#2819/5495 長編
★タイトル (AZA ) 94/10/28 7:57 (182)
選考会事件(上) 桐鳩吉太
★内容
決定・第五回ミステリクラブ短編賞
一九九四年度第五回ミステリクラブ短編賞には最終候補作品として、次の五
作品が選出されました。
・北野雫(きたのしずく) 「賞罰」
・魚菅亜子(うおすがあこ) 「過失の黒いホシ」
・夫子剛一(ふしごういち) 「森の都、夏に逢う」
・真道礼士郎(まみちれいしろう) 「死の感染殺人事件」
・望月壱(もちづきいつ) 「大食検事」
以上の作品を対象に、六月三十日、木谷鈴子(きたにすずこ)、甲賀明日夫
(こうがあすお)、御土育人(みづちいくと)、愛島利一郎(めしまりいちろ
う)の四氏による最終選考会が都内某所にて開かれ、今年度ミステリクラブ短
編賞を夫子剛一氏の「森の都、夏に逢う」に決定しました。
選評 (司会・石田康行:文像社)
司会 これから今年度のミステリクラブ短編賞の最終選考会を始めさせていた
だきます。まず、北野雫氏の「賞罰」から、お願いします。
木谷 私、これが一番、好きですね。履歴書を巡って殺人が起こり……という
ストーリーですが、因果応報的なラストがいいです。先ほど、好きと言い
ましたけど、私の好みに合っているのはもちろんですが、堅実な作風を買
いたいと思います。
御土 ああ、それは困ったな(苦笑)。私はあまり買ってないんです、これ。
謎の設定と解決は現実的で手堅く、語り口もこなれた感じで、うまいこと
は認めますけど、こじんまりとまとまりすぎていて、新人らしさがない。
木谷 新鮮味がないということですか? それでしたらあるでしょう、探偵役
が企業のリクルーターというのは、新しいはずです。
御土 いや、探偵役が新しければ、それで新人らしいということにはならない。
まあ、発想はいいのかもしれないが、その他の点について、何と言うか、
早くも老成しちゃっているような、そんな雰囲気なんだな。
甲賀 御土さんのおっしゃる意味、よく分かります。この北野氏は、力はある
人なんだろうけど、仮に作家デビューしても、これまでの作家が書くのと
似たような作品しか書けないんじゃないかということを、御土さんは危惧
しておられる……。
御土 そういうことです。
木谷 でも、この作者は、コンスタントに一定レベルの作品を書き続ける力は
あると思いますわ。それこそ、プロ作家の条件なんじゃないでしょうか。
御土 プロ作家の条件なんてのを持ち出されると、困ってしまうなあ。
司会 愛島さんのご意見は?
愛島 僕は嫌いじゃないですよ、この「賞罰」。手堅くて結構、実力があれば、
あとは編集者の腕次第でどんな方向にでも伸ばせるはずですよ。ただ、他
の候補作がより新鮮味があれば、そちらを買いたいな。プロの条件につい
てはパスさせてもらいます(笑)。
甲賀 いきなり、実力のある作品が来てしまって、混乱してしまってますよ。
石田さん、ここはとりあえず、他の作品に移ったらどうだろう? 愛島さ
んだって他の作品と比べたい気持ちらしいし。
司会 分かりました。それでは次に、魚菅亜子氏の「過失の黒いホシ」をお願
いします。
木谷 じゃあ、早速、この作品から言わせてもらいます。まず、タイトルが。
この作品に限らないんですけど、「賞罰」を除いて、どれもタイトルが野
暮ったいんです。特に「過失の黒いホシ」は、ネタを割っているようなも
のです。
甲賀 私はこの人を推したいね。法律に絡めた殺人を横糸、南欧での冒険を縦
糸に、やや荒削りだが、新人らしいタッチで一つのストーリーを描き出し
ている。タイトルの付け方ぐらい、デビューしてから簡単に直せますよ。
木谷 いえ、タイトルの付け方は作家としての資質を示す、重要な点の一つで
しょう。センスのないタイトルを付ける人は、あまり伸びない作家だと判
断しますね、私は。
愛島 まあ、タイトルについては、作者それぞれに理由があることもあるでし
ょう。アンチテーゼとして古くさいタイトルを付ける場合もある。それよ
