AWC 士の嗜み 3   永山


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#358/598 ●長編    *** コメント #357 ***
★タイトル (AZA     )  10/04/30  00:20  (434)
士の嗜み 3   永山
★内容
「自分が情報を漏らしたってばれるのが恐いんでさあ。所属してた組とは無関
係の組織ですがね、それでも、あちらの世界の連中から狙いを付けられるのは
まっぴら御免」
「そういうことは早く言え」
 沢渡はこのとき察しを付けられない自分が悪いのかと内心考えもした、そう
後述した。
「じゃあ、つなぎは取ってやる。情報は直接、刑事に伝えるんだ。俺にはちら
とも話すんじゃない」
「……分かった。手柄を立てたくないのかい、沢津さんは?」
「言うまでもない、手柄は立てたいさ。だが、警察にもできることを、元刑事
の俺が手掛けたらおかしいだろ。警察で始末できることは警察に任せる。そこ
からこぼれ落ちたのを拾い上げるのが、探偵ってものだ」
 マジシャンの天海は些か、否、かなり辟易していた。二つの依頼があったが、
どれも取るに足りないものだった。
 一つめは、マジシャン探偵の噂を聞き付けて訪れたとの触れ込みで、依頼者
はテレビでやっていた大掛かりなイリュージョンマジックの種を解き明かして
欲しいと言ってきた。天海は丁重にお断りした。
 二つ目は、メールによる暗号解読依頼。そう、天海自身は知らないが、村園
輝に来たものと同じ趣向だ。天海が真面目に解読に取り組んだのは、マジシャ
ンとしてのさがみたいなもので、じきに思い出した。探偵としてどう行動する
のかを問われているのだと。最終的に天海が下した処理も、村園のそれと似た
り寄ったりだった。
 そして三つ目の依頼が、午前一時を大きく回った今、届いた。来訪でもなく
メールでもなく、電話でもない。ホテル従業員からのお届け物という形で。
「こんな時間に?」
 チェーンをした上でドアを薄く開け、男性従業員をじっと見る天海。
「はい。フロントへ直接持って来られて、頼まれました。ご依頼を受ける際に、
このお時間ですと先様に迷惑になると思いますので、明朝七時でいかがでしょ
うかと持ち掛けたのですが、差出人様はぜひ午前一時二十三分に頼むと強く主
張されまして、はい。甚だご迷惑と存じますが、お受け取りにサインを」
「サインはする。しかし、いくつか尋ねたいことがあるので、しばらくいてく
ださい。差し出し人の名前はありますか」
 天海はチェーンを外した。従業員の持つ贈り物が、白い立方体の箱型だと分
かる。一辺二十五センチ程度だろうか。リボンは掛かっていないが、テープ状
のシールが箱の上面に張り付けてある。ユニオンジャックを象っているようだ。
「お待ちを。――ナワシゴロウとありますね。漢字だとこのように」
 宅配便の宛名票めいた用紙に、名和史吾朗と書き込まれている。手書きだ。
「これを持ち込んだ人物の人相や特徴を聞かれたら、あなたは証言できますか」
「昔のアメリカ映画に出て来るような、ギャングか刑事を意識したみたいにコ
ートを着て、帽子を目深に被っていました。人相そのものは、その、よく見え
ませんでしたね。眼鏡をしていたのは分かりましたが。背は私と同じか、もし
かしたら低いかもしれません。帽子の分を差し引けばの話です」
「手袋はしていた?」
「――いいえ。きれいに手入れされた指が印象に残っています」
「その様子だと、身元の確認はしていないようですね」
「はあ、申し訳ありません」
「中身について、持ち込んだ人物は何か言っていたかな」
「開けてみれば分かる、と仰っていました。ああ、危ない物ではないから安心
していいとも」
「……」
 天海は耳をすませた。箱から、機械的な音は一切聞こえない。さらに従業員
から箱を受け取ってみた。重さも大したことはない。むしろ、箱のサイズに比
べると非常に軽く感じる。希望的観測を込め、爆発物ではないだろうと判断す
る。
「これがおもちゃの爆弾で、爆発したからあなたは減点、と言われたらたまら
ないな」
 天海の独り言に、従業員は「え、何でしょう?」とだけ言った。
 天海は従業員の名前を確かめ、記憶すると、彼を下がらせた。

