AWC ネスコート村の怪事件 1   永山


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#368/598 ●長編
★タイトル (AZA     )  10/08/31  23:59  (275)
ネスコート村の怪事件 1   永山
★内容
 アイバンとエイチは、異世界での旅を続けていた。
「荷馬車から降ろしてもらった地点が正しければ、ネスコートという村にそろ
そろ差し掛かっていい頃だが」
 地図から顔を起こし、前方を見通すエイチ。優しい眼差しだが眼光は鋭く、
常に周辺に注意を払っているのが窺える。
「一本道だから間違えようがありませんよね。むしろ、見落とした可能性の方
があるかもしれない」
 隣を行くアイバンは、上目遣いでエイチの顔を見た。
「確かに。あの農夫のおじさん、村の規模までは把握していなかったからね。
相当に小さな集落だとしたら、あるいは見落とし――」
 懸念を口にしたエイチだったが、その台詞が止まる。
「アイバン君。杞憂に終わったようだ」
 緩やかなカーブを抜けると、五百メートルほど先に村があった。規模は漠然
と想像していた通りだが、ぱっと視界に入る建物は、どれも予想以上に立派だ
った。
「それで、ジュンはいますか?」
 二人の旅の目的は、ジュンという女の子を捜し出すこと。女の子といっても、
アイバンと同い年の十七。エイチはアイバンの力になるため、依頼を受けて同
道している。
 こちらの世界では、アイバン達が元いた世界は“対岸”とか“向こうの世界”
と呼ばれる。基本的に両世界の人間に変わるところはないが、こちらの世界に
は特別な能力を持つ者がそこそこいる。彼らは能力者と呼ばれ、一人につき一
つの能力を有する。日常的に役立てている場合もあれば、秘密の任務を果たし
ている者もいるという。
 一方、“対岸”の者は、こちらの世界に来ることにより、特別な能力を最大
二つ、身に着けることができる。より正確な表現を使うならば、授かるのだ。
故に、こちらの世界の者は、“対岸”からの者を歓迎する傾向にある。特に国
を司る権力者は、優れた能力者を常に求めているため、“対岸”からの者と聞
けば、保護という名目でとにかく囲おうとする。
 ジュンがそんな目に遭わない内に、一刻も早く連れ帰る――これこそアイバ
ンの願いである。
 アイバンはこの世界に来ることで、怪我や病気を治癒する能力を授かった。
軽い怪我ながら念じるだけで治せるし、重症であっても相手にしばらく触れて
いれば、完治可能だ。ただ、ジュンを見付けることには直接役立ちそうにない。
もう一つの能力は、まだ発現しておらず、このままかもしれない。
 エイチにも今のところ一つの能力しか発現していない。自ら“リスト”と名
付けたその能力は、人捜しに役立つ。この世界にいる能力者全員の能力を把握
できるのだ。誰がどんな能力を持っているかのリストが脳裏にあり、様々な条
件でソートが可能。たとえば、目の届く範囲にいる人物が能力者なのか否かを
即座に調べることだってできる。
 リストは、名前と能力がセットになったもの。つまり、能力を授かったジュ
ンの名前もリストにあり、目の届く範囲にいるとの条件でソートした結果、ジ
ュンの名が上位に来れば、彼女の居場所も近いということになる。
「いや、残念ながら、この村にはいないようだ」
「そうですか……」
「だが、リストにおける彼女の名前はまたランクアップした。着実に近付いて
いるよ」
「ありがとうございます。でも、まだまだ遠いんでしょう?」
「恐らく」
 エイチの答に、アイバンは奥歯を噛み締めた。そして殊更に明るく振る舞う。
「じゃ、どうします? 最初に決めたように、今晩はあの村に泊まることにし
ますか」
「先を急ぎたい気持ちは分かる。でも、あの村なら安心して寝泊まりできそう
だから、予定通りにしよう」
「どうして安心できると?」
「能力者が一人もいないんだ。余計な神経を使わなくて助かる」
 二人は歩みを速めた。宿を確保しなければいけない。

 ネスコートは典型的な農村らしかった。近代的な建物が多数見えたが、少し
奥へ入ってみると、田畑が広がり、水路が縦横に走っていた。ただ、労働人口
は少ないのか、それとも国の政策なのか、放置された段々畑が目に着く。
「旅行者とはお珍しい」
 三階建てのビル全体が役場になっており、その一階の片隅にあった観光課で、
