとなると、みんなも今以上に、
君に親しみを持ってくれるかも」
「あのなあ……。そういうんじゃないんだ、これは」
「そういうのって、どういう意味?」
 ユキの問いかけに、堂本は答えられない。
(かわいいんだから。明かりがあったら、顔、赤らめてるのが分かるかもね)
 意地悪く思いながら、ユキは続けて喋った。
「ま、いいよ。じゃあさ、こういう本を買った、何か別の理由があるんだ?」
 黙ってうなずく堂本。
「それ、教えてよ。教えてくれたら、こんな本を買ったのも、その理由も、誰
にも言わないであげる」
「本当だな?」
「信用しなさいって」
 ユキは彼の肩を叩いてやった。
「調子が狂うな……。絶対に口外しないでくれよ」
「うんうん」
 わくわくしながら、ユキは言葉を待った。
「実は僕、小説を書いているんだ」
「ほえ?」
 予想外の答に、ユキはつい、妙な声を漏らしてしまった。クラス一、いやも
しかしたら学校一の秀才クンが、エッチな本を買うだけでも驚かされたけど、
その理由が小説を書いていたからとは……。その関連性のなさと合わせて、驚
きが何乗にもなる。
「えーっとね、堂本クン」
 初めて、相手をクン付けして呼んだユキ。彼女が意識してやったかどうかは、
彼女自身、定かでない。
「頭が悪いのかなあ、私。エッチ本と小説を書くのがどう結ばれるのか、分か
んないんだよねえ」
「参考資料だよ」
「参考資料と言いますと」
「その……小説書いてる関係で、同人誌もやっているんだ。それで、イラスト
の方まで、頼まれてて」
「絵も描くの!」
 声を高くしてしまうユキ。
「そう。イラストを描いてると、女の人の裸を描く必要に迫られる場合もある
訳。でも、僕は実際に見ないと絵に描けない質だから、こうして……」
 皆まで説明せず、堂本は手にした紙袋に目をやった。
「……ふむ。分かった」
 ユキが何度か頭を振ると、堂本の方は安心した様子になった。
「だけど、参考資料なら何でもいいんじゃないの? あんな立ち読みして選ば
なくてもさあ、どれでもいいから一冊、適当に取って、買えばいいじゃん」
「それは……」
 言い淀む堂本。授業中に当てられて、彼が答に窮するなんて、まずない。
「あー、分かった!」
 急に声を高くしたのは、もちろんユキ。堂本の方は、再び、びくっと身体を
震わせた。
「な、何だよ」
「やっぱり、描くからには自分の好みの……えっと、肉体美じゃないし、体格
でもないし。うーん、要するに好みの裸を描きたい、そうでしょ? それで色
色と見て、選んでいたんだ」
「……あからさまに言う奴だな……」
 疲れたように、堂本は額に片手をやった。次に額から手を離したときには、
彼はすっかり開き直ったらしく見えた。
「そうだよ。はっきり言えば、垂れた胸なんか描きたくない」
 この言葉を聞いて、ユキは、へえと思った。
(何だ、堂本は堅物かと思ってたけど、こういう話し方もできるのよね。当た
り前かな)
「何を笑っているんだ?」
 相手に言われ、含み笑いをしているのに、ユキは気が付いた。
「何でもない。ふうん。ねえ、どんなのがお好みなの? 本、見せてよ」
「よせよ」
 ユキの次の行動を察知していたらしく、堂本は雑誌を高く掲げてしまった。
ユキの両手は、低い位置で空を切る。
「あーん、届かない。けち」
「けちってなあ、これは僕が買ったの。それに、人の好みを知ろうなんて、プ
ライバシーに関わる」
「難しいことは言いっこなし。黙っててあげるからさ、見せてよ」
 その言葉には弱い堂本であった。次の瞬間、雑誌は元の高さに降りてきた。
「どれどれ」
「紙袋は破かないでくれよ。持って帰るとき、むき出しじゃまずいから」
 堂本の言葉を聞き流し、ユキは雑誌を取り出した。
「おおー」
 いきなりどかーん!とある。続いてどかん、どかん。
「声、出さずに見られないのか」
 周囲を気にする様子の堂本。
