AWC 十三の瞳 1   永山


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#2990/5495 長編
★タイトル (AZA     )  95/ 3/19   9:23  (178)
十三の瞳 1   永山
★内容
 男が二人、取っ組み合っていた。
 床を転がった二人は、激しい音を立て、壁に激突。それを機に、お互い、距
離を取る。
 一人がナイフを手にした。もう一人の、比較的若い男は、慌てたように自分
の周囲を見回す。何もない。仕方なくといった風情で、絵筆を一本、取り上げ
た。
「はは、そんな物でどうする気だね?」
 ナイフを持った方が、勝ち誇った口調で言った。
「おまえさんの負けだ。大人しく、よこしな」
 ナイフをかざしながら、じりじりと相手に近付く。
 絵筆を持った若い男は、一瞬、あきらめたかのように手をだらりとさせた。
 それが油断を生じさせたのであろう。ナイフを持った男の表情の緊張が緩む。
 と、いきなり、目の前の男は蹴り上げてきた。爪先がナイフを持った手の手
首をかすめる。ダメージはさほどなかったが、ナイフを取り落とすまいと、姿
勢が崩れた。
 そこを、絵筆を持って、若い男が襲ってきた。絵筆の末端を、突き上げるよ
うに振り回す。その先は−−。
「ぎゃっ!」
 ナイフを持っていた男が、悲鳴を上げた。絵筆が、その左目に突き刺さった
のだ。それでも執念で、ナイフだけは手放さない。
「くそったれ!」
 絵筆を失った若い方は、椅子を取り上げ、苦しむ相手の背中へと一気に振り
下ろした。ばしんと音がして、椅子が砕ける。
 だが、左目に傷を負った男は、まだ立っていた。
「よくもやりやがったな……」
 息を荒くしながら、男はナイフをふるった。片目だけになったにも関わらず、
それは見事に命中した。
「ぐ、あ」
 短いうめき声がした。それがやむかやまないかの内に、若い男は腰を折り、
そのまま崩れ落ちた。
 左目を失った、生き残った男の激しい息づかいが、長く部屋の中を通った。

           *           *

 私は腕を上げ、遠くに見えた白い建物を示した。
「あれよ。叔父のやってるペンションは」
 ふーんとか、ほう、へえという声が上がる。悪くない気分。
「バス停から歩かないといけないって聞いていたから、どれだけ歩かされるの
か不安だったけど、凄く近いじゃない」
 坪内遥子が弾んだ声で言った。それでも彼女の額には、もう汗が浮いている。
OLやり始めたせいで、運動不足気味ね。
「景色も素晴らしい」
 カメラを持った吉村悟郎は、感に堪えぬ様子。まだ学生やってる上に、カメ
ラオタクなんだから。見た目はいいのに。顔写真と、大学院で行動心理学とか
何とかを研究してるというプロフィールだけ聞けば、女の半分は飛びつくんじ
ゃないかしら。あとの半分は、金が第一の連中。
「まだ着いてないんだから、騒ぐなよ」
 沼井友彦がたしなめる。こちらはさすが私が見込んだだけあって、しっかり
している。どれだけ出世してくれるか楽しみだわ。
 彼の言葉を無視して、
「達江さんに感謝しなくちゃな」
 と、気易く私の名前を呼んでくれたのは、千田幸正。馴れ馴れしいけど、ス
ポーツ新聞の記者なんかやっている関係で顔が広いのよね。スポーツ選手だけ
じゃなく、芸能人にも。お堅い沼井にはない魅力ってとこかしら。少し迷う。
「早くしようよ」
 阿川潤が、まるで子供のように言った。同い年の私達の中じゃ、一番子供子
供している。学生時代、小説家になるって言っていたけど、現在、シナリオラ
イター。結構、夢を実現させたと言えるわね。その点、評価できるかも。
 私達六人は同じ大学の同期で、卒業後もつながりが続いている。今回、みん
なが揃って休みを取れたということで、旅行の計画が持ち上がった。私の叔父
がペンションを持っていることを口にしたら、あっさり決定した。景色ぐらい
が取り柄の静かな土地も、まずは好評。

