AWC 士の嗜み 4   永山


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#359/598 ●長編    *** コメント #358 ***
★タイトル (AZA     )  10/04/30  00:21  (445)
士の嗜み 4   永山
★内容
 午前十一時に参加者達がスタジオに集められ、本結果が発表されると、下位
に甘んじた者や三つ目の課題での審査結果に不満を抱いた者の一部が、不平の
声を上げたが、そこは割愛。判定は覆らない。
 スタジオ内を静かにさせた井筒は、こほんと咳払い。オーバーアクションで
マントを振り、見得を切る。
「さて、名探偵候補の諸君。冒頭で説明したように、これからが第三ステージ
の本番だ。一日掛けて決めた順位が、ラストの課題での有利不利を左右する。
――ところで、突然だが諸君らに問いたい。名探偵に欠かせないものと言った
ら、何を思い浮かべるだろうか」
「そりゃあ推理力?」
 若島が真っ先に言った。コンマ数秒遅れて、同じことを口にした者多数。そ
こへ付け加える形で、冷静さや勇気、決断力、知識etc が挙がる。
 井筒は大きく首を水平方向に振った。
「私の言い方が悪かった。名探偵に欠かせないもの、この『もの』とは物体の
『物』ではなく、候補者の『者』。つまり人間、つまり……ワトソン役だ」
「ああ、そういう意味ね」
 納得する者半分、ぴんと来ずに首を捻る者半分といったところ。
「要は、助手兼記述者役です。名探偵を手助けすると同時に、名探偵の活躍を
記録する」
 新滝が念のためにフォローを入れる。
「そのワトソン役を十名、番組で用意した。今からパートナーを決める」
「ワ、ワトソンが十人……」
 井筒の話に、またまたざわめきの波紋が広がる。そこへさらに拍車を掛ける
司会者。
「ワトソン・ドラフト。これが第三ステージ最後の戦いだ」

 ワトソン・ドラフト。このネーミングからおおよその想像は付くだろう。プ
ロ野球の指名選択会議と同じように、ドラフトによって探偵とワトソンの組み
合わせを決めるのだ。
 番組が用意したワトソンは十名。名探偵候補者よりも一名少ない。ワトソン
を得られなかった者が、このステージで脱落する。
 ワトソン・ドラフトでは、参加者がワトソンの経歴に目を通し、上位の者か
ら組みたい人物をワトソンとして指名する。その段階で、誰が誰を指名したか
は分からない。全員が指名し終わって、明らかにされる。
 ここからが重要だ。重複せずに指名していれば、そのまま決定。探偵とワト
ソン役のペアができあがる。重複指名があった場合は、抽選で決める。ただし、
抽選に参加するには権利を必要とする。この権利は抽選券で象徴され、抽選券
一枚で一回、抽選に参加できる。課題での順位がトップの郷野には抽選券十枚
が渡される。以下、順位が一つ下がる毎に渡される抽選券も一枚減り、最下位
だった堀田は抽選券なしでドラフトに臨まねばならない。なお、抽選券の譲渡
は認めない。
 注意が必要なのは、抽選券がなくても、ドラフト指名は最後まで行えるとい
うこと。抽選券を持たない者が、重複指名をしてしまっても、抽選に加われな
いだけで済む。さらに付言すると、抽選券をたとえば一枚だけ持つ状態で、抽
選の機会が巡ってきた場合、その抽選に参加するか否かは参加者本人の自由で
ある。四人も五人も重複指名した抽選をスルーして、より確率の高いチャンス
を待つのも作戦の一つという訳だ。尤も、そんな作戦を選べるのは序盤に限定
されるだろうが。
「――そして、各人が抽選券を使うか否かも、指名と同じく、全員が意思決定
後、一斉にオープンする。以上のような段取りが、全てのワトソンに相手が決
まるまで、繰り返される。あと、ワトソンの決まっていない候補者が、抽選券
を使いきった者ばかりになって以降、指名が重複すれば、自動的に抽選をする。
それ以前に抽選券を使い切った者同士の指名が重複すれば、その分は流れ、ノ
ーカウント扱いとする。何か質問は?」
 特に質問は出ない。誰もがドラフトの仕組みを理解し、作戦を練るのに集中
している。万が一、ルールに抜け穴があるなら、ここで他人に知らせてやるよ
うな質問はせずに、胸の内に仕舞っておくのが得策かもしれない。
「よろしい。それではワトソン役十名のプロフィールを配る。断るまでもない
が、資料にある記載は全て事実だ。第四ステージ以降、ワトソンと協力して行
うゲームも予定しているので、よく吟味して指名相手を決めるように。ちなみ
に、記述者としての能力をある程度保証する意味で、選出したワトソン役の多
くは作家の卵である」
 番組上では、個人情報を全て明らかにすることはできないため、各ワトソン
の特徴を表すナレーションとともに、写真で紹介された。

