#2972/5495 長編
★タイトル (AZA ) 95/ 2/21 8:13 (194)
ミステリマニアの殺人 9 永山
★内容
「二つの事件の犯人が別々だってのも、僕にはうなずけない。何故なら、別々
にあるという考えを採っても、朝日奈美保の死が引き金となって、冴場が殺さ
れたのは、ほぼ確実だよ。全く偶然に、関係のある人間が続けて殺される確率
よりは、よほど高い」
「冴場殺しが、朝日の死によって引き起こされたというのは認めてもいいわ。
だけど、だからって、犯人が別にいる説を否定する理由にはならない気がする
けれど?」
「朝日奈美保の死が他殺であることも、まず間違いない。だったら、自然と導
き出せるよ。犯人が別々っていうのは、朝日奈美保を殺したのは冴場だと考え
た者−−その考えが当たっているかどうかは別にして−−が、復讐したという
場合しかないだろ? でも、冴場には君と一緒にいたというアリバイがあるん
だ。他の誰も、冴場が朝日を殺したなんて考えるはずがない」
「分かったわ」
と言って、香代はまた一つ、×印を書いた。
「あなたの説にも、穴がある気がするわ」
「冴場返り討ち説に? 大いに結構、否定してほしいぐらいだ、僕としたら」
「あの男は、返り討ちにあうような玉じゃないの」
それを聞いた仁は、苦笑した。
「あまり論理的じゃないなあ。でも、君が言うと、信じられる気がするよ」
「まだ続きがあるのよ。考えてもみて、恋人を殺された犯人を呼びつけておい
て、そいつに背中を向け、むざむざ喉をかき切られる人がいる? しかも、凶
器は自分の持ち物なのよ」
「……確かに、ありそうもない。よし、これも除外しよう」
×は三つになった。残るは二説。
「これで、同一犯による連続殺人という図式が描けた訳だ。冴場殺しは予定外
だったという説も、返り討ち説と似ているな。殺害現場が冴場の部屋だったん
だから、犯人は冴場に呼ばれたと考えるのが妥当だろう。とすると、予定外だ
という考え方そのものがぐらつく」
「待って。何か探し出したい物があって、犯人は冴場の部屋に泥棒に入ったと
は考えられない? 家捜ししているところへ、冴場が帰ってきて、仕方なく、
殺した……」
「そうか。『探し出したい物』も、ちゃんと存在するしな。麻薬に関する取材
メモが消えているらしいんだから」
「どうも、これが本命みたいね。先にもう一つの説を片付けたいわ」
香代は、二番目の説を指差した。
「冴場殺しも自殺に見せかけるつもりだったが、失敗した場合、か……。自殺
に見せかけるんなら、冴場にその動機がないといけないな。朝日に死なれて、
そのショックで、というところか」
「自殺するような玉でもなかったけどね」
「まあ、それは置いといて。冴場の死んだ状況を実際に見た訳じゃないから断
定はできないけど、喉を切られていたんだろう? それなら自殺に偽装しても
いいようなものだ。利き手にカッターナイフを握らせておけば、それで充分」
「あ、そうか。失敗していないのに、犯人が偽装工作をあきらめるとも思えな
い。よって、これも削除できるってことになるわ」
ボールペンを動かす香代。一つだけ、残った。
「事件の輪郭が見えてきたような気がするな。同一犯による連続殺人で、動機
はずばり、麻薬。麻薬にまつわるスキャンダルを恐れた犯人は、朝日奈美保を
切り捨てるため、自殺に見せかけて殺した。が、その後、冴場が麻薬について
調べていると知った犯人は、その取材メモを奪うため、冴場の部屋に侵入した。
探しているとき、不意に冴場が戻って来たため、犯人は彼を殺した。……待て
よ。麻薬の調べを進めていた冴場も、いずれ殺さなきゃならないはずだぜ、犯
人は」
「部屋に侵入したときは、取材メモを盗むことだけが目的だった。それなのに
冴場が戻って来たから、ついでとばかり、殺したとは考えられない?」
「それなら辻褄が合いそうだ。では、その犯人の名だが……」
「軽井沢か赤堀に絞り込んでいるんでしょう? 麻薬が動機となれば、軽井沢
しかいないわ」
「僕もそれで決まりだと思う。もしかすると、あの芸能プロの何人かが絡んで
いるかもしれないが」
仁は、少しばかりの満足感と共に、大きく伸びをした。
「証拠だな、残るは」