 ペンションの入口で、チャイムを鳴らす。
「叔父さん、平守です」
 すると間もなく、ドアが開き、大柄で背も高い中年男性が現れた。叔父の金
野卓也。左目に黒い眼帯をしている。みんなには事前によく言っておいたから
いいようなものの、いきなりこの顔を見せつけられると、びっくりしちゃうこ
と請け合い。巨漢の上、痩身で凄みある顔つきなのも拍車をかけている。
 私は、六人を適当な順に紹介した。次に叔父をみんなに紹介。
「どうぞよろしく。気楽にやってくださいな」
 叔父はにこにこと相好を崩した。ちょっと不気味だけど、まあしょうがない。
「とにかく、お入りなさい」
 叔父に続いて、私達は入った。
 ふと、左手に目が行く。確か八年前に訪れて以来だから曖昧な記憶だけど、
きれいになっている。特に壁なんか、真っ白に近い。
「三年前でしたっけ、改装したのは?」
 そう尋ねると、前を行く叔父はびくりと肩を震わせ、立ち止まった。そして
こちらにゆっくりと振り返り、かすれたような声で言った。
「三年前だよ。金もかかった」
「……はあ……」
 何だか呆気にとられてしまう。みんなの前で、どうしてお金の話を持ち出す
んだろう。叔父は私の家との関係もあって、充分に裕福なはず。ことさら、自
慢したがるような性格でもないはずなのに。どちらかと言えば自慢したがりな
のは、この私だけど。
「その甲斐あって、防音設備はほぼ完璧にしたつもりだよ。最近の人は、音を
聞かれるのも嫌がるらしいからねえ」
 なるほど、そういう理由ね。
 叔父のペンションは、八人を定員としている。叔父が一人でやっていくには、
これぐらいが限界らしく、その代わり、よくしてくれるのは保証付き。
 廊下を行くと、やけに絵画が目につく。それも花の絵ばかり。改装したのを
きっかけに、装飾品として購入したのだろうけど、きれいなだけであまりセン
スのよい絵ではないという感想を持った。
「部屋番号で呼ぶのは味気ないので、花で呼ぶことにしたんだよ」
 私の心を読んだかのように、叔父が言った。その言葉の通り、部屋の扉の横
に一枚の絵が対応するようになっている。
「手前から順にアネモネ、コスモス、スイレン、ダリア、デージー、パンジー
となっています。どうぞ、お好きな部屋を。内装はどこも同じだから、窓から
の景色でも比較してみては」
「奥の、残り二つの部屋は、使っちゃだめなのね?」
 念のため、聞いておく。
「六人と聞いていたからね。手入れも行き届いていない」
 簡単明瞭な答が返ってきた。
「スイレンにしていいかな、自分」
 中も見ずに、沼井が言った。
「どうして?」
「この絵が一番分かりやすいからさ」
 まことに単純な理由からであった。
 まあ、そんな風にして部屋割りも決定。アネモネ:千田、コスモス:私、ス
イレン:沼井、ダリア:阿川、デージー:坪内、パンジー:吉村となった。叔
父はそれらをメモした上で、各自に鍵をくれた。それから夕食の時間を確認し、
下がった。
「やっぱ、びびったよな」
 叔父の姿が消え、足音が遠ざかるのを待って、第一声を上げたのは千田。
「あのアイパッチ、まるで海賊だよ」
「今はいいけど、叔父の前で言ったらだめよ。追い出されかねないわ」
「オーケーオーケー、分かってるって。たださあ、正直なところを言っておか
ないと」
 軽い調子の千田。正直なところを言って、どうだというのだ。
「君の叔父さんがどうしてあんなことになったのか、そのいきさつを知ってい
る? 達江さん?」
 複雑な表情の沼井。心配が七割、興味が三割ってとこかしら。
「詳しくは知らないのよ。ただ、三年前、ちょっとした事故で目を突いてしま
って、失明したとだけ」
「自分でやったのか。気の毒に、どこにも怒りをぶつけられないんだ」
 千田が言った。所詮、他人事。
「それでさっき、三年前という言葉に対して、表情を強ばらせたのか」
 納得したように言うのは沼井。私は得意になって、知っている事実を披露し
た。
「そうなのよ。三年前って、いっぺんに色々なことが重なったらしいの。ペン
ションの改装はまあいいことだけど、片目を失明しちゃうし、その直後、この
近くで画家志望の人が行方不明になったんですって。痛くもない腹を警察に探
られて、叔父さん、参ってしまったのらしいわ」
「どうして警察が、あのおじさんを?」
「調べた理由? だって、その画家志望の人、東京から来た人だったの。当然、
どこかに泊まらないとおかしい。この付近で宿泊施設といったら、ここか、少
し離れたところにある温泉旅館ぐらいしかないもの。どちらかに宿泊客として
来ていたんじゃないかってことで……。温泉旅館の方は働いている人も多いか
ら、さほど疑われなかったようなんだけど、叔父は一人でやってるでしょ。ど
うとでも言えるって思われたのよ」
「なるほど。それで、結局、その画家志望は?」
「よく知らないけど、まだ行方不明のままだとは聞いているわ」
「ふうん。静かな土地だと思っていたら、意外と物騒なんだな。少なくとも二
つ、大きな事件が起こっているんだから……」
 二つの大きな事件ですって? 意味深な言い様の沼井。気にかかるじゃない
の。
「あら? もう一つ、何かあったかしら」
「知らないの?」
「知らないわ、私」
 沼井は他の者の顔も見た。誰もが思い当たらない様子。
「あれ、おかしいな。有名な事件だと思うけどな。正確にはここじゃないんだ
けど、近くにある山、えっと、何て言ったっけ」
 なかなか次が出て来ない沼井。
「そんなことより、飯まで、どうする?」
 いらいらしたように、吉村が言った。彼自身は、すでにカメラを手にしてい
る。どうせ、景色でも撮りに出歩くつもりに違いない。坪内遥子を連れて行く
のも間違いないだろう。
「中途半端な時間だし、自由行動でいいんじゃないの」
 阿川の言い方ときたら、私達が修学旅行の中坊みたいじゃない。相変わらず、
子供っぽいんだから。
 そうは言っても、確かに中途半端。みんなで揃ってやることも差し当たって
ないので、自由勝手にやることに決まり。沼井が言いかけていた、もう一つの
大きな事件とやらも、どこかに行ってしまった。
 思った通り、吉村は坪内を誘って、外に出て行った。近くに奥深い山林が広
がっているけど、そこで迷うほど間抜けな二人じゃないのは分かっている。
 阿川は部屋にこもって原稿を書くらしい。ここに来ておいて、それはないと
思うんだけど、半分、無理矢理に連れて来たようなもんだから、しょうがない
か。
 そして私には−−。
「さっき、案内図を見たけど、ビリヤードができるんだね。一緒にどう?」
「それより、何か飲みながら、だべる方がいい」
 沼井と千田が声をかけてくる。引っ張ってくれるのも結構だけど、私の希望
は聞く気ないのかしら。
「そんなに言うんだったら、いっぺんにやりましょ」
 そう提案することで、二人に首輪をかけてやった。こんなことしなくても、
二人はほとんど、私の言いなりだけどさ。

−−続く




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