・有城光太郎(うしろこうたろう23)高卒。根っからの作家志望で、社会勉
強のため様々なアルバイトを経験
・鴻池秀子(こうのいけひでこ37)バツイチ子供なし。タウン誌のライター
をしながら作家を目指す
・獅子倉佐(ししくらたすく19)大学生文学部。ミステリ研の類には所属し
ていないがミステリマニア
・田林知文(たばやしともふみ56)元家電メーカー社員。妻との死別をきっ
かけに、早期依願退職し、作家を志す
・菱山貴一(ひしやまきいち41)元小児科医。ストレスで辞める
・松森安美(まつもりやすみ29)元ホステス。客として来た文芸評論家を見
返すために作家を目指す
・譲原圭吾(ゆずはらけいご24)大卒後ゲームソフト会社に就職するもすぐ
に辞める
・綿貫修次(わたぬきしゅうじ22)経営学系の大学院生だが形だけ。親が裕
福。次男だからということもあり自由を許されている
・安孫子藤人(あびこふじと20)大学生。ミステリ研所属
・律木春香(りつぎはるか54)心理学准教授

「おや。これはこれは懐かしい名前が」
 堀田が言った。一番危機感を持っている彼は誰よりも早く読み進め、最後の
二名に目を留めたのだ。
「第一ステージと第二ステージで脱落したお二人が、何故ここに入っているの
ですかな」
「脱落したあと、番組の方から『ワトソン役をやってみる気はあるか』と打診
したのですよ。お二人とも快諾してくださった」
 井筒は愉快そうに事情を話す。どこか底意地の悪い笑顔だ。
「落ちた人と組んだら、足を引っ張られそうな気がするな」
 と、これは野呂。目を見ればジョーク混じりのようだが、この発言に同感を
覚える者は多数いた。
「今さらの質問を受け付けてもらえるか知りませんけど、名探偵候補者と組ん
で勝ち進むことで、ワトソン役にメリットはあるのかしら」
 美月が井筒と新滝を公平に見やる。すると井筒が新滝に対して頷き、新滝が
返答した。
「特別にお答えします。ワトソン役はひとステージ勝ち抜く度に賞金がもらえ、
さらに優勝者と最終的に組んでいたワトソンは、プロ作家デビューが約束され
ています。優勝した名探偵とワトソンの希望が合致するなら、番組終了後も組
んでもらってかまわない」
「ありがとう。結構いい扱いだと思うけれど、律木さんや安孫子君にとって作
家デビューの副賞はありがたいのかしら? 宝の持ち腐れになるのでは」
「安孫子君はミステリ研だけあって、執筆経験がある。律木君にしても、盗番
組に参加するほどであるし、本を一冊上梓するぐらいなら魅力を感じると言っ
ていた」
 井筒はそう言い終わると、時刻を確かめる仕種をした。撮影のスケジュール
はスタッフの方で管理しているので、ほぼポーズでしかない。
「別室に十人のワトソンを待機させている。諸君にはワトソンへ質問する権利
があるが、質問は各人一回だけだ。一人ずつ別室に行き、十人全員あるいは誰
かを名指しにし、そのたった一つの質問をして返答をもらったら、ここに戻る。
全員が戻ってから、第一回の指名を始める。無論、質問のない者は行かなくて
もかまわんが、事前にワトソン役を直接見ておくために、別室に足を運ぶこと
をお薦めする。人物の顔や外見、雰囲気も重要な要素になるだろう」

