AWC 悪魔教授 (後)      永山


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#1024/3137 空中分解2
★タイトル (AZA     )  91/ 7/14   9: 8  (136)
悪魔教授 (後)      永山
★内容
「遊びに来たわよ」
 口に出してみて、秀子は、自分の声がいつもと違っていることに気付いた。
相手に悟られないだろうか。
「あら、珍しいわね。能瀬さんから足を運んでもらうなんて」
 しかし相手は気付かないらしく、歓迎してくれているようだ。
「どう? あなたのお口には合わないかもしれないけど、ケーキを買ってきた
から、一緒に」
「ああら、アリスのケーキじゃないの。私、大好きよ」
 そのつもりで、秀子は買ってきたのだ。なるべく、不審に思われぬよう、理
由付けのために。
「紅茶をいれるから、座って待っていて」
 ケーキの箱を気取った仕草で持ちながら、相手はキッチンに引っ込んだ。
 今だわ! 秀子は思った。悪魔教授から買った毒のカプセルを、元の薬瓶に
戻しておこうと、音もたてずに、素早く立ち上がる。
「あ、私、ヴィトンのバッグ、また買ったんだー。あとで見せてあげる」
「え? ああ、そう。いいなあ」
 時々出る、相手の自慢に、秀子は適当に合わせながら、目的の瓶を探す。し
かし、見つからない。
 もしかしたら、使いきったのではないか。そうだとしたら、瓶がなくて当り
前だ。どうしよう。秀子は焦っていた。
”ピピピピピィーッツ!”
 突然の音に、秀子は驚いてしまった。何のことはない。やかんの音だ。
「もう、この音、もう少しお上品なのにならないかしらねえ、まったく」
 相手は笑いながら、こう言っているみたいだ。もうすぐ紅茶ができる。
 時間がない。もう、似ている薬なら、どれでもいいわ。
 秀子は、適当な瓶を手に取り、問題のカプセルをもぐり込ませた。すぐに見
分けが着かなくなる。
「お待たせ」
 ケーキと紅茶を載せた盆を持って、相手はそろそろとやって来た。
「どうしたの? 何だか、汗をかいたみたい」
「ん? そう? 何でもないわ」
「ならいいけど。じゃあ、とりあえず、食べましょ。あ、この紅茶、アールグ
レイなの」
 また自慢が始まった……。

 数日経ったが、相手が薬を飲んだ様子はない。秀子はその頃、季節外れの風
邪をひいてしまい、様子を見に行こうにも、行けなかった。
「どうしたの? 風邪って聞いたけど、大丈夫?」
 突然、声がした。あの女だ。こちらの意向も聞かず、どんどん上がり込んで
来る。
「あ、寝込んじゃっているんじゃない。まあ、散らかっているわねえ。掃除も
できないほど、ダウンなのね。あ、これ、お見舞い。ケーキのお返し」
 相手は、ケーキの箱を軽く振ってみせた。
「ありがと……」
 かすれた声で、秀子は応じた。身体を起こそうとするが、全体に力が入らず、
できない。頭もぼーっとしていて、何か考えるのも面倒だ。
「あ、起きなくてもよろしくてよ。お茶、いれてあげる。紅茶?」
 うん、と力なく答え、秀子はまた横になった。
 それにしても、ケーキが風邪のお見舞いなんて、いやみかしら。果物か何か
よ、普通。あ、また、頭痛くなってきちゃった。
「さあ、どうぞ」
 いつの間にか、相手が側に座っていた。置かれた盆を見ると、二つのケーキ
に二つのティーカップ、そして水が入っているらしいガラスのコップが見える。
「食べる前にね、この薬を飲んでみて。喉にいいから」
 そうして差し出されたカプセル薬を、秀子は何も思わずに口にし、ついで水
を飲んだ。
 と、次の瞬間、秀子は恐ろしい想像をしていた。ひょっとして……。
「どう? 効いてきたかしら。あはは、まさかね。いくら外国のいいお薬だか
らって、そんなに早く効くなんて。……どうしたの? 顔色が悪いわよ」
 そんな相手の言葉は、もう秀子の耳に届いていなかった。心なしか、身体が
しびれてきたような気がする……。


