AWC 刻 −1−    永山


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#2909/5495 長編
★タイトル (AZA     )  94/12/29   8:52  (178)
刻 −1−    永山
★内容
 薄暗い。
「まだこんな馬鹿げたこと、やってんのか?」
「放っておいてくれ、カイン。私の自由だ」
 ぴしゃり。石の床を水滴が打つ。
「動くのかねえ」
「今度こそ動くさ。いや、動くという言葉は正しくない。生まれる、だ」
「は! 何様のつもりだい? エフ・アベルは神になったてか?」
「生命を創造するということが神の業であるならば、それもよかろう」
 長々と横たわる身体。胸から下がない。違う、胸からしか見えない。
「ふん。どこから身体をかき集めたか知らんが、こんな……。最後の仕上げは、
雷ぴっしゃんか」
「遠い島国では雷とは『神鳴り』に通じるという。ふさわしいではないかね。
さあ、その雷だ。危険があるかもしれないから、カイン、下がってくれないか」
 不器用な金属の箱から伸びたレバー。下ろされる。閃光、衝撃。
 そして−−『僕』は目覚めた。


「あ、そこの人」
 どう、あたしの声。この魅力的な声を聞いて、振り向かない野郎はいないよ。
「そう、そこのおにいさん。ねえ、あたしといいことしていかない?」
 ほら、身体の方もいいでしょうが。
「分かるでしょう? だめかしら?」
「……」
 何さ、黙っちゃって。お高く止まってるね。いいわよ、ここからが腕の見せ
どころってもの。
「ね、恥をかかせないで」
 最上の艶やかなポーズよ。ほら、近付いてきた。
「あら、暗くて気付かなかったけど、凄くいい男なのね」
 お世辞じゃない。あたしの頭上の外灯に照らし出された相手の顔、これまで
で最高。これからもないかも……。
「身なりもばっちり決めちゃって。さぞ、もてるんでしょうねえ」
「……」
 いつまで喋らないつもり? まあ、いいわ。帽子もコートも高価そう。そん
だけ身なりがよけりゃ、たんまりとお代をもらえるってもの。
「ねえ、いいでしょ? 場所はこっちで用意してるんだし。こっちよ」
 あれ、案外と素直についてくるじゃない。むっつりスケベのタイプかしら。
どうでもいいけど。
「あそこよ。でも、まだ入らせない。先に声を聞かせて。きっと素敵な声だと
思うんだけど」
「……」
 聞き取れなかったけど、今度は何か喋っていた。
「なあに?」
「欠陥品は取り除く」
 あ? な、何を言ってんの、こいつ?
「どういう意味なのかしら? あんまり難しいこと言われたって、分からない
わ。……そ、そうだ。名前を教えて。まだ聞いてなかった」
「……近頃は、ニック、と言えば通じるようになったらしい」
 ニック!
 あのニック? 冗談? で、でも、こいつの眼……。逃げなきゃ!
「無駄だ」
 痛い! 背中に鋭い痛みが走る。だけど、逃げないと。
「悪性の細胞は切り刻むのみ」
 あ!
 音が……聞こえる。ざくざくって。これ……私の……身体が……。

 石畳が敷き詰められた霧濃い都市は、殺人鬼の話題で持ち切りであった。
 殺人鬼に付けられた名は『刻み屋ニック』。察せられるだろうが、犠牲者の
身体を執拗に切り刻むことに由来する、畏怖すべきあだ名である。
 最初の事件が発生してからすでに一ヶ月と少し。犠牲者はちょうど十を数え
ていた。最近になって、ようやくその猛威は弱まっている。が、それは当初と
比較してのことで、現在も七日から十日に一人の犠牲者が出る気配に満ちてい
る。
 狙われる者に、男女年齢の区別はない。犠牲者に共通する他の条件も見当た
らぬ様子で、正しく無差別殺人と見なされている。
 さらに付け加えるならば、刻み屋ニックに襲われ、助かった者はいない……。
「警部! あ、あの、大変、申し上げにくいのですが、十一人目が」
 その若い男に、部屋に飛び込んできたときの勢いはなかった。無理もなかろ
う。大した情報を持って来たのだが、その内容が上司の不手際−−新たな犠牲
者を出したなると、伝えにくくなるに違いない。
「何てこった! どこでだ?」
 コナン警部は中身の残っていた紙コップを床に叩きつけると、派手な音を立
てて椅子から立ち上がった。当然ながら、これまでの十人の事件全部を、コナ
ン警部が担当しているのではない。それでも彼にかかる責任は重かった。
「ギョーム街の……」
 先に飛び出した警部の背中を追いながら、部下の刑事は必死に答えていた。