若島リオ
「堀田さんが最初に読み終わったみたいだけど、ずっと考え込んでいて、他の
人も似たり寄ったりだったから、あたしがトップで質問しに。実は資料に添付
してあった写真で、気になってたことがあったんだあ。だからそれを確かめる
ために、有城君に質問したわ。一つしか尋ねられないから、いっぺんにね。こ
う、指を突き付けて、『あなた、昨日の夜に依頼してきたオタクの人に顔だけ
似てるけれど、変装の心得あるの?』って」

 若島リオの観察眼並びに記憶力は確かだった。有城光太郎こそが昨晩、若島
の部屋を訪ねたアイドルオタク風男性。顔にはメイクを施し、シャツの下に色
色と詰め込むことで外見をかなり変えていた。何でも有城は、劇団の手伝いを
したことがあり、そのときに多少の技術を身に着けたという。
 他の候補者の質問も、別室に出向いた順番通りに見て行くとしよう。

郷野美千留
「私は十回抽選できるんだから、ワトソンとペアになれない可能性は凄く低い
わよね。それでっていう訳でもないんだけれど、質問はあまり深くは考えなか
ったわ。でもね、直前の課題のことを思い出したら、急に決まったの。それで、
『おかま、というか私みたいな人間に抵抗のない人、手を挙げてちょうだい』
って聞いたら、全員手を挙げた。ん、もう、みんな大好き! 投げキッスをサ
ービスしちゃった」

更衣京四郎
「特に作戦はないね。突き詰めれば運任せだ。それでも、ワトソンとして組み
たい相手には、私にないものを持っていて欲しい。むしろ、そうでなければ認
められない。高いレベルを要求しても仕方がないから、こう聞いた。『小さな
子の扱いに自信がある人は挙手を』と。何名かいたので、あとは経歴を参考に
して指名順を決める」

野呂勝平
「ワトソン役ったって、基本的なことは全員こなせると思うんだ。それ以外に、
ワトソンに何を求めるかってなると、俺の場合、情報源の多さとフットワーク
の軽さ。どちらかを優先させるなら、情報源だろう。そこで『知り合い、また
は知り合いの知り合いぐらいの範囲で、こんんあ自慢できるコネがあるという
人は、俺に耳打ちしてくれ』と尋ねた。何人かいたが、綿貫って奴の親が、顔
が広いみたいだな」

天海誠
「少しマジックを披露しました。反応のよかった人から選びますよ。真面目な
話、私のワトソンになる人には、事件捜査のサポートだけでなく、マジックの
お手伝いも頼みたいなと考えていまして」

村園輝
「迷いました。能力と相性のどちらを重視するか。能力はプロフィールを見れ
ばおおよその期待値を算出できますが、相性を判断するのは難しいですからね。
たった一つ質問をしても、それは変わらない。だったら、相手に選ばせようと。
自己紹介をして『候補者の中で組みたいのは私、村園輝だけだという方がいれ
ば、名前を言ってください』と頼みました。選んでもらうための計算もあるの
でしょうが、半数にのぼりましたね。他の人からの指名を拒否するかどうか、
見ものです、と言ってはかわいそうかな」

美月安佐奈
「ワトソン・ドラフトのルールだと、村園さんとの協力態勢を解消しないと。
じっくり検討すれば、二人で共闘することで、何らかの確実な優位を得られる
かもしれないけれど、そんな時間はなかったので。私の方針は、今は勝ち残る
こと。ワトソンとの相性は二の次ね。だって、ワトソンのメリットに関する質
問への、新滝さんの返事を素直に受け取れば、これから決まる探偵とワトソン
の組み合わせって、きっと不動ではないわ。そうなると、他の探偵が選びそう
にない人に的を絞るべき。特に、私より抽選券をたくさん持っている人の指名
とは被りたくない。そこで思い付いたのが、『今までに来た候補者の誰か一人
からでも、私は注目された、選ばれる気がするという人は、手を挙げてくださ
い』って。各候補からの質問に、ワトソン役の人も某かのメッセージは感じ取
ったはずよ、多分」