「どうするの?」
「いつかみたいに、警察に話に行くさ。警察だって馬鹿じゃない。道標さえあ
れば、しっかり証拠を見つけるだろう」
極めて楽観的に、仁は言った。そして次の台詞を続けた。
「さあ、夕食にかかろうじゃないか。手伝うよ」
仁が結論を出してからおよそ一ヶ月。
しかし、事態は、彼の思惑通りには運んでいなかった。
もちろん、自分の推理をあの刑事に話したのだが、一向に事件が解決したと
は聞かない。想像だけでは動けないらしい。
何をしてるんだと、仁はいらつく気分のまま、その日その日を送っている。
そして、思わぬ形で、彼の苛立ちを解消するときは来た。
「何だ、刑事さんでしたか」
夜遅くの訪問者を訝しみながら応対に出た仁は、何とはなしに安心できた。
しかし、刑事が夜、訪ねてくるとは尋常でない。別の不安がわき起こる。
「夜遅く、すみませんな」
それを聞いた仁は、てっきり、吉田刑事が上がり込むものと思い、奥の香代
を呼ぼうとする。
「いや、今日はお知らせに来ただけです。奥さんを呼んでいただくのはいいん
ですが、お邪魔するつもりはありません」
「どういうことなんです」
刑事は、香代が来るのを待ってから、答え始めた。
「どうやら、解決に向かいそうだということをね。何かと迷惑をかけましたか
ら、お知らせしておくべきだと思って」
「え?」
気抜けしたような声を上げたのは、香代。仁は彼女の横顔を見やってから、
刑事に尋ねた。
「解決って、誰が犯人か、はっきりしたんですか」
「はっきりしたとは、まだ断言できんのですが……実は、軽井沢弓子が自殺し
まして」
「自殺」
いきなり告げられても、まるで現実感が伴わない。仁は、ただその言葉を口
にした。
「遺書もありました。ワープロなのがちょっと気になるが、末尾に自筆の署名
もありましたし、犯人しか知り得ないことも書いてあったので、軽井沢弓子が
今度の事件の犯人であり、観念した上での自殺という見方を固めておるところ
です」
「そ、その遺書の内容は」
「犯行のあらましが大部分でした。動機はあなたがこの前言っていたように、
麻薬がらみでしたよ。何でも、脅迫されていたみたいですな、彼女。ああ、彼
女っていうのは、朝日奈美保のことです。麻薬をやっていることをばらされた
くなかったら云々というお定まりの脅迫状だったらしい。朝日はどうすべきか、
その相談をマネージャーの軽井沢に持ちかけた。軽井沢の方は自分に危険が及
ぶことを恐れた。いくらかは悩んだようですが、結局、朝日を殺し、自分は知
らぬ存ぜぬを通すつもりで、殺害を実行した。自殺に見せかけたのは、脅迫者
に対し、脅迫状によって追い詰められた朝日が死を選んだと思わせるため。こ
れで麻薬のことは闇に葬られるだろうという目算だった。ところが、脅迫者は
軽井沢弓子に標的を変えてきた」
「あの、脅迫者って、冴場のこと……?」
香代が小さな声で聞いた。吉田刑事はうなずき、話を続ける。
「冴場の本心がどうだったかは分からないんですが、彼は軽井沢を脅迫し、芸
能界での麻薬の流れを教えろと迫っていたみたいですな。そんな要求をすれば、
軽井沢だって気が付きますわな。冴場がやっているんだと。彼女は冴場の住所
を知っていましたから、すぐにそこへ行った。関連する資料を奪うためにです。
ここらも桜井さん、あなたの推測通りでしたよ。他人の家でごそごそやってい
るところへ冴場が帰ってきたものだから、軽井沢はままよとばかり、暗がりの
中、背後から手を伸ばし、殺した。凶器が冴場自身の物だったのも当然。軽井
沢は最初は殺すつもりなんかなかったから、凶器を用意していなかった」
「なるほど……分かりました。犯人しか知り得ない事実とは、何だったんでし
ょう?」
「冴場が調べた麻薬の取材メモです。隠し場所は貸金庫だったんですが、その
事実が遺書にあった。無論、貸金庫のナンバーも」
「それが決め手になりましたか」
仁は内心、少しがっかりしていた。所詮、推理だけで事件を解決することは
できない。偶然が作用するか、犯人の方から行動を起こしてくれるかしないと、
分からないこともたくさんある。そんな現実が味気なくて、嫌だった。
嫌味の一つでも言ってやりたくなった。