天海誠
「おもちゃないしはフェイクの爆弾だとしたって、何らかのヒントがあるに違
いないと考えました。しかし、爆弾を想起させるヒントはどこにもない。差出
人からのメッセージは数。一時二十三分に届けさせ、ナワシゴロウと名乗る。
箱にシールで描かれたユニオンジャック、これは英語を示唆するものではない
か。ナワシゴロウの姓と名を入れ換えると、シゴロウナワ。45678に通じ
る。指定時刻と合わせると、12345678。そこまでは分かったが、意味
が分からない。あと一つ、安全だろうと推測したのには理由があって、それは、
持ち込んだ人物の手がきれいに手入れされていたという従業員の証言です。も
しかすると、マジシャン仲間の仕掛けたいたずらなのではないかと想像したん
です。手をきれいにしておくのは、マジシャンの嗜みですからね。とは言え、
何の確証にもならない。結局は開けてみるしかなかった」

 慎重の上にも慎重を期し、箱を開けると、小さなおもちゃめいた物体が出て
来た。

天海誠
「しまった、本当におもちゃの爆弾だったか?と焦りました」

 その物体はやはり直方体で、色は黒、一辺五センチ程度。窓が二つしかない
スロットマシンといった風情だ。スロットを回すバーの代わりに、ボタンが一
つ付いている。また、数字は使う物が選択できるらしく、赤い歯車がそれぞれ
の窓の下に覗いている。
 入っていたのはもう一点、紙切れが一枚。肉筆の説明書だ。「依頼者からの
挑戦状」と換言できよう。
 それによると、歯車を回して数を決め、ボタンを押すと、当たりか否かが分
かる。当たりだと箱が開き、外れだとベートーベンの「運命」が短く聞こえる。
チャンスは一度だけ。正解すれば、箱の中の子供の居場所を示す地図が手に入
る。
 説明書の最後は、「00〜99のどれが正解なのか、苦渋の果てに、最後の
一人として決断せよ」と結んであった。

天海誠
「急に大事件になったと思いました。どうして自分が巻き込まれたのか知らな
いが、誘拐だとしたら、暢気に構えていられない。早速考え始めましたが、案
外簡単に思い当たりました。苦渋の果てというフレーズ。これを先ほどと同様、
語呂合わせで数に置き換えると、9と10です。これの果てだから、答は11
だ。そう思ったのですが、簡単に決断していいものか、警察に届けるという選
択をすべきではないのか。説明書には制限時間は記されていない。しかし、一
民間人で探偵としても無名に近い私が、いきなりこんな物を警察に持ち込んで
説明しても信じてもらえるかどうか。時間を浪費する恐れがありました。私は
二時半まで考えることを決め、そして気付いたんです。『最後の一人として決
断せよ』のフレーズは何を意味するのか。そういえば、現時点で残っている名
探偵候補者は十一名。その最後の一人という意味だとすれば、とりもなおさず
それは11」

 天海誠は11を設定し、ボタンを押した。正解だった。
 小野塚、更衣、郷野の三人は待たされていた。他の八人と違い、ちっとも依
頼がない。小野塚は枕元に携帯電話を置き、午前0時を境に床に就いたが、男
二人は起きておく道を選んだ。更衣はたまに部屋を出て、身体を動かしていた
が、郷野は部屋に閉じ籠もって、肌と髪の手入れに多くの時間を割いた。
 やがて三時間が経過し、郷野に限界が訪れる。

郷野美千留
「今日というか昨日というか、とにかく散々だわ。こんなに夜更かししたら、
肌にいい訳ないじゃないの。それにね、ここで寝不足になって体調をおかしく
しちゃったら、今後のステージクリアにも差し支えが出るに決まってる。依頼
者に合わせる顔だって、お手入れが大変なんだから」

