AWC 美しき依頼人        永山


        
#2102/3137 空中分解2
★タイトル (AZA     )  92/ 8/27   7:53  (195)
美しき依頼人        永山
★内容

注 冒頭のコマーシャルは旧ヴァージョンの方です。念のため。

”あらこんなぁところに牛肉が たまねーぎたまねぎあったわね……”
「けっ、どうして牛肉があることを忘れられるんだ?」
 安物のテレビに向かって毒づいたら、画面がゆがんだ。どこまでも馬鹿にし
てくれる。面倒なので、そのまま消してやった。リモコンは何とか生きている
らしい。
 億万長者の息子でもないのに、このところ仕事をやっていない。故に牛肉な
んて物には、久しくお目に掛かっていない。
 朝から不快な画面を見せられ聞かされてしまって、嫌な気分になっていた俺
は、知合いの言葉を思い出した。
「テレビなんか見なけりゃいいのに」
 それを言い出したら、生きていけなくなる。極端に言えば世の中は不快なこ
とだらけだ。
 こうして今日も虚しい一日が過ぎて行くのかと思っていたが、違った。俺が
牛乳だけの朝食を済ますと同時に、部屋のドアがノックされたのだ。
「どうぞ。開いてる」
 と言ってやると、ノックの主は立付けの悪いドアを壊さぬようにという配慮
からか、そっとドアを開けてくれた。つつましい感じだ。
 それとは対照的に、派手ないでたちの女が現れた。化粧をしているのだが、
それとは無関係に、この女は目立つ。造ったような鼻や口が、絶妙なバランス
をもって、容貌を形成していた。目は、黒と茶色の中間のようなサングラスを
しているので分からない。首の白に、きんきらと輝く宝飾が施されているが、
無意味だ。手の方は手袋で隠されていて、窺い知れない。赤い洋服が、世の男
の大半が額突きそうなプロポーションを包んでいる。足音はカツンカツンと高
く、優雅なようでいて、かなり足早に入ってきた。
「所長の相原さんは?」
「相原さんは俺」
 言葉はそこそこ丁寧だが、女の横柄な口調にかちんと来た俺は、さっきの機
嫌の悪さも手伝って、意識的に変な答え方をした。
「所員一名のこの事務所を訪ねてくれるとは、どんなご用件ですかね」
「一人だけ?」
 しまったという顔をした相手。大方、電話帳を見て一番交通費のかからない
探偵社を選んだのだろう。宝石で身を固めている割には、けちくさい。
「気に食わなければ、お帰りになって結構です。ここは狭いですから、出口と
入口は同じです。そのままくるりと向きを換えていただければ、楽でしょう」
「……」
 相手は、俺の言いぐさに驚いたか、それともここまでかかった交通費を思い
浮かべたのか、考える顔つきになっている。
「いいえ、相談がありますの」
 計算結果が出たらしい。愛想笑いしながら、女はサングラスを取り、化粧顔
を俺の方に近付けて来た。目も上等だった。客になるなら仕方ない、ちゃんと
してやろう。
「お名前をお聞かせ願えますか」
「はやみきょうこ。速度のそくに、見る。今日明日のきょうに子供のこ、よ」
 女は、俺がペンと紙を差し出す前に、それだけ言った。名前とは、自分が書
くものでないと考えているらしい。「速見今日子」と書いてやって、女に示す
と、相手は軽くうなずいた。俺が顔を戻し、次に移ろうとしたら、
「秘密保持とかは万全なんでしょうね?」
 と聞いてきた。名前を答えてから聞いてくるなんてな。
「どうしてそんな常識を聞くんでしょうかね?」
「−−」
 俺の口のきき方が気に入らなかったらしく、女は声を失っていた。
「それがお客に接する態度なの?」
「お客は平等に扱う主義でしてね。あなたは知らないでしょうが、俺は今まで、
誰に対してもこんな風に接してきた」
「……あなたが今まで扱ってきた人とは、私は格が違うわ」
「格? お客にそんなものがあるとは思わなかったな。もしあるとしても、聞
こえませんでしたか? お客は平等に扱う主義だって。それが嫌でしたら、こ
こまでの交通費はいい勉強だったとして、他を回ってくれませんか」
「……ビジネスライクって奴ね。いいわ」
