#406/1158 ●連載
★タイトル (AZA ) 05/04/23 22:55 (202)
気まぐれ月光 2 永山
★内容
どうしてあんな風に、簡単に友達のようになり、約束まで交わしたのか。あ
とになって考えてみると、不思議だった。通常、四谷のようなタイプは、自分
に合わないはず。偶々レッスンがなくなり、気まぐれに買い物へ出掛けようと
したら、校門前ですれ違った。すべてはタイミングとその場の成り行きだった。
それはよしとよう。今になって気付いたのは、相手に関してほとんど知らな
いということ。電話番号の交換すらしておらず(この辺りが、普通の女の子ら
しくない証左かもしれない)、これでは何かあって約束に応じられなくなった
とき、連絡の取りようがない。
仕方がないので、二階堂は自分から四谷について知っておこうと思った。と
はいえ、レッスン他で忙しい身。調べるのに当てられるのは、休み時間の数分
がいいところだ。
とりあえず、親しいクラスメートに四谷を知っているか、聞いてみる。する
と、特別枠で入学しただけのことはある。専門違いにも拘わらず、約五割の確
率で知られていた。
ただし、その大半は五月上旬のデモンストレーションで、唱うのを聞いたと
いう程度の“知っている”であり、四谷の人となりまで知る者は矢張り少なか
った。
少ないということは、皆無ではないということ。そしてその少ない面々が語
った四谷の印象は、凡そ足並みを揃えていた。つまり――「自己中心的。他人
に興味なさそう」「ぶっきらぼうで、何考えているのか分からない」「男みた
い。ちょっと変人、入ってるかも」――この三つに集約される。
イメージに少々ずれがある、と二階堂は強く感じた。初対面の際の四谷は、
男っぽい格好と口ぶりではあったが、とても人懐っこく、またその意図もよく
伝わってきた。それと比べて、皆から聞いた四谷像は、まるで別人に思える。
「それにしても、どうして四谷さんのことなんか気にかけてる訳?」
一人に聞き返された二階堂は、ちょっと話があって、と適当に答えた。
「ま、二階堂さんなら、ああいうタイプでも合うのかな。実力主義という意味
では、似てるのかも」
「わたくしと四谷さんが?」
一笑に付した二階堂。自分から最も遠い存在の一人と思うのに、どうしてそ
れが似ていることになるのだろう。おかしくてならない。
「皆、人を見る目がありませんね……」
ため息混じりに云った。
ともあれ、誰も四谷の連絡先を知らなかったため、二階堂は相手のクラスに
足を運ぶことにした。昼食を急いで片付け、教室に向かう。すると、そこの生
徒に学食に行っているはずだと教えられ、Uターン。混み合う食堂内を探し回
り、漸く見つけたときには軽く汗をかいていた。
「会いに来てくれるとは、感激だなあ」
一人、仏頂面で黙々とカレーピラフをかきこんでいた四谷は、二階堂が来た
のを認めると、にこにこ顔に急変した。二階堂は「電話番号を聞きに来ただけ
よ」と冷たい調子で返し、隣の席に座った。
「そうか。連絡先の交換、してなかったね。えっと、書く物」
二階堂は予め持って来たペンと紙を取り出し、テーブルの上を滑らせるよう
にして、四谷の手前に押し出した。
「サンキュ。さすが、用意がいい」
「さすがという評価を下せるほど、あなたはわたくしについて知っているとは
思えませんけど。ああ、これがわたくしの部屋の電話番号。携帯電話は、今は
持っていないので」
メモ用紙も併せて渡す。四谷は受け取ると、すかさず云った。
「『さすが、用意がいい』――二回目だから、これはいいはずだ」
「……早く書いて」
「これ、食べてからにしようと思ったのに。忙しいみたいだ」
「ええ。レッスンのしわ寄せが、他の学科に来て、休み時間に宿題に手を着け
ておかないと。一般教養なんて、語学を除けば、ここに入るまでに身に着けた
分で、こと足りると思いますけど、仕方ないわ」
「オレは、色んな知識があった方がいい。ま、小・中学とあんまり勉強してこ
なかったせいもあるんだけど。自分のやる音楽に幅が出る気がする」
鉛筆を走らせながら、四谷。二階堂は小さく首を傾げた。
「そうかしら。せいぜい、文学を通じて人の感情の豊かさを学ぶのが、関の山
じゃない。音楽の知識だけで充分よ」
「お、知らない? 絵画や設計図に触発されて作られた曲、いくつかあるよね。
確か『展覧会の絵』とかさ」