 郷野も就寝し、一つの依頼もされることなく、徹夜したのは更衣一人だった。
 そうこうする内に朝が訪れる。雲がちらほらと出てこそいるが、窓ガラスか
らの陽光が眩しい。寝不足の者にはさぞきつかろう。
 午前七時過ぎ。各人が自室に運ばれた朝食を摂っている最中、依頼ゼロの三
人に依頼が相次いだ。
 充分な睡眠を取った小野塚は、不意のノックにも浮き足立たず、箸を丁寧に
置いてから応対に出た。
 小柄でやせ気味の女性からの依頼は、「夜の一人歩きは注意しろ云々という
脅迫電話を何度も受け、恐い。ボディガードをお願いしたい」というもの。小
野塚はとりあえず、身元を確認した。学生手帳を見せられ、関東域内ではある
が割と遠くから来たのだと知る。
「私に? ボディガードならたくましい男性にこそ、相応しいでしょうに」
 編み棒を手に、特に何かするでもなく、言葉を交わす小野塚。相手の目を覗
き込み、頭の中で疑問点を列挙して行く。
「私は男性がだめなんです、基本的に。家族や好きになった人ならかまわない
けれど、普通以下の関係の人はだめ」
「それにしても、女性ボディガードに雇うんだったら、もっと若くて何か武道
の心得のある人がよくなくて?」
「引き受けてくれないんですか? お金ならあります。ボディガードを頼むた
めに、節約して貯めていたんです」
「お金があるのはいいことね。使い方を間違えさえしなければ。それじゃあね、
他のことを聞くから、教えて。ここへは一人で?」
 黙ったまま首を縦に振る女子大生。
「そう、一人なの。ここまでどうやって来たのか、詳しく話してちょうだい」
「それは……」
 口ごもる依頼人。
「こんなに朝早くに来たのは、それだけ困っている気持ちの表れかもしれない。
でも、夜道の一人歩きを恐がっている人が、どうやって? 節約しているなら、
タクシーではない。鉄道とバスを乗り継いだはず。それだと、朝暗い内から出
発しなくちゃいけないと思うのだけれど」
「こ、このホテルに昨日、明るい内からチェックインして……」
「――昨日は番組のために宿泊客はいなかったはずよ。でも、それを抜きとし
ても、そんなに早くチェックインしたのなら、すぐさま私のところに来ればよ
かったのに。どうして今頃?」
「……」
 追い詰められた女子大生は、虚偽の依頼であることを白状した。大学に入っ
てからたいして友達もできず、注目されたくて脅迫電話の狂言を実行した。が、
周りの者は半信半疑の様子だったので、真実味を出すために探偵への依頼を思
い立った。小野塚を選んだのは、もしも嘘がばれてもさほど怒られずに済みそ
うだと思ったから。泣きながらそんなことを語る依頼者を前に、小野塚は小さ
くため息をついた。

小野塚慶子
「外見から、私は優しいおばさんに見えるらしいですね。でも、実際はそんな
に優しくないし、こういう甘ったれた人、特に同姓は大嫌い。審査のことが頭
にあったので、適当に慰めたけれど、本心を言えば格好だけ。理解はしていま
せん」

 郷野美千留は、依頼に身を入れて取り組むべく、化粧ののりを気にせぬよう
に努めねばならなかった。
「分かりました、大塚さん」
 そしてさらに、怒りを堪える努力も必要となった。何しろ、依頼者の大塚な
る宝石商は郷野に会うなり、じろじろと見て、「何だよ、評判の探偵って聞い
てたから心強く思っていたのに、おかまかよ」と吐き捨てたのだ。

郷野美千留
「いくらそういう役作りだとしたって、あれには頭来たわよっ。こう、ハンカ
チを噛んで、きぃ〜ってしたくなるぐらい。許されるなら、カメラがないとこ
ろでどたまかち割ってやろうかしらって」

 これが番組であるせいかどうかは分からないが、郷野はよく堪え忍んだ。時
折、表情を凍り付かせたが、極力笑顔を作ろうとしているのは画面を通じても
よく分かった(なお、製作サイドでは、本エピソードの放送に当たり、郷野と
大塚がやり取りする場面に、『※あくまで演出上の依頼者で、架空の人物です』
とのテロップを付けた)。
 依頼そのものは、郷野からすれば馬鹿らしい事件だった。大塚の浮気相手が
彼の家庭に来た際、いたずら心を起こして、大塚が妻からプレゼントされた宝
石入りのネクタイピンを、家のどこかに隠してしまった。その隠し場所を教え
ようとしない。妻をごまかすのも限界に近いので、一刻も早く見付け出したい、
という……。
 大塚家に行かずして、ネクタイピンを見つけ出すのは難しいと郷野は判断し、
とりあえず後日の訪問を約束した。今はこのホテルにいながらにしてできるア
ドバイスをしようと思い、家の間取りを描かせた。さらに、どこを探したのか
を聞いていく。