八重谷さくら
「知識豊富な人が望ましい。でも、プロフィール以上のことを一つの質問で、
全員から聞き出すのは困難だと判断しました。仕方がないので、『講演のため
に二時間を与えられたとしたら、あなたは何をテーマにするか。そのテーマを
教えてもらいます』と、全員に尋ねたわ。面白い答えもあったけれども、その
人を選ぶかどうかは微妙ね。他の指名と被る可能性が大きいし」

沢津英彦
「あれこれ考えてみたんだが、今後勝ち抜くことを考えると、苦手な分野をカ
バーしてくれる人物がついていてくれるとありがたい。自分は身体が大きいか
ら狭いところに入れずに困るかもしれんし、細かい作業が得意でない。視力も
段々頼りなくなってきた。頭も固くなったと思う。身体のサイズは見た目で分
かるので、あとの項目に関して、じっくりと質問を考えた。『1.細かい作業
が得意である 2.視力はよい方だ 3.なぞなぞやひっかけ問題に強い こ
の三つの内、二つ以上に自信を持ってはいと答えられる者、名前を教えるよう
に』、これで何とかしたいものだ」

小野塚慶子
「意外と遅くなりました。絵を描くのに手間取ってしまって……。ええ、関係
ありますよ。ワトソン役全員にこの絵を見せ、言葉での描写をお願いしたので
す。いえね、このあとのステージで、ワトソンと組んでゲームに挑むとしたら、
どんな形があるかしらと、想像を巡らせてみましたの。浮かんだ一つが、私と
ワトソンが離ればなれに置かれ、片方がもう片方に音声で状況を伝える、とい
うものでした。事件を記録する意味でも、描写力は高い方がよいですしね」

堀田礼治
「わしが最後になったのは、皆さんが済むのを待っていたからでな。何せ、最
後でなければならなかった。こう質問したんだよ。『これまでここに来た名探
偵候補者から、名指しで質問されるか、複数への質問に対して一人だけ答えた
ような者がいれば、名乗り出てもらいたい』と。これで、他の候補者が誰に注
目しているか、おおよそ分かる。わしは残りから選ぼうと思う。重複指名を避
けるには、これが一番可能性が高いんじゃないかのう」

 堀田がスタジオに戻って、三分と経たずに井筒と新滝が姿を現した。指名が
始まる。名探偵候補者達は仕切りのある長テーブルを前に、横一列に着席する。
と、指名用紙十枚と成績に応じた枚数の抽選券が、アシスタントによって配ら
れる。
「いよいよ、指名スタートだ。もう説明は不要だろうが、一応言っておこうか」
 井筒は手順を確認するかのように喋り始めた。番組として編集作業がし易い
ようにという意味もある。
「諸君らは組みたい相手の名前を書き、回収のアシスタントが来たら渡す。そ
れをこちらで開票していく。他の指名と重ならず、自分一人が指名していれば、
コンビ決定。重複していれば、次に抽選券を行使するかどうかを問う。当該の
ワトソンに抽選券を使う者がもしも一人しかいなかった場合、その者とのコン
ビが決まる。二人以上いた場合は抽選を実施し、当たり引いた者とワトソンと
のコンビが決定。外れた者は抽選券を一枚失い、次巡の指名に臨む」
 次いで、指名用紙への記入、その回収が手際よく行われ、新滝の手元にリス
トが回された。
「はい、では一巡目の指名結果を発表します。課題での得点上位者の指名から
読み上げます。
 郷野さん、松森安美を指名。
 村園さん、綿貫修次を指名。
 更衣さん、律木春香を指名。
 天海さん、獅子倉佐を指名。
 野呂さん、綿貫修次を指名。重複しました。
 美月さん、譲原圭吾を指名。
 若島さん、有城光太郎を指名。
 小野塚さん、鴻池秀子を指名。
 沢津さん、松森安美を指名。重複しました。
 八重谷さん、安孫子藤人を指名。
 堀田さん、安孫子藤人を指名。重複しました。
 以上の結果、更衣さん、天海さん、美月さん、若島さん、小野塚さんがそれ
ぞれワトソンを獲得しました」
 名前が発表される度に、どよめいたりわっと湧いたりするのは、予定調和の
強い本家ドラフト以上の盛り上がりかもしれない。

