AWC She's Leaving Home 夕食



#686/1159 ●連載
★タイトル (sab     )  09/03/22  20:16  ( 49)
She's Leaving Home 夕食
★内容                                         09/03/22 20:34 修正 第2版
夕食はカツカレーとポテトサラダとグリーンアスパラの上に
カリカリベーコンをかけたもの。
ポテトサラダに入っているリンゴとバナナは美味しくない。
隣を見たらおじいちゃんが奥歯でアスパラをがりがり噛んでいた。
こめかみの浮き出た骨ががくがくしていて、
口の端からマヨネーズがもれてきている。
そこだけ老人ホームの様である。
私がじーっと見ても気が付かないでテレビのミュージックステーションの
タモリを見ている。
「お母さん」と私は言った。お父さんはまだ帰ってこない。
「私、矯正したいんだけど」
「矯正?」
「ここのところね」と私は上唇をめくって前歯と犬歯の間を見せた。
「へこんでいるでしょ。ここなおしたいの」
「なんで又急に」
「急にじゃないよ」
「だって、そんな事言った事なかったじゃない」
「言った事はなかったけど前から考えていたの」
「お父さんに聞いてみないとね」
「それから」と私は言った。「私大学にも行きたいの」
「なんで又急に」
「前から考えていたの」と言いつつ、
昨日までは介護の専門学校だったんだよなあ、と思った。
テレビでパヒュームが歌いだした。ドリームファイター。


ベッドに入ってからも携帯で国公立医学部偏差値一覧を見ていた。

七〇 東京大学
   京都大学
   大阪大学
六九 千葉大学
   名古屋大学
六八 北海道大学
   東北大学
六七 筑波大学
   横浜市立大学
   京都府立医科大学
六六 東京医科歯科大学
   長崎大学
六五 旭川医科大学
六四 琉球大学

努力さえ惜しまなければどこへだって行ける、と思うとゾクゾクしてくる。
ViViとか読んで今度お小遣いを貰ったら買うもののリストを
学校の机に落書きしたりするけれども
そんなのとは比較にならない興奮だ。

つづく




#687/1159 ●連載    *** コメント #686 ***
★タイトル (sab     )  09/03/22  20:17  ( 93)
She's Leaving Home 阿部君
★内容                                         09/03/22 20:34 修正 第2版
よくミクシィとか読んでいると
「友達の医者に聞いた」とか書いている人がいるけれども
あれって患者として診察室で聞いたんじゃないの?とか。
あと「妹が最近聞いている曲」とか。
それって風俗嬢に教えてもらったんじゃないの?
リアル妹の事なんてミクシィに書く人いないだろうと思う。
それとは逆にリアルに存在しているのに、
こんな人リア友じゃないよなあと思える人がいる。
クラスの阿部君がそうだ。
エネルギッシュだし意地悪じゃないし自分の弱みも平気で話してくるのに、
何で私になんかに親しくしてくるんだろうと思ってしまう。
阿部君は日比谷高校だかを落っこちて二次募集でこの学校に来た。
医学部志望で昼休みも勉強している。
参考書を読んでいる阿部君のそばに座ると私は言った。
「ちょっと聞きたい事があるんですけど」
「なに?」
「阿部君って一日何時間ぐらい勉強してんの?」
「ずーっとだよ」
「ずーっと?」
「寝ている以外はずーっとだよ」
「ふーん」と言うと私は携帯を取り出して医学部偏差値一覧表を表示して見せた。
「ここに横浜市立大学ってあるでしょう」
「うん」
「ここって難しいの?」
「そりゃあ難しいよ」
「私にも可能性あるかなあ」
「そりゃあ努力さえ惜しまなければどこだって。まあ今からじゃあ
現役って訳には行かないだろうけど」
「浪人かあ」
「予備校行くんだったらとにかくいい予備校行った方がいいよ」
阿部君は参考書を置いて言った。「いい先生につかないと本当に時間の無駄をするよ」
それから突然熱く語りだした。
「僕は本当にへぼ教師のせいで時間を無駄をしたんだよ。
二年の時から大海先生についてみっちり手ほどきを受けていたんだけど。
あの先生は、数学は答えが解ってしまえば後は読むだけになっちゃうから
とにかく一回目が大切だから一回目は必ず自分で解いて、
出来る事なら自分だけの解法や公式をあみ出すぐらいの積もりで
底力をつけて欲しいとか言うんだ。だからそう思って頑張ってきて。
そんで夏休みに駿台で会った進学校の奴にそう言ったら
大爆笑されたんだよ。オリジナルの解法なんて書いてどうするんだと。
だいたい東大二次って何人受けるのか知ってんのかと。
四千人以上だって。それを少数の教師が短期間で採点するんだから、
オリジナルの解法なんて書いたら一発ではねられるって。
だからチャートとかで定石を大量に暗記しておいて、
似たような問題が出たら引き写しておけば部分点をもらえるって言うんだ。
進学校じゃあみんなそうしているって言うんだ。
そんな筈ないだろうと思ってそいつに進められた和田秀樹の受験術を読んだら
そうだって書いてあるんだよ。本当に進学校にいないと不利だよなあ」
と阿部君が熱く語っているのを聞きながら私は、他人だなあと思っていた。
急にテンション上がったのは阿部君だから阿部君がKYで
コミュニケーションスキルに問題があるのは彼だ、とはならない、なぜか。
今のトークを聞いていればイタイのは阿部君のように思えるけれどもそうじゃない。
イタイのは十年後に医者になった阿部君に熱く語られている患者なんだよねえ。
今阿部君、数学なんかどうでもよくて受験術どーのこーの言っていたなあ。
こういう人が医者になると患者なんてどうでもよくて医学にだけ興味がある、
という感じでは全然なくて阿部君はものすごく人間的な人間なのに、なぜか他人。
そういえばエイジは女に興味なんてなくてナンパ術にだけ興味があると言っていた。
でもエイジはリア友なんだよなあ。
あとキャスフィの医学生ともリア友になれると思う。