郷野美千留
「それで、ふっと違和感を覚えたのよねえ。水回りを全然探してないなって。
大塚は宝石商だというのも、頭にあった。それでも念のため確かめてみたわ。
『ネクタイピンに付いている石は、トルコ石?』って。ビンゴ!だったわよ」

 トルコ石は水に弱い。染みて下手をすると取れなくなる。
 さらに、浮気相手はジュエリーショップの店員であるとの情報を得る。浮気
相手は大塚を困らせたいだけらしいので、トルコ石付きネクタイピンを水の中
に隠すはずがない――と思い込んでいたのだ、大塚は。
「ネクタイピンをビニール袋か何かで幾重にもくるんで密封し、トイレのタン
クにでも隠しているかもしれないわね」
 郷野は地声でアドバイスを送った。
 最後の一人、更衣京四郎は、徹夜明けで若干痛い頭をさらに痛めていた。依
頼人は二人――といっても、二つの依頼が同時に飛び込んで来たのではなく、
親子連れ。小学三年生男子が依頼主で、父親はその付き添いだ。
「朝早くからすみません。遠藤昭吉と申します。実は昨日到着したのですが、
この子が疲れて、眠ってしまって」
「あ、いや、問題ありません。ただ、食事は続けさせていただく。脳の活動に
充分な栄養を摂らねばならない」
「かまいません。どうぞ」
「それで、ご用件は?」
 ハムエッグの卵を半分に切り、口に放り込む更衣。子供の視線を感じるが、
気にしない。
「この子――仁からの依頼なんですが、どうしましょう、私が話しましょうか。
それともこの子の口から?」
「……依頼者自身に。確認のために、あなたにも話を伺うかもしれませんが」
 更衣は食事の手を休め、遠藤仁に目をやった。
 はっきり言って、更衣は子供が苦手である。相手をしてやる気がない訳では
ないが、いつもの話し言葉を変え、子供に合わせるのがまず嫌なのだ。この場
でも、彼は軽く顎を振り、話すように促した。そのつもりだった。
 男の子は父親の方をちらっと見上げる。父が頷くと、少し姿勢を正して喋り
出した。
「えっとぉ、前の週の月曜日に、学校から帰ったら、じゃなくて帰る途中に、
公園で遊んでいたら、いつもは寄ってくる野良猫の内の一匹がいなくて、それ
で気になって、みんなで探したんだけど見付からなくて、その日はそれで帰っ
て、次の日も、その次の日も、ずっと猫がいないんだ」
「野良猫探しが依頼ですか」
 更衣は興味を失ったことを隠そうとせず、遠藤昭吉の方に顔を向けた。
 ところが更衣の推測に反して、遠藤は首を横に振った。
「私が話してもいいのでしたら、話します。それに、ちょっと血なまぐさくな
りますし」
「血なまぐさく、ですか。では、お父さんが話してください」
「では……。猫がいなくなって四日目だから、先週の木曜になりますか。いつ
もの公園で、猫が死体で見付かりました。それも事故や病気、老衰などではな
く、殺されたらしいのです。何せ、その、切り離された頭部がブランコに載せ
てあったので」
「ふむ。胴体は見付かっているのですか」
「残りは砂場に埋められていました。私は見ていませんが、交番の人が来て、
見付けたんだそうです」
「今、初めて聞いたな。ニュースにはならなかったんでしょうか」
「はあ、テレビや新聞には出ていないと思います。週刊誌か何かの記者らしき
人がいましたが、その手の雑誌は見ないので。それに、その記者の話を小耳に
挟んだところでは、猫殺しが一件起きたぐらいじゃまだ動きようがないし、ニ
ュースバリューもいまいちだとか」
