AWC コロンブスの卵 4     永山


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#1903/3137 空中分解2
★タイトル (AZA     )  92/ 6/28   9:40  (158)
コロンブスの卵 4     永山
★内容
 放課後、嫌な予感を抱きながらも、荒木田は音楽室のドアに手をかけた。こ
ちらも確かめたいことがあったのだ。
「あーっ、来てくれたんだね、やっぱり。嬉しいな。遅いから、もう帰っちゃ
ったのかなと思ったんだけど、待っていてよかった!」
「……そのハスキーボイス」
 荒木田は、手を叩いて飛び跳ねている女の子を見ながら、口を開く。
「え?」
「ミルキィウェイのボーカルやっていたろ、あんた。田中素美礼さん?」
「……そうよ。知っていた?」
「あのなあ、知っているも何も、顔、あわせてんじゃないか、地区予選で!」
「嘘ばっかり」
「何が?」
「荒木田君は、あたしの顔、覚えていないくせに。あたしを声で覚えていたん
でしょ? あたしは覚えていたんだけどなあ、荒木田君の顔」
 ここでちょっと間をおいた。
「……じゃなくて、指と音だけど。顔は後でプログラムで確かめたのだ」
「何なんだ、一体? 用があるとか言ってなかったか」
 こう言ってから、荒木田は心の中で舌打ちした。本当は、話を聞く気なんか
なかったのに、これでは彼女に口実を与えてしまう。
「じゃあ、言うけどね。お昼休みに言ったみたいに、あたしが欲しいのは、荒
木田君、キミの指なの」
「指って」
 荒木田が言葉を差し挟む間もなく、田中は続ける。
「腕と言い換えてもいいよ。ギターの腕が欲しいの。はっきり言うとね−−」
 別に断わらなくても、ずっとはっきり言ってきてるじゃないか、と思いなが
らも、荒木田は聞いていた。
「−−あたしのために弾いて、お願い!」
「断わる!」
 間髪いれぬ態度。
「……どぅしてー?」
 腕をお祈りするように組み、詰めよりながら、田中は言った。
「女が嫌いなんだ、俺」
「そんなの理由になってないじゃない! 苦労したんだから、あなたの名前や
高校を突き止めるのに。プログラム見ても、なーんにも書いてないし、決勝に
も出てなかったし。いろんな人に聞き回って、やっと突き止めて、こうして転
校までしたんだよ」
「転校とはね。プログラムに載ってないのは当り前、俺達、学校に内緒でやっ
てたから。だいたい、そんな頑張ってもしょうがないんだぜ。俺はやる気ない
の」
「何でよ、そんないい音だせる腕があるのに」
「じゃあ、どうしてミルキィウェイ、決勝大会に出なかったんだ。その上、解
散までして。自分こそ、それだけ歌えるのに」
「何だ、知っていたの。……メンバーの一人が抜けたからよ」
「何で抜けたんだ、そのコ?」
「それは言えない」
「人に言えないような理由か。親に反対されたからだろう? だから女って」
 この言葉にムッと来た様子で、田中素美礼が応えた。
「何よ! コロンブスはどうだって言うの! 立派な訳があるの?」
「……メンバーの一人が抜けたからさ。そいつの親の仕事の都合で、引越した
んだから、しょうがないじゃないか」
 本当にそうなのかどうか、荒木田は確信を持っていなかった。どちらかと言
えば、親の都合で引っ越したのではないと推測するのが自然だ。
「それだけ? それだけなら、どうにかなったはずじゃないの? お父さんお
母さんをみんなで説得するとか、家出とまで言わないけど、独立してやって行
くとか」
「好きなこと言うなあ。そいつはそっちも同じことじゃないか。どんな理由か
知らないけど、どうして引き留められなかったんだ? ま、こんなこと、言い
合っていても、水掛論て言うか、切りがないわな。んじゃ、俺は帰らせてもら
うかな」
「ちょっと待ってよ。あきらめきれないよ、そんな理由だけじゃね!」
 廊下に出た荒木田の背に、ハスキーボイスが降り掛かったが、彼は敢えて無
視して歩を早めた。


「自殺した……?」
 若生からの電話であった。その知らせは、まさに青天のへきれきと表現する
にふさわしく、荒木田の鼓膜を震わせ、それ以上に心を揺さぶった。
 日曜の朝、バンドで忙しかった頃と違って、ゆっくりと新聞でも見ながらト
ーストをかじろうとしていた荒木田は、テレビ欄の前のページにそれを見つけ
た。
「本当だ……」
 そこには、中西の死が報じられていた。
 学生服を着、髪を短くした中西の白黒写真が、小さくある。横には、死んだ
のは、睡眠薬を多量に飲んだためとあった。また、遺書はなかったともある。
「それでさ、高橋にも話したんだけど……」
 若生の声が送受器から流れてきたが、それはもはや、荒木田の耳に届いては
いなかった。