アイバンとエイチは宿の紹介を求めた。丸顔の男性担当者は、目も丸くして二
人を見つめる。
「その上、“対岸”の方達となると、村始まって以来かもしれない。少なくと
も、私は初めてお目に掛かります」
「それで宿は……」
 アイバンが急いた口調で尋ねる。旅行者の存在が珍しいと聞いて、不安にな
ったのだ。
「ありますよ。ここほど立派じゃないですが、村の中心に一軒。えっと――」
 背後を振り返る担当者。役所にしては職員の数が少ない気がするが、誰もい
ない訳ではない。ただ、ゴッジスの思惑に当てはまる人物はいなかったようだ。
「用事もないですし、私が案内するとしましょう」
「道順を教えていただければ、それで大丈夫だと思いますが」
「遠慮なさらず。道々、村の名所って程じゃないが、店なんかを紹介できます
し、伺いたいこともありますし。私、ゴッジスと言います。お見知りおきを」
 ゴッジスは、席を外すことを意味する札を、窓口に置いた。近くにいた同僚
に声を掛け、軽い足取りでカウンターを回って出て来ると、「さあ、行きまし
ょう」と言った。
 外に出ると、村の中心部へ向かう。道すがら、あの店は衣料品、この店は食
料品を扱っている等と教えてくれる。
「ご入り用の物があれば、今、ついでに買って行かれては」
「あとで見物に出るつもりなので、今はとりあえず、宿に荷物を置いていこう
かと」
 答えるアイバン。見物とは言い様で、本当は聞き込みだ。ジュンの所在を知
る手掛かりが掴めるかもしれない。そんな望みを託して。
「そうですか。では急ぎましょう。ああ、ところで……」
 先頭を行くゴッジスは、何気ない口ぶりを続けながら、肩越しに振り向いた。
「“対岸”のお方なら、当然、能力者なんでしょう? 差し支えがなければ、
どのような能力をお持ちか、教えていただけませんか」
「答えなければいけませんか」
 これまで極力黙っていたエイチが応じる。
「そのような規則はありませんが、なにぶん、初めてのことですからねえ。そ
のう、私どもはよいとしても、宿の主が警戒するやもしれません」
「お気持ちは分かります。だが、それは宿屋の主人に会ってからの話ではない
かな」
「……分かりました。ただ、一つだけ、教えてください。あなた方の能力は、
人の心が読めるというような類のものではありませんよね?」
 居心地の悪そうな表情をなすゴッジス。案内役を買って出て、役場を離れた
のには、そういう事情もあったのだろう。表に出せない自治体のあれやこれや
があるに違いない。
「ああ、そういうことか。違います」
 エイチは、さも、今初めて可能性に思い当たったという風に応じた。が、実
を言えば、これまでにも何度か経験したことだった。
「その証拠に、あなたが仮に我々への悪口を頭の中で並べ立てても、僕も彼も
全く怒らない」
「いえいえ、信じます。あ、もうすぐ着きますよ。ほら、あそこです。藁葺き
屋根風の、二階建ての建物が見えますでしょう?」
 藁葺き屋根風と表現するからには、実際は藁葺きではないのだろう。近付く
につれて、建物の壁は真新しい、頑丈な造りだと分かる。
 玄関口まで来ると、ゴッジスは「しばしお待ちを」と言い残し、入っていっ
た。じきに戻ってきて、どうぞと二人を招き入れる。入るなり、
「こちらが当宿の主人、ナタリオンさん」
 と、中肉中背の中年男性を紹介された。四角い眼鏡と短いが濃い顎髭が特徴
的で、ウェイターを想起させる白と黒の制服をきっちり着こなしている。固い
人柄に思えたが、口を開いてみると違った。
「よお、“対岸”から来たんだって? 初めてなんで至らぬとこがあるかもし
れんが、できる限りの世話はさせてもらいますぜ。何しろ久々の泊まり客だ。
腕が鳴る」
 久々と聞いて、また不安が鎌首をもたげる。
「腕が鳴る、とは?」
 エイチが質問すると、ゴッジスが答えた。
「ナタリオンさんは料理もされるんです。味は私が保証しますよ」
「ゴッジスさん、俺の仕事を取らないでくれ。あんたはあんたの仕事があるだ
ろう。帰った帰った」
 身振り手振りをまじえてゴッジスを追い払うと、ナタリオンは張り切った様
子でカウンターの向こうに回った。
「とりあえず、宿帳の記入を済ませないとな。どちらか一人が代表して、ここ
に書いてもらいたいんだが、“対岸”の人ってのは字は大丈夫だっけか?」
「ええ、日常的な読み書きなら」
 エイチがペンを手に取る。記入の前に宿泊料について聞いた。返ってきた答
