#2936/5495 長編
★タイトル (AZA ) 95/ 1/28 8: 9 (190)
ヒーローピエロ(1) 永山
★内容
胸に小さな半球を着け、赤色と銀色が目立つゴム製と思われる服を着た、背
びれのある昆虫のような目を持った方が叫んだ。
”ダッ! スペシュウム光線!”
”グオオオーーッ……”
明かに花火とわかる火花が散ったと思うと、鼻の辺りに角があり頭部がブー
メランに似た形をし腹がザラザラで尻尾の太い大とかげの様な方は、やたらと
でかい効果音と共に、爆発して倒れた。無論、本当に爆発したのではなく、そ
う見せかけているのだが。
”ジョワッ!”
腰に両手を当て、大見栄を切ってから、赤と銀の者は天へ飛び上がってみせ
た。言うまでもないが、本当に飛ぶのではなく、煙幕と共に舞台の袖に消える
のだ。
「ウルトラマンのおかげで、地球の平和は守られた」
等とやけに気取ったナレーションの後、やたらと明るい男と、目の大きな女
が出てきた。
「いやー、凄かったですねー。もの凄い爆発音で、こっちもびっくりしちゃい
ました」
「ほんとに。ちびっこの皆さんは、どうでしたか? 面白かったかな?」
「ハーイ!!」
目の大きな女に反応して、子供達が声を揃えて叫んだ。
「そう、よかったねー。じゃあね、ここでもう一度、ウルトラマンと科学特捜
隊の皆さんに登場してもらいましょう。みんな、一緒に呼ぶんだよー。いい?
じゃ、1、2の3!」
女の音頭で揃って叫ぶ子供達。しばらく間をおいて、その何とかマンと何た
ら隊が出て来ると、もう大歓声だ。
「はい、拍手うーーー!」
先の明るい男が、自分も拍手する格好をしながらステージの端で子供達に話
しかける。が、そんなことをせずとも、子供達は大はしゃぎだ。この後、お目
当てのヒーロー達のサインがもらえるとあって、興奮も最高潮なのだ。
そのステージの裏手。先ほどやられた怪獣がぼやいていた。
「いい加減、頭に来ますよ、本当に」
怪獣は自らの首をすぽっと外すと、正体を見せた。きかん坊がそのまま大き
くなったような青年の顔があった。
「割が合わないったらありゃしない。ボコスコにやられて、いっつも最後は負
けるんだから」
「ちょっとは、おまえも攻めたじゃないか」
ひげ面の男が、クスクスと笑いながら言った。
「ほんのちょっとです。しかも、この重いぬいぐるみを引きずって、手で殴る
というか触れただけ。足でふんづけるというか撫でただけです。それに対して、
向こうは身軽だもの。キックなんて、本当に効くんですから」
「キックウーってか? ハハハハ」
ひげの男は慰めるつもりか、つまらない洒落を言った。
「疲れること、言わないでくださいよ」
「いやあ、スマンスマン。ま、タマゴのおまえにはいい経験になってるだろう
が」 タマゴ
「そりゃそうですがね。でもいくら新人だからと言って、ちょっと長いですよ。
そろそろ他の役を……」
「そんなセリフは、もっとうまくなってから言うんだ」
笑っていた目が少しきつくなったひげ男。途端にシュンとなったのは、青年
の方である。
「榎木を見ろ。おまえと同期のあいつがヒーローの役を取れたのも、おまえよ
りうまいからだ」
ひげの男が言った榎木とは、今、子供達の間で人気のある特撮物のヒーロー
役である。ヒーローと言っても、ぬいぐるみの方ではない。それに変身する前
の人間の役だ。その名も彼の本名・榎木孝秀をそのまま使ってあるので、彼は
今や、有名人であった。ガキの間では、だが。
自分の気にしているところを衝かれた怪獣役の青年は、山田恵五という。怪
獣役というが、これもレギュラーではない。今のようなデパートの屋上で開か
れる催しに引っ張り出されるのが関の山だ。他にも数多くの役をもらっている
が、そのほとんどはセリフのないものであった。が、そのことは、山田は気に
していなかった。彼は元々アクションスターに憧れており、とりあえずはスタ
ントマンを志望している。だからセリフのないのは構わないのだ。しかし、も
っとスタントマンらしい役が来ないのは、辛かった。
それとやはり、榎木である。自分と同じくスタントマン志望だった榎木が、
スターダムにのし上がりつつあるのを、正直、山田は羨ましかった。子供相手