「牛乳ってのは、健康にいいんだよ。住田君は、飲む方かい?」
「いえ、私はお腹に合わないのか、だめでして」
 上司の言葉をうるさく思いながらも、住田は笑顔で答えた。
「いかんなあ。そんなことだから、いつまで経っても、上に行けないんだ。私
なんか、毎朝飲んでいるから、この通り、体も丈夫で、ばりばり働けて、どん
どん出世できる」
「はあ、ごもっともで」
 住田の頭に、あることが閃いたのは、この時だった。悪魔教授という変な男
から毒を買ったが、何に混入してこの上司を殺してやろうか、悩んでいたのだ。
 牛乳に混ぜて殺してやる。さっきから聞いていると、こいつは牛乳を毎朝、
配達してもらっているようだ。その瓶に注射器か何かで注入してやれば、こい
つもイチコロだ。いくら丈夫ったって、硫酸を飲めば、ひとたまりもない。お
まえの健康の秘訣の牛乳を飲んで、天国へでも地獄へでも行けってんだ。
 住田はそこまで計画を立てると、思わず顔に考えが出そうになった。
 が、上司の馬鹿は、気にとめた様子もなく、牛乳健康法の効果をぺらぺらと
しゃべり続けていた。
 翌朝早く、住田は上司の家に出向いた。勝手口にある青い牛乳箱を開けると、
すでに入っている。二本の内の一つを選び、住田は用意してきた注射器で、水
に溶いた硫酸を注入してやった。上司の他の家族は、牛乳を飲まないらしいか
ら、どっちに入れようが、関係ない。
「くたばりな」
 そう口に出して、住田はその場を離れた。

 当然、上司は出社していないと住田は踏んでいた。しかし、上司は来ていた。
「いよう、住田君。おはよう」
「おはようございます……」
 驚きで、声が小さくなってしまう住田。硫酸に気付いて、いや、味の違いに
気付いて、吐き出したのだろうか。
「何だ、また今朝も元気ないじゃないか」
「あの……。部長は今朝も、牛乳をお飲みになって出勤ですか?」
「そうだけど、いつもの半分さね」
「え? 半分と言いますと?」
「ああ。誰のいたずらか知らないが、今朝、牛乳を飲もうとしたら、一本が変
になっているんだよ。固まってしまっているみたいなんだ。販売店に連絡して
みたんだが、配達したときはちゃんとした物だったと言われちゃってねえ。ま
ったく、いったい誰があんないたずらをしたんだか」
「……あ、そうですかー……」
 住田はこの後、勉強をして知ったことがあった。硫酸を牛乳のような乳製品
に混ぜると、化学反応を起こし、タンパク質が分離してしまうということを。


 殺してやるわ。夫もあの女も。あんな堂々と浮気するなんて、不倫するなん
て、どんな神経しているの。あの女の名前、新居ひろみの名を語って手に入れ
たこの毒で殺してあげるから、待ってなさい。
 計画は完成している。女に会いに行く夫に、「おみやげ」を持たせてやるの
だ。それに毒を入れておくだけよ。誰が見つけるか分からないけれど、警察は
心中とみてくれるはず。どちらかが先に死んでしまうことのないように、効き
目の遅い毒を頼んだし。
 一つだけ心配なのは、私が用意した料理の箱である。警察に、あの女の物だ
と思わせるには、もっと若々しいデザインの箱を買ってこないと行けない。そ
うと決まれば、早く買いに行くのよ。こんなとき、免許に車を持っていてよか
ったと思う。少しでも遠くで買うのにこしたことはないからだ。
 ああ、なんて楽しいんでしょう。こうしている内にも、あの二人が死ぬ時間
が近付いて来ているなんて!

「あなたの奥さん、どうしちゃったのかしらねえ?」
 新居ひろみは台所で食事の準備をしながら、自分のものになった男−−寺山
雅貴に呼びかけた。
「さあ、知らんなあ。でもよかったじゃないか。都合よく、死んでくれて。生
命保健も入っていたんだ、いたれりつくせりってとこだ」
 そう言って、寺山はビールを口に運んだ。
「そうね。交通事故なんだから、おりた額も最高だったしぃ。なんたって、あ
なたとこうして一緒にいれるんだもの。しかも、あなたのおうちで」
 そう、新居は寺山の家の台所で料理しているのだ。
「ねえ、調味料の瓶、どこ?」
「知らないよ。探してみてくれ」
「もう……。あ、あったわ。何だか、古そうだけど、まあいいか」
 新居は白い粉末の入った、調味料の瓶を棚から取り出した。

 数日後、男女−−寺山雅貴と新居ひろみのヒ素による心中事件が、新聞で報
じられた。

−終わり




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