は、妥当な額だった。手持ちのお金で充分払える。ちなみにお金が心許なくな
ってきたときは、アイバンの能力を活かす等して稼ぐ必要がある。
「前払いでもいいかな?」
「それは願ったり叶ったり。えーっと、領収書はどこへやったかな」
 しゃがんで用紙を探すナタリオン。アイバンはカウンターに身を乗り出すよ
うにして、宿の主の姿を捉えつつ、尋ねた。
「人捜しをしています。この村でそういった話の集まる場所に心当たり、あり
ますか」
「人捜し? 噂話ってことでいいなら、やっぱり酒場じゃないか。そうさなあ、
エヴァンリッジ亭とか、いいかもしれない。開くのは陽が落ちてからだが」
「そこも訪ねてみます。明るい内に行けるところは?」
 ナタリオンは領収書を切って、エイチに手渡した。陽子とペンを仕舞いつつ、
頭を捻る。
「結局、酒場しか思い当たらんなあ。だが、ここは原則的に農村だ。昼からや
ってる酒場なんてない。食堂が一軒だけあるが、客は入っているのやら。行っ
てみるかい?」
 どんな機会でも逃せない。アイバンは頷いた。
 と、今度はエイチが尋ねる。
「ナタリオンさん、あなた自身はどうだろう? 旅行者が少ないとは言え、宿
には色々な人が泊まるものだ」
「そりゃまあ、俺も商売でやっていて、成り立っているんだから、それなりに
利用者はいる。ただな、大方はこの村の連中で、夜、温泉に入りに来るんだ。
泊まり客となると、たまに来る国のお役人ばかりさ」
「国の役人ね」
 平静を装いつつ、聞き咎める。国の役人なら、国全体の出来事も把握してい
ておかしくない。無論、どんな種類の役人かにもよるし、本当に国の中央から
派遣された役人かどうかも重要だ。
「言っては悪いが、このような地方の村に国の役人が来るなんて、何事なんだ
ろう? 化石燃料か稀少鉱物が採掘できる見込みでもあるのかな」
「まさか! ここいらは自然だけが取り柄さね。緑と温泉のおかげか、長寿者
が多いんだよ」
「長寿者というのは、百歳ぐらい?」
「そう、百歳以上。百歳を超えると、お国からお祝いがもらえるんだよ。――
話は、荷物を部屋に運びながらでいいかな」
「ああ、そうだね。頼む」
 荷物を両手で持つと、部屋へ向かうナタリオン。エイチ達はあとに続いた。
長い廊下と階段を進みながら、話の続きを聞く。
「さっき言った国の役人は、そのために来る。長寿者に会って、祝いの言葉を
述べて、記念品だの何だのを渡して終わりだから、大した仕事じゃないはずだ。
が、泊まりの必要がないときでも、たいていは泊まっていってくれる。任期は
せいぜい二年で、しょっちゅう入れ替わるが、固定客みたいなもんだ。こっち
ももてなしに力が入ろうってもんよ。でも、いつまで続くやら」
「あの、最近、国からの役人が泊まったのはいつですか」
 アイバンは半ば相手の話を遮って、質問を差し込んだ。役人が何か噂話を残
して行ったかもしれない。
「うーん? 一年前だったかな。いや、そんなに経ってないか、十ヶ月ぐらい
だ」
「十ヶ月、ですか……」
 古すぎる。ジュンがこちらの世界に強制的に“召還”されたのは、ほんの三
週間ほど前だ。
 アイバンが落ち込むのをぐっと堪えている間に、部屋に着き、鍵が開けられ
た。中に入り、荷物を適当な場所に置いてもらう。二人部屋を頼んだのだが、
四人ぐらいは充分寛げそうな広さがあった。
「さっきの話だと、お出掛けのようだが、晩の食事はどうするんだね?」
 去り際にナタリオンが聞いてきた。アイバンとエイチは顔を見合わせ、どう
する?と目で相談する。じきにエイチが結論を出した。
「折角だから、自慢の料理を味わわせてもらおう。ただ、いつ戻ってくるかは
定かでないので、準備は遅めにしてほしいのだが」
「かまやしない。八時でどうだ?」
 その線で頼むことにした。

 荷解きをして、必要な物だけ携えると、アイバンとエイチは宿を出た。まず、
食堂に向かう。ナタリオンから店の名――日本語で「川と山の食堂」となるら
しいので、川山食堂と呼ぼう――と詳しい道順を改めて聞き出しておいたので、
スムーズに辿り着けた。
 建物自体は新しくないが、店構えは小ぎれいで、明るい。昼食時を過ぎてい
たためか、客は疎らだったが、それでも五、六人の男性客がいる。三十人も入
れば超満員になりそうな店で、この時間帯、五分の一が埋まっていれば上々だ
ろう。店員は料理人が一人、ウェイトレスが一人のようだ。夫婦かもしれない。