 ちょっと違うと思ったが、ようやく会話がスムースに行き始めたので、俺は
訂正しないでおいた。
「用件だけど、ある女を車で運んでもらいたいの。お礼ははずむわ。表のポル
シェ、あなたのでしょ? いい車だと思うけど、今度の依頼は、私の車でやっ
てもらいたいの。窓から見えるかしら、白のシーマ」
 俺はブラインドを押し広げ、下を見た。新車らしきそれが見えた。
「ふむ、仲々。それで、何のために?」
「何のためにですって? どうしてそんなこと聞くの? 普通、こんな依頼を
受ければ、女性の名前は? とか、どこからどかまで? とかいうもんじゃな
くて?」
「すみませんね。普通じゃないんだ、俺は。理由を第一に聞きたい」
 しゃべるのに疲れた俺は、コーヒーをいれる準備を始めることにした。
「飲みますかね?」
「コーヒー、嫌いなの」
「あ、そうでしたか」
「そんなことより、こちらの依頼はどうなるのよ! お金は充分に出すわ」
「それはありがたいが、理由を聞かない内は返事のしようがない。納得いく説
明を願いたいですな」
 俺はガリゴリとひいていた豆を、フィルターに移した。
「……あなたはプライバシーを守ると言ってるけど、信用できないのよ。だか
ら言えないの」
「信用できないなら、ウチに頼むことはない。どうぞ他をあたって下さい」
「他ではだめなのよ。ここら辺りの探偵で、一番運転の腕がいいって聞いて、
やって来たんだから。平均時速150キロで何時間も走っていられるって」
「大した広告だな。誰が言ったんだろう? 俺は平均時速180キロまで自信
があるぜ。ただし、アメリカやドイツのフリーウェイでなら、だが」
 ドリップされてきた茶色の液体を、俺はカップに移した。独特の香りがたち
こめる。
「どっちでもいいわよ! とにかく腕のたつ人がいいのよ!」
「それならレーサーにでも頼めばいい。150キロどころじゃないだろう」
「冗談はよして! ある女を運ぶだけよ。数時間で何十万・何百万ものお金に
なるのよ」
「だから! 理由をおっしゃってもらえれば、引き受けられるかもしれないん
だ。何故、言わない? 言えないような理由なんだろう?」
 声を荒げたところで、ドアがノックされた。こちらが返事する前に、ドアは
開けられた。
「何の騒ぎだ? 表まで聞こえて来るぜ。ほう、えらい美人がいるじゃないか
!」
 入って来た男は、俺の知合いだった。顔が赤い。朝っぱらから、酒を飲んで
いるらしい。
「速見今日子って名前さ。腹の中では何を考えているか分からないが、表面は
きれいだ」
「こちらは?」
 俺の嫌みに動じず、女は闖入者の方を向いた。
「この男は同業で……」
「斎藤栄太って言うんだ。いい男だろう?」
 不精髭をした奴は、勝手に俺の言葉を引き継いだ。やっぱり酔ってやがる。
「あなたも探偵? だったら、この分からず屋さんに代わって、私の依頼を聞
いてくれないかしら?」
 女が言った。ツンツンしていた口調は、どこかに行ってしまったらしい。
「いいともいいとも! 美人の願いなら、無条件に聞いてあげるぜ」
「おい、安請合いするな。第一、おまえ、依頼の内容を知らんくせに。車を転
がすんだぜ。酒びたりのおまえなんかに、務まるか」
「俺は酒が入ってるときの方が、腕が冴えるんだ。それにな、俺が元トラック
野郎だってことを忘れているな」
「あら。それなら腕は確かね」
 女は感情をあからさまにした。半分は、俺への当てつけかもしれないが。俺
は彼女を無視して、斎藤を指さした。
「いいか、一度だけ忠告しておく。この件は受けない方が身のためだ」
「本当に分からず屋ね。割のいいバイトだと思えないの? もういいわ。あな
たとのビジネスはさっきでおしまい。これから私は、この人と交渉に入るわ。
だから口を出さないで!」
「今日子さんもこう言っておられる。俺がいただくぜ、この仕事」
「……勝手にしろ。ただし、条件が一つある」
「何だ?」
「ここは俺の城だ。ここから出て行ってやってくれ!」
 俺が怒鳴りつける真似をすると、二人は顔を見合わせて、かすかに笑いなが
ら出て行った。俺の手元には、名前だけが書かれたメモが残った。