「警察はちゃんと動いているのかな? ああ、独り言です。あなた方が警察の
動向をご存知のはずもない」
「当日、息子が話を聞かれただけです。第一発見者の一人でもあったので。あ
とは音沙汰なし」
「なるほど。ところで、依頼の具体的な内容をまだ聞いていなかったと記憶し
ているが、どうかな」
 遠藤仁に改めて視線を送る。更衣の台詞の全てを理解できた訳ではなかった
ようで、また父親を見上げた。噛み砕いた言い回しに、一つ頷くと、更衣に向
けて返事した。
「猫を殺した犯人を見付けて欲しい。最初は、僕らで探そうとしたんだけど、
先生やお父さん達が危ないからだめだって、それで、探偵さんに頼もうと思い
付いたんだ」
「よろしい。よく分かった。簡単ではないが、引き受けるとしよう。しばらく
お父さんとだけお話がしたい。お子さんを……一人にするのはまずいから、ホ
テルで預かってもらいましょうか」
「はあ。分かりました」
 内線電話を使い、事情を話して子供を預けることになった。通話を終えて程
なくして、女性従業員が部屋に現れ、仁を連れて行った。
「さて、遠藤さん。猫の死体が見付かって以降、警察から何か注意事項が回っ
てきませんでしか」
「似たような事件、つまり残虐な殺され方をした小動物の死体を見付けた場合、
すぐに通報するようにと。ええ、お察しの通りです。はっきりとは言いません
でしたが、犯人がエスカレートして小さな子を襲うようになる可能性を、警察
は仄めかしていました」
「公園周辺で騒音問題が持ち上がっていませんか」
「は?」
「そのままの意味ですよ。猫の死体が発見された公園の近隣住人から、子供の
はしゃぐ様がうるさい、というような苦情が出ていないかどうか」
「さあ、分かりません。少なくとも私は耳にしていません」
「ふむ。では、多少お聞きしにくいことですが、子供の中に、小動物をいじめ
る、あるいは昆虫を捕まえては羽をむしったり頭を引き抜いたりして殺すよう
な子はいませんか」
「そんなことはないと思いますが、断言はできかねます。いや、男の子だった
ら、蛙や虫ぐらいは、一度や二度、殺していても驚きはしませんが……。更衣
さん、あなたは子供達の内の一人の仕業だとお考えなのですか」
「まだ、可能性の検討をしているだけなので、ご安心を。しかし、白状すると、
現段階では判断しようがない。犯人の身近にいる人間が犯人からのサイン、兆
候を感じ取って、地元警察に知らせてくれるのが一番だが……恐らくは次の事
件が起こるのを待つことになる」
「それでは、私どもはどうすれば」
「不安を煽りたくはないが、最悪の事態を想定することだ。小さなお子さんや
お年寄りといったいわゆる弱者のいる家庭はそれぞれ自衛するのが一番。お子
さんが心配なら、子供だけで外に出さない。常識的だが、これぐらいしか言え
ません。ああ、仁君に念のため聞いてみるのもいいかもしれないな。友達の中
に、小動物や昆虫を何匹も殺す子はいないかとね」
「警察が今以上に本格的に捜査するようには、できないものですかねえ?」
「ふん……私には幾人か警察の知り合いがいますが、遠藤さんのお住まいがあ
る地域は残念ながら外れている……うん? いや、そういえば」
 更衣は携帯電話を手にすると、最近登録したばかりの番号につないだ。
「――あ、沢津さん? 食事の邪魔をして申し訳ない。単刀直入に。現役のと
き、どちらの警察で活躍をされました? ああ、それはよかった。この更衣京
四郎から、折り入ってお願いがあるのです……」

