#687/1159 ●連載 *** コメント #686 ***
★タイトル (sab ) 09/03/22 20:17 ( 90)
She's Leaving Home 阿部君
★内容
よくミクシィとか読んでいると
「友達の医者に聞いた」とか書いている人がいるけれども
あれって患者として診察室で聞いたんじゃないの?とか。
あと「妹が最近聞いている曲」とか。
それって風俗嬢に教えてもらったんじゃないの?
リアル妹の事なんてミクシィに書く人いないだろうと思う。
それとは逆にリアルに存在しているのに、
こんな人リア友じゃないよなあと思える人がいる。
クラスの阿部君がそうだ。
エネルギッシュだし意地悪じゃないし自分の弱みも平気で話してくるのに、
何で私になんかに親しくしてくるんだろうと思ってしまう。
阿部君は日比谷高校だかを落っこちて二次募集でこの学校に来た。
医学部志望で昼休みも勉強している。
参考書を読んでいる阿部君のそばに座ると私は言った。
「ちょっと聞きたい事があるんですけど」
「なに?」
「阿部君って一日何時間ぐらい勉強してんの?」
「ずーっとだよ」
「ずーっと?」
「寝ている以外はずーっとだよ」
「ふーん」と言うと私は携帯を取り出して医学部偏差値一覧表を表示して見せた。
「ここに横浜市立大学ってあるでしょう」
「うん」
「ここって難しいの?」
「そりゃあ難しいよ」
「私にも可能性あるかなあ」
「そりゃあ努力さえ惜しまなければどこだって。まあ今からじゃあ
現役って訳には行かないだろうけど」
「浪人かあ」
「予備校行くんだったらとにかくいい予備校行った方がいいよ」
阿部君は参考書を置いて言った。「いい先生につかないと本当に時間の無駄をするよ」
それから突然熱く語りだした。
「僕は本当にへぼ教師のせいで時間を無駄をしたんだよ。
二年の時から大海先生についてみっちり手ほどきを受けていたんだけど。
あの先生は、数学は答えが解ってしまえば後は読むだけになっちゃうから
とにかく一回目が大切だから一回目は必ず自分で解いて、
出来る事なら自分だけの解法や公式をあみ出すぐらいの積もりで
底力をつけて欲しいとか言うんだ。だからそう思って頑張ってきて。
そんで夏休みに駿台で会った進学校の奴にそう言ったら
大爆笑されたんだよ。オリジナルの解法なんて書いてどうするんだと。
だいたい東大二次って何人受けるのか知ってんのかと。
四千人以上だって。それを少数の教師が短期間で採点するんだから、
オリジナルの解法なんて書いたら一発ではねられるって。
だからチャートとかで定石を大量に暗記しておいて、
似たような問題が出たら引き写しておけば部分点をもらえるって言うんだ。
進学校じゃあみんなそうしているって言うんだ。
そんな筈ないだろうと思ってそいつに進められた和田秀樹の受験術を読んだら
そうだって書いてあるんだよ。本当に進学校にいないと不利だよなあ」
と阿部君が熱く語っているのを聞きながら私は、他人だなあと思っていた。
急にテンション上がったのは阿部君だから阿部君がKYで
コミュニケーションスキルに問題があるのは彼だ、とはならない、なぜか。
今のトークを聞いていればイタイのは阿部君のように思えるけれどもそうじゃない。
イタイのは十年後に医者になった阿部君に熱く語られている患者なんだよねえ。
今阿部君、数学なんかどうでもよくて受験術どーのこーの言っていたなあ。
こういう人が医者になると患者なんてどうでもよくて医学にだけ興味がある、
という感じでは全然なくて阿部君はものすごく人間的な人間なのに、なぜか他人。
そういえばエイジは女に興味なんてなくてナンパ術にだけ興味があると言っていた。
でもエイジはリア友なんだよなあ。
あとキャスフィの医学生ともリア友になれると思う。
「福永さあ」と阿部君が言った。「医学部行きたいんだったらこういうの興味ある?」
と言って一枚のチラシを出した。「今日はもう数学の授業サボろうかと思って」
阿部君の出したのは「人体の不思議展」というチラシ。
なにこれ。
人間の格好はしているのだけれども血管だけしかない人間。金魚みたい。
その横に皮だけの人間が写っている。皮で人間の形を作ったのではなくて、
皮だけ残してみんなくりぬいた人間。
「これ、本物なんでしょう」
「当たり前じゃない。こんなもの偽物でどうする。行く?」
「うーん」
「医学部受ける奴はみんな行くんだよ。医学部に行けば解剖もあるしね。
解剖なんてこんなもんじゃないよ。顔の皮をはいで、眼球を取り出して、
神経や血管や人体の構造を体感するんだよ。でないとレントゲンを見たって
イメージできないだろう。まあしかし解剖っていうのはああいうのを通じて
仲間意識が作って行くというかイニシエーションみたいなものらしいけどね。
同じ釜のメシを食うっていうかね」
同じ釜のメシみんなで食べる、と聞いて給食を思い出した。
給食は誰でも食べられる味付けと栄養だ。だからあれが食べられない人間は
規格はずれの人間だ。でも私は食べられなかった。
あれもイニシエーションだったのか。
それから歯科検診も嫌だった。棒の先に小さな鏡のついた器具を突っ込まれると
げーっとした。みんなやらせるのになんでこの子だけやらせないんだと歯科医が
言っていた。あれもイニシエーションだったのか。
インターネットで歯列矯正とかぐぐったけれども、
リアルだと歯科検診も駄目なんだよなあ。
キャスフィの医学生はリア友のように感じるけれども
阿部君ってすごい他人のように感じる。
「どうする」と阿部君が迫ってきた。
「行くよ」と私は言った。「だってイニシエーションなんでしょう」