AWC お題>巡り巡って 後   永山


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#353/598 ●長編    *** コメント #352 ***
★タイトル (AZA     )  10/01/19  00:00  (306)
お題>巡り巡って 後   永山
★内容
 真正面に玄関があって、そこの土間で靴を脱ぎ、中の部屋は廊下で行き来で
きる構造。そういえば、事件当日、言い換えるなら今夜の、玄関の戸締まりは
どうなっていたんだろう。普通なら施錠する。施錠されていれば、外部犯はほ
とんどあり得ない。もしかすると、警察はとうに把握しており、容疑者をアパ
ート住人に限定しているのかもしれない。その事実を公にしていないだけで。
「――おーい、どうした?」
 藤前の声で我に返る。土間に立ちつくしたまま、考え込んでしまっていた自
分を見つける。
「何でもない。早く着きすぎちゃったから、どうしようかなーって」
「確かにな。手伝わされないように、外に出ておくか?」
「まさか。そんなにないでしょう、準備することなんて」
「ま、飾り付けする訳でもなし、開会の辞を述べなきゃならない訳でもなし」
「今、部屋に誰かいる?」
「いや、誰も。ほとんどが、持ち込みの食べ物や飲み物を買いに行ってるんじ
ゃないかな。十分前になるまでは来るなって言ってある」
「よかった。それなら部屋にいさせてもらおうっと。話したいこともあるの」
 そう言って先に部屋に足を向ける。背後から遅れてついてくる藤前は、「話
って? クリスマスのおねだりとか?」と軽い調子で返してきた。声の音量を
小さくしたのは、他の部屋の人達に聞かれたくないためだろう。
「それよりも」
 部屋に入り、ドアを閉めるなり、私は切り出した。持って来た物はテーブル
の隅に置いた。
「アパートの皆さんと、うまくやってるの?」
「ん、何だそりゃ。普通にご近所付き合いしているよ。今日来る顔ぶれなんて、
みんな同学年で、気軽に付き合える」
「その、お金の貸し借りとか、勉強での助け合いとか」
「お金の貸し借りはないな。そりゃまあ、学食で足りない十円とかはあるけれ
ど、すぐに返すし。ジュース代をおごったりおごられたりなんて、しょっちゅ
うだよ。勉強の方は、ここだけの話、僕が一番貢献度が高いと自負してるよ、
ははは。冗談」
 藤前の成績は相当いいから、冗談抜きでそうなんだろうと思う。お金や勉強
のことで恨まれる筋合いは、多分ない。
「どうしてそんなこと聞くのさ。まさか心配して、お歳暮でも用意したとか?」
「そんなんじゃなくって。もう、ずばり聞くけれど、東田さんや今野さんとは、
どう?」
 焦れた私は、率直に尋ねた。
「特にない。仲が悪いんじゃないかって心配してるみたいだけれど、まるで心
当たりがない」
「じゃあ、仲がいいとか悪いとかを抜きにして、考えてみて。あの二人との間
で最近、何かなかったか」
「妙なこと聞くなあ……うーん。敢えて言うほどのことじゃないと思うんだが、
一つだけ」
 私は唾を飲み込み、気負い込むように身を乗り出していた。
「最近読んだ紀要のバックナンバーに、今野と同じ名字を見つけたんだ。イマ
ノじゃなくてコンノは珍しいと思って、何の気なしにそのことを今野に言った
ら、年の離れた兄貴がいて、その人の書いた論文らしい」
「……それだけ?」
「ああ、これだけ」
「いつ頃のことか、覚えてる?」
「二ヶ月ぐらい前かな」
 殺人につながる動機がそこにあるのだとしたら、その論文に目を通してみた
い。でも時間がない。読んだとしても、今の私にすぐ理解できるかどうか。藤
前が特に何も言わないってことは、内容に疑問を持った訳じゃなさそうだし。
「あと……念のために聞くけれど、山西さんに恨まれるようなこと、してない
よね」
「山西って、後輩の? 意味が分からないけど。やきもち焼かせるようなこと、
