#2820/5495 長編
★タイトル (AZA ) 94/10/28 7:59 (159)
選考会事件(下) 桐鳩吉太
★内容
司会 集計結果が出ました。先ほど討議した順番で、得点を発表していきます。
「賞罰」、11点。「過失の黒いホシ」、11点。「森の都、夏に逢う」、
16点。「死の感染殺人事件」、11点。「大食検事」、11点。以上の
ような結果になりました。夫子剛一氏の「森の都、夏に逢う」が最高得点
を獲得、今回の受賞作に選出されたと見なしていいですね。
木谷 ……よろしいんじゃないですか。提案したのは私ですし。
愛島 誰も一番には推していなかった作品が来るとは予想外でしたが……妥当
でしょう。
甲賀 ……投票の結果は神聖なる物。従いますよ。夫子氏にはいい物を書き続
けてくれるよう、期待しますよ。
御土 まあ、何と言うか……そう、平均的に評価を得た作品が選ばれたのだか
ら、それでいいんじゃないかな。全員、何だかんだ言いながら、この作品
を気に入っていたようだ(苦笑)。
司会 それではこれで最終選考会を終わります。皆様、長時間、ありがとうご
ざいました。
(*月*日 都内某所にて)
受賞作「森の都、夏に逢う」は、作者・夫子剛一氏の受賞の言葉とともに、
次の頁から掲載されています。
* *
私が書き上げた原稿を推敲をしていると、池原徳志が背中から声をかけてき
た。
「よろしいですか、桐鳩さん」
「あ? ああ、別にいいけど」
「この雑誌、読ませてもらってたんですけど」
池原は三ヶ月ほども前の雑誌−−月刊ミステリクラブの八月号を持ち出して
きた。
「それが? それには自分の作品はなかったはずだから、安心できるかな」
私は軽口を叩いた。よく、池原には作品を批評されているのだ。
「ああ、桐鳩さんは安心していてください。多分、関係ありませんから」
気になる言い様の池原。
「はっきりと説明してくれないか。そちらから言い出したんだぜ」
「ふぁ、これは失礼しました。別に焦らせるつもりは毛頭ないんです。ただ、
あまりに突飛な思い付きだったもので、自分でも信じられません」
しゃっくりしているような顔の池原。それにしても、いつも突飛もない考え
を出してくる彼が、「突飛もない」と口にするとは、相当なことではないか。
私はさらに興味を引かれた。
「何を問題にしているんだ」
「これです」
池原の手が開いていたのは、新人賞が決定したという知らせが掲載されたペ
ージだった。ミステリクラブ短編賞と言えば、私も素人の頃、投稿した憶えが
ある。
「それがどうかしたの?」
「不思議ですよね、思いませんか? 選考委員の誰一人として積極的な評価は
与えていない作品が受賞作になっているんです」
「そうだっけか」
私は選考の模様をしかと記憶していなかった。池原から雑誌を手渡され、選
考会の様子を再読する。
「……確かにその通りだ。『森の都、夏に逢う』は四氏の誰からも積極的な評
価は得ていない。が、それが逆に幸いしたのか投票で選ばれたんだな」
「そうなんですけど、これほどまで見事に四氏の意見が割れることなんてある
のでしょうか」
「ないとは言えないんじゃないか。四人が四人とも別々の作品を推すのは珍し
いかもしれないけど、現にここにある訳だし」
私はページをぴしゃりと叩いた。
「私は不思議です。偶然性が強すぎます」
「何を言っているんだい? この程度ならしょっちゅうありそうなもんだ。五
つしかメニューのない飯屋に四人で行き、四人がバラバラの注文をしたような
もんだ」
「いえ、私が言っているのはそれだけではないのです。選考委員各氏が推して
いる作品の作者名、ご覧になりましたか?」
「見てはいるよ。記憶はしていないけど」
そう言いながら、私は候補作の作者の名前を眺めた。しかし、何も分からな
い。
「君が何を言わんとしているのか、さっぱりだ」
「作者名だけ見ていてもだめです。選考委員の名前も見てください。いいです
か」
池原は新聞をためておくラックに向かった。裏の白い広告を見つけ出し、戻
ってくる。
「例えば、北野雫氏から行きましょう。この人の作品を推しているのは木谷鈴
子さんです」
言いながら、彼は広告の裏に二つの名前を平仮名で書き始めた。「きたのし
ずく」と「きたにしずこ」。……ん?
