#2673/3137 空中分解2
★タイトル (AZA ) 93/ 1/10 10:19 (184)
雪月花荘の殺人 最終回 永山
★内容
「それは多分、うっすらとは付いたでしょう。でも、孔雀さんの遺体で隠れた
部分もあるだろうし、窓枠や雨樋に付着していた雪を崩すことで、埋まった箇
所もあったんじゃないですか?」
なるほどね。犯人がなるべく不思議な状況を演出するつもりだったら、その
程度の細工はしたかもしれない。
と思っていると、今度はミエが反論。
「非常に危険な手段ね。誰かが起きたら、一発で見つかってしまうわ。そんな
方法を取るくらいなら、遺体をそのまま窓から落とすか、孔雀自身の部屋に運
べばいいのじゃない」
「それは考えました。ですが、そのまま窓から落したんだったら、部屋の位置
から分かってしまうかもしれない。孔雀さんの部屋に運ぶのは、これは完全な
想像なんですが、彼女が『誰が犯人なのかを示すメモの類を残していないか』、
それを恐れたんじゃないでしょうか? つまり、そんなメモを見つけ出し、処
分したかったから、部屋に遺体を置くことは避けたかったんじゃないですか」
「……心理的には、正しいみたいね。犯人がややこしくて危険な方法を選んだ
のも、一応は納得行くし」
ミエは認めた。
「よし。次は、順番から行けば有間と泊出の事件だな。これも調子よく行きた
いもんだ」
いよいよ、あたしの閃きを話すときが来たみたい。まだ完全じゃないけど、
言わないよりはいいに違いない。
「あの、クリスティの作品から連想したんですが、犯人は有間の部屋の上の部
屋に入り、そこから例のブロンズ像を落としたんじゃないかなって」
「上の部屋に入るって……。あ、そうか。上の部屋は孔雀の部屋だったから、
この時点で空室だったんだ!」
奥原さんが感嘆している。あたしはちょっと微笑み、続ける。
「鍵はかかってなかったんですから、簡単に入れますよね。で、単に落とした
んじゃ落ちるだけですけど、室内電話を使って有間に窓から顔を出すように仕
向ければ、有間の後頭部めがけ、ブロンズ像を落とせます。あの疑り深い有間
に、どうやって顔を出させたのかは分かりませんが」
「いいから続けろ」
やや怒った様子で、先を促す部長。急ごう。
「犯人は凶器を回収するつもりでいました。だから、ブロンズ像にはロープが
結ばれていたと思います。殺した後、ロープを引けば、手元に来ますものね。
それが幸いしたのが、次のトラブルです。それは、有間を殺した直後、その隣
の部屋から泊出が顔を覗かせたことです。
これには犯人も慌てたでしょう。下手をすると、上の部屋に注意を向けられ
てしまう。そこで犯人は、彼女も殺してしまおうと考え、斜め横にブロンズ像
付きのロープを振りました。ロープは円を描くようにして泊出の首に接近しま
すが、少し誤算がありました。ブロンズ像は彼女の頭に当たらず、ロープの部
分が首に巻き付いたのです。ブロンズ像はこのときロープを外れ、砂原さんの
部屋の前まで飛んだんです。
ここで中止する訳にいかない犯人は、このまま泊出を締め殺すことに変更、
ロープを思い切り引っ張ります。小柄な彼女は、部屋の外に引きずり出され、
有間の部屋の外にぶら下がる感じになります。
ところで、例の口紅の文字は、ここで書かれたんです。何故か知りませんが
口紅を持っていた彼女は、犯人の手がかりを壁に書き残しました。犯人は気付
きませんが。
ロープも像も回収できなくなった犯人は、ロープを放します。そうしてあの
状況ができたんだと思います」
あたしはここで、ちょっと休憩。最初に閃きは、ここからなんだから。
「血文字と口紅の文字の方は?」
「……言っていいですか、部長?」
「あ? ああ」
「本当にいいんですね。あたしが解読した結果は、部長が犯人だって、そうな
ったんですよ!」
言ってしまった。でも、これしか考えられなかったの。
「……言ってみろ。意見は何でも聞くと言ったろ」
みんなの視線があたしに集まる中、部長が促した。
「まず、『花』ですが、これは完全に見間違いです。平仮名で『とうみ』と書
いたのが、つり上げられて身体が上下左右に揺れてたために、あんな形になっ