したかなあ?」
「違うって、やきもちじゃない」
 また焦れったくなる。理由を明かせないこと、もどかしいったらない。尤も、
理由を明かしたって、信じてもらえるかどうか怪しいけれども。
 それから部屋の片付けを簡単にやって、テーブルを配置して、座布団を並べ
る。最後に食器を出しながら、思い付いたことを全て言ってみた。物騒だから
寝るときは必ず鍵を掛けてとか、忘年会が終わったあともし誰かが出掛けるよ
うならついて行った方がいいかもとか、アパートに残るんだったら他の人と一
緒にいると寂しくないんじゃないかしらとか。
「そんなに言うのなら……泊まっていく?」
「え」
 来た。こんな風に持ち掛けられる展開は、予想しないでもなかった。こっち
から持ち掛けることも考えていたのだから、慌てはしない……と思っていたの
に、実際にこうなると慌てた。
「バスに間に合わせようとすると、八時半を回る頃には、ここを出なくちゃな
らないだろ。それならいっそ」
「でも、管理人に見付かるとうるさいんでしょ」
「来ないよ、多分」
「来るわよ、ううん、来るかも」
 外回りだけとは言え実際に来ることを知っているだけに、やりにくい。
「そ、それよりさ、泊まれって言ってくれるくらいなら、忘年会のあと、二人
だけでどこかに行かない?」
「……前に言ってた、クリスマスイブの前倒し?」
 それでもいい。とにかく、今夜、このアパートにいないようにするのが、当
面の目標。
「もちろん、他の人達には内緒でよ」
「うん、まあできなくはない。夜もだいぶ遅くなってからってのが、もったい
ないな」
 一日中デートに当てたいっていうのは、誰だって分かる。でも今晩だけは特
別なんだから。私も決意を固めていた。忘年会がお開きになって、アパートの
部屋を空けるためなら。たとえ一時しのぎにならなくても、数時間後の死から
藤前を救える。
 ……本当に一時しのぎでいいの?
 迷いがふっと生じた。
 そのせいだろうか。
 携帯電話が鳴った。ディスプレイには自宅。つまり、両親からだ。嫌な予感
を抱きつつ、出てみる。
 ――用事があって、そのついでにマンションに寄るから、今夜はいなさいと
のことだった。
 どうして? 私が一度体験した十二月十七日に、こんな出来事は起きなかっ
たのに。これが、ピエロの言っていた『調整』なの?
「しょうがないね。楽しみは、一週間後までお預け」
 苦笑する藤前。私はがんばって作り笑いをした。

 彼を助けるためなら、母親に叱られるなんて、全然かまわない。
 でも、仮にさっきの電話を無視して、藤前と出掛けることを選んだとしたら、
それはピエロの言っていた調整に反発することになるのだろうか。あの警告が、
脳裏をかすめる。
 藤前以外の者の生命に関わる云々。
 もしかするとピエロは、私を一人でアパートから遠ざけるために、より強い
理由を現実としてこしらえるのだろうか。考えたくもないけれど、たとえば、
母が交通事故に遭って瀕死の重傷を負う、とか。
 もっと詳しく、ピエロを問い質しておけばよかった。ううん、分かっていた
としたって、悩むのは同じ。天秤に掛けることはできない。むしろ、知らなか
った方が勝手に行動できた。しかし、それはそれで、あとで取り返しのつかな
い選択をしたと思い知らされるだけ。
「おおっと、溢れる!」
 野島さんの声で、はっとした。手元の瓶を慌てて起こす。野島さんもまた慌
てた様子で、グラスの縁に口を持って行った。
「お酌をしてくれるのは大変ありがたいが、ぼーっとしないように頼みますよ」
 隣に座る岬さんが言って、私から藤前へと視線を移した。
「ま、彼氏の前でお酌をさせる俺達も悪いけれどさ」
 いや、それは違う。お酌をすると私自ら申し出たのだ。東田さんや今野さん
を始め、住人みんなの様子を近くで探るために。ぼーっとしていたのは、母か
