#1900/3137 空中分解2
★タイトル (AZA ) 92/ 6/28 9:30 (171)
コロンブスの卵 1 永山
★内容
*登場人物
荒木田博行(あらきだひろゆき) 高橋勝秀(たかはしかつひで)
若生正次(わかおまさじ) 中西俊男(なかにしとしお)
志知舘拡(しちたつひろ) 田中素美礼(たなかすみれ)
頼山律(らいやまりつ) 頼山絹子(らいやまきぬこ)
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”発表、全国高校生バンド選手権**地区予選、第2位は−−”
<頼む、俺達を呼ばないでくれ>
荒木田は口を動かさずにしゃべっていた。さっきから、同じ言葉を繰り返し
ている。
”ザ・コロンブスの皆さんです、おめでとう!”
「なにぃ……」
今度は声が漏れた。身体を二つに折り曲げるようにして、その場にしゃがみ
込んでしまう。
「おっおい、どうしたんだ。前に出なきゃいけないだろ、ひろ」
メンバーの一人が声をかけてくるが、もう荒木田博行には、立ち上がる気力
もない。
いささか喜劇めいた構図だった。メンバーみんなで、荒木田を引きずって行
く。
”嬉しくて立てないのかな?”
進行役の男が見当外れのことを言うので、そんな風に思われたくない荒木田
は背筋を伸ばして立ち上がってみせた。
「あんまり恥ずかしいこと、すんなよ」
仲間に小突かれながら、荒木田は進行役の声を聞くともなしに聞いている。
”さあ、続いて栄光の1位の発表!”
「俺達に勝つなんて、いったいどんな野郎だ」
”全国高校生バンド選手権**地区予選、栄えある第1位は−−ミルキィウェ
イ!”
舞台の後ろで高い声が上がった。と途端に、その声の集団が前に出て来るの
が分かる。
「ミルキウェイって確か……」
荒木田は、横目で確認を試みた。白と銀を基調に、少しばかりピンクの混ざ
った衣装を華やかに着こなす四人組。それを目で捕らえると、顔がひきつりそ
うになってしまった。
「女かぁ!」
せっかく取り戻したばかりの気力は、はかなくもどこかへ行ってしまったの
だ。彼はまたも崩れ落ちた。
「とりあえず全国大会に出れるんだから、よかったじゃないか」
近頃の高校生にしても大柄な体躯を窮屈そうに椅子にはめ込みながら、高橋
勝秀が言うと、荒木田は猛烈に反発の意を示した。
「冗談じゃねえ。女より下の成績で、のこのこと出れるかい!」
「じゃあ、出ないってか、ひろ?」
そう聞いてきたのはギターをやる中西俊男。返ってくる答えが分かっている
らしく、彼の口元は意地悪そうに笑っている。長髪と並ぶ彼の特徴が、この笑
い方だ。
「もちろん出てやるさ。あのミルキィウェイに負けたままでいれるかい」
先ほどの決意を簡単に翻すと、荒木田はカレンダーを眺めた。赤丸の付いた
日まであと二ヶ月。
その視線に気付いたらしい中西は、気取った口調で言った。
「前とおんなじ曲じゃ、やられちまうかな、と思っている」
「ああ」
「だけど、新しい曲を作る時間があるかどうか、だな」
「そうなんだよな。正次、どうだろ?」
荒木田が質問を向けた相手、若生正次はさっきから広告の裏に歌詞らしき日
本語や英語を書き連ねている。おたまじゃくしと言うより、煮干のような楽譜
も泳いでいる。
「ん? ああそうだね。大丈夫じゃないかな」
ちゃんと聞いていたらしく、顔を上げ、眼鏡をちゃんと掛け直すと、若生は
答えた。
「間に合う? こなせるようになるまで」
「今、頭ん中にあるのがまとまるのは時間の問題と思うから。一週間あれば、
候補になるのを何曲かものにできるよ」
「よし、いつもちゃんとやってきたんだもんな。任せるよ。でも、できるだけ
早いのがいいけど」
「心配なら、博行も書いといたらどう?」
「あ、だめだめ。俺はインスピレーションって言うのかね? とにかく、ひら
めかないと書けないの。全然」
「そうそう、書けば凄いの書いちゃうくせに、普段はてんでだめなんだよな、
ひろは」
荒木田の言葉を受け継ぐ格好で、中西が半ば茶化す。
さらにあわせる感じで、高橋が言う。
「それにさ、決勝はテレビに映るんだろう? となると、この前みたいに倒れ
られたら、俺達、恥ずかしいからなあ。ひろには曲を書くより、そっちの練習
をしてて欲しいや」
「そりゃ言えてる! 下手すると、全国的に恥をかくことになる!」
荒木田を除いた三人が、いっせいに笑い始める。
「あれは、女に負けたショックで……」
抗弁する荒木田だが、中西が追い打ちをかける。
「ほんと、おまえ、女嫌いだなあ。その顔その身長で、しかもスポーツは完璧、
勉強もそれなりにこなすのに、ガールフレンドの一人もいないなんて、信じら
れないわな。引く手あまただろ?」
「女が嫌いなんじゃないさ、女に負けるのが嫌いなだけ」
荒木田は、少しかみ合わない返答をしてみせた。まともに答える必要はない