り、ちょっと気になったのは、南欧の国で日本と同じこの法律があるのか
なってことで。
御土 それは構わないでしょう。実際はどうか知らんが、この作品の場合、南
欧のある国は架空の国だ。どんな法律を設定しようと作者の自由ってもん
じゃないですか。
甲賀 そうそう、御土先生の言う通りですよ。
愛島 それならば、日本を舞台にしてもよかったと思うんですよね。南欧の国
での冒険活劇はなくても事件は展開するでしょう。
甲賀 いや、海外を舞台にした方が、いかにこの主人公が日本人として好奇の
目で見られているか、その注目される度合いが強くなるという利点がある。
目撃されることも、この作品では重要です。
愛島 甲賀さんはそう弁護されますが、作者自身はどうだったのかなあ? 憶
えておられます? 本作の冒頭で、「南欧の一国、エリアステは、観光を
最大の産業としていた。近隣のヨーロッパ諸国はもちろん、金満日本から
も多くの観光客が押し寄せてくる」とありました。これって、甲賀さんの
弁護とすれ違うんじゃないですか? 日本人の数は多いらしいですよ、こ
の国では。
甲賀 筆が滑ったんです(苦笑)。
御土 こりゃ、まだまだ有力作品にはめぐり遭えんてとこですな。
司会 そろそろ次の作品に……。夫子剛一氏の「森の都、夏に逢う」を。
御土 これは変わった味の話でしたな。
木谷 そうそう。タイトルは、「賞罰」についでいいセンスだと思います。で
も、内容が抽象的なんです。人間が描かれてないとは言いませんが、どこ
かさめているような……。
甲賀 私はこういうメタ・ミステリ的と言うんですか、そういうのは好きじゃ
ないんです。ま、もちろん、個人の好みですから、認めないんじゃないで
すけどね。下読み委員の方に失礼だし。
愛島 誰も粗筋に触れようとしませんねえ。木谷さんの言った通り、抽象的な
とこがあって、説明しにくいのは事実ですが。石田さん、お願いできます?
司会 はあ……。夫子氏自身の梗概によりますと、「森の都・バルトで殺人事
件が起きる。自らを推理小説に出てくる名探偵だと信じるキリムカは、こ
の事件を史上最大の難事件に仕立て上げようと画策する。部屋の鍵はかか
っていたことに、凶器は消え失せたことに、死体は宙を飛んだことに、犯
人は水の上を歩いたことに……と、次第にそれはエスカレート。ところが
いつの間にか、現実の方がキリムカの偽装に合わせ始めた。真に難事件と
なった殺人をどうにか解いていくキリムカ。だが、最後にどうしても解け
ない謎が残った……」となってますが。
愛島 シュールだなあ。まあ、それなりにいい味を出してます。でも、新人が
これをやると、どうしても生意気に見えてしまうことをやっててね、それ
がちょっと、一般受けしないんじゃないかと。
御土 しません、絶対に。この人にはもう少し手堅い、言葉は悪いかもしれな
いが、一般受けのする作品でアピールしてもらいたいですな。
司会 この作品は評価が難しいようですね。これは置いといて、次に移ること
にさせてもらいます。四番目は真道礼士郎氏、「死の感染殺人事件」をお
願いします。
愛島 これを待っていました。僕、これを買います。タイトルの件は別にして、
近未来SF的なミステリーを造り物でなく、現実味を与えて読ませる手腕、
いいですよ。
御土 でも、これは何でもありの世界になってしまってるからな。最後のオチ
は確かに捻りが利いている。だが、ショートショートで使うべきアイディ
アであって、それまでのストーリー展開から本格的な謎解きを期待してい
た読者は怒るでしょう。私もがくっと来た。
愛島 どのアイディアをどれに使うかは、新人ならではの恐い物知らずみたい
なところがあって、いいんじゃないですかね。例えば、プロだとこのアイ
ディアは大ネタだから長編で使おうと考えるのを、新人は軽く短編に使っ
てしまえるような。
御土 いや、それとこれとは根本的に問題が違う。この真道氏はアイディアの