らの電話を無視していいか、考えるのに意識が集中しすぎたせい。
「そうだな。気の毒だ。後川さんはずっと藤前についててやりなよ」
 これは東田さんから投げ掛けられた言葉。こうして接していると、藤前を殺
そうとしているなんて、とても見えない。私の考え違いかもという思いが、頭
の中を行き来する。
 ちなみに今野さんはというと、普段と同じで、比較的口数が少なく、みんな
の会話に時折言葉を挟みながら、ちびりちびりとやっている。特段の変化は現
れていない。
 そのとき、岬さんが不思議そうに言った。
「今野はどうしたんだよ。いやにペースが遅くないか。異性がいると、調子狂
うタイプだっけか」
「そんなこたあない。常にこの程度である」
「いやいや、おかしいって」
 そのやり取りを耳にして、はっとする。私の考えだと、実行犯は今野さん。
このあと、カラオケ店に行って、こっそり抜け出し、アパートに戻ってくるに
は自転車かバイクを使えば時間を短縮できる。人を襲うことも合わせて、なる
べく酔わないように心掛けているんじゃないか。
 やはり、考え違いなんかじゃない。疑惑は揺るがない。
 このとき、東田さんを盗み見ると、一瞬だけだが、苦い表情を覗かせた。共
犯者のエラーを注意したいができない、そんな風に見えた。
 こんな、ほんの数時間前まで友達の顔をしていたのが、豹変して藤前を殺そ
うとする……信じがたい。だけれど、彼らが犯人なら、その殺意は恐らく執念
深いものに根ざしている。一度防いだからって、安心できない。そう悟った。
 私はアルコールに強くない。乾杯のときにちょっとだけ飲んで、あとはジュ
ースやお茶しか口にしていない。それでも火照った感じがする。その代償に、
閃く力を得ていたのかもしれない。
 彼らの犯行から藤前を守るには、今夜の犯行をあきらめさせるよりも、一度
未遂に終わらせ、警察に逮捕してもらうこと。これがよりよい策だと気付く。
 では、それを実現するにはどうすればいいかというと……犯行の瞬間に私は
現場に居合わせられない。起きてもいない犯行を警察に通報し、見張ってもら
うことは可能なんだろうか。常識的に判断して、期待薄だろう。
 となると、私にできるのは。
 二人が犯行に及ぶ前に、私の口から殺人の計画を見抜いていると告げる。そ
うすれば、きっと二人は私の口を封じようとする。そこを警察に逮捕してもら
う。
 危険すぎるだろうか? 彼を救えるのなら、充分にやる値打ちがあると思う。
あとは勇気と、タイミングと……待って。東田さんと今野さんを二人一緒に連
れ出し、殺人の計画を暴くなんて芸当が私に可能なの? どちらか一人だけじ
ゃあ、意味がない。その一人を逮捕している間に、もう一人が藤前に手を下す
かもしれない。
 男二人が相手だと、仮に警察が近くで見てくれていたとしても、私は無事で
は済まない気がする。運が悪ければ、命を落とす。
 また決心が鈍る。藤前を助けたい。でも、私が死んでは意味がない。折角与
えられた不思議なチャンス、私だけが助かって、やりきれない気持ちのまま、
元いた時空に帰るのも嫌だ。藤前と私、揃って助からないと。
 どうすれば。
「あ、また!」
 知らない内に、ビールをこぼれさせていた。藤前のグラスだった。
「彼氏相手じゃ、なおのことぼーっとしてるな」

 バスをあきらめ、タクシーを使うことにしたが、それでも延ばせる時間は三
十分が限度だった。
 岬さんは少し前に出発した。宴に残るのは、藤前と野島さんと白木さん、そ
して犯人かもしれない二人。
「名残惜しいなら、藤前、ついていってもいいんだぞ〜。タクシー代、倍にな
るがな!」
 白木さんが呂律の回らなくなった喋りで、藤前に言っている。
「いや、さすがによしとくよ。年内にまだまだ合う予定なんだし。――な?」
 藤前に同意を求められ、私も無言で頷いた。
 ああ、終わっちゃう! 妙案が浮かばないまま、立ち去っていいの?