更衣京四郎
「もしかすると番組スタッフは、私が他人に頭を下げられない、プライドの塊
みたく思っていたんじゃないか? 事件解決につながるなら、たいていのこと
は厭わないさ。まあ、もう一つの見込み――子供嫌いなのは当たっているがね。
優勝すれば顧客を引き継げるんだから、依頼者の扱い云々はあんまり関係ない
気がする、と事前には考えていたが、ま、よいシミュレーションができたと思
う。今はとりあえず、一眠りしたいな」

 午前九時。第三の課題も終わりを迎えた。全てをノーカットでお伝えするこ
とはかなわなかったが、十一人の名探偵候補は、それぞれ一つ以上の依頼を打
診され、こなしていった。
 これからの約一時間は、審査に当てられる。

井筒:さあて、これより初の審査に取り掛かる訳だが。皆さん、どうだった?
土井垣:概ね、無難にやれていたと感じた。創作物の中なら、たとえ人格破綻
   気味でも事件さえ解決できれば名探偵だが、これは実世界での活躍が見
   込める名探偵を捜す企画。その意味では、問答無用で失格に相当する者
   はいなかった。
剣:同感です。ゲームと現実の狭間にいながら、よくやっていたと。むしろ、
 感心させられたくらい。
利亜:私は、物足りなさが先に立ちました。父の仕事ぶりを何度となく目の当
  たりにしていますし、父を美化しているのかもしれませんが。
土井垣:こりゃあ、厳しい点を付けそうだ。
利亜:わざと厳しくするつもりはありませんよ。
新滝:時間が有り余っている訳じゃないので、早速、順位を決めていきましょ
  う。まず、よかった候補と悪かった候補を、それぞれ挙げてみて。あまり
  大勢挙げてもあれなんで、多くても二人ずつ程度にしましょう。まず、よ
  かった方から。もちろん、よい悪いはその他の候補者と比較して、ですよ。
土井垣:では私から。天海君がよかった。常に沈着冷静で、かつ、必要な瞬間
   には大胆になれる。ゲームだと承知しているからという側面はあるだろ
   うが、それを差し引いても、落ち着いていた。送り主が同業者かもしれ
   ないとまで推理を巡らせていた点も買いたい。
    彼には劣るが、郷野君もよかった。外見のキャラクターからは想像で
   きない、自己を律した探偵ぶりだった。何と言っても、アドバイスの手
  際がよかった。郷野君はきっと、男性の心理も女性の心理もある程度分か
  るんだろうな。
剣:次は私でいいですね。えっと、天海さんは私もいいと思いました。課題が
 パズル的だったというのもありますが、彼は問題を把握し、解決するために
 決断する能力が高いように思います。もう一人選ぶなら、小野塚慶子さんを。
 依頼の嘘を見破った人は大勢いましたが、彼女は特に冴えていた気がします。
 感情を抑制しつつ、嘘をついた依頼人を適度なラインでやり込めていた。
利亜:ああ、小野塚さんは確かによかったです。推理力に加えて、厳しさと優しさとが
表れていました。
井筒:優しさ、出ていましたっけ?
利亜:言い換えるなら、厳しさの中に優しさが秘められているというか。
   他によかった人を挙げるなら、野呂さんかな。違法な誘いを断るだけで
  なく、後始末を付ける。もちろん、ああいった場合に無茶や無理は禁物で
  すが、野呂さんはできる範囲で目一杯の対応をしたんじゃないかなと思い
  ます。
井筒:私と新滝君も審査員ではあるが、今回の第三ステージは途中経過を見て
  おり、全員の点数も知っている。それ故、あくまで参考意見を述べるに止
  めるとしよう。これまでに名前が挙がった以外で、よかったと個人的に推
  したいのは、村園君だ。同じような依頼メールの暗号を、天海君がいきな
  り解読に着手したのに対し、村園君は思い止まった。この冷静さは評価し
  なければいけない。
新滝:私が他に一人推すとしたら……リオちゃん。私も彼女と同じ立場だった
  ことがあるので、何を感じたかとても分かる気がする。それでもちゃんと
  探偵らしく応対して、がんばったんじゃないかしら。
井筒:では次に、悪かった方を。さっきとは逆回りで、利亜さんから意見をど
  うぞ。
利亜:更衣さんです。徹夜して待機するのは、愚の骨頂です。今回はゲームだ
  と分かっていた、つまり一晩で終わると分かっていたから、あんな真似を
  しても通用したかもしれませんが、現実にはずっと起きたまま依頼を待つ
  なんて、できっこない。それに、あの人は沢津さんに口添えを頼んだ段階
  でよしとしてしまった。すぐさま現地に飛ぶぐらいの気構えを見せて欲し
  かったと思います。これもまた、頭のどこかでこれはゲームだからと割り