「福永さあ」と阿部君が言った。「医学部行きたいんだったらこういうの興味ある?」
と言って一枚のチラシを出した。「今日はもう数学の授業サボろうかと思って」
阿部君の出したのは「人体の不思議展」というチラシ。
なにこれ。
人間の格好はしているのだけれども血管だけしかない人間。金魚みたい。
その横に皮だけの人間が写っている。皮で人間の形を作ったのではなくて、
皮だけ残してみんなくりぬいた人間。
「これ、本物なんでしょう」
「当たり前じゃない。こんなもの偽物でどうする。行く?」
「うーん」
「医学部受ける奴はみんな行くんだよ。医学部に行けば解剖もあるしね。
解剖なんてこんなもんじゃないよ。顔の皮をはいで、眼球を取り出して、
神経や血管や人体の構造を体感するんだよ。でないとレントゲンを見たって
イメージできないだろう。まあしかし解剖っていうのはああいうのを通じて
仲間意識が作って行くというかイニシエーションみたいなものらしいけどね。
同じ釜のメシを食うっていうかね」

同じ釜のメシみんなで食べる、と聞いて給食を思い出した。
給食は誰でも食べられる味付けと栄養だ。だからあれが食べられない人間は
規格はずれの人間だ。でも私は食べられなかった。
あれもイニシエーションだったのか。
それから歯科検診も嫌だった。棒の先に小さな鏡のついた器具を突っ込まれると
げーっとした。みんなやらせるのになんでこの子だけやらせないんだと歯科医が
言っていた。あれもイニシエーションだったのか。
インターネットで歯列矯正とかぐぐったけれども、
リアルだと歯科検診も駄目なんだよなあ。
キャスフィの医学生はリア友のように感じるけれども
阿部君ってすごい他人のように感じる。
「どうする」と阿部君が迫ってきた。
「行くよ」と私は言った。「だってイニシエーションなんでしょう」