 できる限りの釘は刺しておいた。ひょっとしたら、今晩の犯行は防げるかも
しれない。でも、そのあとが不安でたまらない。
 いっそ、ここで全てを暴露しようか。寸前まで迷った。全てを暴露して、た
とえ頭がおかしくなったと思われても、東田さんと今野さんが殺人を犯すのは
難しくなる。藤前が死んだら確実に疑われるはずなのだから。
 でも、でも。考えようによっては、時間はまだ一時間半ほど残されている。
遠く離れても、電話か何かで藤前に危機を知らせることはできる。その機会を
窺うという選択肢を、私は捨て切れないでいる。
「着いたみたいだ、タクシー」
 往来の方に顔を向け、藤前が呟いた。腰を上げると、私の手を取る。
「駅までは送れないけれど、せめて玄関先までは送るから。それで勘弁な」
 私は黙ってこくりと頷き、それから振り返ってみんなにお辞儀をした。
「串揚げ美味しかったよ」「ありがとさん」「お幸せに〜」なんて声に送られ、
廊下に出る。
 歩みは自然と遅くなった。どんどん先を行く藤前が、途中で気付いて引き返
してくる。
「そんなに名残惜しい? それともどこか具合が悪いのか!?」
「ううん、具合は大丈夫」
 俯きがちだった面を起こし、足を進める。私の知る未来のことを彼に話すに
しても、部屋の前から遠ざからなくちゃ。
 部屋の戸口から玄関まで、長い道のりに感じた。私がそう感じようとしたの
かもしれない。
 靴を履き、彼が玄関のドアを開けてくれる。
「忘れ物、ないかい?」
「忘れ物……」
 ある。あなたを確実に救うためのことを、私はまだできていない。
「慶子?」
 私は唇を噛み締めた。どこまで打ち明けるのが、一番効果的なんだろう。
「あのね、藤前。私、とても嫌な予感がするの。知らなかったでしょうけど、
私の予感てとても当たるのよ」
 明るすぎず、真面目すぎず、微妙な調子を保ちながら話す。
「知らなかった。試験の山は外れが多いようだし」
「悪い予感しか当たらないの。その私が言うの。今夜は気を付けて。どれほど
注意しても注意しすぎることはないっ」
「へえ?」
「特に危ないのは、夜十一時半頃かな。だから、それに備えて酔っ払わないよ
うに、飲み過ぎないこと」
「酔ってなければ対処できることなんだ? もっと具体的に分かるとありがた
いな」
 当然だけれど、彼は冗談半分に受け止めている。いや、全部冗談と思ってい
るかも。
「うーん、そうねえ、強盗が侵入してくる恐れが高い、と出てる。戸締まりは
厳重に。もし入ってこられたら、とにかく逃げる。抵抗しちゃだめ」
「おやおや。そこまで言ったら、遊びにならな――分かったよ」
 私が真っ直ぐに見上げたせいか、彼は途中で台詞を変えた。
「君の言うことを聞いて注意する。だから、安心して」
「絶対よ。次に会うのは……イブ?」
「慶子が望むなら、いつでも」
 タクシーのクラクションが聞こえた。小さく短いながらも、運転手の苛立ち
がよく込められていた。

 タクシーを降り、駅に到着。思っていたほど道が混んでいなかったおかげで、
乗るべき列車の発車時刻まで、まだ少し余裕がある。
 今この瞬間にでも、藤前のためにできることがないか、探す私。しかし、寒
空に降り立ってしばらくすると、生理現象を覚えた。トイレに向かう。そうい
えば、アパートにいる間、一度も行かなかった。だって、あのアパート、各部
屋にトイレがある構造なんだから。それも、応接間に隣接する形で。恥ずかし
くて行けない。
 用足しを済ませ、手を洗ってトイレを出る。暗がりの中、時間を気にしつつ、
母に電話を入れておこうかという思いが頭を過ぎった。
 と、その刹那。
「後川さん」
 名前を呼ぶ声に振り向く。暗がりの少し先、タクシー乗り場の明かりを背景
に、人影が浮かぶ。
 緊張の色を滲ませたこの声は……今野。
「どうしてここに」
 私は距離を保ったまま尋ねた。周りには他に人は見当たらない、気がする。
「忘れ物をしてたよ。届けに来たんだ。藤前はもう引き返したみたいだね」
 二歩ほど、今野が近付いた。
 間違いない。
 どういう経緯か分からないけれども、彼らは私も始末しなければいけなくな
ったんだ。
「そんな。わざわざタクシーを使って、届けてくれなくても。藤前に言付けて
くれれば」
「そういう訳にも行かなくてね」
 いきなりだった。銀色に光る細長い物が突き出された。警戒していたのに、
かわしきれなかった。身体から力が一段階、抜けた感覚。
 でも。
 こうなったら。
 私は覚悟を決めた。第二撃を加えんと襲ってくる相手の腕を抱え込み、指を、
爪を食い込ませる。絶対に離さない。離すものか。
 同時に、あらん限りの声を振り絞る。叫び続ける。
 人殺し! 今野裕太と東田幸一に殺される!

