#2704/3137 空中分解2
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二十枚の五十円玉事件 桐鳩吉太
★内容
短編の原稿を締め切り間際にやっと仕上げた私、桐鳩は久々にのんびりして
いた。雑誌での二つの連載が終了し、書き下ろしの長編一つを片付けて、最後
に並行して短編三つを書き終えた訳で、来月は比較的暇になる。具体的な予定
はないが、取材を兼ねて、どこかに足を伸ばすつもりである。
そのことに思いを巡らせていると、呼び鈴が鳴った。玄関に出向いてみると、
友人の池原徳志が、とぼけた顔をしてつっ立っていた。一流企業のサラリーマ
ンみたいに、スーツを着こなしているが、どことなく七五三のイメージが付き
まとう。
「池原か。上がってくれ」
「その調子だと、お仕事は終わりましたか?」
「何とかな」
「ろくな物を食べられなかったでしょうから、差入れとして鰻を買って来まし
た。食べるでしょう?」
靴を片方ずつ、よろよろしながら脱いだ池原は、紙袋をこちらに突き出した。
いかにもうまそうな鰻の香りが漂う。
「いやあ、ありがたい。ごちそうになるよ」
「……仕事が終わった後でも、差入れって言えるんでしたっけ?」
「そんなことはどうでもいいじゃないか。お茶を沸かすよ」
「……お茶を沸かすのではなくて、お湯を沸かす。いや、水を沸かしてお湯に
する。どれが正しいんでしょうかね?」
ぶつぶつ言っている相手を背中から押し、応接間に通す。それから台所に走
る。独り者の悲しさ、台所に限らず、部屋はかなり散らかっている。
「これは捨ててもいいですね?」
とか何とか言いながら、上着を脱いだ池原は、カップ麺の容器や割箸、惣菜
パンのビニール袋等をまとめて捨ててくれた。掃除をしてくれたことさえある。
さて、どうにか広くなったテーブルに湯呑だの急須だのを運んで、準備完了
だ。
「ありがたく、いただくよ」
近所の鰻専門店のお持ち帰り商品で、入れ物がビニール製であることを除け
ば、満足の行く物である。
「自分で納得の行く物が書けていますか?」
「はは、だめだねえ。時間に追われて。売れてなかった頃が懐かしいって思う
こともある」
「ふぁ。読者が面白がれば、まあいいんでしょうけど。多作になってから質が
落ちた、面白くなくなったなんて昔からの読者に言われ始めたら、気を付けて
下さい」
「そうだな。昔からのファンの方がありがたいっていう部分は確かにある」
そんな話をしている内に、栄養補給も終了し、ぬるくなったお茶で口残りを
なくす。
「その人は猫舌で味音痴でしたから、早食い競争に優勝できました」
いきなり、池原が言った。
「何だって? 猫舌なのに早食い? おかしいじゃないか。猫舌なら、熱い物
を食べるのが遅くなるはずだろ」
「いえ。猫舌で味音痴でしたら、それも当然です。考えてもみて下さい。猫舌
でなく、グルメとまではいかなくても、おいしい食事の仕方にこだわる人なら
ば、温かい物から口にします。ところで、その早食い競争のメニューは熱い物
が割と多めでしてね。こだわる人は、熱い物を先に食べようとします。しかし、
いくら猫舌でなくても、ある一定の温度を越えると、とてもじゃないですがす
ぐに食べられるものではありませんよね。だから、食べるのが遅くなる。やけ
どなんかしたら、それが気になってさらにスピードが鈍るかもしれません。そ
れに対し、猫舌の人は冷めた物から食べます。食べている間に熱い物も冷える
ので、うまく行くという……」
「分かった、分かった」
私は手を挙げて、池原の話を止めた。彼の話は、たいていがこうである。最
も意外な部分二つをつなげ、冒頭に持って来る。これで相手を引き込んでしま
うのだ。なーんだとなることもしばしばであるが、この発想によって、私は作
品のアイディアを得ることがある。
「面白くありませんでしたか? それでは、興味深い話を一つ。これは私が大
学生の頃、友達から聞いた話なんです。その友達−−仮に竹下としますか。竹
下君は書店でアルバイトをしていまして、そこで奇妙な体験をしたと言うので
す。
たいてい、彼はレジの受け持ちだったんですが、そのアルバイトを始めてか