 それから二日後だったか、俺は昨日と同じ今日を迎えるつもりで目を覚まし
た。ところが、またも同じ日を迎えることはできなかった。
 新聞を後ろから開けると、奇妙な記事が目に飛び込んで来た。「遺体を運ん
だ探偵」という、大手の新聞らしからぬ見出しだ。よく読むと、その探偵とい
うのが、あいつらしいのだ。
 事件は、昨日の夕方起こったらしく、その時刻、警視庁に一人の男が駆け込
んで来たとある。男は「女を運んでいたんだが、その女が自殺した」とわめい
た。状況が飲み込めないまま、係の者が男について行ってみると、警視庁の正
面に止められた白のシーマ後部座席に人が一人、頭から血を流して倒れていた。
急いで駆け寄り調べてみたが、拳銃の弾が頭部を貫通しており、すでにこと切
れていた。警官が名前を聞くと、男は斎藤栄太と名乗り、女の名前は知らない
と答えた。警視庁では、斎藤を殺人容疑で逮捕した−−。
 トラブルに巻き込まれやがったか。しかも、自分から警視庁に足を運んだ上
に、馬鹿丁寧に本名を名乗ってやがる。自分が犯人と疑われるとは考えなかっ
たのか。俺は一通りなじってやってから、記事の続きに目をやった。
 さらに調べてみると、女だと思われていた死者は、服装は女性物だったが、
正真正銘の男だと分かった。斎藤容疑者にこの点を質すと、車に乗せる前に彼
女と交渉を持ち、女と確認したと主張した。警察では現在、被害者の男の身元
の確認を急いでいる−−。
 何だこれは? 女だと思って乗せたのが、男になっただと? いや、思い込
んだだけじゃなく、確認までしてるのに……。くそっ、これだけでは情報が足
りない! 斎藤の奴は、「女」がどういう状況で自殺したと言ってるんだ?
斎藤に依頼した、あの速見とかいう女はどうしているんだ?
 世話が焼ける、と思いながら、俺は奴が捕まっているとこを、電話で調べる
ことにした。

 ちょっとばかりもめたが、うまい具合いに知ってる顔の刑事がいたので、何
とか面会にこぎ着けられた。昔からの友人は、大事にしないといけない。
「新聞記者だったおまえさんが、こんなヤクザ稼業をしとるのか」
 吉田のおやじが、軽口を叩きやがった。昔は頭が堅くて、こんな軽口は叩か
なかったと思う。
「職業選択の自由ってやつですよ。それより、俺の同業の事件、担当している
のは吉田さん?」
「いや、違う。だが、変な男が飛び込んで来たってことで、噂になったからな、
今度の事件は。ある程度のことなら知っている」
「あとで質問するかもしれません。あまり動かんで下さい」
 俺の言葉に、吉田刑事は二度うなずいた。ここで彼と別れ、面会に向かう。
 ポツポツと穴の開いた向こうに、斎藤の不精髭面があった。憔悴という言葉
が、ぴたりとはまる。俺に気付いた奴は、隔てる壁を壊さんばかりにへばりつ
き、泣き出した。
「ああ、相原よぅ。訳が分かんねえんだ。俺の頭、どうかしちまったみたいだ」
「あんな女の依頼を受けた時点で、どうかしてたぜ」
「そ、そんなこと言わずによぅ、助けてくれよぅ」
「できる限りのことはしてやるつもりだ。いいか。俺がおまえと速見今日子を
おっぱらってからのことを、細かく話して見ろ」
「ありがとう……」
 一テンポ遅い礼を述べた斎藤は、めそめそと泣きじゃくっていたが、やがて
口を開いた。
「あの後、俺は速見今日子と喫茶店に行き、仕事の話を続けたんだ。すぐにま
とまって、前金として五十万もらった。残り五十万は、仕事が完了してからだ
と、速見は言った。……こんな調子でいいか?」
「いいとも。後で聞きたくなることが出て来るかもしれんがな。続けて」
「速見が言うには、シーマを預けるから、明日、A駅の南口まで乗ってきてほ
しい。そこで、一人の女が待っているから、その人を乗せて、適当にドライブ
してやってくれって言った。目印に双眼鏡と大きな帽子を持っていると言った。
変な依頼だと思ったが、拘束されるのは昼からの六時間ほどだけだと聞いたか
ら、俺は受けたんだ。それに、速見が言うには、その女は初対面の男とでも寝
るようなところがある。うまくすれば、いいごほうびが付くわよと言いやがっ
た。それでその気になって……」
「……ふん、続けるんだ」
 俺は馬鹿々々しくなっていたが、目の前でうなだれているこいつを見ている
と、見捨てるほど冷たくはなれなかった。

−−続く




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