           *           *

「何という……」
 予想外のことが起きたのを目の当たりにしたピエロは、思わず独語していた。
 ついで苦笑いを口元に浮かべ、さらにその口を手の甲で拭った。目尻はまだ
かすかに笑みをたたえている。
 大事な人、大切な人を助けるべく、過去に介入した者が命を落とすことは珍
しくない。だが、今度の後川慶子の場合には、長くこのことに携わるピエロを
すら驚かせる、意外な事態が起きた。たった今、起こったのだ。
 後川慶子が死んでからおよそ一日。
 人が一人死ねば、例の抽選は行われる。死んだのが、過去に介入した者であ
ってもだ。また、たとえ死の原因が、自らの介入行動にあったとしても。後川
慶子の場合、藤前久司の部屋で論文の件を話題にしたのが原因だった。
 今野の兄は旧いが著名でない論文からアイディアを剽窃するだけでなく、自
らの実験ではデータの改竄すら行った上で、いくつかの論文をものにしていた。
それらに対する評価が、今日の今野一家の屋台骨となっているのだから、公に
なるのはまずい。だが、このことに気付きうる人物が出て来た。それが藤前だ。
彼は紀要で目にした今野兄の論文と、大学図書館を通じてやがて送られてくる
雑誌に掲載されている一つの論文との類似に、まず間違いなく気付こう。今野
弟は少なくともそう見込み、恐れた。追い詰められた今野は、かねてより弱味
を握る東田を共犯に引き込んで藤前の殺害を目論んだ。その前準備として、藤
前の部屋に盗聴器を仕掛けていたのだ。今野は後川慶子までもが論文に関心を
持ったものと思い込み、先に彼女を消そうと――。
 ともかく、彼女は第一段階の抽選において、極めて低い確率を乗り越え、当
選を果たした。
 それだけでも驚きである。ピエロが知る限り、初めての事象である。
 しかし、さらにピエロを唖然とまでさせる出来事が起こった。
 第一段階の抽選に引き続き、第二段階の抽選が行われた。そう、後川慶子を
その死から救う機会を、誰に与えるかというくじ引き。
「まったく。くじの女神様は、妙な微笑み方をなさるもんだ」
 ピエロは再び独り言を口にした。本当は大声で笑い出したいくらいだ。愉快
でならない。
 選ばれた者の名は、藤前久司。
 後川慶子の死を賭した訴えは、今野と東田を警察に捕縛させることに成功し
た。結果、藤前は死ぬ運命を回避できたのである。
「さて、これから藤前久司を夢の中に呼び出して、事の次第を告げる訳だが」
 笑いを堪えるため、ピエロはかまわずに独り言を続けた。
「こういう場合、藤前に、後川慶子のおかげで今の命があるのだぞという事実
を、教えてやっていいものかどうか。何しろ初めての特殊な事例、判断に迷っ
てしまうね」

――終わり




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