ら数週間後、おかしな客に遭遇したそうです。それは中年の男性で、毎週土曜
日、店にやって来ては本には見向きもせず、握りしめた五十円玉二十枚をレジ
で、『千円札と両替してくれ』とイライラした口調で要求するそうです」
「ふん、確かに奇妙な話だ」
「そうでしょう。何故、彼は書店で五十円玉二十枚を千円札に両替するのか。
何故、彼の手元には一週間の内に五十円玉が二十枚もたまるのか。特に、後の
問いは重要です。一度の買物で五十円玉がお釣りとして戻ってくるのは、多く
ても一枚なのにね」
「ふむ」
私は考え込んだ。が、簡単にはいい理由が見つからない。はっと気付くと、
知らない間に腕組をしていた。
「五十円玉がたまる理由は、何かの商売をしてるから、そうなるとして……」
「だめですよ、桐鳩さん。何かの商売をしていて、五十円玉がたまるのなら、
銀行に行けばいいではないですか」
「男が現れるのは土曜日だろ? 銀行なんかの金融機関は、閉まっているんじ
ゃないのか?」
「いえ、当時は土曜日も銀行は開いてました。中年男性の来る時刻は、いつも
まちまちで、銀行の閉店時間には関係がないみたいでしたよ」
そうか。これはうかつだった。書店で両替するというのも、結構重要だ。
「竹下って友達は、男かい、女かい?」
「男ですよ」
「そうなのか。残念」
「何が?」
「いやあ、単にその中年は、レジのカワイコちゃん見たさに通っているのかと
思って」
「そりゃ、いただけません。レジの人に会いたかったからというのは不採用に
したいですね。だって、それなら五十円玉二十枚じゃなくてもいい訳だし、そ
の人物は”イライラしていた”のですから……。好きな人を見ていたいなら、
立ち読みのふりをして、じっくりと見たらいいではないですか」
「言われてみれば、そうだなあ。その男はいつまでそんなことを続けていたん
だい?」
「それがはっきりしないんです。竹下君、試験前ということで、アルバイトを
やめてしまいましたから。とりあえず三ヶ月は、中年男性は姿を見せ続けてい
ました」
「季節は? いつ頃のことだったんだい?」
「十一月からの三ヶ月、竹下君は働いてました」
私はしばらく、条件を頭の中で噛み砕くようにして考えてみたが、
「……他に何も思い付かん」
というのが結論であった。
「色々な人に聞いてみたところ、こういうのがありましたよ。近頃のゲームセ
ンターは、五十円でできる機械も多くなりましたよね。だから、ゲームセンタ
ーの機械を壊し五十円玉を盗んでいたという回答です。大量に手元に集まった
硬貨を扱い易いように千円札に換える……」
「それだよ! イライラしていた理由も、怪しまれない内に帰りたかったんだ
ろうし」
私は手を打って賛同した。
「いけません、こんなのに飛びついては。怪しまれるのが嫌で早く姿を消した
がっていたのなら、怪しまれる可能性が強いのに、どうして同じ店で両替する
のですか?」
「……分からん」
「でしょう? 何せ十年以上も明確な答を得ることのなかった問題ですから」
池原の年からすれば、その程度の時が経っているか。
「ん? 『答を得ることのなかった』と言ったな、池原?」
「言いましたよ」
「過去形だということは、誰かが解いたのか?」
「解いたと言うよりも、納得のいく説明を与えたと……」
「どっちでもいい! 君が答を見つけたのか?」
「ええ、まあ」
私の興奮に対し、池原は落着き払っている。
「教えてくれ」
「そんな力を入れなくても、話します。まず、五十円玉が手に入る状況と聞け
ば、どんなことがありますか?」
「そうだなあ、五十円の品物を売っているとか」
「それは違いますよ。五十円の品物を買うのに、五十円玉一枚を出す人が、そ
んなにいるとは思えないんです。どちらかと言えば、百円玉を出す人の方が多
いかもしれません。百円玉を出されるとなると、店の人は五十円玉をお釣りと
して用意しとかないといけなくなります」
「なるほど。五十円の品物を売っているほど、五十円玉が必要になる訳か」
「六十円〜九十円の品物を売るんだったら、まだ五十円玉が集まる可能性もあ
るんですが、どちらにしてもそんな商売をしているのでしたら、銀行にお世話
になればいいんです」
「つまり、商売には関係ないと言いたいのか」