「勿論、知っているわ。でもね、絵や建築を一から学んだから作曲や演奏に役
立つ、ということではないのは明らか。飽くまで、触発されたのだから」
「うまく丸め込まれちゃったな。いいや、あきらめないよ。それだけじゃない
さ。たとえば激しい運動をして、息も絶え絶えの体験をしたからこそ、書ける
曲、弾ける演奏っていうのがあるはずだ」
「激しい運動なら、今でなくても、小学生のときに体験しています」
「うーん、じゃあ……知り合いに、平方根で曲を作った奴がいる」
「平方根……『一夜一夜に』や『富士山麓に』っていう、あれ?」
「うん、それ。最初は語呂合わせを歌詞にして、コミックソングに仕立てただ
け。それじゃ面白くないからって、今度は語呂合わせを音符に置き換えて、作
曲したって訳」
「まともな曲には、とてもなりそうにないわね」
「適当にアレンジはするよ。そうそう、どこかの高校では生物部が何かの生き
物の遺伝子を音符に置き換えて、矢張り作曲していたな。一部しか聴いたこと
ないが、のんびりした優しい感じの曲になっていた」
連絡先を書き終え、二階堂にメモ用紙を渡す四谷。
受け取った二階堂は、ちらと確認してメモを仕舞ったあと、話を続けた。
「所詮、お遊びの範疇にしか思えない。意味のない珍奇な試みは、直に飽きら
れるもの」
「二階堂さん、忙しいんじゃ?」
相手に指摘され、二階堂は筆記用具を片付けた。
「あなたの姿勢、何となく見えたわ。わたくしとはだいぶ違うみたい」
「だめかな?」
四谷が眉を八の字にし、表情を不安色に曇らせる。それを見つつ席を立った
二階堂は、髪を五指で梳きながら応じた。
「異なるからこそ、交わる意味がある。わたくしとて、異論を全く受け入れな
いほど頑迷ではありません」
「そうこなくちゃ」
破顔一笑した四谷は、二階堂に手を振ってから、昼食の残りを片付けに掛か
った。
「何なの、その格好は」
待ち合わせ場所の駅に、九時五分前に現れた四谷のなりを見て、二階堂は顔
をしかめた。
派手なチェックのジャケットを羽織り、ズボンも同じ柄で合わせている。顔
には逆三角形二つを並べたサングラス、ベレー帽(みたいな帽子。小さな鍔が
左右に付いていた)を阿弥陀に被り、立てた前髪の先は仄かに黄色い。身長の
ある男性なら見栄えする可能性はあるが、小柄な四谷がやると七五三めく。
「アーティストたる者、歌を披露するからには、格好もそれらしくして、アピ
ールしないとね」
「『アメイジンググレース』に相応しい格好には見えなくてよ」
個人的に相応しいかどうかは口にせず、一般論で四谷の主張を一蹴すると、
二階堂は券売機に向かった。針野山駅まで値段を確認し、購入する。プラット
フォームに出て待っていると、程なくして電車が来た。乗客がいるにはいるが、
空席は充分にあった。二人は、車両前端の四人掛けの座席に、斜向かいで収ま
った。
「二階堂さんは何で制服姿なのさ。校則にある訳でもないのに」
「異性とのデートじゃあるまいし、服装に拘ってもしょうがないわ。何を着よ
うか選ぶのに時間を取られるなんて、愚の骨頂。そんな暇があったら、バイオ
リンを弾いているわ」
「その言い方だと、本当に恋人とのデートのときだって、制服で来そうだ」
「余計なお世話です」
「つれないことを云わないでほしいな。歌のために、三十分も電車に揺られて
行こうという同志なんだしさ」
「わざわざ電車に乗ったのは、そちらの都合でじゃないの。これで、あなたの
歌が体育館の裏で済むレベルだったら、承知しませんから。まあ、特別枠で入
るぐらいなのだから、確かなんでしょうけど」
「あ、云ってなかったっけ。歌唱力じゃなく、作曲の方を見込まれたんだよ、
オレ。歌にも自信があったから、五月に唱ったまでのこと」
少々、不安を覚えた二階堂。しかし、新風祭で唱うのを学校側に認めさせた
のだから、力があるのは間違いあるまい。そう思い直した。
「まだしばらく掛かるな」
窓の外を見て、不意に四谷が云った。それから二階堂の方を向く。
「暇潰しに……万丈目先生を殺したのって、誰なのかな?」
「興味がありません」
間髪入れずに返答する。四谷はあからさまにしょんぼりした。このままだと、
立てた前髪が萎れそうだ。
「ほとんど接点がなかったとはいえ、先生が死んだんだから、もう少し」
「生憎だけれど。校舎が離れているせいもあって、余所の学校での出来事とほ
