AWC 海の泡と消ゆ 11     武雷暗緑


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#2923/5495 長編
★タイトル (AZA     )  94/12/29   9:40  (182)
海の泡と消ゆ 11     武雷暗緑
★内容
「首尾は?」
「金沢か。面目ない、見失ってしまった。ただし、女がここへ逃げ込んだこと
だけは間違いないんだ」
 額に手をやりながら、刑事は懸命に説明した。
「逃走者が女の格好を解く暇はなかったろうね?」
「ああ。だが、通路が幾度か曲がっていたろう。だから、服装ぐらいは変えら
れるかもしれん」
「お願いといくしかないか」
 目配せする探偵と刑事。何のことはない、捜査の協力を求めるだけだ。
 と言っても、男の我々が身体検査を行うこともできず、例のごとくウエイト
レスを借りるしかない。
 金沢は遊戯室にいる人数を数えていた。女性の人数だ。そんなとき、声をか
けられた。
「ロックさんに金沢さんじゃないですか」
 トレサックとアンヌのブランヴィリエ兄妹だった。イヤリングの件があった
せいだろうか、この兄妹、常に一緒だ。
「ちょうどよかった」
 金沢の顔が明るくなった。
「カーター、彼女ならいいだろう。トレサック君も一緒だから、ユニコーンの
変装ということもあるまい」
「なるほど」
 刑事はうなずき、アンヌに事情を説明し、協力を求めた。
「私でよければ」
 と、アンヌは快く承知してくれた。
 女性はアンヌを除くと七名。全員、協力的だったこともあり、たいして時間
は要さなかったものの、結果は芳しくなかった。
「皆さん、『生命の環』みたいなかさばる物は身に着けていませんわ」
「そうですか……。あ、いや、皆さん、ご協力ありがとうございました」
 彼女らの中にユニコーンがいることは間違いなくても、物が出ぬことには、
事情聴取を強制する訳にもいかない。
 それでも刑事は食い下がり、とうとう、男の方の身体検査も行った。が、こ
ちらも空振りに終わった。
「展示室からここまで、逃げてきましたの?」
 アンヌが聞いてきた。カーター刑事は疲れたような声で応対する。
「そうなんです。でも、おかしいな」
「差し出がましいかもしれませんが、ここまで最短距離を行けば、途中、海に
面した吹きさらしの通路があるでしょう」
「『生命の環』を海に投げ込んだというのですか? 折角、盗み出した宝石を
捨てるようなもんだ。回収しようがない」
「釣り糸でも付けていたら」
 これはトレサックの言葉。金沢が応対に出た。
「それは一つの案です。だが、海面に着かないようにしようと思えば、ぶら下
げるしかない。実際に見てみましょう」
 そこで我々は、問題の通路に行ってみた。
「下を見てください。宝石をぶら下げれば、下の通路を行き交う人に、嫌でも
目に着くことが分かるでしょう?」
 金沢の言葉の通り、海面に着けず、しかも通路を行く人々にも気付かれずに
宝石をぶら下げるには、かなりの困難が伴いそうだ。
「釣り糸を結び、海に沈めてしまってはだめなんですか?」
 あきらめ切れぬ様子のアンヌ。
「よいアイディアです。が、他の宝石ならともかく、『生命の環』は水に浸し
てはならない理由があるのです」
 金沢は優しい調子で説明を行った。それは、我々が警備にあたる前にしっか
りと確認していたことである。何度か記してきたように『生命の環』には、十
二の誕生石がはめ込まれている。
 ネックとなるのは十二月の誕生石であるトルコ石。ご存知の方も多いだろう
が、トルコ石は多孔質の石のため、水に弱い。要するに、水に浸けると表面の
孔から染み込んでいき、黒ずんだようなにじみができてしまうのだ。もちろん、
そんな状態の石は評価が劇的に低くなる。
 ユニコーンの性格からして、トルコ石一つを犠牲にしてまで、水の中に『生
命の環』を隠すことはないだろうというのが、我々警備側の結論だった。
「分かりましたわ」
「だったら、全体を、ビニール袋にでも入れてしまえばどうです?」
 トレサックが言った。
「そんな様子は見られませんでしたよ。例え、私が見落としたとしても、『生
命の環』には鋭い突起物があります。少々のビニールなら、簡単に破ってしま
うでしょう」
 カーター刑事は、断定的な物言いをした。
 これが最後とばかり、アンヌが意見を述べる。
「では……トルコ石だけ取り外すというのは無理なのでしょうか?」
「その方法についても議論済みです」
 胸を張って断言するカーター刑事。
「あの冠にはめ込まれた宝石は、どれも特殊な道具がなければ外せません。例
えユニコーンがその道具を用意していたにしても、私がユニコーンを追いかけ
た短い時間内に取り外すことは不可能です」
「そうでしたか……。あの、色々と口出しして、すみませんでした」
 頭を下げるアンヌ。
「いえ、気になさることありませんよ。それにしてもユニコーンめ、どんな手
段を使ったんだ?」
 金沢はほぞを噛んでいた。

