AWC 逆万引事件 下       桐鳩吉太


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#2101/3137 空中分解2
★タイトル (AZA     )  92/ 8/27   7:50  (120)
逆万引事件 下       桐鳩吉太
★内容
「ですから、彼女は自分が持っていた本を店の棚に置いて、そのまま出て行っ
てしまったのです」
「分からないなあ。どこの古本屋だい?」
「駅前の商店街を、城に行く方向にちょっと曲がれば、うらびれた通りに入る
でしょう。そこの古書店」
「ああ、あそこか」
 私は、そこの古本屋の暗い店内を頭に思い浮かべた。狭いが故に、万引など
起こりそうにない店だ。
「どんな本を置いたんだろうか」
「何かの辞書を、辞典の類を置いてあるコーナーに差入れました。あそこは、
ちょうど、レジからは死角になっているから」
 その通りだ。あの狭い店で万引をするとしたら、分厚い辞書を狙うしかない。
しかし、そんな物をほしがる人はあまりいないし、その厚さが目立ってしょう
がないので、万引の被害にあいもしない。だからこそ、レジの死角になってい
る、はずだ。
「目撃したときの状況は、どうだったの?」
「私は写真入りの図鑑を見ていました。その本が大きくて重いので、持つ手を
代えようとふっと顔を上げたとき、彼女の様子が目に入りました。手に提げて
いたカバンに手を入れ、ごそごそやったかと思うと、思い切ったかのように彼
女は手にしていた物を、棚に入れました。厚手のケースに入った辞書らしき本
でした。視線をしたへ移しますと、二冊の辞書が引き抜かれ、一番下の棚に横
になっています。どうやら、彼女が棚から引き抜いた物らしいです。となると、
彼女は自分の用意した本を棚に置くため、わざわざスペースまで作ったことに
なります」
「……彼女彼女って言ってるけど、年はいくつぐらいな訳?」
「ふぁ、言ってませんでしたか」
「うん、聞いてない」
「これは失礼を。私の頭の中では、すっかり女子高生のイメージができあがっ
ていたもので」
「高校生か?」
「多分。セーラー服を着てましたから」
「高校生なら、辞書をほしがってもおかしくはないか。だけど、もう夏休みも
近いのに、こんな時期に辞書を買うのもねえ。それに古本屋で辞書を買うなん
て、大学生ならともかく」
「でしょう? だいたい、彼女は辞書は買いませんでした。辞書を棚に差し込
んだ後、すぐに店を出て行きましたよ」
「……君が見間違えたなんてことはないだろうか。手に取った辞書が気に入ら
なかったので、棚に戻したんだと」
「それはないです。明らかに、手提げカバンの中でごそごそやっていたんです
から」
「じゃあ……万引して辞書をカバンに入れたが、君に見られたと思い、棚に戻
したんだ」
「それは考えました。でも、変なんですよ。元々、私はそこに立っていたんで
すよ。彼女の方が後から来たんです。そんな状況下で、万引をする人がいるで
しょうか? いたとしても、見られたと感じる人がいるでしょうか?」
「確かにそうだな。誰か他の人に見られたと感じたかな……」
「当時、店内には私と女子高生、それに店の人の三人だけでしたよ」
「分からないなあ。君にはすっかり、状況が理解できているのかい?」
「ええ、まあ」
「教えてくれよ、隠さないで」
「別に隠すつもりはないんですが。で、私は一つの仮説を立てました。それを
確かめるべく、慎重に本を取り出し、注意深く眺めました」
「何でまた、そんなことを」
「危険があるかもしれないからです。表面上は何もありませんでした。しかし、
気になったのは、ケースは古語の辞書なのに、中身の本の背表紙が、『セブン
テーラーズ』と英語で書かれた、えらく古そうな本だったことです」
「え? それって、まさか、有名な、絶版になった推理小説じゃないのかい?」
「そうらしいですね」
 批評からしからぬ口をきく池原。まあ、ジャンルが違うのかもしれないが。
