AWC 彼女は彼女 1  永山智也


        
#2973/5495 長編
★タイトル (AZA     )  95/ 2/21   8:20  (170)
彼女は彼女 1  永山智也
★内容

         0

 彼女は大きく深呼吸をした。気を落ち着かせようとしている。
(ん……大丈夫)
 彼女の足下には人が一人、長々と横たわっている。眠っているだけで死んで
はいない……まだ。
 彼女は手袋をした手で、脇のテーブルにあった灰皿を引き寄せた。その中に
はフィルターの黄色くなった吸殻、四つ。
(警察の介入を最小限にするには、病死か事故死、自殺のどれか……)
 彼女は予定の行動を取りながら、自分の考えの正しさを確かめるように、頭
の中で繰り返す。
(病死に見せかけるのは無理。自殺だって、遺書を書かせる方法を思い付かな
かったし、科学捜査とかですぐに見破られるかもしれない。
 事故死しかない。じゃあ、どうやって? 溺れさせる? こいつは泳ぎがう
まいから怪しまれるかも。交通事故だってだめ。確実に死ぬかどうか、可能性
が低すぎる。高いところや駅のプラットフォームから突き落とすことも考えた
が、誰かに目撃される危険は冒したくない。
 結局、焼け死んでもらうことにした。まず、意識をなくさせるためにお酒で
酔い潰す。念を入れて、風邪薬か何か、とにかく誘眠作用がある物をお酒に混
ぜてもいい。煙草の火が近くのカーテン等に燃え移ったように見せかける。こ
のやり方も、絶対に殺せるとは限らないし、他人に目撃される可能性もある。
でも、検討した結果、これが最善だと考えたのよ)
 やがて、自らに言い聞かせるような心の叫びとなる。最後の迷いを吹っ切る
までの間、手が止まってしまっていた。
 彼女は頭を強く振り、予定に従って行動することにした。気持ちを声に出す
ことで、勇気を得ながら。
「大丈夫なんだから」


         1

「この間」
 新知が、煙をふかすのにも飽き飽きした様子で、短くなった煙草を灰皿に押
しつけた。白っぽい煙が立ち昇る。
「君を送ったろう、家まで」
「ええ。三日ほど前」
 高見は思い出した。確かあの日は幼なじみの千田正太郎が来ており、不機嫌
な顔をして出迎えられたのだった。
「そのあと、もう少しだけ飲んで行こうと思って、すぐ近くの居酒屋に入った」
「お酒、控えてるんじゃなかった?」
 高見は長くなった髪をもてあそびながら、恋人を振り返った。
「それは置いといてだ」
 高見の言葉に、新知は舌打ちする。話が再開されるまで、しばらく時間を要
した。
「三十分ほどでそこを出て、駐車場に行ったら、やられてたんだ、車を」
「やられてた?」
 意味が分からない。というつもりの視線を、高見は新知に向ける。
「傷をつけられてね。こう、脇のところをがーっと」
 指先で宙に四角い箱のような物を描き、その横をなぞる新知。
 分かりにくい身ぶり手振りだったが、高見は事情を飲み込めた。この人、若
くして出世した割には口べたなんだからなどと思いながら、
「石か何かで?」
 と、聞き返す。
「さあね。警察に届けだけど、そんなことは話してなかった。それよりな、他
の車もやられてたんだが、特に俺のがひどかった。腹立つよ、本当に」
「誰がやったのか、分かりそうなの?」
「無理だろうな。目撃者はいなかったみたいだし」
「警察がちゃんと捜査するんでしょう。だったら」
「警察はこんなこと、口にしないけど、こんなささいな事件にまで労力をさい
てくれるとは、とても思えんね」
 そこまで言うと、今度は喋るのに飽きが来たか、新知は空のグラスを振った。
高見に催促しているのだ。
 高見は立ち上がり、部屋の隅にある棚で適当な飲み物を探す。
「ついてないんだ、最近」
 背中に声が届く。
「どうして? トントン拍子で部長さんになったあなたがそんなことを言うな
んて、何だかおかしい」
「仕事じゃなくて、さっき言ったようなことさ。車に傷を入れられたり、家の
窓ガラスに石を投げつけられたり」
「そんなことまであったの」
 戻りながら、高見は聞いた。
「そう。あれは、君とつきあい始めた頃だった。家に戻って部屋の明かりを点
けると、ガラスの破片が散らばってた。それを片付ける最中に小さめの石が転
がっているのを見つけた」
 一気に喋ると、新知はグラスを呷った。
「それから、郵便受けに火の着いた紙を投げ込まれたこともあったな。幸い、
ダイレクトメールが入っていただけだったから、実害はなかったけれどね」
「危ないじゃないの!」
 思わず大声になる高見。
「下手をしていたら、火事になってたかもしれないわよ! どうして言ってく
れなかったの?」
「君に言ってもしょうがないだろう。警察には届けたんだ」
「それならいいけど……。それで、警察は何て?」
「調べてみたら、うちの近所にも同じような被害に遭った人がいてね。愉快犯
だろうってさ。いるんだよな、こんなことをして喜んでる輩が。犯人? もち
ろん、捕まっていない。いらいらするぜ」
「……私のせいかもしれない」
「何を言ってるんだ?」
 高見の言葉に、新知は呆気にとられてしまったようだ。
「言ったでしょう、おつき合いを始める前に。私、不幸を呼ぶ女なんだって」
「そう言えばそんなこと、言っていたね、高見君」
 口調を急に、会社でのそれのように改めた新知。雰囲気を深刻なものとしな
いようにしているのかもしれない。
「そうよ。これまでにつき合ってた人、みんな、嫌な目に遭っているわ。死ん
じゃった人だって」
「くだらないな。そういう迷信めいた話、好きじゃないんだ」
 断ち切るように、新知。
「偶然だよ。何か知らないけど、事故死したんだったっけ? 前の彼氏は。そ
れは、その人の運が悪かっただけで、君には何の責任もない」
「でも、一度や二度じゃないんだから」
「例え、今までがどうであっても、僕には関係ない。君とのつき合いをやめる
つもりはないからね」
「……」
「それとも何かい? 君、こんなことを口実に、僕との交際、断ろうと思って
る?」
「そんなこと」
「だったら、いいじゃないか。ね? 君が気に病むことなんて、これっぽっち
もないんだから」
「……分かったわ」
 そう返事してから、高見は立ち上がった。完全には納得していなかったのだ
が、あまり触れたくないこの話題をこれ以上続ける気力が失せたのだ。
「シャワー、使わせてもらいます」
 そう言って、高見はバスルームへと歩き出した。