更衣京四郎
「小さな子供の扱いに自信があると断言したのが、律木さんの他には、有城光
太郎しかいなかったのさ。有城は若いし、どんな人間かまだ分からない。律木
さんに関しては、それなりに知っているつもりだ。加えて、堀田さんが指名す
るのは律木さんか安孫子君だと予測していたので、あの人には悪いが、困らせ
てやろうと考え、律木さんを指名したのだよ」

天海誠
「先ほど答えた通り、私のマジックを観て、一番感心してくれた人を選びまし
た(笑)。指名が被らなくてよかった」

美月安佐奈
「譲原圭吾さんがどんな人柄なのかは、ほとんど分からないけれど、客観的に
考えて、私より得点上位の人がわざわざ選びそうにない経歴の持ち主だと思え
ました。ご本人の前では言えませんけど、こんなこと」

若島リオ
「もう、あの見事な変装というか変身ぶりに賭けてみた! それだけです。普
段の格好、悪くないしね」

小野塚慶子
「さすが記者さんだけあって、鴻池秀子さんの描写は正確でした。やや固くて
味気ない点を我慢すれば、圧倒的によかったですよ。これから会えるんでしょ
うが、もっと話をして、お互いをよく知らないといけませんね」

 スタジオでは新滝の喋りが続いている。
「次に、重複指名のあったワトソンの抽選を行います。最初は……簡単に済み
そうな方から行きましょう。――安孫子藤人を指名した八重谷さん。この場合、
隠す必要がないと思うので、直接聞きますが、抽選券を使いますか?」
「もちろんよ」
 きっぱりと即答した八重谷とは対照的に、堀田は重複が決まった瞬間、つま
りは八重谷の指名が安孫子だと明らかになった瞬間に、うなだれ、かぶりを振
っていた。抽選券を持たない彼には、どうしようもない。

堀田礼治
「多分、律木さんと安孫子君を指名する者はいまいと思っていた。心情的にな。
さらに、質問をした折、律木さんは誰かから指名されるのにある程度の自信を
持っていたようだったから、外した。残る安孫子君に賭けてみたんだが……」

八重谷さくら
「作戦がうまく嵌まって、気分がいいわ。本当は、記入の直前まで全く別の何
人かで迷っていた。でも、ぱっと閃いたのよ。堀田さんと私の二人だけが重複
指名する状況を作れたら、そのまま私の勝ち抜けじゃないの。それで脳細胞を
フル回転させて。重複を避けたいなら、安孫子君か律木さん、人付き合いが苦
手そうな譲原、菱山ぐらいだと当たりを付けて、医者の知識がある菱山を除外。
子供が苦手だとこぼしていた更衣さんが、もしかしたらワトソン役に子供の相
手をするのが得意な人を選ぶ可能性があると気付いて、じゃあゲームに詳しい
であろう譲原と、律木さんも児童心理学にも造詣がある程度あったはずだから、
除かなくちゃいけない。最後に残ったのが安孫子君だったって訳」

 続いて、松森安美を巡る抽選。郷野と沢津に、抽選に参加するか否かの意思
確認がなされる。
 今度のケースも隠す意味がないので、直接新滝が尋ねる。郷野は「私はもち
ろんやるわ。抽選券ならたくさんあるんだから」と余裕綽々の体で答えた。一
方の沢津は、しばらく黙考。二枚しかないのだから、慎重を期すのは当然であ
ろう。