と判断したからだ。
「女だけのバンドで、歴史に残るようなのがあったか? 伝説になるようなバ
ンドは、男だけのバンドだったろ! 一人だって女はまじってない。それに倣
いたいんだよ」
「まあね、ウチのギター兼ボーカルの言うことも分かる。プライドってやつ」
ドラムをやっている高橋が、批評家めいた言い方で答えた。そして続ける。
「でも、正直に言って、あのミルキィウェイのボーカルには脱帽もんじゃなか
ったか?」
「そうだな。なんて名前だったっけ。とにかく凄かった」
「あ、確か、田中素美礼とかいう名前でした。音程も強さも第一級」
中西と若生は同意したのだが、それが荒木田には気に入らない。
「なーにが! あんなの、たまたまハスキーボイスだから、特長あるんで、よ
く聞こえるんだよ」
「同じボーカルとして、嫉妬しますか?」
何やらインタビュアーの真似ごとをして、中西が聞いてくる。
「やめろって、冗談は。だいたいな、自分は歌うよりもギターに専念したいの。
初めての時に言っただろう? でも、誰もボーカルやるのがいないから、仕方
なしに俺が」
「そりゃそうだけどさ。やっぱ」
高橋が何か言いかけようとした途端、放送が流れ出した。
”下校時間になりましたので、延長願いを出さずに校内に残っている人は、速
やかに下校してください。もう一度繰り返します……”
「早く帰らないとやばいな」
誰ともなしにつぶやく。
彼らコロンブスは、いわゆるもぐりのサークルで、学校側非公認の団体であ
り、本来は勝手に部屋を使うことは許されない。許されていないからには、ば
れてはならないし、また、ばれなければいいのだ。
「鍵、どこだ?」
「教壇の上じゃないか」
等と言い合いながら、手早く片付け・戸締りをすると、彼らは1年4組のク
ラスを出た。荒木田と高橋のクラス。こちらがふさがっている場合は、中西と
若生の1年1組にもぐり込むのである。
「じゃ」
帰る方向も手段も違う彼ら四人は、校門の時点で分かれる。
高橋はバスに私鉄を乗り継ぐ。中西はバイクで若生は徒歩だ。そして荒木田
は自転車。
<田中すみれ、か。すみれって変わった字を書いてた。素・美・礼、だっけ?
そんなこと、どうでもいい。確かにみんなの言う通り、あいつだけは別かもし
れない。実際、アレを聞いたときは、身体が震えたもんな。まだ耳にあの声が
残っている。こびりついてる感じだ。あの声に勝つためには……>
「危ない!」
考えごとに熱中していた荒木田に、乗用車から声が降り掛かってきた。見る
と、見覚えのあるホンダシティ……。教師だ。
「気を付けなさいよ、荒木田君」
窓を開けて顔を出した中年のおばさん、頼山律。音楽の教師だ。
「はい、すみません。ちょっと考えごとしていたもので……」
教師の前では、優等生として通っており、学級委員長でもある荒木田は、殊
勝に応じた。
「まあいいわ。気を付けて帰りなさい」
こちらがはいという間もなく、深緑の乗用車は走り去って行った。
荒木田は心中、少しばかり毒づいた。何故って、頼山先生こそ、ロックバン
ドどころか軽音楽部さえ認めない学校の方針の中枢だという噂なのだから。
新しい曲は、若生の言った通り、一週間で完成した。今、数曲の中から二つ
までに絞り込んだところである。
「どっちがいい?」
若生が聞く。自信のある二曲が残ったみたいで、ここまでは予想していたと
いう顔だ。
「やってみないと分かんないな」
机に片肘をつきながら、あごにはえてきた髭を気にする風の中西。
さっきまで膝でリズムをとっていた高橋も、同意した。
「そうだよな、どちらが合うか、譜面見てただけじゃ、どうも」
「じゃ、例の練習場、行ってみるか?」
駅近くに、外から見れば薄汚いが、内面はまずまずというマンション・セブ
ンセンシズがある。そこのオーナーが音楽なら演歌を除いて何でも好きという
人で、マンションの最上階の部屋を低料金で、音楽を志す人の練習場として解
放しているのだ。近くに鉄道が通っているから、演奏の騒音はそれほど目立た
ないし、階下の六階は、物置と化しているので、これも迷惑がかかることはな
い。
一応、予定が組まれているので、いつも使わせてもらえる訳ではないが、逆
にキャンセルのあったときなどは、向こうから連絡してくれることさえある。
「えっと、水曜は偶数週が俺達の貸切りだから、今日はだめじゃないか」
カレンダーで確認すると、今日は第三水曜日。先週は、地区予選が終わった
ばかりだったので、練習をキャンセルしたのだった。
「一応、電話してみる」
高橋が言った。練習場を見つけたのは彼である。
電話は体育館横にあるのが近い。高橋はものの五分ほどで戻ってきた。
「空いてるってよ」
「ラッキー! で、何時から?」
と、指を鳴らす荒木田。
「午後四時から三時間」
「そりゃ急ごう。じきだ」
−続く