 新知と顔を会わせたのは、その夜が最後になった訳ではなかった。会社にお
いて、何度か会う機会があったからだ。個人的に、私生活の面で会ったのはあ
れが最後だったと言えよう。
 夜、遅くにかかってきた電話は、職場の同僚からであった。
「火事?」
 その単語を耳にした瞬間、高見は前に新知から聞いた郵便受けへのいたずら
の件を思い出していた。
「そうよ、新知部長の家が」
 高見の、新知との関係は公然としたものではなかったが、ある程度は職場で
も知られている。
「近くだから行ってみたときには、もう消火されちゃってたんだけど、かなり
の火の勢いだったわ」
 消火されちゃってたという言葉に引っかかったものの、様子を知りたくて、
相手の言葉を待つ高見。
「それで?」
「それでね、落ち着いて聞いてほしいんだけど、救急車が来てさ。一人、担架
で運ばれて行ったのよ」
「それって新知部長なの!」
「分かんない。顔までは見えなかったもの。でもさ、あんたの方が詳しいと思
うけど、部長って一人暮らしでしょう? だったら、その家が燃えて、そこか
ら運び出され、救急車に乗せられた人となると、部長しかいないんじゃないか
なって」
「……分かった。行ってみる、私。あなた、今、新知部長の家に近いの?」
「ええ。公園の手前にある公衆電話からかけてるの。でも、こっちに来るより
も病院の方がいいんじゃない?」
「で、でも、どこの病院に向かったのか分かんないんでしょ?」
「あ、そうだったわ」
 そんな慌ただしいやり取りをした後、高見が次に新知と会えたのは、すでに
彼が死亡してからだった。
 数日経って応対してくれたのは、男の刑事だった。テレビドラマに出てくる
刑事役のイメージそのままの彼は、応対ぶりも不愛想だった。
「何度も言っているだろう。正式な見解はもう少し先になる」
「でも、でも、刑事さんが調べているってことは、何か事件の可能性もあるっ
てことじゃないんですか?」
 どもりながら、高見は言った。会社の代表としてではなく、個人的につき合
いがあった者として、刑事に話を聞いている。だから、いくぶん、話しぶりが
感情的になっても構わないだろう。
「可能性はね。だが、今度の件は何もないだろう。煙草を喫煙中、酒の酔いで
新知氏は眠り込んでしまった。それからしばらくして、煙草が何かに引火し、
この事態に至ったと見て、まず、間違いないんだ」
「そんなことが、どうして分かるんでしょうか?」
 高見の質問に、相手は面倒臭そうな表情をした。だが、やがて喋り始める。
多分、高見が大企業の人間だということが頭にあったからであろう。
「大ざっぱなとこは、燃え跡で分かる。最初に出火した場所に近いほど、炭化
−−炭になりやすいんだ。それが今度の場合、新知氏が見つかった居間だと考
えられておる。ここから出火したのは間違いない。居間のカーテンがよく燃え
ていた。そして吸殻の燃えかすも見つかった」
 文句あるまい。そんな風に刑事は高見を見やっている様子だ。
「絶対、事故なんですか……」
「そうだ。酷な言い方かもしれんが、火事になった原因は新知氏の不注意にあ
る。結論はこれに尽きる」
「……やっぱり……私のせいなんだ。不幸を呼んでしまう……」
 高見は低く言った。その声は、刑事の耳には届かなかったようである。

−−続く




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