ではあるが、もはや榎木はアクションスターとも言えた。
「もし……」
山田は思ったことを、すぐに口にするタイプである。後先はあまり考えない。
「ん? 何だ」
「もし、スタントをやらせてもらえるのなら、榎木のスタントをやりたいっす
ね」
「アハハ、どうしたの、その頭?」
福坂英子の遠慮ない笑いに、山田も思わず苦笑した。彼の頭には、外目から
でもすぐにわかる大きなコブがあった。
「ヒゲさんにね、ちょっと小突かれてね」
「どうせまた、とんでもないこと言ったんでしょ。しょうがないな」
「とんでもないことでもないと思うんだがなー」
山田はコブをさすりながら、まじめに言った。
「でも、君があまり仕事熱心じゃないことは、確かだわ」
そういう福坂の言葉に反発した顔で、山田が答える。
「とんでもない! 俺は一生懸命やってるよ」
「そうかしら? スタントの仕事ならともかく、今、言ったみたいな怪獣ショ
ーじゃあ、どうかな」
「それは……。好きでやっている訳じゃないけど、一生懸命にしているつもり
だから……」
「それがいけないんじゃないの? 仕事をするからには、そしてわずかばかり
でもお金をもらうからには、その仕事を好きにならなきゃ。そうでなければ、
本当の一生懸命じゃないと思う」
「そうかな……」
山田は考え込んでしまった。
「悩んでるの? まあ、いいことだ。みんな悩んで大きくなったって言うもん
ね。やだ、歳がばれちゃうな。あ、私、そろそろ撮影所に行かなくちゃ。じゃ
あね」
福坂が一人でしゃべって、部屋を出ると、マンションの一室にはその部屋の
主だけが取り残された。
と、その次の瞬間、マンションの管理人兼オーナーがやって来た。
「山田さん。家賃、早く払ってくれんか。今日の約束だったはずだが」
名前だけのマンション・トクモリのオーナーは、徳森強蔵という。マンショ
ンは、近くを鉄道が通っており、必ずしも快適な空間とは言えなかったが、住
宅難のせいか、入居者はいっぱいである。
呼びかけられた山田は、思考を中断して、相手に向き直ってから言った。
「ああ、そうでした。すみません。金、入ったんで」
スポーツバックの脇ポケットをゴソゴソと探って出てきた封筒から数枚の札
を手渡すと、それは瞬時にして相手の懐に消えた。
「はい、確かに」
「いつも遅れてすみません」
「いやあ、あんたはまだいい方だよ、山田さん。遅れるとは言っても、約束の
日にはきちんと払ってくれる。家賃を溜めるだけ溜めて、一向に払わん輩がい
るからね。では、失礼するよ」
口調の変化が激しいオーナーは、目的を果たすと、さっさと帰って行った。
山田は、残りの札を数え直してからしまい込み、また、先ほどの思考を再開
した。
仕事を好きにならなくては、本当に一生懸命にはやれない、か……。
「えらく、人気が出てきてるね、彼」
榎木がぽつりと言った。タバコの最後の一口を吸うと、灰皿でそれをもみ消
しながら、ゆっくりと煙をはいた。
「そうね。仕事熱心になったって、評判いいわ。私の言葉が効いたみたい」
福坂は、半年ほど前の、マンションでのことを思い出していた。
「山田もやる気になれば、これくらいのことは当然だよ。さて、これで君のお
望み通り、僕と山田は同じ位置に列んだ訳だ。再スタートの銃声はどうするの
かな?」
榎木に言われて、福坂はいたずらっぽく舌を出した。
「ごめんなさいね。私、榎木君も山田君も好きだから。あの、榎木君にプロポ
ーズされたとき、山田君はまだ下積みで、あなたはどんどん上に行っていた。
思わず、あなたの方を選びそうになったわ。でも、公平な目であなたや山田君
を見なくちゃと思い直したの。せめて、山田君の方も芽が出るまで」
「昔の状況説明はいいからさ、早いとこ、返事を頼みたいな。できるだけ、早
くに結論を出してもらいたい」
「うん……。もう少し、時間がほしい。それから、これは山田君にも言ってあ
るんだけれど、私が二人のどちらを選ぼうと、榎木君と山田君、その後もずっ
と仲良くやっていってよ」
「OK! 僕があいつを待ってやったのも、麗しき友情のせいさ、なんてね。
おっと、こんな時間か。じゃ」
腕時計を見るや、榎木は慌ただしく福坂の眼前から去って行った。
近頃、仕事が楽しくて仕方がない!