「それで、知り合いに頼んで、秘かに本を調べてもらいました。無論、その日
の内にです」
「どうも話が見えないなあ。何を調べたんだ?」
「まあまあ。電話で呼びつけられたその知り合いは、最初は不機嫌でしたが、
ケースから本を取り出した途端、目の色を変えましたね。それが絶版だからじ
ゃありません。鈍く光る針状の物が、はっきりと見えたからです」
「針?」
「そうです。縫い針ぐらいの大きさの。私の知り合いは、注意深くその針を摘
むと、ハンカチでそれを包みました。実は法医学をやっている人なんですが、
毒物にも強いんです、彼」
「毒が塗ってあったのか!」
「はい。結果は明瞭。タバコから抽出したと思われるニコチンが塗ってあった
ということでした。危ないことは危ないんだそうですが、濃度はそれほどでも
なかったらしいんですね。命に関わるほどの濃度じゃなかったってことです」
「しかし、その女子高生は、何のためにそんな恐ろしいことを」
「いたずらの可能性もなしとはしませんが、ニコチンを塗っているぐらいです
からね。当然、誰かを殺したかったんでしょう」
「無差別にか?」
「いや、それなら、もっとはやっている書店に仕掛けるものでしょう。特定の
人間を狙ったんでしょうね。想像するに、彼女が殺したかった相手は推理小説
のマニアで、『セブンテーラーズ』を前々から探していた。それが見つかった
と、彼女は相手に連絡します。『持ち合わせがなかったから買えなかったけど、
他の人に取られないように、辞書のコーナーに隠しておいたわ。外のケースは
**だけど、中身は<セブンテーラーズ>だから』とか言ったのかなあ。それ
で、相手は喜々としてその本を手に入れに行きますよね。で、中身を確かめよ
うとケースから本を取り出した瞬間、針が刺さり、ニコチンが身体に回る……
という訳です」 私は感心していた。池原の推理の見事さよりも、彼の想像力
の突飛さに。
「……空想的だな。古本屋で人が死んだなんて、耳にしないな。君の想像だろ
?」
「言いましたでしょう? 針は私がその場で取り除いたんです。それから私、
毎日その古書店に行きました。案の定、三日目に例の彼女が現れまして、辞書
のコーナーに向かいました。どうして失敗したのかを探りに来た様子でしたね。
それから、私は店を出た彼女をつけました。もう夜になってました。彼女は薄
暗い道に入りまして、タバコの自動販売機の前で立ち止まりました。財布を取
り出したところで、私は彼女に声をかけました」
 池原は言葉を切った。
 私は続きを待ったが、それがなかった。
「何て声をかけたんだい?」
「……『止めといた方がいいよ』。ま、いきなりこんな切り出し方をしたんじ
ゃありませんけどね。相手はタバコを吸うことをとがめられたのだと思ったら
しく、最初は相手にされませんでしたが、古書店のことをほのめかすと、立ち
止まってくれまして、おおよその事情は聞き出すことができましたよ」
「で……。警察には……?」
 私は、恐る恐る聞いてみた。
「何故です? 彼女は、タバコの吸殻を漬けた水に家庭科の針を落としてしま
った。それを、たまたま、あの古書店で辞書を見ていたときに、落としてしま
ったんです。それが挟まっただけのことですよ」
「……辞書の中身が『セブンテーラーズ』だったことは?」
「そうですねぇ。誰かのいたずらですよ。だからこそ、彼女は一度手提げカバ
ンに入れてから中身が違うことに気付き、棚に戻したんでしょう」
 池原はとぼけた口調で言い切った。私は降参した。
「……改心させることができたんだな?」
「……多分……」
 池原はそう漏らすと、居住まいを元のように崩した。それから、彼は話題を
転じる。
「そうそう、面白い話ならもっといいのがありました。私が子供の頃の話なん
ですけどね。その御老人は足がありませんでしたから、無論のこと競歩レース
には優勝しました……」

終わり




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