つづく





#688/1159 ●連載    *** コメント #687 ***
★タイトル (sab     )  09/03/22  20:17  ( 81)
She's Leaving Home 人体の不思議展
★内容                                         09/03/22 20:35 修正 第2版
東京フォーラムはコンクリートで出来た巨大建造物で、
行列している人々はコミックマーケットのオタクの様でもあり
任天堂DS発売初日にヨドバシカメラに並んでいるオタクの様でもある。
おばさんもいるしその子供がソフトクリームをなめながらぐるぐる走り回っている。
医学生や看護学生という感じじゃないなあ。
しかし「立ち止まらないで下さい、前に進んで下さい」
という場内係員の声に促されてジリジリと進んで行くと
辺りはだんだん薄暗くなってくるしライトアップされた入口が見えてくると
なんだかドキドキしてきた。
「ドキドキしてる?」と阿部君が言った。「ああいうの見るんだよ」
と言うと入口付近に貼ってあるポスターを指した。
一見ギリシャの彫刻の頭部みたいなのだけれども、
頬とか耳の下あたりから血管だか神経だかが剥き出しになっていて
グロさを予感させる。
私は普段インターネットでもグロ画像は踏まない様にしている。
と思っている間も行列はどんどん前に進む。
「止めるんなら今の内だよ」と阿部君が言った。
「平気だよ。あんな子供だって平気なんでしょ」
そのまま後ろの人々に押されるままにじわじわと入り口に向かって行く。
入り口付近は薄暗かった。
中に入るといきなりライトに照らされた四、五体の標本が目に入ってきた。
デパートのマネキンみたいに台に乗せられている。
赤っぽく光っている。
それは皮膚を剥がれて脂肪も取り除かれていて筋肉がむき出しになっているからだ。
なんだよこれ、と思った。冗談でしょう。
押されるままに歩いていく。このまま押されて出て行ってしまいたい。
が、行列は一体の標本の前で立ち止まってしまった。
「ほら、見てみな」と阿部君。「結構凄いよ」
恐る恐る見ると、右側は筋肉むき出し、左側は骨むき出しで、
骨の隙間から肺とか胃とかの内臓が見える。
股間には棒とか玉もぶら下がっている。
ううううう。これ全部本物なんでしょう。
顔も右側だけ筋肉が残してあって眼球が妙に光っていて
ぼんやりと宙を見詰めている。
なんとなくエスパー伊東のような小島よしおのような顔をしていて
なんか表情を感じると、この人生きていたんだと思えて、
急に胸焼けがしてきて、口の中が酸っぱくなってきて、
口の中が乾燥してきて、昼に食べたやきそばパンとめろんパンは
まだ胃の中に残っているのだろうかと思った。
「どんどん前に進んで下さい」という係員の声に促されて行列は更に進む。
もう今更引き返せないよお。パニック障害の人って電車のドアが閉まった瞬間に
どんなに息苦しくても動悸がしても次の駅まで我慢しなければならない
と思うんだよなあ、
そんな不安に襲われながら押されるがままに歩いて行くと、次の部屋の入口に、
いらっしゃいませみたいなポーズの標本があって
中に入ると又四、五体の標本が立っている。
立ち止まりたくないと思っていたが、
やはり一体の標本の前でみんなが止まって観察をはじめてしまった。
恐る恐る顔を上げる。
なんだよ、これは。
頭のてっぺんから全身が真っ二つに割れていて、
中に肺と心臓がついた背骨があってマーズアタックの宇宙人みたいな顔がついている。
なんなのよこれ。手に持ってんのなに。右手に肝臓、
左手に胃だの腸だのを持っている。
「どんどん前に進んで下さい」と言われて行列は更に前進して次の部屋に入って行く。
そこには四体の標本が丸でフォークダンスでもするみたいに
前の標本の肩に手をおいて並んで立っていた。
それをなるべく見ない様にスルーして進んで行くと
隣の触れる標本のコーナーでみんなが立ち止まってしまった。
そしてみんなで触っている。
「鶏肉みたいだね」
「ビーフギャーキーのようでもあるね」
「食えなくなるだろう」
「俺は平気だよ。寄生虫館の食堂でうどんを食ったからね」
「ここら辺、ベーコンのようでもあるね」
と聞いて夕べアスパラの上にかかっていたベーコンを思い出した。
「おい福永」阿部君が声をかけてきた。「大丈夫? なんか顔色悪いよ」
「気持ち悪い。外に出たい」と私。

外に出ると阿部君が顔を覗き込んで来る。「大丈夫かよ。どっかで休む?」
「あそこで飲むもの買ってきて。お茶がいい」とampmを指した。

ペットのお茶を口に含んだら少し落ち着いた。
「どうする?」と阿部君。
「帰る」
「平気?」
「平気だよ」私は歩き出した。
「進路の事はよく考えた方がいいよ」と阿部君が私の背中に言った。

つづく





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