使い方を知らないんだな。それにミステリーのことをひねくれて眺めてい
るような気がする。
木谷 ミステリー文壇を発展させ得るような才能を見つけることが、この賞の
目的であれば、この作者はちょっと難しいですわね。他のジャンルにすぐ
に行ってしまいそうで。
愛島 そんなことだと、ミステリーの発展そのものを妨げかねませんよ。……
と、これは大げさかもしれませんが、そこまでSFミステリーを色眼鏡で
見なくてもね。
甲賀 愛島さんの言いたいことも分かるけど、この作風ならそれこそSFの新
人賞を取れる。だったらそちらで出てもらおうじゃないか。私もそういう
気持ちなんですよ。
愛島 どうも受け入れてもらえないらしい。
司会 今回は混戦模様ですねえ。とにかく、最後までやってしまいましょう。
最後、五番目は望月壱氏の「大食検事」。
甲賀 一読後、美食探偵ネロウルフの亜流だと感じたんだが……。
愛島 ああ、そんな雰囲気、ありますよね。
御土 いや、これは似て非なる物じゃないかな。あるいは偶然か。検事が大食
いでグルメなのは探偵役の特徴付けのためでしょう。事件の解決のきっか
けが、コース料理の順番にあったのだから、探偵役のキャラクターもうま
く活かしている。
木谷 あの、検事という職業は、グルメを楽しめるほど、儲かるんでしょうか
しら(笑)。
甲賀 それは言えるな。現実的でないんだ、この検事は。
御土 説明されていないだけで、遺産を受け継いでいるのかもしれません。
甲賀 御土さん、苦しい弁明ですな。読者に不審を持たれたら、作者の負けで
しょう。こんなつまらないことでも読者が物語を追うのをやめてしまうよ
うな書き込み不足は、致命的欠陥だ。
愛島 厳しい意見ですが、僕もそう思います。うがった読み方をすれば、この
検事は何か悪事を働いており、それによって金を得ているのではないか。
そしてその悪事が、作中の事件と関係しているのでは。そういう入らぬ心
配を読者はしなきゃならない。
御土 しかし……やはり、このコミカルな味は捨てがたい。重苦しくなりがち
な裁判場面を楽しく読ませる力、退屈で地道な証拠固めを面白く描く力…
…。
愛島 それらの長所を認めるのにやぶさかじゃありませんけど、他にいい作品
があれば、そちらを優先すべきですよ。
御土 それは「死の感染殺人事件」かね?
愛島 僕はそれを推します。
木谷 私はまるで違って、「賞罰」ですわね、北野氏の。
甲賀 私の好みでは、「過失の黒いホシ」になるんだな。
御土 全く意見がここまで割れるとはね。私が「大食検事」を推しているのだ
から、四人ともバラバラな訳だ。石田さん、収拾をつけてくださいよ。
司会 ……困りました。話し合いで決められない場合は、複数の作品を同時受
賞ということでもよいのですが……。
甲賀 三つも四つも同時受賞にはできるの?
司会 それはちょっと……。できれば二つまでにお願いしたいのですが。
木谷 突出した作品がないのか候補作のレベルが高いのか分かりませんけど、
難しいですわね。ここは一つ、投票をしたらいかがでしょう?
司会 どういうことでしょうか、木谷さん?
木谷 文字通りです。各委員で五つの作品について順位をつける。それを点数
に換算し、四人の評価を合計して受賞作を決定することでどうでしょうか。
司会 私は別にかまいませんが……他の選考委員の皆さんは?
愛島 それも面白いね。乱歩賞に倣うのもいい。
御土 異議なし。ただし、無記名投票だ。
木谷 それはもちろんです。甲賀さんは?
甲賀 ここまで話が進んで、一人で反対することもないでしょう。やります。
司会 それでは投票によって決定することで意見が一致したと見なします。こ
こで投票の計算方法を決めておきましょう。五作品を対象に優れた順に1
〜5の番号をつけてください。1位の作品には5点、2位には4点という
風にし、5位には1点が与えられます。各選考委員の評価の合計をこちら
が集計をします。これでよろしいですね?
※選考委員全員の合意の下、投票が行われた。
−−続く