 ユニコーンのトリックが分からないまま、とうとう、七日目の朝を迎えてし
まった。念のため、昨日、遊戯室で身体検査を受けてもらった女性全員にはマ
ークが着けられていたが、不審な行動は見られない。
 時は無情にも過ぎ、昼前には、ついに摩天楼が見える位置まで来てしまった。
 すでに降りる支度をして、私と金沢はデッキで景色を眺めていた。ちなみに
刑事は殺人犯の護送役で、ここにはいない。
 また、彼氏であるマルシャンが犯罪者となってしまったクレイル・ブローニ
ュであるが……。さぞかし落ち込んでいるものと思っていたら、どうやら新た
なお相手を船内で見つけたらしいことを付け加えておこう。
「今回は完敗かな」
 割にさばさばした様子の金沢。
「いくら依頼人が亡くなっているとは言え、これでは面目丸潰れだ。依頼料は
全額返還してもいい」
「本気か?」
 私の慌てぶりがおかしかったのか、金沢は返事しないまま笑った。
 ああ、接岸してしまった。本当に完敗で終わりそうだ。私達は荷物を提げ、
ゆっくりと出口へ向かう階段を下りた。
「ブレアさんだ」
 途中で旅行家の姿を見かけた。来慣れているはずのニューヨークなのに、ず
いぶんと喜んでいるように見える。
 その様子を眺めながら、金沢が言った。
「……意外とあの人、ニューヨークなんていうありふれた場所は初めてなのか
もしれないぜ。それどころか、アメリカ合衆国が初めてってこともありそうだ」
「まさか!」
「いやいや、イギリス人の頑固さは知っているよ。ロック、君もアメリカ人の
軽薄さは好きじゃないだろう?」
「ん……まあね」
 私は曖昧にうなずいておいた。周囲にアメリカ人がいないとは限らない。
 金沢は饒舌だった。まだ話を続ける。
「ああ、もしや、ブレアさん、自分で自分に招待状を送ったんじゃないかな?
著名な旅行家にとって、今さらアメリカに行くにはそれなりの名目がいるだろ
うからねえ」
 ということは、彼に届いた招待状は、ユニコーンとは何の関係もなかったこ
とになる……?
 そんなことを考えていると、聞き慣れた声に呼ばれた。すっかり親しくなっ
た、ブランヴィリエ兄妹だ。
 アンヌが最高の笑顔を見せてくれた
「短い間でしたが、お世話になりました」
「いえ、こちらこそ」
 トレサックも感じのいい笑みを絶やさない。
「新作が出たら、絶対に買って読ませてもらいますよ」
「それはありがとう。君も頑張って」
 他愛のない会話だが、気持ちはよかった。それでも旅先の出会い、別れは必
ずやってくる。船を降りるときが来た。
「じゃあ、いつかまた、どこかでお会いできる幸運を願って」
「ごきげんよう」
 手を降って、一時の別れとする。
「さて、カーターを待つとするか」
 と、旅行鞄に腰を下ろす金沢。私もその横に並んだ。
「もう勝負には完全に負けたなあ」
 金沢は高層ビル群を眺めながら、悔しそうにつぶやいた。
「せめて、ユニコーンがどうやって逃げたか。あるいはどうやって『生命の環』
を隠したかを知りたいものだが……」
 金沢は今度はうつむいて、ぼそぼそと言っている。何だかんだ言っても、未
練な様子がありありと窺える金沢に、私は苦笑してしまう。
 そこへ……。
「お疲れのようですわね」
「は?」
 二人して顔を上げると、妙齢の女性−−美女と形容してよい−−が我々の前
を横切る途中だった。
「これを差し上げます。栄養ドリンクの代わりになるんじゃないかしら」
 こちらの戸惑いを意に介さず、彼女は何やら色付きガラスの小瓶を取り出し、
金沢へ渡した。
「では、ごきげんよう」
 彼女はモデルのような歩き方で、さっさっという風に行ってしまった。
「誰だ、あれは? クレイル・ブローニュに劣らぬ美女だったぜ」
 金沢に聞いたが、彼も首を振るばかりだった。
「何をもらったんだ?」
「……ああ!」
 一声叫んだかと思うと、金沢はまたもうつむいた。やがて彼の肩は揺れ始め、
くっ、くっと声が聞こえてきた。
「……笑っているのか?」
「そうだよ! ロック、これが笑わずにいられるかい? ご覧よ、実に簡単明
瞭な解答だ」
 金沢はお腹を抱えて笑いながら、私へ小瓶を手渡してくれた。小さな文字で、
説明書きがある。
「マニキュア?」
 そこにある文字を、私は声に出して呼んだ。
「これが?」
「それがユニコーンの解答だよ! 透明なマニキュアなんだ。それをトルコ石
に塗れば、水に沈めてもしばらくは持つ。引き揚げた後、マニキュアを剥がす
のも簡単、トルコ石に悪影響もない」
「そ、そうか」
 納得しかけたところで、私ははっとなった。
「じゃ、じゃあ、さっきの女性が?」
「ユニコーンだろうね」
 金沢はまだおかしいのか、笑っている。
「こんなときもあっていい。教訓になったよ。次はやりこめられぬよう、せい
ぜい頑張ろうじゃないか」
「脱帽だよ。今夜は、ユニコーンに乾杯してもいい!」
 金沢は上機嫌であった。私も彼に倣うとしよう。
 ユニコーンに乾杯!

−Fin.

※おことわり……この作品に出てくる密室トリックは、西村京太郎作「名探偵
が多すぎる」(講談社文庫)にあるものと同じです。ご了承のほどを。


アルセーヌ金沢剛シリーズ 凱旋門の見える街角 エッフェル塔の見える時間
             犯人当て・01451の秘密




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