「ほっほー。こーゆーのがタイプ? ああ、これだな。これが一番、気に入っ
たんだ。そうでしょ」
 と、ユキはあるモデルのページを広げて、堂本へ見せた。髪の長い、男が一
般的に美人と見なす容貌の女性が、そこにはいた。胸は大きさも形も程良く、
全体のスタイルはかなりいい。
「……」
 黙っているところを見ると、当たっていたようだ。ユキは満足して、また雑
誌の続きに戻った。
「おい、もういいだろ」
「だめ。いいじゃない、まだ」
「時間がないんだよ」
 堂本が手を伸ばしてきた。ユキは雑誌を取られまいと、慌てて引き寄せる。
次の瞬間−−二人は同時に声を上げた。
「あっ」
 雑誌は、ユキの手から飛び出て、くるくると回転しながら、夜空をバックに
放物線を描いている。
 そしてぽとり。雑誌は、通りがかった小型トラックの屋根の上に落ちた。
「あーっ!」
 ひときわ長く叫んだ堂本は、ダッシュ! しかし秀才クンにしては運動もで
きる彼だが、相手はエンジンである。見る間に、距離は開いていく。
 責任を感じていたユキは、とことこと、堂本を追っかけた。すぐにへばって
くれたので、楽に追いつけた。小型トラックは、もはや影も見つけられない。
「堂本……君」
 肩で息をしている相手に、恐る恐る声をかける。
「ごめん。大丈夫?」
 返事がない。怒っているのかと思ってしまうユキ。
「本当にごめんなさい」
「……ていい」
「え?」
 はっきり聞こえない。
「……あ、謝らなくていい」
 切れ切れに、堂本は言った。
「でも」
「もう一回……買えばすむ」
 やっと呼吸が整ってきたか、堂本は身体を起こした。
「あ、そうか。だったら、今度は私が買ってあげる」
「何だって?」
 手でぽんと音をさせたユキを、堂本は不思議そうに見ている。それにかまわ
ず、ユキは頬の辺りに人差し指を当て、喜色を取り戻していた。
「待っててよ。えーっと、本、『Boy needs Girl』だったよね?」
「そうだけど……」
「心配しないで、雑誌一冊分ぐらいのお金なら持ってるから。じゃね」
 そうしてかけ出そうとするユキを、堂本は呼び止めた。
「木川田さん! 男でも買うのに勇気がいる本を、買えるかい?」
 ユキの足が止まる。でも、彼女は振り返って、
「うん、そりゃそーだわ。だけど、お詫びだから、それぐらい我慢する」
 と、苦笑いを浮かべてみせた。そして、あっと思う間もなく、コンビニの方
へ引き返していた。
 堂本が躊躇する態度をかいま見せながら、それでもしばらく待っているとこ
ろへ、ユキは戻って来た。
「さすがに変な目で見られちゃった。さっき、あの店を飛び出したばっかりの
私が、舞い戻ってきて、こんな本を買うんだものねえ。そりゃ、変に思われる
わ。参った参った」
 舌をちらりと出しながら、ユキは、さっきだめにしたのと同じ雑誌を紙袋ご
と、堂本へ押し付けた。
「あ、ありがとう」
「どういたしまして。と言うか、お礼なんて言われる筋じゃないもん。当然の
お詫びをしただけで。それじゃね。邪魔しちゃったね」
 あっさり言って、ユキは帰ろうとした。でも、ちょっと踏みとどまり、にっ
こり笑って、もう一度、堂本を振り返った。
「な、何」
 どぎまぎした表情の堂本。またもかわいいと感じながら、ユキは猫なで声を
出した。
「ねえ、堂本クン。イラストができたら、見せてね。あ、小説の方も。お願い
だから」
「……面白くないかもしれない」
「いいって、いいって。そんな期待してないから、気楽にどーぞ。ただで見せ
てもらえるんだったら、何でもいいよ」
「そうか」
 気を悪くした風でもなく、堂本は何度かうなずくようにしていた。
 そんな彼の姿を目の端で捉えながら、ユキは家路を急ぐことにした。

−−続く




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