たんです。いいですか。くさかんむりの部分は『み』です。下のにんべんの部
分は『う』です。上の点がひっついちゃったんですね。残りの部分が『と』で
す。『ヒ』と『と』なら、よく似てますから」
「こじつけに近いな。もう一つは?」
動揺した様子も見せず、部長はまた促す。
「『TUKI』は、有間のゲーム好きが混乱を招いたんです。ゲーム好きと言
うより、言葉遊び好きかしら。ほら、最初に日に『月が出た出た』みたいな遊
び、やったでしょ? あればかり考えていたら、ダイイングメッセージを残す
ときも、ついやってしまう場合があるんじゃないかって考えたんです。それと、
東海先輩。あなたがW大の人達には『とうかい』と呼ばれていたの、ご存知で
すか? 『とうかい』をあの言葉遊びで記すと、『TUKI』になりますよね」
「……面白い。俺の意見は後で言わせてもらうから、砂原さんが毒殺された事
件で、毒の混入方法は分かったのか?」
「それは私が。毒は詳しいつもりですから」
場の雰囲気を和らげるつもりか、ミエが冗談っぽく言った。黙っている部長
の顔色をうかがってから、彼女は話し始める。
「あのとき、砂原さんがどうやって紅茶にブランデーを入れたかを考えれば、
すぐに分かったんです。砂原さんはキャップにブランデーをついでから、紅茶
に入れました。キャップの内側に毒を多量に塗っておけば、目的は達成されま
す。砂原さんは常に瓶を立てていたみたいですから、普段は毒が混入すること
はありません」
「露桐の煙草と同様、あらかじめ仕込んどけばいいってことか。これで大方の
謎は解けた訳だ。残るは犯人が誰かってことだ。香田は俺が犯人だって言った
な」
あたしは黙ってうなずき、相手の目を見つめる。
「他に、誰か意見ないか?」
誰も何も言わない。どちらかと言うと、さっきのあたしの意見を考えている
みたい。
「……あの、僕は誰も犯人であってほしくないんです。砂原さんが犯人で自殺
した後、露桐さんが煙草の毒で死んでしまったと思いたいんです」
桜井君が言った。
「ふっ、殺人犯があんな自殺をすると思うか?」
吹き出すようにして、東海部長は否定した。自分を追い込んで行くかのよう
に。
「香田、俺を犯人だとする、他の証拠はないのか?」
「それは……少し、考えてみました。例えば、道具入れの部屋のことです。あ
んな部屋があること、そこにロープがあるなんてことは、一度はここに来たこ
とのある人じゃないと、考え付きにくいんじゃないですか? それから、露桐
先輩が死んだときの、部長の言葉−−『つきがなかったな』なんて、第三者に
しては不自然です。あれは、煙草の仕掛が最後の日になって作用するなんて、
最後の日に禁煙を我慢し切れなくなったなんて、つきがないなという意味じゃ
なかったんですか?」
「なるほどな。状況証拠だな。動機は?」
「……分かりません。想像もつきません」
あたしは素直に言った。実際、あの文字を解読したときも、信じられなかっ
たんだけど。
「そうか……。誰も分からないのか? 俺が犯人なのは間違いないんだ」
部長は、さりげない調子で言った。
だが、あたし達の受けた衝撃は、やはり大きかった。いきなりの告白に、ざ
わつく。
「心配するな。もう、誰も殺しはしない。殺したい六人は、もう始末したんだ
から。天罰は下った」
天罰? この言葉を聞いた途端、何かが身体の中を走ったような気がした。
「まだ分からんか? もう一つ、ヒントだ」
部長は、ゲームを楽しむように言った。
「俺は、どうしても砂原だけは酒で死んでほしかった。どうだ?」
酒? まさか……。
「東海さん、まさか、畑田さんの復讐をしたって言うんじゃ? 死んだ六人は
全員、畑田さんが死んだときに居合わせた……」
震える声で、ミエが言った。あたしの考えたことも同じ。
「ふふ。おめでとう、当たりだ。あいつらは、畑田の死に責任がある。特に年
長者の砂原にはな。
最初から話そう。どこが最初か、自分でも分からんがな。とにかく、砂原に
は酒に入った毒で死んでほしかった。だから青酸カリを手に入れた。キャップ
の細工、ミエが言った通りだ。ここに来てから砂原の隙を見て、細工をするの