 メニューを開き、ウェイトレスに冷たい飲み物は何があるかと尋ねて、オー
ダーを決めた。ほとんど待つことなく、氷入りのジュースがグラスで出された。
 下がろうとするウェイトレスを呼び止め、人捜しをしており、少し聞きたい
ことがある旨を告げる。
「はあ。“対岸”の娘さんねえ。ずっと昔に、“対岸”の人が来たっていう話
なら聞いたことあるけれど、最近のことでしょう?」
 ウェイトレスはお盆を縦にして両手で持ち、抱えるような格好をした。長話
になってもかまわないようだ。
「ええ」
「最近はないわねえ。ねえ、あんた。聞いたことある?」
 厨房の方向を振り返り、奥で椅子にでんと座っている料理人の男に尋ねる。
「私が噂話で、おまえに勝てるはずない。分かってるだろうに」
 素っ気ない返事だが、関心はあるらしく、テーブル席の方に出て来た。川山
食堂の主の名は、ビスタッチと言った。
「念のために聞くけれど、お客さん。どんなお嬢さんなんだい?」
「年齢は僕と同じで、見た目も歳相応だと思います」
 言葉で説明を始めたアイバンに、エイチは「写真を」と小声で促す。
「あ、これが彼女の写真です」
 大事にしてきた写真を懐から取り出す。何度も見せている内に、角が丸くな
ってきた。これ以上すり切れてはまずいので、持ち歩く間は袋に入れるように
している。
「おや、可愛らしげな」
「どれ。――まあ、ほんとに。いい笑顔。何かこう、いるだけで周りを幸せに
する感じ」
 ウェイトレスが声高に誉めるものだから、アイバンは得意げになりつつも、
頬を赤くした。
 そのウェイトレスの声は他のテーブルにも届いたらしく、店内の客達がアイ
バンらのいる方を振り向く気配が。視線を感じ取ったのは、ウェイトレスも同
じ。
「ねえ、お客さん達。この子を捜ししてるのなら、他の人にもこれを見せた方
がいいんじゃなくって?」
「もちろん」
 アイバンが答えるや、ウェイトレスは他の客を手招きした。名前まで呼んだ
ところをみると、顔馴染みの常連客のようだ。
「どうだい?」
「おお、確かに可愛らしい」
「そうじゃなくって、見たことあるかどうか、だよ。それは無理でも、噂の一
つでも聞いたことないかい?」
 客の背中を叩き、真剣に考えさせるウェイトレス。しかし、六人とも首を傾
げるばかりだった。
 ただ、写真をアイバンに返した一人が、こんなことを聞いてきた。
「なあ、このお嬢さんが“対岸”の人なら、能力者なんだろう?」
「ええ、まあ」
「どんな能力なのかは分からないのかい? 変わった能力なら、噂になって伝
わってくるかもしれないぞ」
 もちろん、そちらの目も期待していなくはない。ジュンの能力を無闇に触れ
て回る行為が、彼女の身に悪い影響を及ぼす可能性があるかもしれない。その
上、探し求める人物の能力を知っていると明かすこと自体が、エイチの能力を
白状することにつながる。それ故、控え目にしているのだ。
「離れ離れになったのが、向こうの世界でのことなんです。だから、彼女がど
んな能力を身に着けたのかは、まだ知らないままで……」
「むう、そうか。だったら、土地土地の権力者を訪ね歩くのも手だな。“対岸”
の人なら大事にされるから、保護されていることが多いと聞くよ。でなきゃ、
生きていくために何かして稼がなきゃいかん訳で」
「このお嬢ちゃんの歳なら、“対岸”でも学生さんだろ?」
 ウェイトレスが割って入って来た。
「ええ。アルバイトみたいなことはしていましたが」
「だろうねえ。特技はあるのかい? 特技を活かして糧にしているかもしれな
いわ」
「それなら……」
 少し考え、アイバンは正直に答える。
「歌が得意です。さっき言ったアルバイトみたいなことの一つが、歌でしたし」
 その答に、男性客が「そいつは本格的だ」「見目もよいし」と口々に呟く。
そこへ声を被せるようにして、ウェイトレスが意見を述べた。
「だったら、こっちでも、歌い手としてやってるかもね。話題になって、名前
が知れ渡れば居所も分かる……けど、それは期待し過ぎかね」
「あり得ない話じゃないだろう」
 ビスタッチが言った。
「私が記憶している限り、“対岸”の歌い手なんて、今までにいなかった。探
してるお嬢さんが歌い手をやっているなら、目新しさも手伝って、噂にのぼる
だろう」
「分かりました。そっちの方も気を付けてみます」

――続く




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