  切っているせいじゃないですか。
   もう一人は、八重谷さん。名探偵でもミスをすることはあるものですが、
  あまりにも凡ミス過ぎました。推理作家の方が知らないとは考えにくいの
  で、油断があったのかな。
剣:私も八重谷さんにはマイナスの一票ですねえ。依頼の内容を吟味しないの
 は、明らかにだめです。依頼人の言動に八重谷さん、だいぶ腹を立てられて
 いたようで、かっかしていたのかもしれませんね。
  あと一人は、迷うところですが、堀田さんかなあ。多分、半日以上動き回
 られて、お疲れだったのでしょうけれど、覇気がなかった。頭脳労働ではき
 っと、大変な才を発揮なさると思うのですが、名探偵の看板を背負うからに
 は、体力がないよりはある方がいいでしょう。
井筒:最高齢の挑戦者に、手厳しすぎやしませんか?
剣:決して、そのようなつもりは。堀田さんがあと少し、気力だけでも見せて
 くれたなら、もっと高い評価をしました。
井筒:なるほど、そういう理由で。じゃあ、土井垣さん。
土井垣:同業者に対してすまないが、八重谷さんの名を出さない訳にはいかな
   い。理由はもういいでしょう。二人目は、そうだな、沢津さんだな。期
   待が大きすぎたのかもしれないが、期待外れだった。時間が掛かりすぎ。
   あれぐらいのことは、通常時から原則となる方針を決めておき、その上
   でケースバイケース、臨機応変にやるべきだと思った。元刑事の気質が
   なくなっているようで、実は抜けきっていない。
井筒:これまたきついお言葉で。さて、我々の参考意見も披露しておこう。今
  度は新滝君、お先に意見を。
新滝:今挙がった四人以外となったら……実は私、野呂さんの評価が低いんで
  すよ。昔、出演したドラマで、こんなストーリーがあったのを思い出して。
  泥棒の片棒を担ぐよう持ち掛けられた男が、承諾したふりをして警察に届
  けたら、警察は現場で現行犯逮捕したいから男にそのまま犯行グループに
  加わっているよう、要請する。内通者がおまえだとばれないように逮捕は
  するが、形だけだからと言われて、男も納得して協力したのが不運の始ま
  り。警察の目論み通りに現行犯逮捕はできたが、内通した男は釈放されず
  に犯罪者扱いを受ける。
   現実にこうなるとは限らないものの、野呂さん、危ない橋を渡ってるな
  という印象を受けました。
土井垣:あんな依頼を受けたら、あのライターさんがやったぐらいの対処が精
   一杯だと思うけどね。警察の手先になって、おとり捜査に荷担するかど
   うかは、またそのときに判断を求められることでもあるんだし。
利亜:私も同感です。あとで野呂さんを呼んで、この点を尋ねてみましょうか?
新滝:いえ、そこまでするほどでは……。単に、私はもっとうまいやり方が、
  何かあるような気がしただけ。
井筒:繰り返しますが、今回、我々二人の意見は、あくまでも参考ですから。
  で、私の意見だが、美月君にはちょっと首を傾げた。先ほどの土井垣さん
  の見方と被るが、依頼人へのフォローが大事と言っても、彼女のそれは過
  剰だったと思う。次から次に依頼が来ていたら、どうしていたのかと、ふ
  と気になった。
剣:井筒さんの意見も、当人に尋ねて確認したくなりますね。あの電話の最中
 に新たな依頼が来ていたら、どういう行動を取ったのかと。
井筒:確かに。しかし、この程度の質問なら、野呂君にしろ美月君にしろ、質
  問した瞬間にその意図を察するでしょうな。そして我々審査員が求める、
  模範解答を口にするに違いない。
土井垣:それも一理ある。大いにありそうだ。

 結局、候補者らを呼んでの質疑応答は行わないと決まった。
 このあとも検討を重ねた末に、第三課題の順位が決まった。上位者から順に
記すと、次のようになる。

   小野塚11 天海10 郷野9 野呂8 村園7 美月6 若島5
   堀田4 沢津3 更衣2 八重谷1

 これに今までの持ち点を加算し、高い順に並べ直す。

   郷野26 村園24 更衣22 天海21 野呂18 美月16
   若島16 小野塚15 沢津12 八重谷7 堀田6

 美月と若島は同点だが、三つの課題それぞれで両者を比べると、美月が若島
を上回ったのは二度、美月が若島を上回ったのは一度。よって美月を上位とし
た。

――続く




元文書 #357 士の嗜み 2   永山
 続き #359 士の嗜み 4   永山
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