沢津英彦
「最初は、二枚あるのだから一枚は使ってもいいだろうと考えていた。だが、
我々の抽選の前に、八重谷さんが堀田さんに不戦勝のような形で勝ったのを目
の当たりにして、ああいう勝ち方もありなんだなと認識を改めた。他の者が抽
選券ゼロになるのを待つ戦法。それなら、ここはパスすべきでないかと。だが、
もう一度冷静になってみた。すでに六人が抜け、あと二人が抜けることも確定
事項だ。結局、二巡目は、ワトソン役二人を三人で指名する状況になると気付
いた。三人の中に私と堀田さんと、あともう一人が誰になるにしろ、私より抽
選券が多い人になるのも確定済み。よほど運がよくない限り、堀田さんの脱落
する可能性が高まった。堀田さんとの一騎打ちになれば、抽選券一枚あれば充
分だ。言い方は悪いが、残り物のワトソンと組むよりは、今、自分の指名した
ワトソンと組みたい。その可能性に賭けることにした」

 沢津が「自分も抽選券を使う」と答えると、その場にいた面々は短く、おっ、
と盛り上がった。
「承りました。それでは、二名による抽選を行いますので、中央に出て来てく
ださい」
 記入のためのテーブルと、ステージとの間に、装飾の施されたワゴンによっ
て、抽選箱が運び込まれる。一抱えほどある立方体の上面には、腕が通るほど
の穴が空けてあり、さらにその縁にはひらひらした紙か何かが、中を覗けなく
するために付けてあった。
「箱の中には封筒が二通入っています。一つに『当確』と記された紙が入って
おり、もう一つは空っぽ、何も入っていません。引く順番は、原則的に手持ち
の抽選券が少ない方からどうぞ」
 沢津が箱に手を入れ、封筒一つを選び出す。残る一通を郷野が取り出すと、
新滝が改めて「開けてください」と声を掛けた。
 数秒後、沢津は渋い顔をし、郷野は嬌声を上げた。

郷野美千留
「やったわ! まだまだついてる、わ・た・し。松森さんは私でも見とれてし
まうくらい、お化粧が上手。そこに私のヘアメイク術で一層の磨きを――って、
番組の趣旨から外れた? いいじゃないのっ」

 三つ目の重複指名に関する抽選に移る。村園の抽選券が九枚、野呂の抽選券
が六枚で、残りの抽選が、これを含めて多くても三回。両者の抽選参加は確定
なので、口頭による意思確認を経て、そのまま抽選を行う。そして野呂がガッ
ツポーズをした。

野呂勝平
「そりゃあ、満足している。大満足だ。俺の手足になって働いてもらおうなん
て、端から期待しちゃいない。綿貫修次のコネと資金力があれば、充分だ」

 勝ち抜けた者もとどまるスタジオで、ワトソン・ドラフトは二巡目に突入す
る。一巡目と同じように、しかし人数は減った状態で、指名用紙に記入が行わ
れた。

村園輝
「この回、堀田さんが単独指名に成功すれば、私か沢津さんのどちらかが落ち
る。三人の指名が三つとも重なった場合は、抽選券の差で、最終的に私と沢津
さんの勝ち抜けで決まり。私と沢津さんのいずれかが堀田さんの指名と重なっ
た場合も、私と沢津さんの勝ち抜け。ということで、堀田さんが不利なのは間
違いないのですが、絶対確実な戦略はありませんからね。いえ、私と沢津さん
が打ち合わせをし、異なる相手に票を投じれば必勝なんですが、フェアではな
い。残っているのが沢津さんではなく美月さんだったなら、まだ連係プレーを
選択肢に含めたかもしれませんけど」

沢津英彦
「一巡目に抽選でも負けて、少し焦った。だが、依然として堀田さんより有利
なのは間違いない。小細工をすることも考えないではなかったが、やはり元刑
事としての誇りが、正々堂々とした戦いを選ばせた」