「犯人に自殺されたのは、警察にとって失態ではないですか。見張りはつけて
なかったんですか」
「そこを言われると辛いんですがねえ。二週間ほど前に、見張りの任を解いて
しまっていた。いや、私が決めたことじゃないんだが、こちらの動きを感づい
ている相手が警戒している間は動きが見られない。ここは一つ、見張りをなく
してはどうかという意見が通ってしまった。それを待っていたかのように、あ
の女は自殺してしまった。ま、当然、麻薬ルートには何人も関係してる人間が
いるでしょうからな。そいつらによる偽装自殺の可能性、なきにしもあらずと
いうことで、詳しい捜査は続けます。とりあえず、奥さんへの疑いは完全に晴
れたと」
吉田刑事は必要以上に恭しく、香代に対して頭を下げる。
妻は、また小さな声で、「いえ」とだけ言った。
「これで勘弁してもらえますかな。そうそう、このことは、その内、発表があ
るでしょうが、それまでは他言無用で頼みます。じゃあ、他にも何やかやとや
らなきゃならんことがあるので、これにて失礼を」
挨拶もそこそこに、刑事は引き返して行った。
真夜中−−桜井仁は目が冴えてしまっていた。
(本当にこれで解決したのだろうか)
その考えが脳裏に渦巻き、なかなか収まってくれない。軽井沢弓子の死を新
たな情報としてとらえると、様々な筋書きが考えられるためだ。
(麻薬ルートの人間が軽井沢弓子を殺し、自殺に見せかけているのなら、まだ
いい。大局的には同じ結論なのだから。問題なのは、その他の場合……)
仁は、左横で香代が寝息を立てているのを確かめてから、その逆、右へと身
体の向きを換えた。
(例えば、下坂が犯人である可能性はないか。自分は以前、アリバイがあると
いう理由だけで、彼を朝日奈美保殺しの容疑リストから外したが、本当によか
ったのか。朝日は毒で死んだ。どこかに毒を仕掛ければ、それを知らぬ内に朝
日に飲ませることもできるのでは)
そこまで考えてから、彼は首を傾げる。
(待て。自分がアリバイを作った時間に朝日が毒を飲むかどうか、誰にも分か
らないはずだ。それに確か、朝日の死んだ状況は、自殺としての形が整ってい
たはず。そうするにはやはり、自分自身で現場に出向かなければならない。下
坂は無関係。冴場と香代も同様だ。
赤堀はどうか。この男をリストから外したのは、麻薬との関連が薄いという
理由が大きい。事件の根源が麻薬にないのだとすれば、充分、疑うに足る。彼
にとったら、朝日奈美保は自分を裏切った女だし、冴場は恋人を奪った男に見
えたろう。二人を殺す動機はある。軽井沢弓子を殺す必要はあったのか。それ
こそ、軽井沢が赤堀の犯行に気付いたので、殺されたという想像は可能だな。
軽井沢からすれば、朝日殺しにおいて、容疑者は下坂と赤堀の二人だけ。少し
調べれば、犯人が分かることもあり得る。不連続だった点がつながってきたぞ)
そう思った瞬間、仁の頭に閃くものがあった。全く関係のない、ある推理小
説の題名。
(もしや、坂口安吾か? いや、まさか……「不連続・」じゃないんだ、これ
は)
激しく否定しようとしたが、一度浮かんだ考えは、簡単には消えない。しば
らく、毛布をかぶって悶々としていた仁は、決心した。
(確かめる。まずは、小説の方のおさらいだ)
妻を起こさぬよう、そっと寝床を抜ける。足音を忍ばせ、彼はその推理小説
のある本棚へ向かう。寝室のドアは、もちろん閉めてきた。
文庫本はすぐに見つかった。明かりをつけ、解明のページを探す。そのペー
ジも、すぐに見つけることができた。
(……これじゃない。似ているが、記憶違いだ)
仁は、よく似たトリックが用いられた小説を思い出そうとした。
(そうだ、あれは確か)
海外作品をまとめている棚へと、彼の手は伸びた。指と目で背表紙をチェッ
クしていく。やがて、一つの作品を見付け、彼の動きも止まった。
アガサ・クリスティ。
赤い背表紙に、「魔術の殺人」とあった。
仁は、先ほどと同様に、トリック解明の箇所を探し、直に見つけた。
(……これだ。これと同じことが行われたんだとしたら……)
仁は、その小説で要となるトリックの部分を読んで、寒気を覚えた。
そのとき、開いているページに影が差した。
あっ、と思った仁が、振り返ろうとしたその先に−−。
−−終わり