 電話口で若生が言おうとしていたのは、みんなで中西の家を訪ねてみないか、
ということであった。丁度、夏休みに入ったばかりであったので、時間的問題
はない。金も何とか都合がついた。残るは中西の家族の気持ちであるが、事前
に電話を入れたところ、構わない、こちらが来てもらいたいくらいだ、とのこ
とだった。
「遠いところを、よく来てくれまして……」
 幾分、気落ちした表情をしながらも、中西の母は、荒木田ら三人を迎えた。
数度顔を合わせ、挨拶を交わした程度なので、比較は難しいが、それでもやつ
れているのは間違いない。父親の方は仕事があるようで、いなかった。
 荒木田達は口々に、舌足らずだけれども気持ちの表れた悔やみの言葉を述べ
た。
 それから遺影に向かう。葬儀はすでに終わっていたが、それがかえって、冷
静でいられるとも、自分を隠さずにいられるとも言えた。
 こんな席で泣くのは、女のすることだと荒木田は思っていた。でも、それは
間違いだと今、分かった。信じられないほど簡単に、涙がこぼれ落ちた。さす
がに声をあげはしなかったが、友の死が実感として急速に胸に迫ってきた。咽
が締め付けられる様に痛い。
 自分だけ泣いているのかと気になったので、横を見ると、高橋も若生も泣い
ていたので、変な風にほっとした荒木田。
 一息つくと、中西の母から本みたいな物を渡された。
「これは?」
「あの子が付けていた日記です……」
 日記を付けていたとは知らなかったな、と荒木田は思った。中西の性格から
して、そんな内向的な面があったとは思えなかった。
「読んでいいんですか?」
「はい」
 それは極普通の日記だった。途中までは。
 ある日から何ページかの空白を経て、中西が自殺する前日分に意味不明の記
号が現れる。それは数字と漢数字やアルファベット、それにシャープ記号が入
り交じった次のようなものだった。

1F5G2F5C53E33D#2C5九55C5D2E1F5G1G#5C3
C1F5D#2h5E1E2F2G1九1十32C5E5九5D2E1
D5D2E4C5十5FG#3D3F5A2FF1F2A5
C#5A4F

「何だ?」
 思わず、口からそんな言葉が漏れる。
「これって、いったい……」
 荒木田らは中西の母に聞いた。
「いえ。私どもにも全く、何を意味するのか分かりません。警察の方はこれを
見て、俊男は、情緒不安定になっていて、それで自殺したと決めつけてしまっ
て……」
 子を失った親の声は、次第に弱々しくなっていった。
「……それで、前の学校のお友達の皆さんに見せれば、何か分かるかと思いま
して」
「あの、僕らにもさっぱり……。とりあえず、写させてもらっていいですか、
この文章?」
 若生が言うと、相手は黙ってうなずき、書くものを捜すそぶりを見せた。
 それを制して、若生はポケットから取り出したメモ帳に、意味不明の文を記
していく。ついで、日記が途切れた日の日付をメモする。
「この日って、急にやめるって言い出した日の前日じゃないか?」
 若生がメモしているのを見ていた荒木田は、ふっと思い当たった。
「そうだったかなあ」
 高橋が自信なさそうにしていると、若生の方が思い起こすようにしてから答
えた。
「……そうだよ、間違いない。僕、よく覚えているから」
「そう言われますと、引越しのことを言い出したのも、この次の日だったよう
な……。それじゃあ、あの子は、今度のことの原因となるようなことが原因で、
あなた達のバンドをやめて、転校に賛成したんだと」
 無茶な言い回しで聞いて来る中西の母。少しばかり、感情が高ぶっているの
かもしれない。
「多分、そうだと思います」
「だから、この最後の日記は、何かのメッセージだと思います。誰に託したの
かは分からないですが、中西君の、その、なんて言うか、最後の魂の叫びみた
いなものを感じるんです」
 荒木田に続いて、若生が顔を紅くしながら答える。自分の言葉に、気恥ずか
しさを感じているみたいだ。
「それは……。でも、私どもにはさっきも言いましたが、まるで意味が掴めな
いんです。皆さんの方がお分かりになると思って」
「あの、自信とか確信はありませんが、考えてみます。何か分かったら、連絡
させてもらいますから」
「よろしくお願いします」
 中西の母は、深々と頭を下げた。
 そうして荒木田達三人は、一家のかけがえのない一員を欠いてしまった家を
離れた。


−続く




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