そんなことを思いながら、山田は意気揚々と自分の城に帰ってきた。
「随分とご機嫌だね、山田さん」
「あれ、徳森さん。何か御用で」
自分の部屋の前で待っていたらしい徳森に、山田は様々な思いを巡らせなが
ら、挨拶をした。家賃なら払ったはずだが……?
「君ね、スタントとかに、えらくはりきっているようだが、あまりそのことを
子供達に吹き込まないでほしいな」
「何故です? 子供達も、僕が色々な特撮のスタントをやっていると知ると、
目を輝かせて話を聞きますよ。活発に遊ぶようになったみたいだし」
不満を表すために、口を尖らせて言う山田。が、オーナーは強い。
「そんなヒーロー気どりをやめてもらいたいんだ。確かに、あんたはよく、こ
のマンションの子供らとも遊んでくれている。でも、危ない目に遭わせたらだ
めなんだ」
「僕が一緒について遊んでいるときは、何もなかったですよ。あっ、まさか、
何か事故があったと……?」
「そう。五階の米村さんとこの子供がな、屋上で遊んでいる内に……」
「落ちたんですか! 伸円君が!」
「馬鹿なことを言うもんじゃない。落ちたら、こんなにのんびりしていない。
それに屋上は、あの高いフェンスがある。だからこそ、遊び場として解放して
いるんだが。いや、話がそれた。で、屋上に旗竿を設置するための台があるだ
ろう。あれの上から落ちたんだ。結構、高さがあるもんで、ちょっと足の骨に
ひびが入ったそうだ」
「それだけですみましたか。よかった……」
思わず、安堵のため息が出る。
「それで、一応、米村さんへ挨拶に行った方がいいんじゃないかと思ってな。
米村さんはともかく、奥さんの方は、だいぶうろたえていたみたいだった」
「そうですか。どうもわざわざ、すみませんでした」
「わしの方に苦情が来てはかなわないから、くれぐれも頼んだからね」
迷惑そうな口調でひとしきり言うと、徳森は下に降りて行った。
「どうも申し訳ありませんでした」
山田は、何度目かの頭を下げた。目の前の米村夫妻は、対照的な表情を見せ
ていた。
夫の満宏が、もうすんだことはいいです、怪我をするくらい元気に遊ぶ方が、
どれほどいいことか、とでも言いたげなのに対して、妻の厚子は、
「あなたが、危険な遊び方を教えるから、こうなったんです!」
と、こちらは声に出している。
その内、意見の合わない米村夫妻が言い合いになりそうになった。
「もういいじゃないか。山田さんがある程度、安全な遊び方をやっていてくれ
たから、あの程度の怪我ですんだのかもしれないし」
「何を言うんです、あなた! あんな危ない遊びを知らなければ、伸君は怪我
をしませんでした!」
「そんな、おまえ……」
「何です!」
慌てて止めに入る山田。
「どうか、やめてください。今度のことは、僕の不注意でした。もっとちゃん
と、みんなに注意しておけばよかったんです。これからは気を付けますので、
どうか……」
どうにか、その場は収まったように見えた。が。
−−以下(2)