「まあ、全くないとは言い切れませんが。私が考え付いた回答は、商売とは無
関係です。まず、私は何日間で男が五十円玉を二十枚も集めるのかを考えまし
た」
「何日って、一週間だろう?」
「いえ、私は五日間と踏んだのです。月曜から金曜までの五日間にたまり、土
曜日に両替する」
「どうして月曜から金曜なんだ?」
「お勤めしている人だと想定したら、出勤するのはその五日でしょう? さて、
五日で二十枚ということは一日四枚。四枚の切符、四枚の券とつぶやいている
内に、4券が試験に通じることを思い出しました。昔、受験生を持つ家で近所
の表札を四軒分盗んだと言うじゃありませんか。4軒盗るが試験とうるに通じ
るからという理由で」
「この五十円玉二十枚両替男も、縁起担ぎの口だと?」
私が質問すると、相手は自信ありそうななさそうな顔をした。
「全ては想像です。でも、季節はちょうど、受験の頃ですよね。
さて、五百円玉を四枚用意し、四百五十円の切符を四枚買うと、五十円玉四
枚が手に入ります。あるいは千円札四枚を用意して九百五十円の切符を四枚買
う場合も同じです。
どちらにしても、子供の受験が終わるまでに買い続けるには、相当のお金が
かかりますから、中年男性は上司に頼まれたんだと思います。
では何故、四百五十円あるいは九百五十円もする切符を買うのか? 私は、
その切符の駅名自体も縁起担ぎになっていたんじゃないかと考えます。例えば、
徳島に『学』という駅があるんですが、そこへの入場券は『入学』になるから
ということで、受験シーズンにはよく売れるんだそうです」
そう言われて、私は思い出していた。いっとき、北海道のどこかの「愛国」
駅から「幸福」駅までの切符が、飛ぶように売れたことを。愛の国から幸福行
きの列車という縁起担ぎだった。
私は、こんな状況を構築してみました。ある会社の重役さんは受験生を抱え
ています。親として何もしてやれないから、せめてものこととして、切符の縁
起担ぎを考えた重役さんは、該当する駅を利用している部下に声をかけます。
『君、**駅から++駅までの切符を一日四枚ずつ、月曜から金曜の五日間、
三月*日までずっと、買って来てくれないかね』
『どういうことでしょうか?』
質問されたら、重役さんは縁起担ぎのことを説明したでしょう。
『これこれこういう訳なんだ。もちろん、切符代は出す。それに一週間で千円
のバイト料を出そうじゃないか。三月までやれば、かなりの金になるよ』
悪くない話ですから、部下は引き受けます。そして前の週の金曜日に千円札
四枚を重役さんから手渡され、次の月曜の朝、出勤のついでに頼まれた切符を
買います。このとき、五十円玉が四枚たまります。会社で重役さんに切符四枚
を翌日の切符代・四千円分と取り替えます。これを月曜から金曜まで繰り返す
ことで、部下の手元には五十円×4×5で五十円玉二十枚、つまりバイト料の
千円が残る訳です」
私は感心していた。仲々よくできた回答だ。数学、いや算数の問題を解いて
もらっているような気持ちだ。
「なるほど! じゃあ、両替するのは当然、使いやすくするためで……」
「この中年男性も、割と忙しいんでしょう。金曜の夜には両替の暇がありませ
ん。それで、のんびりと土曜の昼間に両替するんです。イライラしていたのは、
土曜ってのは何かと仕事仲間と遊ぶ場合が多いですからね。麻雀にでも誘われ
て、急いでいたんじゃないですか?」
池原は、ルールも知らない癖に牌を倒す真似をした。
「ふうん。すごい想像力だな。で、それを確かめてみたんだろう、君の性格か
らして」
「ええ、まあ。一応、大学の近くに、それらしい名前の駅もありましたし、し
かも当時、九百五十円の運賃だったんです」
「いいんじゃないか?」
歯切れの悪くなった池原を不審に思いながら、私は言った。
「実は、そこの自動券売機、四枚までまとめて買えるシステムが付いていたん
です。朝、急いでいたんなら、まとめて買うのが自然ですよねえ……」
なるほど。
でも、まとめ買いの機能は結構面倒な場合が多いから、中年男性もその口だ
ったんじゃないか。
私はそう声をかけてやろうとしたが、池原を悩ませておくと、もっと素晴ら
しい回答を引き出すかもと思い直し、そのままにしてやった。
終わり