は簡単だった。
煙草の細工も簡単だった。できれば露桐には、苦しまずに死んでほしかった
からな。でも、禁煙したって聞いたときは少し慌てたぜ。殺すのをやめよとい
うおつげかと思ったりもした。
これでも俺、来るまで迷っていたんだぜ、計画を実行するかどうか。何せ、
警察の介入があったらひとたまりもない計画だった。大まかな枠を決めただけ
の計画だったしな。だから、もし大雪が降ったら、それは神の指示だから実行
しようと心に決めた。そうして吹雪になった。こうなると、徹底してやるしか
ない。外への電話線も切ったし、砂原の車も潰した。
網川は、場の雰囲気に流され易いって言うか、雰囲気とは関係ないところが
あったからな。あまり責任はない。だからと言って、罰を逃れさす訳にはいか
ない。なるべく恐怖を感じない内に、つまり最初に殺してやった。どうやって
呼び出したかだが、俺、犯人当ての用意をしていただろ? それに網川も一枚
噛んでもらってたんだな。最終的に相談したい箇所が見つかったから、夜中に
悪いが、ちょっと食堂まで降りてきてくれないか。そう電話で言ったんだ。ど
うして部長の部屋じゃいけないんですか、とは言われたがな。誰かが入って来
てネタがばれたらまずいだろうってごまかしてやった。凶器については、剣持
の言った通りだ。
孔雀のときは驚いたな。夜になって急に訪ねて来たなと思ったら、俺を網川
を殺したことを見抜いていた。動機さえも。どうしてかなって考えたんだが、
孔雀が一番喜与美−−畑田とは親しかったんだな。だから、俺と喜与美との関
係も、孔雀は聞いていたんだろう」
部長が畑田さんと……。あたしは正直、驚かされちゃった。いつの間に?
「だからこそ、孔雀には分かったんだ。俺が罰するために例の六人を殺そうと
していることを。俺は驚きもあったが、孔雀に二重の憎しみを感じた。そこま
で分かっていたのなら、周りが喜与美に酒を飲まそうとするのをどうして止め
なかった? 危ないって分かっていただろう? それでかっとしてね、締め殺
したんだよ。我に返って焦った。遺体をどうにかしなきゃならん。ロープを使
った遺体移動方法も、誰かが、そうだ、本山が言った通りだよ。
有間と泊出も、香田の推理通り、見事なもんだ。どうやって首を出させたか、
だな。簡単さ。『怪しい人影が外を歩いてる。W大のみんなにも証人になって
もらいたいから、君に電話した』と言ったんだ。あのとき、砂原は泥酔してい
たからな、割と軽く信用してくれたみたいだ。しばらくすると、窓が開いて顔
を出しやがった。思う壷さ。だが、有間も疑り深いな。隣の泊出にも連絡しや
がったらしい。人に会うかもしれないと考えたからこそ、泊出は口紅塗ろうと
したんだろうな。それでダイイングメッセージを残されるとは、俺も運が悪い。
ここまでで、俺が実際に手を下すのは終わりさ。あとはいつ、細工が作動す
るかを見物するだけだった。何らかの介入があっても、例え街に戻っても、い
つかは作動するだろう。まあ、露桐ぐらいは助けてやろうかとも思ったんだが、
やはり許せなかった」
ここで東海部長は、一息ついた。
「安心しろ。狂ってなんかいない。狂っているとしたら、自分から罪を認めて
しまってからの俺だな。いや、罪だなんて思っていなかった。六人を殺すこと
は、俺の義務であったんだ。
もう一つ、安心させよう。推理小説を読み慣れるとな、物的証拠がいるんじ
ゃないかと余計な心配をするんだ。だから俺も、砂原のブランデーのキャップ
に指紋を残しておいた。ちゃんと内側にな。これがあれば、警察も安心して逮
捕できるってものさ」
つかれたように、部長は、いいえ、東海麟太郎は喋り続けた。
「自殺したり逃亡したりしないから、おまえ達、疲れたんなら眠ってもいいぞ。
皆殺しなんてことも考えやしないさ。俺は喜与美のためだけにやったんだ。無
意味なことはしたくない。
ああ、やっと晴れたな。星もきれいだが、月の美しさは圧倒的だ。そう言や、
ここ、雪月花荘に到着してから、雪と花にはお目にかかったが、月はダイイン
グメッセージだけだったよな。月の登場と共に、殺人者は舞台から去ることに
するかな」
−終