 現場は、うらさびしい通りをさらに内に入った、人気の乏しい区画。慣れな
い者にとって、入り組んだ小径は迷路さながらである。第一発見者がいるから
迷わないですんでいる。付き従っているのは、コナン警部とその部下一人、そ
れに街の巡査、監察医、検視官の合計五人。
「娼婦街か」
 汚れた壁の四角い建物を見上げながら、コナン警部が言った。
「いいえ。娼婦街は大通りを挟んだ向こうでして、被害者はたまたま、こちら
まで出てきていたようです」
 上司の言葉を、部下はすぐに訂正した。
「十一人目の被害者は娼婦なんだな」
「あ、その通りで……。こちらだそうです」
 角を曲がる。その途端、道端に横たわっていた遺体が目に入った。
「……慣れるもんじゃないと思ってたが、十一人目ともなると慣れたかな……」
 警部はぽつりと漏らす。
 普通、往来で死体が転がっていたら、付近の連中が取り巻いて見ているもの
だ。が、一連の刻み屋ニックの事件では、まず野次馬がいない。いるにはいる
が、遠巻きにするだけでほとんど誰も近付こうとしないのだ。それほどまでに、
犠牲者の遺体は酷くいたぶられているのが常である。
 今回の犠牲者の遺体も陰惨を極めていた。
 ウェーブのかかったロングヘアに隠れ、顔が見えないのは唯一の幸いだろう。
それでも、髪の合間からべっとりとしたどす黒い赤が見える。
 喉に眼が行く。黒い絵の具で汚れているんじゃないかと思えるほど、ぽっか
りと暗い穴が開いていた。それも一つでなく、確認できるだけで三つはあった。
 両肩に相当な出血跡が見られる。腕を切断しようとしてあきらめたのか、そ
れとも最初から切り刻むだけが目的だったのか。
 ついで手の指を見ると、これも当然のごとく、切断されていた。ご丁寧に第
一関節と第二関節の二箇所を刻んでいる。野菜を包丁で切り刻む要領でやった
のだろうか。
 乳房は二つともない。脂の黄色と凝固した血の黒とで、切断面は汚く彩られ
ていた。切り取られた乳房はどこにあるのだろう?
 腹も大きく切り裂かれていた。内臓として機能していた物が、ぐちゃぐちゃ
と飛び出し、ちぎれている。どれが何の臓器かは見分けがつかない。
 足は左右とも、赤黒い縞模様が描かれてあった。まるで定規で測ったかのよ
うに、等間隔で刻まれ、血がにじんだ結果だ。足の指もきれいに切り取られて
いた。
「うわっ!」
 不意に巡査が声を上げた。みっともないほど慌てふためき、その場から飛び
退くと、腰を抜かしてしまった。
「どうした?」
 コナンはおおよそ、見当をつけながらも聞いた。
「あ、足下に……その、乳房が!」
「ははあ」
 コナンは巡査の指差す方へ近寄り、確認した。彼は、ジョーク用のプディン
グで、こんなのを見たことがあった。が、それを思い出すことはなかった。
「ん? 他にも何かある」
 警部は地面に顔を近付けた。異臭なんかにかまっている場合でない。
「う……耳、か」
 警部は、乳房の横に落ちていた肉片を、耳だと認識した。
「ルクソール! 被害者の耳はないか?」
「ない。切断面が三日月のようになっとる」
 警部に呼びかけられた監察医−−遺体の調べ役の方−−は、抑揚のない返事
をよこす。
「ついでに聞いておこう。乳房と耳、指の他、完全に切断されている部位はあ
るか?」
「こっちきて、自分の目で調べたらどうだぃ」
 きゅうにくくっと笑いながら、ルクソールは振り向いた。
「冗談じゃない。仕事をしろ」
「ふん。内臓は分からんが、他は引っ付いてる」
「分かった。くそ、ニックめ、今度は時間の余裕があったらしいな。念入りに
刻んでやがる」
 吐き捨ててから、ふとコナンは、遺体にかなり接近している男がいるのに気
付いた。何と表すのが適当だろうか、岩のような厳つい顔に、薄開きの両眼が
光っている。無表情で不気味な作りだが、恐ろしさよりも悲しさが宿っていた。
背はかなり高く、バランスの取れた立派な身体つき。手も足も常人より一回り
は大きかった。
 容貌はともかくとして、ニック事件には珍しくなった野次馬だ。それとも単
なる恐い物見たさから出た行動か。どちらにしても追い払うのは同じだ。
「こら、近寄ってはいかん」
 警部が注意する。しかし、男は聞こえないのか、監察医の頭越しに覗き込ん
でいる。
 警部は無表情な男を見ていて、急にいたずら心を起こした。
「ルクソール、どいてやれ。見たがっているお客さんがいる」
「はあ? −−ああ、分かりました」
 にやつきながら、横歩きをしてその場を離れたルクソール。
 さあ、あの無表情が悲鳴でゆがむぞ。いくら図体がでかくても、あの遺体を
見たら……。警部は半ば、そんな気分で様子を見ていた。
「……」
 しかし、男は未だに悲鳴を上げない。恐怖で声が出ないのでもないらしく、
しげしげと観察を続けている。
 いつだったか、二枚目の若者が眼前の男と同様、平気でいたことがあったな。
そんなことを思い出しながら、しばし唖然としていたコナンは、頭を振って、
男へ近付いた。
「おいおい。信じられん奴だな。おまえさんの度胸のよさには参った。だが、
ここまでだ。引っ込んでくれ」
 警部はゆっくりと重みのある声を響かせた。相手の肩に手を置こうとしたが、
届きそうになかったため、背中をぽんと叩くにとどめる。
 それでも、相手の男は立ち去ろうとしない。
 警部は相手の顔を正面から見て、改めてぎょっとした。右目の下辺りから左
頬まで、鼻を横断する大きな傷跡があったのだ。そのすさまじさにややたじろ
いだが、警部は警告を重ねた。
「おい、どいてくれと言ってるだろう。おまえ……医者の卵か何かか? これ
だけの遺体を見といて、ちっとも動じとらんとは」
「医者じゃない」
 早口で答えてから、さらに男はこうつぶやいたようだった。
「やっぱり……」
 聞き咎めた警部は、何のことだと問い詰めようとしたが、そのときにはもう、
男はきびすを返し、遠ざかって行くところだった。巨体の割に素早い動きだ。
「何者だ、あれは……」
 訝しむものの、他にやるべき項目が山積していた警部は、深く詮索しようと
は思わなかった。

−−続く




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