堀田礼治
「いよいよ、とうとう、追い詰められた心境かのう。しかし、運任せというの
では芸がない。目算があった訳ではないが、自ら動いてみることにした」

 指名用紙への記入を前に、堀田がいきなり、声を張った。
「わしは田林を指名するつもりだ」
 村園と沢津の手が止まり、肩がぴくりと動く。同じテーブルについているが、
仕切りのおかげで振り向いても堀田の表情は分からない。声だけが続く。
「資料を見ると、田林知文は齢五十六とある。村園さんはこんな年上の人物を
ワトソンにしては、やりづらかろう。四つ年上の沢津さんにしても、還暦前後
の男の頑固さに思い当たる節があるんじゃないかね? 意見がぶつかって、扱
いに困るんじゃあないかと心配さね」
「あの、堀田さん。なるべくお静かに記入を」
 新滝が遠慮がちに注意を促す。並んで立つ井筒は、面白そうに事態を見守っ
ていた。

村園輝
「ええ、惑わされました。嫌でも耳に入るんですから。年上どうこうっていう
のは、私から見れば残るワトソンは二人とも年上なので、意味がないんですが。
堀田さんの言が真意そのままと仮定すると、私と沢津さんの少なくとも一人が
田林知文を指名すれば、堀田さんは脱落です。二人とも指名しないパターン以
外は勝てる、だったら田林を指名しておけば間違いない……と私と沢津さんが
判断するのを、堀田さんは期待しているのかな。このときだけ、あの人は菱山
貴一を指名することで、勝ち抜けるのだから。ではそれを防ぐには、私が菱山
を指名すれば……しかし、もしも沢津さんが同じ結論に達したとしたら……思
考の迷宮です」

沢津英彦
「堀田老が何を画策しているかは、ちょっと考えただけで分かった。だが、あ
の宣言で彼の勝つ確率が上がったかというと、別にそうじゃないだろう。運否
天賦なのは変わらないし、自分や村園さんが有利なのも変わらない。ただ、村
園さんは若いせいか、考え込んでいる空気が感じられた。占いで指名相手を決
めるかもしれん。個人的見解ってやつだが、自分は占いのようなあやふやなも
のに、運命を左右されたくない質なんで……卑怯すれすれの手に出ることにし
た」

「それならば、自分も田林の名前を書く」
 沢津が大きな声で言い放つ。今度は堀田が唖然として沈黙する番だった。
「警察に身を置いていた者として、この言葉に嘘はない。絶対に田林を指名す
る」

堀田礼治
「やりおったと思った。これまでの沢津さんの言動から、かなり率直な性格だ
と分かっておるし、全国に放映される番組で警察の名前を出したことは、元刑
事にとっても重かろう。沢津さんは間違いなく田林を指名する。そのことを村
園さんも感じ取ったはずだ」

 何か新たな策――抵抗――を講じようとするも、絶句するしかない堀田に、
新滝が「速やかに記入をお願いします」と重ねて要請した。
 直後に行われた開票で、沢津は田林を単独指名して決定。村園と堀田は菱山
指名で重複したが、結果は明白。堀田の脱落で、第三ステージは幕を閉じた。

堀田礼治
「結果論になるが……三つの課題を終えて最下位、抽選券なしでドラフトに臨
んだのは、大きなハンデだった。ただの老兵ではないつもりだったが、正直、
きつかった。しかし、一巡目の時点では、勝ち抜くチャンスはまだ充分にあっ
た。それをあの女推理作家に……やられた。八重谷さんの指名が全てだったの
う。課題でも、彼女にやられたしな。
 ところで、前回までに敗退した二人には、ワトソン役として再び番組に出る
機会を与えられたが、わしにはないのかね?」

           *           *

 予告:次回の『プロジェクトQ.E.D./TOKIOディテクティブバト
ル』は……。

井筒「パートナーが決まり、名探偵への道を本格的に踏み出すことになった訳
だが、お互い、対面してみた感想はどうかね?」

「最初とイメージが違う」

「残り物だったって、本当なのでしょうか」

井筒「第四関門を始めるに辺り、まずはテーマを発表するところだが、今回は
後回しにする」

「あんた、何やってんの!」

 お楽しみに。

――3rdステージ.終了




元文書 #358 士の嗜み 3   永山
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