とんど同じ感覚ね。捜査のために人の出入りが激しくなって、喧しさが迷惑な
くらい」
「冷たいなあ。クール過ぎるよ、二階堂さん」
「じゃあ、あなたはどの程度の関心を持っているのかしら。暇潰しのための話
題に持ち出すなんて、大した関心じゃないわよね。少なくとも、頭のてっぺん
から爪先まで真面目一色ではない」
「そりゃそうだよ」
二階堂の指摘を、四谷は悪びれもせずに肯定した。
「自分の人生に直に関わってくる人が死んだならともかく、そうじゃないんだ
から。人の死を面白半分に話題にすることも、本来ならしないさ。ただ、ちょ
っと興味深い話を聞いた、いや、見たもので」
「話を見た、ですって?」
声を若干大きくした二階堂だったが、相手は対照的にボリュームを下げてき
た。どうやら、内緒にしたい内容の話らしい。
「オレって視力がいいんだ」
「回りくどい説明は」
「いいじゃない、時間あるんだから。で、割と離れていても、小さい文字とか
読めちゃう。それでね、先々週の金曜、パソコン使った曲作りのために、コン
ピュータ室に行ったとき、ちょろっと見えてしまった」
台詞を区切った四谷。そのあと、妙に間が空く。不審に思って云ってみた。
「……何が?と尋ねてほしいのかしら」
「合いの手、サンキュ。見えたのは、他人の使うパソコンの画面。どうやら秘
密の会話をするために、三人で文字を入力し合っている様子だった。その前か
ら、彼らの交わす会話の中に、辻斬りという言葉が出て来てたんで、気にはな
っていたんだ」
それじゃあ、偶々見えたのではなく、覗いたことになる。二階堂は密かに嘆
息した。そんな二階堂の油断を狙いすましたかのように、四谷は唐突に結論を
口にした。
「画面を見たら、万丈目先生こそが辻斬り殺人の犯人ではないかという推測が
書かれていた」
「……ユニーク、ね。ただ、どこをどうすれば、そのような推論が成り立つの
か、さっぱり分かりません。わたくし、数学は得意じゃないけれども、理屈を
聞いてみたいわ」
いくら興味がないとはいえ、これにはさすがに驚かされた。教師が殺人犯だ
としたら、一大事だ。七日市学園の運営に関わる事態に発展する可能性も、ゼ
ロではあるまい。しかし突飛すぎて、信じ難かった。真偽を判断すべく、四谷
の次の言葉を待つ。
だが、聞こえてきたのは、期待外れそのもの。
「その辺は、はっきりとは書かれてなかった。図やリストみたいなのがなんか
見えたものの、よく分からなかった」
「……肩すかしもいいところね」
「でも、万丈目先生が亡くなってからこっち、月曜夜の辻斬り殺人は起きてい
ない」
思い返してみようとした二階堂だが、無理だった。音楽に無関係なニュース
は積極的に得ようとしない質だけに、ここ二週間足らずで辻斬り殺人がどう展
開したのか、まったく知らないのだ。万丈目が殺された事件についても当然、
第一報だけ聞き、続報を追い掛けるようなことはしていない。
「あなたの話が本当だとしても、月曜夜の辻斬り殺人が起きなかったのは、ま
だ一回きりじゃなくて?」
「うん、そうなる」
「でしたら、偶然の域を出ていないわね。仮令、明日の夜も辻斬り殺人が起き
なかったとしても、依然として偶然の範疇だわ。せめて一ヶ月は続かないと」
「かもしれないけど、この説を検討していた三人の内の二人は、七日市学園の
有名人だったんだ。一人はパズルの天才、十文字さん」
その名なら、二階堂も耳にしたことぐらいある。でも、ほとんど忘れていた。
それが万丈目殺害事件のあと、その十文字なるパズルの天才が何者かに襲われ
て入院したとかで、改めて記憶に刻まれたのだ。
「もう一人は、オレ達と同じ、一年生の一ノ瀬さん。数学とコンピュータの才
能を認められて、入って来たらしいけど、かなり変人ぽい。オレが云うのもお
かしいけどね」
一ノ瀬という名は知らなかった。あるいは、聞いたことがあるのかもしれな
いが、記憶に残っていない。
「それだけの顔ぶれが揃って、事件についてひそひそ話に花を咲かせたんだ。
何らかの裏打ちがあって、結論を出したんだと思うけどなあ」
二階堂は外を眺めた。四谷に横顔を見せることで、思わずくすりとなったこ
とを隠す。ひそひそ話に花を咲かせたという物言いがおかしかった。感情の起
伏が収まってから向き直り、口を開く。
「十文字という方は、襲われた人でしょう?」
――続く