「分かりませんか?」
「……何となく……似ているな、音の響きが」
「そうなんです。実際、私はそれで変に思って、試してみたのです」
「試した? 何を?」
私の問いかけには答えず、池原は再び紙に文字を書く。今度はローマ字だ。
KITANOSIZUKUとKITANISUZUKO。
「ほんの数箇所、アルファベットを入れ替えてみてください。アナグラムにな
っていることが分かるでしょう?」
アナグラム−−言葉の並び替えにより、元の言葉と違う単語を創り出す遊び。
その言葉の通り、北野雫は木谷鈴子のアナグラムになっていた。
「ま、まさか」
「そうなんです。信じられないと言ったのもその点でして」
私の心を読み取ったかのように、池原は続けて文字を書き記していく。UO
SUGAAKO、KOUGAASUO。MAMITIREISIROU、ME
SIMARIITIROU。MOTIDUKIITU、MIDUTIIKUT
O。……全ての組み合わせが、アナグラムの関係にあった。
「何の意図もなしに、こんな不自然なことってあるでしょうか? 私には到底、
信じられません」
「じゃ、じゃあ、何があったと言うんだ、この選考会に?」
私は声が震えているのを感じた。とんでもない発見を知らされた気がする。
「考えるに、選考委員の方々はちょっとしたおふざけをしたんだと思います」
池原は想像だと断ってから始めた。
「他の人には内緒で、自分が選考委員をやっている新人賞に自分の作品を出し
てみるというおふざけを。……いや、これはあまりにもひどい考え方でした。
選考委員の皆さんの名誉に関わることですしね。いくらか妥協して……選考委
員の身近にいるアマチュアに応募するようすすめた、とでもしておきましょう
か。そしてペンネームには、自分の名前を並び替えた物を使うようにアドバイ
スしておく。もし最終選考に残れば身近な人の書いた物をひいきしたくなるの
はある部分、当然でしょうね。さらに滑稽なことに、四人が四人、同じことを
実行したようなのです。しかも、四作とも最終候補作品に名を連ねてしまった」
「……」
池原が言葉を切ったが、私にできるのは息を飲んで聞き入るのみである。
「こうなると、選考がもめるのも当たり前。四氏の意見がバラバラなのもうな
ずけます。そして投票による決定を行うことになった。これがまた、悲喜劇の
始まりでしたね。当然、四氏は自分が推す作品を一位にしたと思います。では、
二位はどうしたか? ……桐鳩さんが選考委員の立場でしたら、どうします?」
「そうだなあ」
私は少し考えた。
「他のどれにも入れたくないよ。誰かが推しているのが明らかなんだから」
「でも、一つだけ、誰も推していないのが分かっていますよ」
「……そうか。『森の都、夏に逢う』があったんだ。これを二位にするよな、
やっぱり」
「四人の選考委員も同じことを考え、実行したんでしょう。結果、『森の都、
夏に逢う』は四氏全員から二位の評価を得る。私、選考委員各氏の言葉の端々
から推測して、こういう投票が行われたんだと想像してみたんです」
池原は紙に手早く次のような表を書いた。
愛島 御土 木谷 甲賀 合計
北野雫 「賞罰」 3 1 5 2 11
魚菅亜子 「過失の黒いホシ」 1 3 2 5 11
夫子剛一 「森の都、夏に逢う」 4 4 4 4 16
真道礼士郎 「死の感染殺人事件」 5 2 1 3 11
望月壱 「大食検事」 2 5 3 1 11
「細かい点で違いがあるかもしれませんけど、大方、当たっているでしょう。
こうして不思議な結果が生まれたんだと思うんですよね」
「……聞かなかったことにしておくよ」
私は耳を押さえながら言った。選考委員の四氏は、私にとって皆先輩だ。と
ても面と向かって真実を確かめる勇気はない。
「それがいいですよ」
池原は真面目くさった顔で笑った。
「でもね、これぐらいは知っておいてもいいと思うんです。この四氏、よほど
アナグラムがお好きなんだってことを。さらに大先輩の作家の名前をアナグラ
ムしているんですから」
池原はさらさらと文字を書き始めた。それを見ていて私は頭が痛くなってき
た。広告の裏には、次のような作家名が並べられていた。
木谷鈴子 夏樹静子
KITANISUZUKO → NATUKISIZUKO
甲賀明日夫 逢坂剛
KOUGAASUO → OUSAKAGOU
愛島利一郎 森村誠一
MESIMARIITIROU → MORIMURASEIITI
御土育人 都筑道夫
MIDUTIIKUTO → TUDUKIMITIO
−−終わり
池原徳志シリーズ 逆万引事件 二十枚の五十円玉事件 たて笛盗難事件